法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
傲慢なポスフォス。
全てを思い通りにしようと、我がままが過ぎて死んだ。
いたずら者のアニラービー。
聖なるものを騙して盗んで、いたずらが過ぎて死んだ。
怠けもののランプシー。
自分で何もしようとせず、ついには息をやめて死んだ。
意地の悪いフォティゾ。
不義と不協和を広めて、自分も不和に巻かれて死んだ。
無慈悲なスカーア。
誰にも彼にも背を向け続け、孤独に飲まれて死んだ。
聖なるものは大いに嘆いた。
『幼児向け簡約 黄道の外れ』より。
◆ ◇ ◆
町から死病治癒の調査に来た兵士、リグラーダとビッテス。
とりあえず彼女たちには、病気を治せる薬師は集落にいると伝えた。
探している治癒士がアユミチだと知れば、彼女たちにとって優先順位はアユミチの身柄の確保になるはず。
野盗のように無理やりではなくとも、強硬的に、高圧的にことを進める可能性はある。
ファニアもムンジィもいない今、自分の正体を明かすリスクは大きい。
何にしても、酒瓶を集落に置いてきてしまったアユミチでは何もできないが。
集落に戻らなければならない。
意見は一致して、来た道を注意しながら戻ろうとしたのだが。
「諦めろ、無理だ」
「そんなわけに……」
「死ぬぞ」
リグラーダは冷たく突き放すように告げる。
「ちょぉっとこれ無理じゃないですかねぇ」
ビッテスは柔らかい声で、リグラーダと同じことを。
それからにっこりと笑って、
「一緒に死ぬのはやですよぉ。行くならお一人でどうぞ」
「素人のお前では自殺行為だ。捨て森らしい行いだとは思うがな」
「……」
握りしめていた木の棒をさらに強く握り、目を閉じて、息を吐きながら腕を下ろす。
彼女らの言う通り、自殺行為でしかない。
「……わかった」
諦める。
とりあえず今は、集落に戻ることはできない。
虚穴からあふれ出したヘレボルゼの触腕が、帰り道を塞いでしまっているこの状況では。
失敗だった。
ビッテスとリグラーダと共に逃げた方角が悪かった。虚穴を挟んで集落の反対側に。
捨て森の奥側に入ってしまい、戻ろうにも活動範囲と凶暴さを増したヘレボルゼの触腕が邪魔だ。
近づけば大木を砕くような力で襲われる。
リグラーダが使う小型の弓は、見かけから想像できないような強さだが、距離が遠ければ当たらないし、特製の矢に限りがある。
そもそも複数の方向から襲われたら対処しきれない。
ビッテスは手の内を明かさないが、大きな魔法は疲れるんですよぉと前向きではない様子だった。
限られた手数と連発ができない魔法で、あの触腕から逃げるのならともかく向かっていくのは自殺行為。
もう一人の手数のアユミチは、手にした木の棒でどうにか触腕の攻撃を打ち払うのが精いっぱい。
ノクサと別行動を選んだのも間違い。
今のアユミチは、折れない棒を持っただけの素人でしかない。
兵士として危険に対応できる彼女たちの判断に従うのが順当だろう。
迂回しようにも、触腕の届く範囲が明らかに大きく伸びている。虚穴の霧が見える前に攻撃を受けた。
もうすぐ虚穴だと思って構えていたから伸びてきた触腕を防げたが、危なかった。
集落に戻れない。
捨て森の中は決して平坦ではない。前にゼラの仮宿まで歩いた時も、歩けそうな場所は限られていた。
「いっそ一度森を出てしまった方がいいかもしれないな。下手に歩けば迷う」
「それはだいじょう……?」
言いかけて、自分でも不思議に思う。
アユミチは別に登山などのベテランでもなければ捨て森に詳しいわけでもない。
だが不思議と、道に迷うという意識がまるで湧いてこなかった。
「……」
「どうされたんですかぁ?」
周囲を見回す。
捨て森の木は太陽に背を向けて育つ。トバが言っていたのだったか。
だから、多くの木々の梢が垂れていくのが北。
それがひとつの指針にはなるのだけれど。
「そうか」
なんとなくわかる。だから今まで気にしてもいなかった。
アユミチには、レーマ様の住む神域の場所がなんとなく感覚でわかるのだ。この世界に来た最初から。
