法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-28.奥の手

 

 

 苦しい。

 だが顔には出さない。

 飛び跳ね、弱点を指し示した少年の登る木に体当たりした巨人を睨み、いつでも次の魔法を唱えられるよう構える。

 

 アユミチとゼラでは考え方が違う。

 誰も死なせたくないと思うアユミチの気持ちはわかるが、ゼラはそうではない。

 死ぬ者は死ぬ。助けられる者は助けるが、明確に順番がある。アユミチとゼラの無事が最優先。ファニアが次点で、他アユミチにとって有益で忠実な者が続く。

 

 アユミチが戦いに集中できず彼が死んでしまっては意味がない。

 だから住民を守るよう広範囲に土の盾を立てた。

 後ろの心配はしなくていい。今は目の前の敵に集中してほしい。

 

 

 さすがはアユミチ、古き神と呼んだこの巨人に悲鳴をあげさせた。

 やはり彼は異質。彼が頼みとする不吉な黒蝶は本当に神の使いなのか。

 

 そしてもう一人、あれに痛打を浴びせた者がいる。

 

 

「あと何回、打てますか?」

「アユミチに必要であれば何度でも」

 

 苦しい。

 だが顔には出さない。

 この女が何を考えているかわからない。

 

「私は、あと一回か二回、ですねぇ」

「……」

 

 はったりか違うのか判断できない。

 しかし最初の魔法。怨霊の声の魔法は強力なものだった。渇きの王蠍対策ということで、あれはこの女にとっても簡易な魔法ではない。

 もう少し効果があると見込んでいたのだと思う。相手が古き神だったのは彼女にも誤算か。

 

 

「っ!」

 

 再び、巨体が跳ねる。

 今度は地面に残った自身の左腕、左足を跳び越え、ほぼ最初の位置に。

 追いかけたアユミチたちも飛び越され、巻き上げられた土煙で咳き込みながら巨人に振り向く。

 

「うぁぁぁ!」

 

 ゼラとビッテスも勢いで潰されかねないと後ろに飛び退くが、巨人が落ちたのは先ほど自身で轢きつぶした人間たちの上だった。

 マノウズの悲鳴。

 足を潰されていた彼はその場から動けず、落ちてくる巨体の下敷きに。

 

 

「ただ動くだけでこちらは次々に死んでしまう。追いかけるだけで血反吐を吐きそう。わりに合いませんねぇ」

 

 無駄に走らされるだけでも相当な消耗。大きいというだけで敵は圧倒的に有利な上に、こちらには有効な攻撃手段が乏しい。

 周囲には白霧が迫り、逃げる選択肢もない。

 ジリ貧、という。

 

「提案なんですけど……気乗りはしませんねぇ」

「なんです?」

 

 ビッテスが粘りつくほど濃い黄色の宝石を手に、皮肉っぽく笑う。

 

「奥の手がないことはなくて……ただ、あなたの協力がないと全滅になっちゃうかなぁって」

「……いいでしょう」

 

 

 この女の提案に乗るより、アユミチたちが見つけてくれた弱点を、と言いたかったけれど。

 その弱点の腹が、マノウズの死体と一緒に地面に埋もれて隠れているようでは、贅沢は言っていられない。

 

「どちらにせよこのままでは全滅です」

「ご理解いただけて嬉しいですぅ」

 

 本心なんておくびにも出さない女が、理解なんて片腹痛い。

 地面に腹を伏せた巨体の脇で、繰り返し鋭くダガーを振り続ける女と、頭を抱えて喚いている口の悪い兵士。

 全滅しかねない奥の手とやら、仲間のはずの彼らにも伝えていないのだろうし。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 片手片足だろうが巨体は巨体。

 ただぶつかるだけで人間などひとたまりもない。

 その巨体が飛び跳ね、アユミチ達の頭上を越え、弱点の口を示した少年ナーリヒの登る大木に体当たりをした。

 

「うわぁぁっ!?」

「ナーリヒ! くそっ」

「小坊!」

 

 その前の転がりのダメージは、多少でも時間を置いたおかげでマシになっている。

 木の棒を握りしめて駆けだすアユミチと、とりあえず流血だけ止まったファニア。

 ファニアの治癒をしていたジルボン師も、自分を慕う少年の危機に駆けだした。

 

 飛び跳ねられては手が出せない。

 届かないし、届いたところで弱点に当たらなければ意味がない。

 

 ファニアは血が止まっただけだが戦うつもりだ。

 戦うしかない。諦めれば死ぬだけ。

 怪我を含めてもファニアとリグラーダより近接戦で勝る仲間はいない。

 リグラーダは追ってこない。一塊になるのを避けたのか、彼女の判断はそれでもいい。

 

