法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-12.手に余る荷

 

「言ってくれてもよかったじゃないですかぁ」

 

 適当に何かを磨り潰し、煮て、強めの香草を混ぜて。

 味なんか関係ない。苦ければそれでいい。薬なのだから。

 いい具合にどろっとした石の鍋が少し冷めたところで、わずかに血を混ぜた。

 

 レーマ様の酒瓶。ビストニダの恵みは飲みやすくするための触媒のような扱いだったはず。

 アユミチの血が病気を克服する薬になると、ノクサが言っていた。

 うまく体に馴染むかどうかわからないが、おそらく神様的な力が作用するのだ。薬効とは違う。魔法に近いのかもしれない。

 

 出来上がったその、アユミチでも飲みたくないような匂い立つ薬を、病気の患者に飲ませるように渡した。

 とりあえず今できることはこれだけ、と思ったところで、ビッテスがアユミチを責めるように言う。

 

 

「アユミチくんが噂の薬師だったなんて。聞いてたらもっと優しくしましたよぉ」

「十分優しくしてもらったよ。感謝してる」

 

 ヘレボルゼに潰されていたか、霧の中で眠ったまま死んでいたか。

 彼女たちがいなければ死んでいた。助けてもらった。さらには素肌で温めてもらってこれ以上何を望むというのか。

 

 

「俺が奇跡の薬師だなんて言いふらしていたら、もっと早く死んでいただろうし」

「あははっ、それはそうですねぇ」

「リグラーダは?」

「疲れたからって先に寝ちゃってますよ」

 

 村に着いた段階で日が暮れかけていた。あれこれしているうちに空は真っ暗だ。

 炊事の明かりと村の中の篝火だけ。

 休める時に休むのは軍人らしい。ビッテスはアユミチの作業が終わるのを待って声をかけてきた。

 

「あれで灰息病が治るんですか?」

「たぶん、大丈夫だと思う」

「実際に皆さん治っているみたいですし、そうですかぁ」

 

 できた薬はジルボン師を中心に母子に飲ませに行った。別の住民が斑徂症の男のところに。

 たぶんとても苦くまずいだろうが、我慢してもらうしかない。

 

「酒瓶って言うのはなんです?」

「女神様からもらった酒だよ。どんな苦い薬でも上等な酒みたいにしてくれる」

「それはいいですねぇ。神様……エクピキではないんですよね?」

「ずっと昔に名前を失われているんだって」

「神々の争いより前でしょうか。そういう女神様がいても不思議はありませんしぃ」

 

 ビッテスはここに死病患者の調査に来たのだ。

 アユミチがその治癒をしたのなら、当然いろいろと訊きたいはず。

 利用できるかどうか、値踏みされているのかもしれない。

 

 

「俺を捕まえて司令部まで連れていく、とか?」

「そういう命令は聞いてませんねぇ」

「……」

「そんなに心配しなくてもいいですよぉ。本当に斑徂症も灰息病も治せるなら、ここでアユミチ君を見殺しにしたら私たちの方が処刑されちゃうかもしれませんしぃ」

 

 彼女たちは野盗ではない。正規の軍人だ。

 ルール無用で襲ってきた野盗とは違う。アユミチの利用価値がどうあれ、上に報告するのが仕事。

 金の卵を産む鶏だとして、みすみす死なせるわけにはいかない。

 

「あれこれ心配はわかりますけど、いっそ国王陛下のお墨付きもらって病気を治す貴族って肩書もらっちゃえば楽じゃないですぅ? でもそれだと貴族院の方々がどうでしょうかねぇ?」

「どうなんだろうね」

 

 いつまでも捨て森で暮らしているわけにもいかない。

 ゼラと領地の話をした時にも考えた。どこか落ち着ける場所があれば、そこで療養所のようなことをするのもいいかもしれない。

 その為にトローメ国王の配下になるというのは悪くない道だ。

 野盗にも他の有力者の邪魔も気にせず、国王陛下の名を高めるために死病を治癒する。

 その中でレーマ様に定期的に少年を届ければ、無理なくこなしていけるのでは。

 

