法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-26.混戦

 

 ムンジィは身の程がわかっている。つもりだ。

 町にいられなくなり、よそで真っ当にうまくやっていけるような器用さもなく、はぐれ者に身をやつして。

 無防備な誰かに刃を突き立てることに、何も感じない性分でもなかった。

 

 小心者なのだ。

 だからいつも逃げ出す。好いた女から、友人からも。

 

 

 西森から捨て森の間には野盗も多い。

 はぐれ者同士でつるんで、そんな野盗を殺して食いつないだ。

 

 手を出した相手が悪かったのだろう。

 逃がした野盗が仲間を呼び、十人以上に追われることになるとは思わなかった。

 十数日逃げ回った。

 

 つるんだ連中は、もう野盗に手出しするんじゃなく村から盗もうと言い出す。

 ムンジィが嫌がると、何カッコつけてんだと言われた。言われる通り、村人からすれば大した差もない同類だろうに。

 それでも踏ん切りがつかず、なら禁域でひと山当てると南に向かった。

 つるんでいた中では少しばかり腕がよかったムンジィに、他の連中も渋々追従する。別についてこいとは言わなかったが。

 

 

 禁域は荒地だ。ろくに草木も生えない。

 そんな中、なんでだか禁域の奥から呑気に歩いてくる奴がいる。

 こっちはいつ魔獣に出くわすかひやひやしてると言うのに、なんなら手でも振ってきそうな様子で。バカなのか?

 

 不気味だった。

 海洋国家トローメでは有名な、人のふりをして海中に引きずり込む魔獣の話がある。

 おおいと呼ばれた気がして波を覗くと、縮れた黒い毛が喉を掴んで叫ぶこともできない、とか。

 そういう手の魔獣なのではないか。禁域の奥地に住む怪物の可能性。

 

 殺気だったのは仕方がない。

 ムンジィ達は禁忌の土地に踏み入っているのだ。こんな場所を、観光気分で歩いているのは異常者しかいない。

 攻撃的な言葉をかけ、逃げ出した男を追いかけた。今度は見失うのが怖くなった。

 

 

 ――遺跡でなんか見つけたんじゃねえか? おとなしく渡せば命は許してやる!

 

 言ったのは、脅しと恐怖心と半分半分。

 恐ろしい何かじゃないなら、荷物置いてどっか行け。行ってくれ。殺しゃしない。

 さっき崖から転がり落ちたのに死んでねえのか?

 おかしいんじゃねえか、やっぱり。

 

 つるんでた男が殺された。

 妙に座った目で、木の棒ひとつ手にしただけの若造に。

 飲み過ぎた翌朝のツラみたいな顔で、やっぱりこいつおかしい。気味が悪い。

 

 

 あの時、内心じゃぶるって逃げ出したかったなんて、アユミチに言ったら笑われるだろうか。

 まあ、笑い話になるならいいか。

 旦那はきっと、俺もびびってたよ、なんて冗談で返してくれるに違いない。

 へへっ……

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 どこにある。どこに隠している。

 二階建てアパートのような大きさの巨体。アユミチの視界に収まりきらない。

 

 ファニアが切った箇所が十秒もかからず塞がり、傷に構わず暴れるアニラービー。

 この巨体相手に小さな切り傷を重ねても(らち)があかない。

 その小さな傷を何度も重ねれば殺せるのかもしれないが、虚穴の時のことを考えれば可能性は低い。

 無限再生。有限だとしても、人間からみれば無限に近いレベルで再生するのだとすれば同じこと。

 

 喉に斬りかかったファニアが弾かれた。

 末端は切れても主要部には刃が通らない。有効打にならない。

 どこかに弱点の口があるはず。

 

 早く見つけなければ、しかし見える範囲にない。

 反対側なのか、それとも背中側にあるのか。アユミチのいる場所からは見えない。

 暴れる右側を避けて足元から左に走りかけた時、

 

 

「ファニア!」」

 

 バランスを崩した巨体が崩れるかと思ったが、違う。

 自由になる部位のひとつ、頭をファニアの上に落とした。ヘッドバットというか顔面で圧し潰す。

 

 避けられるタイミングではないように見えた。

 助けなければ、しかしアユミチが行ったところで何の役に立つのか。

 

 迷っている暇もなく、アユミチの頭上に影が被さる。

 腕を背中側に大きく伸ばし、一部屋くらいある手を広げて。

 巨体の右腕。自分の足元にいる邪魔者を()(さら)おうと伸ばした手が、巨大なショベルカーのように――

 

 

「くそったれがぁ!」

「ムンジィ!」

 

 土煙の中でその指に引っかかったムンジィと、

 

「うおぁっ!?」

「ひぃっ!」

 

 アユミチの位置からは見えない。兵士たちの声も混じり、その直後に。

 

 ぐしゃり、と。

 

 指の隙間から血肉が溢れた。

 

 

「あ、あ……」

「ぐぁぁっ」

「死ぬっ死んじまうっ!」

 

 乱暴に巻き上げた土煙で誰が叫んでいるのかわからない。

 ただ誰かがあの手の中で潰され、肉団子のように固められ、顔面攻撃をどうにか防いでいたファニアに向けて投げつけられた。

 巨人の手だ。軽く手首のスナップ放るだけでも砲弾のような威力。人間だったものの塊を。

 

 

「むぅぅっ!」

「うぐぁっ」

 

 ファニアと、リグラーダの呻き声。

 避けられなかった。投げつけられた塊を受け、その後はアユミチには見えない。

 ファニアが! リグラーダが!

