法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
翌日、虚穴も触腕も枯れたままの状態を確認した。
白い針を除去したことで、ここの虚穴は完全に消えた可能性が高い。
次はどうするか。
皆の知っている限りの知識で捨て森全体の地図を作り、あらためて位置関係を確認する。
捨て森の東側は険しい高山地帯になるらしい。その高山地帯の向こう側が南港ノーテス。王船
東の集落と呼んでいたここは、全体像からすると捨て森の北部。西の集落から見て東にあるだけ。
先日の虚穴の向こうに進めば、捨て森の中心部。
ヘレボルゼの本体がいると言われる。
背中側のこちらから本体を叩くべきなのか、どうなのか。
ヘレボルゼを討伐することができれば、今の状況は一変する。霧も、触腕の危険もなくなる。
しかし、危険度がまったくわからない。
様子見に行くことさえ、取り返しのつかないことになるかもしれない。
正体不明の森の魔獣。それを相手にするより、西の集落と合流したい。
ゼラやファニア、カヨウたちがどうしているか。
アスパーサに会えれば、もっと色々なことがわかるかもしれない。
白い針のことだって、ノクサなら何か知っているかも。
むやみやたらに突っ込むより、仲間と連携して少しでも安全にことを進めたい。
アユミチの願望も多分にあったが、次の目標は東と西の集落の間の虚穴で決定した。
情報のないヘレボルゼ本体より、中身がわかる虚穴を選んだのは間違いではないはず。
◆ ◇ ◆
「くっそ! 一発かよ!」
「無理するなボイター」
背中側から近づいたから、だろうか。
西森近くの虚穴が見えるまで攻撃はなかった。
もうすぐだ、十分に注意を。そう言いながら慎重に進み、白い霧の塊が遠くに見えて。
北側から来ると比較的平坦な地形で、遠目だからよく見える。
白霧の中から上に昇る六本の触腕。こちらも六本。
霧を一度上に抜けてから、木々の枝の間を伝いながら西に向かって。あとは木や葉が邪魔で確認できない。
がさがさっと音がしたから、葉っぱが落ちたから。
頭上から勢いをつけて叩きつけられた触腕を、ボイターはなんとか盾で受けられた。
木盾は砕け、ボイターは後ろにひっくり返って一回転したが、無事だ。
続けて鞭のように脈打った触腕も、ジャンプで避ける。盾がなければ逃げるしかない。
「こんにゃろが!」
近くにいたステンが、前に野盗から奪った短剣を触腕に突き立てた。
ぐさりと刺し、すぐにステンも飛び退いた。
最初の虚穴で戦った経験が活きる。彼らもある程度は触腕の動きを理解している。
RPGでいうところの経験値や熟練度だ。魔獣相手でも二度目、三度目となれば慣れてくる。最初で死ななければ。
「ひぃぃっ!」
「マノウズ、ネクテフ! ジルボン師を頼む!」
「うっす!」
「わかった」
一発で木盾を壊されたのは長く伸びているからだ。単純に振りかぶる勢いが強い。
長く伸びているせいで、虚穴とは違った角度から襲ってくる。
しかし動いている以上気配は消せない。小さな枝や葉を落としながら近づく。
サメ映画で言えば背ビレや波しぶき、ホラー映画で言えば足跡のような迫ってくる気配がわかる。
その上で敵の姿形を知っていれば、恐怖心は薄れる。
「こっこだぁ!」
次に狙われたのはアユミチ。
前に戦った時と違い、こちらの位置が見えているらしく迷わず触腕の先端が突っ込んできた。
「だぁ!」
身をかわしながらその触腕を叩き払う。
ただ払うだけでは方向を変えられないくらいの強さ。
靴下に硬貨を詰めてぶん殴る、アジアに伝わる隠し武器ザギーの威力を数倍にしたような力。
木の棒は折れないが、この威力を弾き返す腕力などない。
「わかってればこんな――」
「アユミチ!」
薙ぎ払ってかわしたつもりのアユミチに、触腕がうねった。
波打った。
縄跳びを波打たせるように、突き刺さったところから大きく左右に、傍に立っていたアユミチを今度は触腕がなぎ倒す。
「うぉぁっ!?」
勢いが削がれていたから破壊力はない。
しかし触腕は大繩より重い。受けた姿勢が悪く転ばされた。
「やらせない!」
一度波打ってから、再び頭をもたげてアユミチを叩き潰そうとした触腕を、横からリグラーダが殴りつけた。
こちらもすさまじい威力で、横面をぶん殴られた触腕が木の幹にぶつかる。
「
ビッテスの魔法が輝く。
光の有刺鉄線のような網が触腕を捕らえた。
引き抜こうと暴れた触腕が、ずだぼろに引き裂かれながら樹上に、虚穴に向かって引っ込んでいく。
声はないが、傷つき苦痛を感じると引っ込む反応は生き物らしい。
「大丈夫ですかアユミチ様!」
「転んだだけだ。まだ次が」
「っ……」
アユミチを倒した時は波打っただけで大した威力はなかった。怪我はない。
そんなことより触腕は一本ではない。すぐに次が来る……と思ったのだが。
「……こない?」
「リグラーダさん、手を。司祭様に」
全員で警戒しながら周囲を見回すが、次が来ない。
魔法を使ったビッテスは、触腕を殴りつけたリグラーダの手をジルボン師に見てもらうよう促した。
「いい、平気だ」
「痛めたはずですから。次が来る前に見てもらってくださいよぉ」
「リグラーダ、ビッテスの言う通りだ」
人間同士の殴り合いだって拳を痛める。
人間離れした勢いで魔獣の触腕を殴りつけたリグラーダの手が痛んでいないわけもない。
骨にひびや何か入っていてもおかしくない。
「やるなら早く見せるでおじゃる。またあれらが」
「……わかった」
嫌そうに、仕方なさそうに、けれど手を握り直して顔をしかめたリグラーダが頷きジルボン師に手を突きだした。
さすがビッテスは相棒だ。リグラーダの強がりをよく見抜いている。
「東にいた奴とは違うな。攻撃範囲も、戦い方も」
「これが背中側じゃないってことでしょうかねぇ」
一本撃退するだけでも一苦労だ。
これが複数となれば、とてもこのメンバーでは対応しきれない。
「アユミチ様、あれを!」
「なん、だ?」
虚穴の白霧から立ち上がる触腕の束。
そこから西に向かう木々が、一斉にざわざわざわっと震えだし、捨て森の枝葉をまき散らし始めた。
総攻撃をかけるぞ、とでも言うように。
「揺れ……」
「これは、よくないかもですぅ」
「あっちこっち、森全部が……」
マノウズはそう言うが、森全部ではない。しかしそう思わせるくらいに虚穴を中心に広範囲に、激しく。
捨て森全部がアユミチたちを排除しようとしているかのように――
「アユミチの旦那ぁ!」
「アユミチ様!」
鳴動する森の中、切羽詰まったダミ声がアユミチを呼んだ。
「ムンジィ!」
「さっき光ったんで、やっぱり旦那だった。ああ」
ムンジィと、一緒に連れているのはコニーとプレブラの母娘。
こんな危険な場所になぜ連れてきたのかわからない。だいたいムンジィだけで何を?
「なんでここに? みんなは――」
「すまねえ……すまねえ旦那」
被せるようなアユミチの質問を遮るように、絞り出す声で。
苦い顔で首を振るムンジィと、顔を伏せるコニー。
「……あの集落は、もうダメだ」
◆ ◇ ◆