法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-27.私の役目

 

 何が起きた。

 目が回っていたのは数秒のことだと思う。

 

 目茶苦茶に転がったアニラービーの巨体に轢かれた。

 アユミチだけではない。近くにいた者もまとめて。

 

「わるい……庇ってくれた、な。マノウズ、ボイター」

「へ、へっ……う、ぐぅぅ……っ」

 

 巻き込まれる直前、近くにいたマノウズとボイターが木盾を構えて庇ってくれた。

 手足を引きちぎって転がってきたアニラービーは、勢いがありすぎた。

 地面を平らに均すような速度だったら全員ぺしゃんこだったが、弾みながら勢いよく転がっていったお陰で全滅は免れた。

 

 だが、マノウズは片足を潰され、ボイターは胸を潰されてもう……死んでいる。

 血を吹いて、一瞬で意識と命を失った、痛みを感じる間もなかっただろう。

 

 

「今のは……死んじゃうかと思いました、ね……」

 

 ビッテスも、ギリギリで地面に伏せて命を拾っただけ。

 転がった先には最初にゼラが広範囲に作った土壁の一部があり、アニラービーが引っかかっている。

 

「うわぁぁ!」

「たすけっ」

 

 慌てて離れようと逃げ出す人々。くそ、ったれが。

 岩壁に引っかかり片手片足でもがくアニラービーと、住民を守る形で大きめの筆を手にしたゼラが立つ。

 こんな時でも頼もしい。しかしゼラもそう魔法を連発できる状況ではないはず。

 

 

「ノクサ、いちね」

『無理よ! ふらふらでしょうが!』

 

 すぐにアニラービーに止めを刺しに行きたいのだが、普通に走り出そうにも眩暈がするほど。

 今走れば……ノクサの力抜きでも、まともに真っ直ぐ進めなかっただろう。

 それでも、奴が弱った今少しでも早く。

 

「アユミチ殿! 無事か!」

「ぅ、ファニア……?」

 

 はっと振り向き、また頭がくらっと揺れる。庇ってもらったものの体を強打している。

 駆け寄り、アユミチを体で支えてくれるファニアだが、その体がぬるりと……

 

「無茶を……すまない。私の力が足りないばかりに」

「そんなこと……ファニア、腕が」

 

 ファニアの左腕に深い裂傷。溢れる血。

 遅れてきたリグラーダも傷だらけ。

 

「ああ……投げつけられた中の剣で」

 

 ムンジィと兵士を捻り潰して投げつけていた。

 兵士の持っていた剣を、無事な方の右手に持つファニアの顔色も相当悪い。

 すぐに追撃したいけれど、これでは無理だ。

 ぼろぼろだ。誰も彼も。

 

 

 ノクサに叱られ、ファニア達の姿を見て……

 自分が生きている。誰かが、何人も何人も死んだのだと実感する。

 ここまでの攻防は何とか生き延びることができたが、死んでいたかもしれない。残った者もぼろぼろだ。自分だって。

 

 アニラービーも手足が千切れて苦しんでいるが、こちらも半壊状態。多少でも戦える男手が死に、ファニアもリグラーダも傷ついて。

 ゼラもビッテスも大きな魔法を使って、余力があるわけではない。

 今焦ってあれに突っ込んでも何も解決にならない。

 

 冷静にならなければ……今、少しでも息を継ぐ時間ができただけでも幸いだと。

 その為に、アユミチの為にどれだけ死んだか。

 まだこれからどれだけ死ぬのか。

 アユミチの頭の中を暗い思考が埋め尽くして……

 

 

「アユミチ、すぐに治癒をするでおじゃるぞ!」

「俺より!」

 

 怒鳴った。

 駆け寄ってくれたジルボン師はただ心配してくれているだけなのに、キンキン声が気に障って。

 アユミチは平気だ。どこも痛くない。痛くない。全身を強く打っただけで、平気だ。

 役に立たないアユミチよりもっと重傷の――

 

「ファニアの傷を頼む……マノウズの足もおねがいします、ジルボン師」

「わかったでおじゃる」

 

 とにかくまず止血しなければ命に係わる。

 アユミチなんかを守ったり癒したりするより、他の誰かを。

 

 

「だん、なっ……」

 

 弱々しい声。

 はっと顔を向ければ、だらりと垂れた腕を反対の手で押さえるムンジィの姿。

 

「ムンジィ! 無事だったのか!」

 

 アニラービーに捕まれ、潰されたと思ったのに。

 さっき潰されたのは兵士たちか? なら……

 

「ユィッヒが、隙間から俺を押し出しくれやがって……くそ」

 

 広げた指に捕まれたところまではそうだったのだろう。その隙間からムンジィだけが押し出され、ユィッヒは……

 ボイターに庇われたアユミチが、自分の命と彼の命を比べて、情けなくて悔しい気持ちと同じ。

 

