法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-17.盾と棒

 

「兵士さん!」

「ああ!」

 

 ネクテフとボイター、ステンとマノウズが二人一組になって木盾で触腕を払いのけ、浮いたところをリグラーダが斬る。

 最後の一本はまだ、アユミチが万力のような力を込めて地面に縫い留めていた。

 

「アユミチくん、無理しないで」

「あぁっ!」

 

 ビッテスの魔法は奥の手だ。連発できないし、使うのに石を消費する。

 貴石を触媒にするから短い詠唱でも強い効果を発揮するらしい。

 杖を使う者、呪符を使う者。だいたいが何かしら霊的な道具を用いる。

 

 

「やはり!」

 

 初日に切った一本は、翌日には出てこなかった。

 二日目は木盾の試験運用と様子見だったが、触腕は五本のみ。一本減っていた。

 近づきすぎず、練習で何度か触腕を盾で受け、皆で背中から転んだりなんとか踏ん張ったり。横に逸らせる時はその方がいいか、とか。

 ボスの攻略を話し合うみたいなことをして、まだ休ませていたリグラーダにも相談して。

 

 三日目。

 六本目の触腕が、また生えてきていた。

 

 

「白霧の麻酔はヘレボルゼにも効いてる! 傷口から染み込む!」

「そのようだ、な!」

 

 体調を整え直したリグラーダの動きは鋭く、虚穴を軸に伸びてくるだけの触腕であれば十分に見切っている。

 西の集落近くの触腕は、虚穴が見えないほどのところまで伸びてきた。

 あれはどこから襲ってくるかわからない。

 

 こっち側なら、アスパーサの言う背中側の虚穴の触腕は、そうではない。

 こちらが見えていないから、とにかく気配を感知したところを叩き潰そうとするだけ。

 夏の夜、蚊の羽音を感じた時の動作はこういう感じかな。

 

 

「アユミチ、離せ!」

「わかった!」

 

 切り裂いた部分が白霧に触れると触腕がのたうつ。身をよじり、嫌がるように。

 そして霧から逃れようとする。切り落とした場所が根本付近なら、そのまま白霧の方にしぼんでいくのがわかった。

 ヘレボルゼ自身も霧の影響を受けている。

 

 自分の毒で死ぬ動物がいる。

 蛇の毒は飲み込んでも内臓では平気だけれど、傷口から血管に入ると死ぬとか。

 まさにそういう状態なのではないか。

 

 

「来るぞ!」

「おぉ!」

 

 アユミチが離した最後の触腕が大きく引き戻され、そこから猛烈な勢いをつけてアユミチに突っ込んできた。

 

「だりゃぁ!」

 

 その真っ直ぐな攻撃を、マノウズが壊れかけた木盾で叩き落した。

 砕けた木片で腕を傷つけながら、誇らしげに。

 

「いまだ!」

「このクソ野郎が!」

 

 他みんなで地面に落ちた触腕を掴み、踏みつけ、引っ張って。

 

「はぁっ!」

 

 伸びた触腕の、白霧近い根元をリグラーダのダガーが切断した。

 ぼとり、と残った触腕から力が抜ける感触。

 

 

「これで終わりですねぇ」

「そうとも限らない、警戒したまま。マノウズ、その腕じゃ危ない。下がっていてくれ」

「つつ、へいアユミチ様……帰れとは言わないでくださいよ」

 

 血を流すマノウズを下がらせる。

 死肉を食らうヘレボルゼの触腕。マノウズの血で何かあっても嫌だし、触腕がこれで全てとも限らない。

 まだ霧の中に隠れているかもしれない。

 

 

「リグラーダ、ビッテス。俺がこいつで霧を払うから……」

「はぁい、何かあればいつでも撃ちますよぉ」

「お前は命の恩人だ。死なせはしない」

 

 ヘレボルゼの触腕で霧を払いのける。

 今の戦闘でも確認している。ヘレボルゼ自身の一部であれば、触れないこの白霧を散らせる。

 

 本当に再起動しないかなどちょっと注意しながら、切り落とされた太いそれを手に、少しずつ、霧を払ってみた。

 この中で一番腕の立つリグラーダと魔法を使えるビッテスは、何かあれば即対応の姿勢。

 怪我をしたマノウズ以外のステン、ネクテフ、ボイターも、木盾を構えて注意深く周囲を窺う。

 

