法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
ファニアはアユミチの想像を大きく越えて強かった。
片足の腱が切れて、病み上がりで十人単位の野盗を相手にしていたのだ。
そこから倍、さらに倍。それ以上の戦闘能力。美しい戦神のよう。
リグラーダがそれをサポートし、他の皆も協力すればどうにかなる。
攻撃パターンの限られる触腕相手であれば、どうにか。
問題は、触腕が白霧の上に抜けていること。
霧近くで切断できれば、引っ込んだ触腕は霧の影響で萎む。ただファニアも空は飛べない。
切る為に飛び込んだら、ファニアが濃密な白霧の中に突っ込むことになってしまう。
霧を払うにも、まだ触腕の攻撃が止まない状態では、霧の中から攻撃を受けるかもしれない。危険すぎる。
――倒し方はわかってるわけですしぃ。
ためらったアユミチに、ビッテスが手にした宝石を輝かせた。
あとはお願いしますね、と言いながら唱えた光の茨の魔法が。霧の上に突き出していた触腕を束ね、引き裂き。
のたうち回った触腕を、ファニアを中心として切断して回った。
◆ ◇ ◆
「これが霧の源、ですか?」
「触らないように。たぶん鉄でも触れただけで切れる」
みんなで霧を払い、霧の中から現れた白い巨大な針。危険度を周知するため、残っていた触腕がすぱっと切れる様子を見せた。
口で言うより見た方が早いし脳に刻まれる。
「どうされますか、
「大丈夫だ」
アユミチが木の棒を当てる。前と違うことはないように、と祈りながら。
こつんと当たって少し傾くと、前回と同じく周囲の霧と共に泡のように消えていく。
『なんでフォティゾが……真逆じゃない』
ノクサの呟きが気になるが、今は人目もある。他の人間には聞こえていないので後にする。
それよりも今は。
おぉぉ、と安堵のどよめきと歓声、笑い声が広がっていった。
正体不明の魔獣の触腕と、人知の及ばない白霧。それらが消えた事実に。
「さすがアユミチです。魔獣の神秘も明かしてしまわれるとは」
「いや、わからないことだらけだよ」
別に何か解き明かしたわけじゃない。偶然、持っている木の棒が珍しいものというだけ。
戦いだってファニアやリグラーダに任せっきりだ。せいぜい無様になんとか防いだり避けたり。
「アユミチの留守を守れず、妻として――」
「ゼラ、ありがとう」
謝ろうとするゼラの手を取り、言葉を遮る。
謝られることなんて何もない。
「無事でよかった。君が……ゼラに会えて、すごく安心した。みんなを守ってくれたって、本当にありがとう。ゼラが無事でよかった」
「
色素の薄いゼラの頬に赤みが差し、瞳も柔らかく緩む。
あらためて正面から見るととんでもない美人だ。ノクサにも劣らない。
見つめ合っていると妙な雰囲気になりそうで、手を離して他の住民たちに向き直る。
「ファニアも、ムンジィも……みんなも無理をさせた。無事でよかった。怪我があればジルボン師に頼んでみてもらってくれ」
顔色の悪いカヨウを見つけて、うんと頷く。
「すごい魔法を使って皆を助けてくれたんだって? ありがとう、カヨウ」
「はい……今度アユミチさんにも見せてあげます、から」
「わかった、無理をしないでくれ」
「あんたが集落の長か。俺は西港ディサイのポーラ隊テノンだ。同じくマーチス」
再会の喜びを確かめるアユミチに、横から長身の男が口を挟んだ。
不躾な奴。
「死病を治すのはあんたで間違いないんだな? 俺たちはその調査に――」
「生きていたんですねぇ、テノンくん。マーチスくんも」
職務に忠実といえば忠実なのだろう。
こんな状況でも、捨て森の調査の最優先事項を確認しようと。
アユミチの苛立ちを察したわけでもないだろうが、ビッテスが後ろから声をかけると、二人の兵士は明らかに嫌そうな顔をした。
なんとなく聞いていたが本当に仲が悪いようだ。
「けっ、おかげさまでな」