 

「ガキが、また呼んで……」

 

 奴の指の隙間から落ちた時に肩関節が外れたのか。自由になる手で木の上を指す。

 周囲を囲む木々の中で、特に背の高そうな木を。

 

「……ナーリヒが?」

「また登ったでおじゃるかあの小坊!」

 

 ファニアの傷に光る手の平を当てながら、ジルボンの責めるような声音。

 しかし、なんだ。

 必死な様子で、土壁に引っかかってまだ起き上がれないアニラービーを指さしながら。

 

 

「へそ! おなかに! おなかに、あります!」

 

 アユミチが、どこかにある口と舌を探せと言ったから。

 

「口と小さな舌が! へその下にあります、アユミチ様!」

 

 少年ナーリヒとすれば、最初に片手が封じられたままだと伝えて褒められたことも行動の一因になっていたのだろう。

 壁に隠れているより、少しでもアユミチたちの役に立とうと。

 木登りが得意で、年若く目もいい。自分が上から探さなければと考え、一度は降りた木をまた登って。その下にはもう濃い霧が漏れてきているのに。

 

 

「わか――」

 

 顔のないアニラービーの感覚器官がどこにあるのか、それはわからない。

 だが、表に晒しだされている弱点の口と焼けただれた舌を指さす少年のことは、たしかに捉えられたらしい。

 

 片手片足が千切れた巨体。

 その体が、ナーリヒの登る木に向かって跳ねた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 満身創痍。ずたぼろ。壊滅状態。

 たぶんそういう表現が正しい。

 

 カヨウは昨日の魔法の疲労からまだ回復できていなかった。

 疲労、というのは生温い言い方かもしれない。

 高熱に浮かされているような強い倦怠感。眩暈、吐き気。呼吸もつらい。

 

 ゼラやビッテスは平気なのか。何でもないような顔でぽんぽんと。

 いや、違う。彼女らもやはり同等の負担は感じている。体力の違いはあるにしても、気力も強い。

 

 知らなかったから、こういう経験はカヨウは初めてだったから、より大きく影響されてしまったのもある。

 加減がわからなかった。

 

 

 何かを燃やすとか動かすとか、そういう感覚はいまいちぴんと来なかった。

 森に漂う白霧のような、そういうものの方がカヨウの心にうまく染み込む。あるいは月の光だとか、揺れる影だとか。

 

 集落が襲われて皆が逃げ惑う中で、できると確信した。

 物や形に囚われない、あやふやな魔法の力を見せることが出来る。

 今まで見た中で、女神様を除いて、一番力強く速く駆けるものを。

 

 天を覆う海と地に広がる雲。そこを駆けていた天馬の戦車を呼び出した。

 そのものではなくて幻影を描いたのだけれど。

 カヨウの魔法に釣られた触腕は狂ったように天馬を追いかけ、逃げる時間ができた。

 

 しかし、猛烈な眩暈と共に全身から汗が吹き出し、カヨウは立っていられない。

 たった一つの魔法でこれでは、戦いの役に立てない。アユミチの足を引っ張ってしまう。

 今ではない。もっと力をつけて、アユミチの全てを包み込めるくらいの魔法使いにならなければ。誰にも勝てない。

 

 

 素直に避難することにしたが、東の村のすぐそこまで白霧が迫っていた。

 このまま霧に飲まれればどうなるか。試すわけにもいかず、アユミチたちが向かった中心部へと急ぐ。

 白霧も後ろを追うように。

 

 

 辿り着いてみれば、巨人との戦い。

 避難していた住民たちは戦いに縁がなく、そもそも人外の魔獣、巨人を相手に何ができるわけもない。

 ただその場に立ち尽くし、うろたえるばかり。

 

 足で泥を蹴り飛ばしただけで殺されるところだった。木に体を隠し地面に伏せて助かった者と、肉を抉られたり腕をひしゃげたりした者と。

 小柄なカヨウは伏せてどうにか助かった。だけど泥まみれ。

 

 

 皆が必死に戦っているのを見ながら、紫陽珠のはめ込まれた白金のかんざしを握りしめる。

 今、やらなきゃ。

 カヨウが今、アユミチを助ける。

 

「天の――」

「待ちなさい」

 

 どこにいたのか、アスパーサの袖がカヨウのかんざしを隠した。

 集めかけた魔法の力が霧散する。

 

「邪魔をしないで下さい。私が」

「今じゃないわ」

 

 だって今、みんなの危機なのに。

 見透かしたようなアスパーサの声音がきらい。

 

 

「あれを倒す(・・)のがあなたの役目みたい」

 

 だからカヨウが今、みんなを助けようと……?

 

「あなたにしかできないことなのね」

「……」

 

 なんでそんなに物憂げに笑うの。

 否定してくれたなら、あなたの言うことなんて聞かないのに。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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