法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
『この霧はフォティゾの魔法なのよ。あの腐れポンチ!』
「フォティゾ? さっきも言ってたな」
エクピキと争っていた主神はポスフォスだったから、別の神様。
とりあえずノクサ。お前は可愛いんだからもう少し言葉を選べよ。
わけのわからないことを言うノクサに、いつもこんな感じだなとも思うのだが。
『わけのわかんない魔獣をあのバカが隠して置いといたの。この霧の魔法の燃料にも利用してるみたい。ほんっとに余計なことしかしないバカフォティゾ!』
ああ、そうか。
そりゃあ本当に腐れポンチ野郎だ。
生ゴミみたいなものを残してくれて。
「フォティゾってのはそういう神様だったのか?」
『真逆ね』
「は?」
『なんでもかんでも表に出す。白日に晒すっていうか、あばきたてる? 露悪趣味』
フォティゾを表現するなるべく下劣な言葉を探して並べた。
『言わなくていいことを言う。知らなくていいことを表に出す。あいつの信者が仲違いするのも全部フォティゾのせいだったの』
あーうん、いるよなそういう人。
別にわざわざ言わなくてもいいことを言わずにいられない。
『僕は全部わかっちゃうんだよ、って感じで。ノクサあいつ大っ嫌いだったの』
「ノクサが嫌いじゃない神様って誰だよ」
『レーマのことは嫌いじゃなかったわよ。それにスカーアでしょ、あとはランプシーかな? 存在してるだけで無害だったし』
白い霧は、フォティゾの魔法によるもの。
なんでも表沙汰にしちゃうような性格だったのに、都合の悪いものを覆い隠すような魔法で魔獣を隠していた。
フォティゾ自身はもう死んでいる。白い針を起点にして、ヘレボルゼの力を燃料にして魔法を維持、発動。
そういうことらしいのだが。
「フォティゾにとって都合が悪いものだから隠したのか?」
『それもなんか違うのよね。変な生き物? だけど別に……だいたいあいつなら、ほらほら見てごらんこんなに醜いよって喜んでさらすと思うんだけど』
「うざい奴だな」
ほら見てゴキブリだよ気持ち悪いねー、なんてガキみたいなことをする神様。
ノクサの言う腐れポンチ。
「なんでフォティゾの魔法だってわかる?」
『あの針、マーカーなの。フォティゾが目印つける時に使ってたから』
「いったい何のために魔獣を隠してたんだろう」
『ほんとにさっぱり。王蠍より全然弱い魔獣みたいだし……本体見てないからわからないけど、たぶん大丈夫よ。退治できるんじゃない』
「その王蠍を倒したのは偶然だって何度も言ってるだろ」
ノクサもヘレボルゼのことは全く記憶にないようだ。
しかし、フォティゾが生きている頃に隠そうとしていたのなら、その頃から存在していたはずでは?
神々がまだ存在した頃に、大して強いわけでもない魔獣を隠そうとした。
意図が全くわからない。
『あー、そっかぁ』
「なにかわかった?」
『ううん、フォティゾがずいぶんあっさりと死んじゃったなって。自分の性質と逆の魔法を使って弱ってたのね』
それから続けて何かを連想したのか、苦い顔で首を振る。
『そう……ランプシーも、そうね。フォティゾがやけに人間同士の対立をあおるようなことしてたけど、ランプシーを弱らせる為だったんだわ』
「人間が争うとランプシーが弱る?」
『事なかれ主義っていうか、精神的に弱かったから。ポスフォスとエクピキが喧嘩して、人間たちも争って。たぶん最後の頃はかなり参ってたと思う』
強気な神様もいれば弱気な神様もいる。
レーマ様の天馬に食われたアニラービーとかいう悪戯者もいたというし、本当によくわからない。
神様のことなど理解しようとしても無駄だ。
「とにかく、霧の魔法の燃料がヘレボルゼなら、それを片付ければ霧も消えるんだな」
『それは間違いないわ。なんでノクサが栓になっていたんだかわからないけど』
ノクサの封印が栓になっていた。
