法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-23.始まりの

 

 戦えない者は東の村に。

 アユミチに従う者なら同じ仲間だ、と。

 西の集落から逃げてきた住民たちをネクテフが先導して連れて行ってくれた。

 

 一緒に戦いたいといったカヨウには厳しく首を振った。

 魔法が使えると言っても、危機を脱する為にたった一回できただけ。直後に立っていられない状態。

 同行は認められない。カヨウが大事だからとわかってほしいのだが。

 落ち込んでいるかもしれない。後で謝りたい。

 

 

「怪我をしても、麻呂がいるでおじゃるからな。恐れず戦うでおじゃる」

「エクピキの司祭様の従軍、頼もしいですねぇ」

 

 ジルボン師が同行してくれるのは、心配も多い。

 彼は反射神経も運動能力も子供以下で、とても戦える男ではない。

 だが、エクピキの治癒魔法が使える。

 

 先月、虚穴の前で喉を切られたメッソを思い出す。

 あの場にジルボン師がいたら助かったかもしれない。アユミチが手を離さなければ。

 

 未知の魔獣、嘔息(くそく)ヘレボルゼに挑むのに、治癒魔法の存在は考えるまでもなく有用だ。

 アユミチが同行を頼み、ジルボン師は引き攣った顔で、声だけは高らかに快諾してくれた。ええかっこしいなので。

 

 

 町から来た兵士テノンとマーチスも、渋々同行。

 彼らにこの捨て森での暮らしを守りたいなんて気持ちは全くない。ここの住民とは意識が違う。

 ただ、どちらにしてもヘレボルゼをどうにかしなければ帰れないのだ。選択の余地はなかった。

 野盗から接収した武具で向かうファニアやムンジィより良い装備をしているのだから、それなりに働いてほしい。

 

「私の貴石もそんなに残り多くないので、無駄打ちできませんからぁ」

「ああ、魔法は切り札のつもりで行く。でも誰かの命が危うい時は頼む」

「はぁい、わかりました」

 

 わかってますよ、という顔。

 助けたい命には順番がある。アユミチが言葉にしなかったことを、わかっていますという目で。

 ゼラやファニアが最優先、と。そう言ってしまえば他のメンバーの士気が落ちる。働きが鈍る。

 軍人というのは、こういうことも考えながら指揮をするものなのかもしれない。

 いや、もっとドライなのかな。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 薄っすらと漂う霧を払い、進んだ先。

 不意に少し開けた場所に出た。

 わずかに盛り上がった中央、雑草の中に立つ大きな白い針。虚穴で見たものより明らかに大きい。

 

 念のためアスパーサの言うところの背中側から、北側に回り込んで来てみた。

 森の中に、台風の目のように開けた草の広場。

 

 

「いや、草じゃない……噴水?」

 

 雑草が生えた広場の真ん中あたりに、両手を軽く広げたくらいの水が沸き上がっていた。

 その真ん中に針が刺さっている。

 水の中の何か(・・)に、刺さっているのか。

 

 時々、大きめの公園などで、丸く磨いた石に水がずっと流れているのを知っている人はいるだろうか。

 今アユミチの周りにはいないが、見かけはそれに近い。

 ノクサも首を傾げている。

 

 捨て森の中央に小さな噴水が水を流し続ける広場があるとは、誰も知らなかった。

 もしかしたら過去には、この辺りまで来て死んだ病人もいたかもしれないが。

 流れた水は、草むらには零れていない。

 そのまま地中に流れているのか、また汲み上げて針の付け根あたりから噴き出しているのかも。

 

 

「……たぶんこれが、大本だけど」

 

 抜いていいのか不安になる。

 何か今までとは違う。

 そもそもヘレボルゼ本体はどこだ。この突き刺さっている丸っぽい何かがそうなのか。

 水の中はよく見えない。ゆらゆらと、周りの雑草も邪魔で。

 

「やるならさっさとやっちまおうぜ。それで万事解決なんだろ」

「このまま迷っていても日が暮れる」

 

 マーチスとテノンが、さっさとやれと促す。

 初めて来る場所で、かなり慎重に進んだから時間がかかった。

 日が暮れる。確かに。

 南西から差す太陽が、やけに長く反対方向に向けて影を伸ばしていた。

 

「少し周りを確認してからがいいかもしれない」

「んなこと言って、さんざん見ただろ」

「嘔息ヘレボルゼの本体にしては何もなさすぎる。不気味だ」

 

 リグラーダの慎重論に荒っぽく返したマーチスに、ファニアが重ねて疑念を言葉にした。

 そう、畏れられてきた大魔獣にしては何もなさすぎる。怖い。

 

 

「こいつを抜くのはすぐでもできる。なんなら明日でも――」

 

 先延ばしにしようとしたアユミチの行動を事前に知っていたかのように、離れていたマノウズ、ステン、ボイターやジルボン師がきょろきょろと、不審な動きをした。

 彼らが広場の外側、歩いてきた側に振り返る時にはアユミチの耳にも聞こえてくる。

 森の中から何かが……

 

「アユミチ様!」

 

 東の村に向かったはずのネクテフが、続けてカヨウたちも。

 西の集落の住民だけではなく、東の村で待っているはずの住民たちまで続いて。

 

「村が、霧に飲まれてっ……どんどん、こっちにも」

 

 東の村は捨て森との境から近かった。

 森の境界に発生した白霧が森を飲み込もうとするのなら、そうなる可能性も考えられたはず。

 危険を想定しきれなかった。

 

 嫌になる。毎度毎度、いつもいつも、いつも後手だ。後手後手だ。

 攻略情報などないのだから、何がどうなればどんなイベントが発生するかなんてわからない。

 王蠍を倒したのだって、ノクサを助けたのだって、この捨て森に来たことだって、全部流されるまま。なのにいつもこんな厄介ごとばかり繰り返して。

 

 

「わかった、みんな離れてろ!」

『アユミチ』

 

 ノクサの不安そうな声に首を振る。

 どうせやるしかないのだ。ここまで来たら。

 

『いいよ、アユミチ』

 

 誰が認めてくれなくてもノクサは頷いてくれた。

 だからアユミチも、今度は首を縦に振る。

 

「ああ、やるぞ!」

 

 自分の決断の遅さ、判断ミス、何もわからないことへの苛立ち。色々あったと思う。

 それでも今、ここで状況を変えられるのはこれしかないと信じて、白い大針を薙ぎ払った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 ガリバー旅行記を知っているだろうか。

 アユミチはよく知らない。小人の国に行って捕まる話だというくらい。

 読んだことがあっただろうか。絵本か何かだったと思う。

 

 頭に浮かんだのは、まさにそのガリバー。

 小人たちに縄に繋がれ、地面に杭を打って縛られる巨人の姿。

 

 彼は繋がれていた。

 頭に刺さっていた白い針が抜けて、地響きを上げながら浮かび上がった彼は――

 

 

「にんげ……」

 

 巨大な、人型の――

 

『アニラービー、どうして……』

 

 

 かつて世界に生まれた様々なもの。その中で神に憧れ近づきたいと願うものが、次第に神と似た姿に変化していった。人間の始まり。

 つまり、人間を始まらせたもの。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 




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あとがき :しばらく続くので注釈
3-30までアニラービー戦が続きます。
神なので、この前後では最も厄介なボス戦になります。
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