法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-16.知恵を集めて

 

 奢日(おごりひ)のポスフォスはその暴威を増し、次々に新たな法度を定めた。

 

 皆、一日の初めに日に祈り、一日の終わりに日に祈ること。

 他者を欺く者には舌焼きを。奪う者は奪った倍量の償いを。

 波狐(なみぎつね)を食うてはならぬ。彼らは日輪の子である。

 (かわや)は南向きに作ること。尻を日に向けぬよう。

 日に向かい便を垂れる者はその尻を鉄串で焼け。鉄串なき時は彼の足で塞げ。

 全て男児は十五にて元服。女児はそれより先に髪上げと定める。

 父を尊ぶに倍して日を崇めよ。星を眺むように母を映せ。

 日の境をまたぐ際は目礼し音のない拍打と合わせ左足より進むこと。

 

 万の禁則に縛られた者の塗炭の声を受け、主たるエクピキはついにポスフォスの権を取り上げた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「これを飲んで寝ていてくれ」

「……苦い」

「仕方ないだろ。その……味をごまかすため、ってのもあって」

 

 灰息病に罹患したリグラーダの為、また薬っぽいものを作った。

 熱はまだ高い。だがだいぶ落ち着いている。

 口づけでもきっと効果はある。だが、皆にそうは言えない。

 

「さっきは甘かったのに」

「リグラーダでもそんな冗談を言うんだ」

「熱のせいかな。似合わない?」

「そんなことないよ。さあ、飲んで寝てくれ」

 

 アユミチの血を混ぜた薬。

 そうと知られながら飲ませたのは、今まではゼラだけだったか。

 

 

「薬の話は口外しないでほしい。ビッテスにも」

「命の恩人の言うことだ。守ろう」

「助かる」

「もう一度口づけしてくれたら、な」

「あのな」

「キスで病が治るというのもあれだ。少女趣味でいい話じゃないか」

 

 別にいい話にしたいわけじゃない。

 リグラーダは苦笑して、薬を一気に飲み下し、また苦そうに笑った。

 

「霧を何とかして家に帰るんだろう。まずはゆっくり休んでくれ」

「弟が……幼い弟が待っているんだ」

「ああ、それならなおさらだ」

「アユミチにも会わせたい。いつか」

「楽しみにしてる」

 

 

 他愛ない会話をしているうちに、もともとかなり無理をしていたのだろうリグラーダは眠りに落ちた。

 彼女の寝顔の唇に少しだけ目がいって、雑念を振り払い小屋を出た。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「使徒様!」

 

 ビッテス達の為に借りた小屋を出たところで、顔にまだ斑点の残る子供が嬉しそうに立ち上がった。

 出てくるのをずっと待っていたらしい。

 一緒にいた木登り上手のナーリヒと一緒に、ぱたぱたと。靴のない素足で痛くないだろうか。

 

「カハロ、元気になった。おかあさんもすごく楽になったって」

「よかった。お母さんと一緒にいてあげてくれ」

「おかあさんが、使徒様にお礼を言ってきてって」

「ああ、わかった。後で見に行くから、カハロも一緒にゆっくり休んでいてほしい」

「うん」

 

 斑徂症の母子。母親はだいぶつらそうだったからまだ起きられる状態ではないだろう。

 元気になってきているのならよかった。

 

 

「ナーリヒ、他の人たちは?」

「大人たちはあっちの集会所で、対策会議? してます」

「ありがとう」

 

 

 

 屋根だけの集会所的な場所で、ジルボン師やネクテフ、ボイターたちを中心に人が集まっていた。

 その外れで、ビッテスは腰袋から色とりどりの宝石を手にして何やら思案している。

 

 

「そうだ、あん時には霧が散ってた」

「確かに言われてみれば……」

 

 ステンやマノウズも一緒に、虚穴の様子がどうだったか。

 どうしたらいいと思うかの対策会議中。

 対策会議というより反省会。何か気づいたことはあったか、など。

 

 

 ――あの腕が暴れたら霧も飛んでって消えたような。

 

 同行していたボイターがそう言い、ネクテフも同じように見たと頷く。

 アユミチはリグラーダを助けるのに必死で見ていない。

 ステンとマノウズはアユミチの方に集中していたが、言われてみればそうだったかもしれないと。

 

 風に揺れない虚穴の白霧。

 あの中に入れば意識を奪われるのは体験済みだが。

 

 

「そういや……あぁ、そうだ。なんつうか……あれ、触れない感じだった」

「何言ってんだステン?」

「霧だよ霧。俺だってあんなの吸ったらヤバいくらい思ってたさ。だから吸わねえように近づいたのに」

「感触がない……いや、ああ」

 