 

「……」

 

 触腕の体液が飛び散るかと思ったが、白霧に触れると傷口がじゅうと音を立てて焼けた。

 実際に燃焼したわけではないが、拒絶反応のように。

 

「慎重に……まだ触腕があるかも……」

 

 自分に言い聞かせながら、やや大きな家一軒ほどの濃い白霧を払って進む。

 霧に取り込まれたら気絶する。十分に周囲を確認しながら――

 

 

「っ?」

 

 何かに当たった。

 と同時に、ぼとりと、持っていた触腕が軽くなる。

 

「切れ、た?」

 

 白霧の中に木でも生えていたのかとも考えたが、違った。

 おそらくほぼ中心部に――

 

「針、ですかねぇ?」

 

 ビッテスが針と言ったのもわかる。そういう形。縫い針のような、上の方に少し穴の開いた尖ったもの。

 真っ白な針。

 

「なんだよ、神様の服でも縫うってのか?」

 

 ボイターがそう漏らしたのもわかる。

 縫い針にしてはあまりに大きい。アユミチの身長よりまだ長い、白い針。

 

 振り回していた触腕はそれに当たって切れたのだ。

 周辺の霧を入念に払ってみれば、地面に突き刺さった大きな白い針。

 その周りに、触腕の本当の根本だったのだろう切り口が……膿んだ傷痕のような切断面が、ぐじゅぐじゅと。

 リグラーダに斬られて、白霧に焼かれて、根元までしぼんでいる。

 

 

「触らない方がいいと思うが」

「ですよねぇ」

 

 白い針の根元から、薄っすらと白い霧が漏れてきている。

 これが霧の発生源か。

 素手で触れるのは危険だろう。

 

 

「斬ってみてもいいが……」

「いや、触れただけですとんと落ちた感じだった」

 

 リグラーダがダガーを構えるが制止する。

 代わりに、まだ残っていた触腕を軽くその針に向けて放ると、触れたところですっぱりと真っ二つに切断された。

 

「神話の遺物か」

「そのダガーも相当いい物なんだろうけど」

「ああ、王都の一級品だ」

 

 触腕を何本切っても切れ味が落ちないダガーは名品なのだと思う。

 無駄に失うわけにはいかない。

 霧と同じで物理的なものではないかもしれない白い針に、木の枝を投げてみたら同じような結果。

 続けてネクテフが投げた石も、すっぱりと真っ二つ。

 

 

「なんていうか……この触腕は片付いたけど、解決にはまだ遠いな」

 

 おそらく二日弱は触腕は復活しない。

 白い霧は、この針からまた漏れだしてここを虚穴にするのだろうか。

 

「……」

 

 ちょっとした興味本位だったのは否めない。

 矛盾。

 最強の盾と矛をぶつけたらどうなるのか、なんて。

 

 レーマ様からもらった折れない木の棒。

 なんでもすっぱり切り落としてしまうこの白い針に当てたら、どうなのだろうと。

 

 切れてしまいそうだったらすぐに離す。

 そういうつもりで、先っちょでとん、と。

 うんちを突っつく棒のように、ちょんと触れただけ。

 

「あ?」

 

 感触があった。当たった感触が。

 地面に突き刺さっていた白く大きな針が、木の棒に押されて少しだけ傾いて、あとは泡のように消えてしまうなんて思いもしなかった。

 

「アユミチくん?」

「なんだぁ?」

 

 何をしたのか、と言われても。

 何をしたわけでもない。

 

「斬り痕が……」

 

 白い針が消えたと思ったら、その周囲の触腕の六つの切り口も、腐れ落ちるように消えてしまった。

 わずかに生えていた地面に穴の後だけを残して。

 

 

「……とりあえず退治した、かな?」

「これで霧が……他の虚穴も同じようにすれば、霧が晴れる、か」

「元々入り口の方にこんな針はなかったですからねぇ」

 

 確かに、他の虚穴にも白霧を発生させるこの針があるのかもしれない。

 ヘレボルゼの霧がなくなれば森から出ることもできる。

 解決に一歩近づいたと見ていいだろう。

 

「さすがアユミチ様だぜ……女神様の使徒アユミチ様だ」

 

 またジルボン師が大仰に騒ぎそうだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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