自分の居場所と神域の場所の位置関係。その上で方角が掴めれば、おおよそ地図上の現在地を把握できる。
「今は、虚穴より東の奥に入ってきたわけだから……」
西には戻れない。
東に進めば、ヘレボルゼ本体がいると言われる捨て森の中心部に進むことになる。
南は駄目だ。捨て森南部は禁域方面になるが、荒野と崖が多い峻険な地形が多い。まともに進めないだろう。
「北か」
森を北に抜ける。
野盗に襲撃された時にメッソが目指したのも北だった。
いつも歩く西への道に出られないのなら、北に抜けるのがいいのだろう。
「こっちだ」
「土地勘があるなら助かる」
「頼もしいですねぇ」
少し違うのだけど、女性に頼られるのは悪い気分ではなくて、足取りに自信が出てしまう。
遠回りでも安全に帰る目途がついてよかった。
◆ ◇ ◆
「遅くなったけど、さっきもありがとう。リグラーダさん」
なるべく茂みが少なく歩きやすそうな方を、木の棒で払いながら歩く。
戦闘の役に立たない以上、せめて先行して虫を払うくらいはしないと。
だいぶ歩いて、日が傾きかけて、今さらリグラーダに礼を言った。
集落に戻ろうとして再度襲われた時、追撃を小弓で助けてくれたことを。
「ああ」
「その弓矢すごいね。小さいのにハンマーみたいな力で」
大木をなぎ倒すような触腕を、横からとはいえ軌道を変えて打ち抜くような力だ。
アユミチでは金棒をフルスイングするくらいの力だと思う。それをパチンコのような小さな弓で。
「これは昔の魔獣の遺骸から作られた特別な弓だ。引く力も相応だがな」
「魔獣? へえ」
アユミチが倒した渇きの王蠍も、すごい外装だったとノクサが言っていた。
あれも素材として使えば普通ではない武具が作れたりするのだろうか。
「魔獣から作った……ええと、大海魔カルマリィ? だっけ」
「あらぁ?」
「畏れ多いな」
歩きながら記憶を辿って出てきた名前に、ビッテスは喜色を、リグラーダはやや呆れたような声を漏らした。
「カルマリィの遺骸とは王船
「ああ、そっか……」
変なことを言ってしまった。
ちょっと聞きかじっただけのことを口にして、どうやら見当違いだったらしい。
王様専用の船に使われる素材を、一介の兵士が持つわけもない。
「これはですねぇ、
「玄鼠兜?」
「黒い頭蓋骨が剥き出しになった鼠で、毛がものすごぉくカタいのにいっぱい伸びたりするんですよぉ」
「触るな」
びん、と。
弦をはじく音と、振り払うリグラーダの気配。
「過去に山で恐れられた魔獣で、私たちも見たわけじゃない。その頭蓋骨と体毛で作られたと聞いている」
「珍しい魔獣?」
「魔獣なんて珍しいに決まっているだろう」
「突然変異とかぁ、他の動物と全然違うものですからねぇ」
何を当たり前のことを、と聞き返されて、また迂闊な自分の発言を呪う。
魔獣と呼ばれるのがそういう分類だとは知らなかった。
この世界の言葉は自動的に日本語の近いニュアンスに翻訳されて頭に入っているが、その自動翻訳の弊害かもしれない。まるで知らない現地語として認識していれば違っただろうに。
「まあ民間の方は魔獣が何とか知らないでしょうねぇ。猛獣も魔獣もどっちも怖いですしぃ」
「そう……でしょ。よくわかってなくて」
ビッテスのフォローに感謝しながら歩調を速める。
異世界人とバレる、というのはさすがになくても、不自然な言動は避けた方がいいだろう。
余計なことは言わない。これ以上は。
しばらく無言で、とにかく北へ進み続ける。
このままだと日が暮れてしまうな、と思い始めた頃に、
「あ」
茂っていた木々の向こうが、白く明るく見えてきた。
捨て森北側の境だ。抜けると広い河原になっているはず。北も南も、川が流れる周辺から樹木が育たなくなるから。
「外だ、ほら!」
「おい」
「あらあらぁ」
代わり映えのしない薄暗い森の中から、外に。
速足が駆け足になりそうなくらいの心持でその白い光の世界に飛び込み、
「――」
アユミチの意識はぷつりと途絶えた。
◆ ◇ ◆
すごく下手で適当な地図だけど
写真も撮ってきたりして今日は全然書けなかったです。
読み直しもできてない。誤字脱字あったら教えて下さい。