 思い返してみれば、アユミチにはステンの言いたいことが理解できる。

 霧に踏み込んだ一歩目でぶっ倒れたのだが、そこまで深く呼吸したつもりはない。

 普通の霧なら、肌に触れた冷たい感触があってもいいはず。そうではなかった。

 触れない感じ。

 

 物質的な霧ではなくて、もっと魔法的な何かなのか。ヘレボルゼが使う魔法。

 だから風の影響を受けない。

 だけど、ヘレボルゼの触腕の影響はあり、あの触腕なら霧を散らせる。

 

 

「切り落としたあれを使うのは……切られても動くんだったか。それのせいで町を焼いたって」

「ヘレボルゼの災いとな。麻呂の見た文献が確かであれば、少し違うでおじゃる」

 

 切断した触腕を安易に利用とするのは危険かと考え直すアユミチに、

 

「持ち帰った魔獣の断片。水をやっても土をやっても動かず。なれば死肉を与えんとす、と」

「ジルボン師、どこでそれを?」

「教団本院の図書であったかと。麻呂は【指】をいただくまで長かったゆえ、文献で薬や医術を学ぶことが多かったでおじゃるよ」

 

 エクピキの指。治癒の奇跡を使う神の体の一部で、教祖からもらうとかいう。

 教団での階級が上がらなければもらえない。

 下積み期間の長かったジルボン師。しかし人々はエクピキ教に治療を求めてくることが多い。

 だから【指】なしでもある程度の診断、施術ができるように勉強していたのか。

 教団の権威をかさに着た生臭坊主という印象が少し変わる。【指】をもらう前はもっと親しみやすい人格だったのかもしれない。

 

 

「ヘレボルゼは死肉食らいと知られているでおじゃるからな。試すに不思議はなかろうて」

「そうだな、ここから持ち出せたならそうか」

 

 切断しても暴れまわるのなら持ち出せるわけがない。

 断片を切り出して持ち出せたのは事実。

 持ち出したそれに色々と試し、最後に死肉を与えてみたら取り返しがつかなくなった。

 

 おそらく当時も、ヘレボルゼが植物的な特徴を持つ魔獣ではないかと予想したのではないか。

 未知の魔獣の研究をした過去の誰か。我欲の為だったのか目的はわからないが。

 

 

「研究記録が残ってたのか」

「それよりぃ、あのうにょうにょをどうするかですよねぇ? リグラーダさんは少し休ませてあげたいんですけど」

「ああ、もちろん」

 

 初期症状とはいえ、数日は療養してもらわなければならない。

 

 

「アユミチ様がよけりゃあですが」

 

 切り落とした触腕を使って霧を払い、中心部を確認したい。

 リグラーダが本調子ならよかったけれど、しばらくは無理。それでなくても一人でやらせるわけにもいかない。

 彼女の回復を待つか、そうするとまたしばらくはここで足止めだが。

 

 

「あっちの集落が襲われたって聞いて準備してたんで」

「盾?」

 

 思案するアユミチに、ネクテフが遠慮がちに提案を、走っていったボイターが持ってきたのは、大きめの分厚い木盾。

 木の板を重ね合わせたものに取っ手をつけただけの無骨なもの。

 こちらの村には大工道具が揃っていた。作ろうと思えばできる。

 

「丈夫さだけ考えて木目を互い違いに重ねとります。重たいんで、野盗がきたらこの盾でぶちかましてやろうかと」

「あっちから来るってわかってりゃ、どうにかなりそうだってネクテフと話しとって」

 

 確かに、威力は猛烈だが見えないほどの速度ではない。

 木の幹を砕くのも、何発か当ててという感じだ。補強した盾があれば数発は耐えられるかもしれない。

 

 

「ここぁ俺らの村だ。できることはやりたい」

「それでこそ我が民でおじゃる」

 

 いや別にあんたの民じゃねえけど、とボイターがぼやいた。

 アユミチの民というわけでもないが、敵を見た上で手伝いを申し出てくれるのは心強い。

 切るまではできなくても防ぐだけならなんとか。

 

「もっと重ねて作ってみりゃあ、どうにかなるんじゃないかと」

「手の空いてるみんなで作って、アユミチ様を守れねえかと」

 

 攻撃ではなく、まず防御。

 現実的な手段のひとつかもしれない。

 

「慎重に試してみよう」

 

 手作りの盾のさらなる補強を含めて、皆でアイディアを出し合いやってみることにした。

 アユミチ一人ではできないことばかりだが、そんなの日本でも同じことだったか。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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