法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-13.先を見る者

 

「センセイなら大丈夫よ」

 

 明け方、今度はゼラがいないとファニアが青くなっているところに戻ったゼラは、疲れたからと眠ってしまった。

 ファニアとすれば怒りとふがいなさとでたまらない。

 アユミチの為の道しるべと、ヘレボルゼの届く範囲に壁を作ってきたと言う。

 魔法を使えば疲労する。結局そのまま昼前までゼラは寝入ってしまった。

 

 その間も、探しに行くべきだとかなんとか、住民の間に不安は増すばかり。

 結局誰かが行くしかないという空気になりかけたところで、アスパーサがきっぱりと言った。アユミチなら平気だと。

 

「センセイの運命はとっても強いわ。占いに出てくれたの」

「どのように?」

「森の東で黄帯の徒と再び見え、彼を助ける。だそうよ」

 

 黄帯の、といえばエクピキ教の陽灯小司ジルボンか。

 森の東というのも適合する。

 だけど、アスパーサの言うことが正しいとも言い切れない。彼女が言っているだけで。

 

 

「じゃあもう一つ。白い壁が兵の足を塞ぐって」

「それも予言か?」

「どうかしら、遠見? もうすでに起きていることみたいだったから」

 

 予言というわけではなく、既に済んだ事実。

 アスパーサが何を見たのか、ファニアにはわからないけれど。

 

「わりと近い目で出ていたから、きっとすぐに――」

「ちくしょう、どうなってやがんだ」

 

 アスパーサの言葉が終わらないうちに、集落の外れから声が聞こえてきた。

 兵士のマーチスで間違いない。

 悪態を吐きながら集落に入ってくると、ファニアとアスパーサを中心に集まる住民に苦々しい視線を向ける。

 

「あれじゃこっちも帰るに帰れねえ。くそったれ」

「分厚い霧が捨て森の境界一面を覆っている。見る限り、抜けられそうにない。こういうことはよくあるのか?」

 

 一晩明けて、テノンとマーチスは町に報告に戻ると出ていった。

 そして今、昼前に戻ってきた。

 出口付近一帯に霧が立ち込めているから。

 白い壁で道を塞がれて。

 

 

「ね」

「……ああ、わかった」

 

 アスパーサの皮肉っぽい笑みは面白くないけれど。

 戻ってきた兵士たちは何の話だと憮然とした顔だが、誰もが霧を掴むような感覚でなんとも言えない。

 

「信じよう……いや、そうだな。アスパーサの言う通りアユミチ殿が東の集落にいるのならひとまずは安心だ」

「まだ着いていないかもしれないけれど、きっと平気よ。あたしも少し驚いたくらいなのよね」

 

 アスパーサの表情が、少しだけ子供っぽさを感じる無邪気な笑みの色に変わる。

 

「昨夜急に、ぱぁって、ね。こんなにはっきり占いが見えたのは初めて……久しぶりだったわ」

「どうなのか私にはわかりませんけど」

 

 アスパーサの熱っぽい言葉を遮るように、カヨウが澄んだ声を凛と響かせた。

 

「アユミチさんが無事ならそれが何よりです」

 

 アスパーサに含むところはありそうだけれど、カヨウがそう言うとみんなが口々にそうだそうだと言い募る。

 アスパーサの占いを盲信するわけではないが、信じてもいい能力を示してくれた。

 何より、信じたい。

 

 

「吾輩が見るに、暴れるヘレボルゼを避けていけば東の集落の方が近くなることもありましょうな」

 

 イーペンがざっとした地図を地面に書き、東の集落に行ったことがあるユィッヒがなんとなく補足して、皆がそれぞれ知っていることを足しながら確信を深めていく。

 アユミチが死ぬはずがない。なら今はどうしているか、と。

 北上し、そこから東の集落に向かうのは自然なように思える。そうに違いない、と。

 

 

「アユミチの無事がわかりましたか」

「ゼラ様」

 

