法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「兵士さん!」
「ああ!」
ネクテフとボイター、ステンとマノウズが二人一組になって木盾で触腕を払いのけ、浮いたところをリグラーダが斬る。
最後の一本はまだ、アユミチが万力のような力を込めて地面に縫い留めていた。
「アユミチくん、無理しないで」
「あぁっ!」
ビッテスの魔法は奥の手だ。連発できないし、使うのに石を消費する。
貴石を触媒にするから短い詠唱でも強い効果を発揮するらしい。
杖を使う者、呪符を使う者。だいたいが何かしら霊的な道具を用いる。
「やはり!」
初日に切った一本は、翌日には出てこなかった。
二日目は木盾の試験運用と様子見だったが、触腕は五本のみ。一本減っていた。
近づきすぎず、練習で何度か触腕を盾で受け、皆で背中から転んだりなんとか踏ん張ったり。横に逸らせる時はその方がいいか、とか。
ボスの攻略を話し合うみたいなことをして、まだ休ませていたリグラーダにも相談して。
三日目。
六本目の触腕が、また生えてきていた。
「白霧の麻酔はヘレボルゼにも効いてる! 傷口から染み込む!」
「そのようだ、な!」
体調を整え直したリグラーダの動きは鋭く、虚穴を軸に伸びてくるだけの触腕であれば十分に見切っている。
西の集落近くの触腕は、虚穴が見えないほどのところまで伸びてきた。
あれはどこから襲ってくるかわからない。
こっち側なら、アスパーサの言う背中側の虚穴の触腕は、そうではない。
こちらが見えていないから、とにかく気配を感知したところを叩き潰そうとするだけ。
夏の夜、蚊の羽音を感じた時の動作はこういう感じかな。
「アユミチ、離せ!」
「わかった!」
切り裂いた部分が白霧に触れると触腕がのたうつ。身をよじり、嫌がるように。
そして霧から逃れようとする。切り落とした場所が根本付近なら、そのまま白霧の方にしぼんでいくのがわかった。
ヘレボルゼ自身も霧の影響を受けている。
自分の毒で死ぬ動物がいる。
蛇の毒は飲み込んでも内臓では平気だけれど、傷口から血管に入ると死ぬとか。
まさにそういう状態なのではないか。
「来るぞ!」
「おぉ!」
アユミチが離した最後の触腕が大きく引き戻され、そこから猛烈な勢いをつけてアユミチに突っ込んできた。
「だりゃぁ!」
その真っ直ぐな攻撃を、マノウズが壊れかけた木盾で叩き落した。
砕けた木片で腕を傷つけながら、誇らしげに。
「いまだ!」
「このクソ野郎が!」
他みんなで地面に落ちた触腕を掴み、踏みつけ、引っ張って。
「はぁっ!」
伸びた触腕の、白霧近い根元をリグラーダのダガーが切断した。
ぼとり、と残った触腕から力が抜ける感触。
「これで終わりですねぇ」
「そうとも限らない、警戒したまま。マノウズ、その腕じゃ危ない。下がっていてくれ」
「つつ、へいアユミチ様……帰れとは言わないでくださいよ」
血を流すマノウズを下がらせる。
死肉を食らうヘレボルゼの触腕。マノウズの血で何かあっても嫌だし、触腕がこれで全てとも限らない。
まだ霧の中に隠れているかもしれない。
「リグラーダ、ビッテス。俺がこいつで霧を払うから……」
「はぁい、何かあればいつでも撃ちますよぉ」
「お前は命の恩人だ。死なせはしない」
ヘレボルゼの触腕で霧を払いのける。
今の戦闘でも確認している。ヘレボルゼ自身の一部であれば、触れないこの白霧を散らせる。
本当に再起動しないかなどちょっと注意しながら、切り落とされた太いそれを手に、少しずつ、霧を払ってみた。
この中で一番腕の立つリグラーダと魔法を使えるビッテスは、何かあれば即対応の姿勢。
怪我をしたマノウズ以外のステン、ネクテフ、ボイターも、木盾を構えて注意深く周囲を窺う。