「いえいえ、お気になさらずぅ」
「あぁん?」
ビッテスはにこにこ微笑みながら煽り、マーチスが低い声でうなり返す。
あまり付き合いがない相手だと言っていた。所属部隊が違うのだと思う。
ビッテスに詰め寄るマーチスに、長身のテノンも続いて、
「情報共有はしてもらえるんだろうな?」
「もちろんいいですよぉ」
勝手に喧嘩腰にビッテスとリグラーダの方に行ってくれたのだが、なんなんだか。
ビッテスと違い高圧的な兵士……貧民に対する正規兵ならあんなものかもしれない。ビッテスが変わりものなだけで。
「ポーラ隊って言いやしてね。右流伯直下の兵士ですぜ」
「西港の総督だっけ?」
西港ディサイを本拠地とする右流伯マクリアス家と、反対に東の左潮伯エクソト家とは仲が悪いとか聞いた。
その右流伯の直属部隊の兵士。
「問題児集団の奴隷海将隊と別の意味で評判がわりい。関わらねえほうがいい」
「この子にもコナかけてたもの。美味しいお菓子をあげるからこっちへおいで、って」
「……」
なんでアユミチに言うの、という顔でカヨウがアスパーサを見上げた。
思春期の少女だ。恋するアユミチに、他の男にいやらしい目で見られたのを知られたくないと思うこともあるだろう。
カヨウは特に純真な子だから。
兵士たちの誘い方については、どこの世界でも似たようなものなんだなと妙に納得してしまう。
「アスパーサ、助かったよ。ステンに伝えてくれた予言」
「あれはただの伝言よ。でもセンセイのお役に立てたならよかったわ」
裏を読みにくい笑顔で頷くアスパーサだが、今のうちに確認しておきたい。
「他に知っていることがあれば教えてほしい」
「女のカラダのコトかしら?」
「そういうことじゃなくて」
すぅっと目を細めるカヨウと、あちゃあという顔のムンジィ。
不潔ですアユミチさん、とでも言われそう。
「俺の質問が悪かった。ヘレボルゼや霧のこととか」
「教えてあげたいんだけど、ね。残念ながらあたしも、霧がかかっちゃって見えなかったの。わかるのは、このままだと霧に飲まれるってことだけ」
「霧に……」
『アユミチ、そっちはノクサが教えてあげる』
霧がかかって未来が見えない。
このままだと霧に飲まれる。
飲まれたらどうなるのか。
白霧に包まれれば意識を失う。そのまま時間が経てば死ぬだろう。
そうなる前に、あの触腕に捕まり食われるのかもしれない。昔から虚穴はそういうものだったようだし。
霧の発生源の虚穴を全て塞げばいいのだろうか。
「捨て森にどれだけの虚穴がある……」
想像がつかない。
集落を襲った触腕の話からすれば、人の足ではなかなか行けないような場所にもある。
全部の針を解除するというのは現実的ではない。
「困難な場所であれば、わたくしの魔法で道を作りましょう」
「どんな状況でも、アユミチ殿の道を切り開きます」
「吾輩も及ばずながら知恵を貸しましょう。こう見えて生き物の生態には人並みならぬ知識がありますのでな」
ゼラとファニアに続けてイーペンが胸を張り、表情を曇らせたアユミチを元気づけるような言い方をした。
そうだ、ようやく住み慣れてきた集落を失って不安な住民たちに、アユミチが不安を見せてはいけない。
大丈夫だ、なんとかなる。そういう顔をしなければ。
「ぼんやり見えた感じだと、森の中心に行くのが吉。だけど凶。そんな感じね」
「中心……」
吉、だけど凶。
やはり中心のヘレボルゼ本体をどうにかする必要がありそうだ。
「ヘレボルゼと対決か」
『たぶん解決できると思う。たぶんだけど、うん』
「ああ」
アユミチの胸中を察したように、背中を押してくれるノクサの言葉。
「どうにかできると思う。安心してくれ」
『王蠍より弱いもの。アユミチなら大丈夫でしょ、きっと』
「……たぶん、大丈夫だ」
ああそう。
もう少し早く言ってくれないかな。
じとっと視線を送ると、ノクサはてへっと可愛く舌を出した。
わざとやったな、この美少女妖精。
◆ ◇ ◆