法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
苦しい。
だが顔には出さない。
飛び跳ね、弱点を指し示した少年の登る木に体当たりした巨人を睨み、いつでも次の魔法を唱えられるよう構える。
アユミチとゼラでは考え方が違う。
誰も死なせたくないと思うアユミチの気持ちはわかるが、ゼラはそうではない。
死ぬ者は死ぬ。助けられる者は助けるが、明確に順番がある。アユミチとゼラの無事が最優先。ファニアが次点で、他アユミチにとって有益で忠実な者が続く。
アユミチが戦いに集中できず彼が死んでしまっては意味がない。
だから住民を守るよう広範囲に土の盾を立てた。
後ろの心配はしなくていい。今は目の前の敵に集中してほしい。
さすがはアユミチ、古き神と呼んだこの巨人に悲鳴をあげさせた。
やはり彼は異質。彼が頼みとする不吉な黒蝶は本当に神の使いなのか。
そしてもう一人、あれに痛打を浴びせた者がいる。
「あと何回、打てますか?」
「アユミチに必要であれば何度でも」
苦しい。
だが顔には出さない。
この女が何を考えているかわからない。
「私は、あと一回か二回、ですねぇ」
「……」
はったりか違うのか判断できない。
しかし最初の魔法。怨霊の声の魔法は強力なものだった。渇きの王蠍対策ということで、あれはこの女にとっても簡易な魔法ではない。
もう少し効果があると見込んでいたのだと思う。相手が古き神だったのは彼女にも誤算か。
「っ!」
再び、巨体が跳ねる。
今度は地面に残った自身の左腕、左足を跳び越え、ほぼ最初の位置に。
追いかけたアユミチたちも飛び越され、巻き上げられた土煙で咳き込みながら巨人に振り向く。
「うぁぁぁ!」
ゼラとビッテスも勢いで潰されかねないと後ろに飛び退くが、巨人が落ちたのは先ほど自身で轢きつぶした人間たちの上だった。
マノウズの悲鳴。
足を潰されていた彼はその場から動けず、落ちてくる巨体の下敷きに。
「ただ動くだけでこちらは次々に死んでしまう。追いかけるだけで血反吐を吐きそう。わりに合いませんねぇ」
無駄に走らされるだけでも相当な消耗。大きいというだけで敵は圧倒的に有利な上に、こちらには有効な攻撃手段が乏しい。
周囲には白霧が迫り、逃げる選択肢もない。
ジリ貧、という。
「提案なんですけど……気乗りはしませんねぇ」
「なんです?」
ビッテスが粘りつくほど濃い黄色の宝石を手に、皮肉っぽく笑う。
「奥の手がないことはなくて……ただ、あなたの協力がないと全滅になっちゃうかなぁって」
「……いいでしょう」
この女の提案に乗るより、アユミチたちが見つけてくれた弱点を、と言いたかったけれど。
その弱点の腹が、マノウズの死体と一緒に地面に埋もれて隠れているようでは、贅沢は言っていられない。
「どちらにせよこのままでは全滅です」
「ご理解いただけて嬉しいですぅ」
本心なんておくびにも出さない女が、理解なんて片腹痛い。
地面に腹を伏せた巨体の脇で、繰り返し鋭くダガーを振り続ける女と、頭を抱えて喚いている口の悪い兵士。
全滅しかねない奥の手とやら、仲間のはずの彼らにも伝えていないのだろうし。
◆ ◇ ◆
片手片足だろうが巨体は巨体。
ただぶつかるだけで人間などひとたまりもない。
その巨体が飛び跳ね、アユミチ達の頭上を越え、弱点の口を示した少年ナーリヒの登る大木に体当たりをした。
「うわぁぁっ!?」
「ナーリヒ! くそっ」
「小坊!」
その前の転がりのダメージは、多少でも時間を置いたおかげでマシになっている。
木の棒を握りしめて駆けだすアユミチと、とりあえず流血だけ止まったファニア。
ファニアの治癒をしていたジルボン師も、自分を慕う少年の危機に駆けだした。
飛び跳ねられては手が出せない。
届かないし、届いたところで弱点に当たらなければ意味がない。
ファニアは血が止まっただけだが戦うつもりだ。
戦うしかない。諦めれば死ぬだけ。
怪我を含めてもファニアとリグラーダより近接戦で勝る仲間はいない。
リグラーダは追ってこない。一塊になるのを避けたのか、彼女の判断はそれでもいい。