「……」
触腕の体液が飛び散るかと思ったが、白霧に触れると傷口がじゅうと音を立てて焼けた。
実際に燃焼したわけではないが、拒絶反応のように。
「慎重に……まだ触腕があるかも……」
自分に言い聞かせながら、やや大きな家一軒ほどの濃い白霧を払って進む。
霧に取り込まれたら気絶する。十分に周囲を確認しながら――
「っ?」
何かに当たった。
と同時に、ぼとりと、持っていた触腕が軽くなる。
「切れ、た?」
白霧の中に木でも生えていたのかとも考えたが、違った。
おそらくほぼ中心部に――
「針、ですかねぇ?」
ビッテスが針と言ったのもわかる。そういう形。縫い針のような、上の方に少し穴の開いた尖ったもの。
真っ白な針。
「なんだよ、神様の服でも縫うってのか?」
ボイターがそう漏らしたのもわかる。
縫い針にしてはあまりに大きい。アユミチの身長よりまだ長い、白い針。
振り回していた触腕はそれに当たって切れたのだ。
周辺の霧を入念に払ってみれば、地面に突き刺さった大きな白い針。
その周りに、触腕の本当の根本だったのだろう切り口が……膿んだ傷痕のような切断面が、ぐじゅぐじゅと。
リグラーダに斬られて、白霧に焼かれて、根元までしぼんでいる。
「触らない方がいいと思うが」
「ですよねぇ」
白い針の根元から、薄っすらと白い霧が漏れてきている。
これが霧の発生源か。
素手で触れるのは危険だろう。
「斬ってみてもいいが……」
「いや、触れただけですとんと落ちた感じだった」
リグラーダがダガーを構えるが制止する。
代わりに、まだ残っていた触腕を軽くその針に向けて放ると、触れたところですっぱりと真っ二つに切断された。
「神話の遺物か」
「そのダガーも相当いい物なんだろうけど」
「ああ、王都の一級品だ」
触腕を何本切っても切れ味が落ちないダガーは名品なのだと思う。
無駄に失うわけにはいかない。
霧と同じで物理的なものではないかもしれない白い針に、木の枝を投げてみたら同じような結果。
続けてネクテフが投げた石も、すっぱりと真っ二つ。
「なんていうか……この触腕は片付いたけど、解決にはまだ遠いな」
おそらく二日弱は触腕は復活しない。
白い霧は、この針からまた漏れだしてここを虚穴にするのだろうか。
「……」
ちょっとした興味本位だったのは否めない。
矛盾。
最強の盾と矛をぶつけたらどうなるのか、なんて。
レーマ様からもらった折れない木の棒。
なんでもすっぱり切り落としてしまうこの白い針に当てたら、どうなのだろうと。
切れてしまいそうだったらすぐに離す。
そういうつもりで、先っちょでとん、と。
うんちを突っつく棒のように、ちょんと触れただけ。
「あ?」
感触があった。当たった感触が。
地面に突き刺さっていた白く大きな針が、木の棒に押されて少しだけ傾いて、あとは泡のように消えてしまうなんて思いもしなかった。
「アユミチくん?」
「なんだぁ?」
何をしたのか、と言われても。
何をしたわけでもない。
「斬り痕が……」
白い針が消えたと思ったら、その周囲の触腕の六つの切り口も、腐れ落ちるように消えてしまった。
わずかに生えていた地面に穴の後だけを残して。
「……とりあえず退治した、かな?」
「これで霧が……他の虚穴も同じようにすれば、霧が晴れる、か」
「元々入り口の方にこんな針はなかったですからねぇ」
確かに、他の虚穴にも白霧を発生させるこの針があるのかもしれない。
ヘレボルゼの霧がなくなれば森から出ることもできる。
解決に一歩近づいたと見ていいだろう。
「さすがアユミチ様だぜ……女神様の使徒アユミチ様だ」
またジルボン師が大仰に騒ぎそうだ。
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