 

「なんにも考えがないって感じじゃないですね。よかった」

「一応、俺の薬が金になるのも争いのネタになるのもわかってる。つもりだよ」

「この薬で大儲けしてやるぞー、みたいな人じゃなくて安心しました」

「奇跡の薬師を捕まえて荒稼ぎ、なんて考えはないの?」

「死病を完治できちゃうなんて私の手におえませんよ」

 

 やれやれ、と言った様子で首を振るビッテス。

 

「どれだけの人に狙われると思います? ぜぇったい死んじゃいますからぁ」

「そう、かな」

「奇跡の薬師さんは捨て森出ると死んじゃうってことでもいいかも。今はそもそも出られませんけどねぇ」

 

 アユミチの存在を持て余す。

 捨て森から出られないことになってる方がいい、と。

 それも選択肢のひとつか。嫌煙される捨て森に引きこもっている方が安全ということも。

 しかしそれではレーマ様との約束が守れない。

 

 

「俺にも事情があるんだけど……ビッテスさん、もしかして俺の身になって提案してくれてる?」

 

 国王の庇護を受けたら、とか。森を出られないことにすれば、など。

 アユミチを利用しようとする人間の発想ではない気がする。

 

「アユミチくんに何かあって責任被らされるのは嫌ですし。早く帰って報告して、後は上の人たちにお任せしたいですねぇ」

「ああ」

「お仕事だけ終わらせたら早く帰りたいですよぉ」

 

 面倒な仕事なんてさっさと終わらせて、後は別の担当に押し付けてしまいたい。

 言われてみれば普通の人間の考えすぎて、自分の疑心暗鬼に気づかされた。

 こちらの世界に毒され過ぎていたのかもしれない。

 

 たいそうな野心などがなければ、勤め人としてビッテスの感覚が普通なのか。

 やたら警戒してしまったが、ビッテスの案はアユミチの今後の身の振り方を考えて妥当な方向だった。

 襲われたり騙されたり、人間不信になりかけていた。

 普通に組織で働いている人間なら、面倒事を抱え込みたいわけがない。

 

 

「ごめん。助けてくれたのに二人のことちょっと疑ってた」

「ちょっとじゃなかったですけど、いいですよぉ。それくらい用心深くないと生きていけませんからぁ」

「俺の薬はたぶん結構な金になる。金が絡むと人間、何するかわからないだろ?」

「そうですねぇ」

 

 ビッテスはふんわりと笑って頷いて、

 

「お金だけでもありませんけどねぇ」

「アユミチ様!」

 

 と、すっかり暗くなった集落の炊事場に、アユミチを求めてふらつく足取りで駆けこんできて、そのままうずくまる男。

 何事かと思えば、白霧を吸って倒れていたステンだ。まだ本調子ではないだろうに。

 

 

「何かあったのか?」

「おい、そんなに急がなくてもアユミチ様は逃げないって」

「姉御が……アスパーサの姉御から、アユミチ様に伝言が……」

 

 遅れてきたマノウズと顔を合わせ、だけどマノウズは知らない様子。

 アスパーサからの伝言。

 

「アユミチ様に会ったら必ず伝えてって言われて、なんのことだかわからなかったんすけど……」

 

 目を覚まして、状況を把握して、ここにアユミチがいると聞いて。

 アスパーサからの伝言を思い出して慌てて来た、という。

 

 

「そっちが背中だから後ろからお願いね、センセイ。って」

「後ろから……?」

 

 何の話だ。

 アスパーサには不思議な力がある。未来予知とかそういった。

 彼女には見えていたのか。アユミチが何かのはずみでアスパーサたちと離れ、ステンと合流する未来が。

 

「てっきり俺ぁエロい話なんかと思って……」

「えっちな伝言ですぅ」

「そんなわけねえだろ、アユミチ様が」

 

 マノウズが強く否定するけれど。

 申し訳ない。アユミチもとりあえずエロい話かと思ったのはステンと同じだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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