弱点の口を見つけたナーリヒが狙われる。
ナーリヒを守ってやりたいし、どちらにせよアニラービーに近づかなければ何もできない。
これだけの犠牲を出して、傷を負って、その時間で弱点を見つけてくれた。
ここからやることは、へその辺りの焼けた舌に刃でも棒でも魔法でもぶち込むだけ。それで倒せなければ終わりだ。
「うわぁぁっ!?」
木は一本ではない。無数に林立している。
飛び込んできた巨体を受けて、そこらの大木が大きくたわみ、揺れ、戻る。
必死でしがみついたナーリヒの小さな体を振り回し、十メートル近い高さから放り投げるように飛ばして。
「小坊!」
「くそっっ!」
アユミチ達が駆けてきた上を掠め、そのまま地面に激突――
「いっでやぁぁ!」
脱臼した左肩を庇いながら遅れてきたムンジィが、飛んだ。
悲鳴のような掛け声とともに飛び上がり、ナーリヒの襟首を掴んで、抱え込み、一緒に転がる。
無事かどうかはわからない。だが激突は免れた。
「小坊、大丈夫でおじゃるか!」
「頼む!」
転がるナーリヒとムンジィをジルボン師に任せ、アユミチとファニアは大木に引っかかったアニラービーを倒そうと。
だが、そんなアユミチたちの考えを嘲笑うかのように、またアニラービーの体が跳ねた。
片方ずつしかない手足で、自分の弱点には近寄らせまいと。
頭上を、さっきよりは低いがまた逆に跳び越えられる。
「っの……卑怯者がっ」
「く、はぁ……はぁ」
出来る限りの全速力で走っているのだ。それこそ死ぬ気で。
それを軽く逆に跳び越えられ、苛立ちと疲労が倍々で圧し掛かってくる。
徒労感。
無駄なことというのは最も疲弊を感じさせられる。
痛む体に鞭打ち、歯を食いしばっているのに。また追っても無駄になるかもしれない。
ゲームで逃げ回るボスに苛立つ感覚を、最悪な状況で実感させられる。
その上で――
「うぁぁぁ!」
アユミチを庇い、片足を潰されて動けなかったマノウズ。
短い悲鳴と、アユミチに向けて伸ばした手が、落ちてきた巨体の腹の下に消えた。
◆ ◇ ◆
正直、気持ちが折れかけた。
一跳びするだけで手の届かないところに行ってしまう。
逃げ回られている間にも霧が迫る。
体のあちこちの痛みを思い出し、徒労感と合わせて足が止まりかけた。
潰されたマノウズ。すぐ傍にはボイターの亡骸もあったはず。他にも誰かいたかもしれない。
ジャンプの後、腹を隠すように伏せられ、こんなものをどうすればいいのか。
「アユミチ殿!」
『アユミチ、しっかりして!』
ファニアとノクサの声が呼ぶけれど、腕が下がってしまいそう。
「あれは……リグラーダか」
腹ばいになったアニラービーの体の向こうで、黄緑色の汚い血飛沫が上がった。
マノウズを潰すついでに体を地面に沈めたせいで、その上に跳ねる血飛沫が見えた。
誰かが戦っている。まだ諦めていない。
リグラーダが、大地に伏したアニラービーのわき腹を削って、弱点を晒しだそうと切り刻んでいるのか。
「ああ、手が届くんだ」
弱点を看破され、腹を隠してうずくまった。
恰好の悪い。神として恥ずかしくないのか、卑怯者。
まるで雷様にヘソを取られるのを怖がるガキのように。
「奴も怯えているんだ、あと一息だアユミチ殿」
「ああ、行こう!」
ファニアの叱咤を受けて、もう一度足を上げる。駆け出す。
ひっくり返して、その腹にレーマ様にもらった折れない棒をぶっ刺してやる。やることはそれだけ。
「あぐぅぅっ!?」
アユミチたちも攻撃に参加する、と。
残っている手足を警戒しながら、額を擦りつける巨体の頭の上を回って走った。
リグラーダの戦う側の視野が開けたのと同時に、ダガーが宙を舞った。
リグラーダの体も、坂を転がる石ころのようにごろごろと、体を打ちながら地面を転がっていく。
「なん……」
体の左側に来た。
右手右足は、柔道で寝技を堪える選手のように畳まれ、他に攻撃手段などないはずなのに。
「……ひだ、り……手……?」
白い針に縫い留められ千切れた左腕は……まだ。元の場所に繋がれたまま。
びゅくびゅくと悶えながら、まだそこに残っている。
だけど。
「足も……」
ないと思っていた左腕、左足が、生えていた。
◆ ◇ ◆