 起きてきたゼラと、一緒に黒蝶も。

 やはり黒蝶もゼラをアユミチの伴侶と認めているのだな、とファニアの胸を安心と寂しさが掠める。

 嫉妬ではないけれど、気後れするところはある。

 

「昨夜のような無茶はもうお止めください。ヘレボルゼに近づくなど……私がゼラ様の盾となります」

「あれをその剣で下手に受けたら折れるでしょう」

「そういうことを聞いているのではありません」

「魔法使いだったか」

 

 起きたゼラは淡々と、ヘレボルゼの触腕について皆に話す。

 女だてらに村をまとめるゼラについて、二人の兵士は魔法使いだからと理解したようだ。

 

 

「そういえば、出口側にも霧があったと言っていたが、襲われなかったのか?」

「あっちは空っぽみてえだったぜ」

「最初はわからず近づきすぎた。だが攻撃はなかった。石を投げても反応がない」

「カエルを放り込んだらぱったりいったけどな」

 

 ヘレボルゼが襲ってくる気配はなかった。ただとにかく霧が森の境界を塞いでいるだけ。

 石を投げても攻撃されない。しかし生き物が入ればそこで倒れる。カエルが死んだのかまでは確認していない、とのこと。

 

 何にしてもこのままでは進むも退くもできない状況。

 状況が変わるのを待つしかないのか。

 その変化が、より事態を悪化させるかもしれない。どうすれば……

 

 

「捨て森の中でみぃんな治ってましたって報告すりゃ終わりだってのに」

「代わりに魔獣が暴れ始めているということになるが」

「別に代わりでは……」

 

 住民が治った代わりにヘレボルゼが暴れた、というわけではない。はず。

 捨て森には集落を避けて奥に向かう人間もいる。自殺者として。

 把握していないそういう人間もまだ森の中にいるだろうし、ここ十数日でも野盗も含めて多くの死体を虚穴に運ぶことになった。

 腹を空かせて、というにはおかしい。

 

 

「そうだ、おかしい……ヘレボルゼが暴れる理由は、何か別だ」

 

 過去にヘレボルゼが暴れたのは、その一部がこの捨て森から持ち出された時。

 一部を、切り取って。

 

「思い込んでいたな。ヘレボルゼは王蠍とは違うんだ」

「あねさん、どうしたんで?」

「王蠍とは違うんだ、ヘレボルゼは。名もない盗人にも切り取られている」

 

 トローメで魔獣といえば、真っ先に禁域の渇きの王蠍が挙げられる。

 かつて大規模な討伐隊を壊滅させた大魔獣。

 名剣も魔法も、王蠍に傷ひとつつけることはできなかった。王蠍が走るだけで重騎士たちがまとめて肉塊になったと。

 

 嘔息ヘレボルゼはそれと並び称される魔獣。正体不明の、捨て森の主。

 過去に捨て森から持ち出され、その結果町を焼くことになった脅威。

 とにかくその恐ろしさのだけが印象的で、目が曇っていた。

 つい渇きの王蠍と同じように見做(みな)していた。

 

 

「ゼラ様、今ほど下手に受ければ折れると言われました。つまり」

「歯が立たないとは思いませんでしたね」

 

 切れる。

 切れるのであれば戦える。

 切れるのであれば、倒せる。かつて町に持ち出されたヘレボルゼも討伐されているのだから。

 

「私はアユミチ殿から剣をいただいた身。アユミチ殿の帰りをただ待つのでは情けない」

 

 襲ってくる場所はゼラが示してくれた。

 攻撃方法も聞いている。

 

「馬鹿か。飛んでくんのは一本や二本じゃねえんだぞ」

「船体を砕く大矢のような一撃が、だ」

「なればこそ」

 

 神話の時代から住む強大な魔獣が相手。だからこそ。

 

「アユミチ殿の剣、このファニアの戦場(いくさば)として不足はない」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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