 弱点の口を見つけたナーリヒが狙われる。

 ナーリヒを守ってやりたいし、どちらにせよアニラービーに近づかなければ何もできない。

 これだけの犠牲を出して、傷を負って、その時間で弱点を見つけてくれた。

 ここからやることは、へその辺りの焼けた舌に刃でも棒でも魔法でもぶち込むだけ。それで倒せなければ終わりだ。

 

 

「うわぁぁっ!?」

 

 木は一本ではない。無数に林立している。

 飛び込んできた巨体を受けて、そこらの大木が大きくたわみ、揺れ、戻る。

 必死でしがみついたナーリヒの小さな体を振り回し、十メートル近い高さから放り投げるように飛ばして。

 

 

「小坊!」

「くそっっ!」

 

 アユミチ達が駆けてきた上を掠め、そのまま地面に激突――

 

「いっでやぁぁ!」

 

 脱臼した左肩を庇いながら遅れてきたムンジィが、飛んだ。

 悲鳴のような掛け声とともに飛び上がり、ナーリヒの襟首を掴んで、抱え込み、一緒に転がる。

 無事かどうかはわからない。だが激突は免れた。

 

 

「小坊、大丈夫でおじゃるか!」

「頼む!」

 

 転がるナーリヒとムンジィをジルボン師に任せ、アユミチとファニアは大木に引っかかったアニラービーを倒そうと。

 だが、そんなアユミチたちの考えを嘲笑うかのように、またアニラービーの体が跳ねた。

 片方ずつしかない手足で、自分の弱点には近寄らせまいと。

 頭上を、さっきよりは低いがまた逆に跳び越えられる。

 

 

「っの……卑怯者がっ」

「く、はぁ……はぁ」

 

 出来る限りの全速力で走っているのだ。それこそ死ぬ気で。

 それを軽く逆に跳び越えられ、苛立ちと疲労が倍々で圧し掛かってくる。

 徒労感。

 無駄なことというのは最も疲弊を感じさせられる。

 痛む体に鞭打ち、歯を食いしばっているのに。また追っても無駄になるかもしれない。

 ゲームで逃げ回るボスに苛立つ感覚を、最悪な状況で実感させられる。

 その上で――

 

 

「うぁぁぁ!」

 

 アユミチを庇い、片足を潰されて動けなかったマノウズ。

 短い悲鳴と、アユミチに向けて伸ばした手が、落ちてきた巨体の腹の下に消えた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 正直、気持ちが折れかけた。

 一跳びするだけで手の届かないところに行ってしまう。

 逃げ回られている間にも霧が迫る。

 体のあちこちの痛みを思い出し、徒労感と合わせて足が止まりかけた。

 

 潰されたマノウズ。すぐ傍にはボイターの亡骸もあったはず。他にも誰かいたかもしれない。

 ジャンプの後、腹を隠すように伏せられ、こんなものをどうすればいいのか。

 

 

「アユミチ殿!」

『アユミチ、しっかりして!』

 

 ファニアとノクサの声が呼ぶけれど、腕が下がってしまいそう。

 

「あれは……リグラーダか」

 

 腹ばいになったアニラービーの体の向こうで、黄緑色の汚い血飛沫が上がった。

 マノウズを潰すついでに体を地面に沈めたせいで、その上に跳ねる血飛沫が見えた。

 誰かが戦っている。まだ諦めていない。

 リグラーダが、大地に伏したアニラービーのわき腹を削って、弱点を晒しだそうと切り刻んでいるのか。

 

「ああ、手が届くんだ」

 

 弱点を看破され、腹を隠してうずくまった。

 恰好の悪い。神として恥ずかしくないのか、卑怯者。

 まるで雷様にヘソを取られるのを怖がるガキのように。

 

 

「奴も怯えているんだ、あと一息だアユミチ殿」

「ああ、行こう!」

 

 ファニアの叱咤を受けて、もう一度足を上げる。駆け出す。

 ひっくり返して、その腹にレーマ様にもらった折れない棒をぶっ刺してやる。やることはそれだけ。

 

 

「あぐぅぅっ!?」

 

 アユミチたちも攻撃に参加する、と。

 残っている手足を警戒しながら、額を擦りつける巨体の頭の上を回って走った。

 リグラーダの戦う側の視野が開けたのと同時に、ダガーが宙を舞った。

 リグラーダの体も、坂を転がる石ころのようにごろごろと、体を打ちながら地面を転がっていく。

 

 

「なん……」

 

 体の左側に来た。

 右手右足は、柔道で寝技を堪える選手のように畳まれ、他に攻撃手段などないはずなのに。

 

「……ひだ、り……手……?」

 

 白い針に縫い留められ千切れた左腕は……まだ。元の場所に繋がれたまま。

 びゅくびゅくと悶えながら、まだそこに残っている。

 

 だけど。

 

「足も……」

 

 ないと思っていた左腕、左足が、生えていた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

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