それを解いたアユミチに責任はある。ノクサのせいではない。
栓が抜けて、先月から少しずつ捨て森の霧が濃くなってきていた。それに合わせてヘレボルゼも活性化。
おそらく、最初はゆっくり進んでいたから気づかないくらいに。
捨て森周辺を覆う霧も、このままだと加速度的に速く進行していく可能性がある。
アスパーサも言っていた。霧に飲まれる、と。
「じゃあ、その本体をどうにかするか」
『うん、アユミチかっこいい』
「倒してから言ってくれ」
ファニアにゼラ、ビッテスとリグラーダがいて、ノクサも傍にいる。
きっとうまくいく。
結局、自分の力じゃないんだなと情けないが、アユミチが突然他人になどなれないのだから仕方がない。
◆ ◇ ◆
「星光のビッテス。偵察兵にしては大物すぎます」
「ディサイの上級兵が同行せざるを得なかったのは理解できましたわね」
「院仕隊副長……西港にいることは不自然ではありません。右流伯か左潮伯、どちらにも院仕隊幹部の目は置きますから」
アユミチがノクサと密会するのはいい。ファニアもゼラと秘密の相談をする。
アユミチは知らないようだ。ビッテスがトローメ王国切っての俊英魔法使いで院仕隊副長。
捨て森の先行調査などをやるような立場ではない。
「なぜ彼女が来たのだと思います?」
「何か……おそらく確信があったのかと。アスパーサのような予言者がいても不思議はありません」
「神の奇跡めいた何かがあると予見していたと。動きが早いことも符合しそうです」
院仕隊は貴族院直下の軍隊。その幹部が、本当に死病が治るとも知れない捨て森に来たのなら、噂以上の何か情報があったはず。
貴族院も馬鹿の集まりではない。明確ではなくても何か予知的なもので察知して、ビッテスにはその備えをさせていた。
最初に兵士たちと話した時にファニアが覚えた違和感。初動が早すぎる。
ゼラと話しながら抜けた欠片が埋まっていく。
「敵でしょうか?」
「なんとも……アユミチ殿は、何度か命を救われたということですが」
「奇跡の薬師、死なせるわけにはいかないでしょう」
「兵士に対するのと同じように、アユミチ殿の情報について。余計なことは言わないよう皆に言います」
「とりあえずは」
ゼラは皮肉気に笑い、
「ヘレボルゼを倒すまでは一蓮托生ですわね」
「ええ、それまでは」
◆ ◇ ◆
「ファニア・イア・イオルテ。私兵にしては大物過ぎる」
「鬼巫の花札とここで共闘とは思いもしませんでしたねぇ」
「魔法抜きでならトローメで最強格の女戦士と。見れば納得だ」
「あんなのを五枚も揃えられたら、暗殺なんてそう簡単にできるわけないですしぃ」
できない、とは言わないのだな。
リグラーダの目に、くすっと笑うビッテス。
「まあまあ、味方でよかったじゃあないですか。別に私たちぃ、鬼巫さんとやり合えなんて命令は受けてないわけですからぁ」
「……鬼巫も、予見していたか」
「そう考えるのが妥当でしょう。案外と抜け目ないことで」
鬼巫の側近が、偶然この時に捨て森にいるなど誰が信じられるか。
――捨て森に古き神の気配あり。病が癒え、混迷が
ビッテスたちが聞かされている予言と似たものが、他の勢力にも示されたとしても不思議はない。
「それよりぃ……あのゼラさん、です?」
「……」
「すっごく、すごーく、美人さんですねぇ。アユミチくんの奥様ですかぁ」
「少し前に噂になった、死の花嫁ゼラだろう」
「あれこそ神様に呼ばれたのかも……神様の依り代、ですかねぇ?」
「……」
なるほど。
人間の男と結ばれない。神の使いと呼ばれるアユミチの伴侶として生まれ、運命に沿って捨て森に来た。
別に愛されて妻となったわけではない。そう運命づけられていただけ。
「あの魔力は、私より大きい感じですしぃ」
「そんな馬鹿な」
「嘘は言いませんよぉ」
だって、と笑って、
「嘘ついたら満つる黄道に昇れないんですからぁ」
「……そうだな」
◆ ◇ ◆