 

『アユミチ! 今はだめっ!』

「だけど」

『信じなさい! 仲間なんでしょ!』

 

 うろたえてる場合じゃないとノクサが叱る。

 ファニアたちがどうなったか心配だ。だが心配して状況が好転するわけでもない。歯を食いしばり目先を変えた。

 潰されたムンジィの犠牲も、飲み込んで。やれることをやるしかない。

 

 

 ゼラは、みんなを守る広範囲の魔法とリグラーダの盾の魔法、連続で使っている。

 休息なしで魔法を使えるのはせいぜいあと一回が限界だろう。それすら少し呼吸を整えなければ無理なはず。

 ビッテスは、

 

天河(てんかわ)より振る光網(こうもう)病蛆(びょうそ)(しぼ)る極北の凍棘(しきょく)

 

 前にも同じ魔法を見たが、それ以上の威力。光輝き。

 光の有刺鉄線が、アニラービーの右ひじに絡みつき、その肉のおよそ半分近くをこそぎ落とした。

 

『ォ、ァ――ッ!』

 

 声にはならない、だが無貌の顔が凄まじい勢いで震えて悲鳴めいた空気の震動を響かせた。

 傷ついた腕を振り回してビッテスに血肉を飛ばすが、続けてビッテスの唱えた煌めく粒々がそれを防ぐ。

 無理やり振り回した巨体がバランスを崩して倒れ込む。

 

「うおっ」

 

 足も投げ出された。固定された左足はそのまま、右足が大きく弾み、左側に向かおうとしていたアユミチは足の間に挟まれた形。

 ビッテスの魔法も強い。だがやはり有効打ではない。腕や足をいくら傷つけても意味がない。

 意味がありそうな場所を……

 

 

「ノクサ! こいつは男なんだよな!?」

『そうだけど、なにっ?』

「だったら、くそったれだけど!」

 

 巨大な足の間に立ち、折れない棒を握りしめた。

 他の武器では無理でもこれなら。

 

 

「ここは弱点だろうがクソ野郎がぁ!」

 

 握りしめ、突進した。

 近づきたくもない、目も背けたい場所だが、選んでなどいられない。

 針で固定された左足と、体勢を立て直そうと持ち上げかけた右足の間。

 

「ノクサ! 一年!」

『うんっやっちゃいなさい!』

 

 ビッテスが体勢を崩してくれていたから届く。

 ややだらしなく左下にぶらりとぶらさがった、なんでか無毛の袋に向けて突っ込んだ。棒を。

 

『ァ――』

 

 突き刺さる。何かが棒の先端に当たり、浴びたくもない緑色の変な汁が溢れてくるが、今はそれより、

 

「ノクサ、もう一年!」

『うん!』

 

 袋に突き刺した棒を、強く震わせるように、卵を溶くように力を込めた

 

 

『っ!! ョ、ォ、ァァァ――――――っ!?』

 

 劇的だった。金的だが。

 折れない棒でなくても通ったかもしれない感触で、中の何かがぶちゅりと破裂するような感触の一瞬後に、アニラービーの巨体が跳ね上がった。

 潰される! かと思ったが、のたうち回ってそのままひっくり返り、

 

「続けて一年だ!」

『わかった!』

 

 左側に、自分の手足が折れ曲がるのも関係なく裏返ったアニラービーから、反対に右側に飛んで距離を取った。

 勢いが付きすぎてごろごろ転がってから、

 

「どうだクソ野郎っ!」

『アユミチさいこうっ! 口はなかったけど?』

 

 ノクサの疑問はもっともだ。キンタマは潰してやったが弱点と聞いている口はない。

 男なら、自分の玉袋に口なんかつけたいわけがない。可能だとしても嫌だ。神とは言ってもアニラービーも男ということ。

 いや、自分のじゃなくても嫌だとして。

 

 

「さすがですぅアユミチくん!」

「これで少しは」

 

 時間が稼げる、と言いたかったのだが。

 はっと見れば周囲の木々の隙間から白霧が漏れてきている。

 アニラービーの活性化と共に霧の魔法も活発化しているのか。時間がない。

 

 巨体がひっくり返ったせいで、大地に繋がれていた左腕、左足は折れて千切れかかっている。

 狙いはキンタマだったが、これも合わせて無視できないダメージになったはず。

 

「みん――」

「やばいっ!」

 

 誰が叫んだのか、確認する間もなかった。

 自分の左腕左足が千切れかけて仰向けになったアニラービーが、一度大きく広げた右腕右足で勢いをつけて、一気にこちらに転がり込んでくるなど。

 

 

「な」

 

 さすがは神というのか、想像が及ばなかった。

 千切れかけた手足を勢いに任せて千切り捨て、態勢を整え直そうとしていたアユミチたちの上を緑の血をまき散らしながら転がるなど。

 

 狙いもなければ攻撃とも呼べない、ただ巨体が転がるという行動に巻き込まれて意識も体もぐちゃぐちゃの渦に放り込まれた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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