法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-32.戦果、戦禍

 

 帰る場所を失った。

 西の集落の建物だけではない。

 東の村も、霧が明けてみれば廃墟となっていた。

 

 破壊、というのとは少し違う。急激に老朽化したよう。

 霧に飲まれたかもしれない遺体も同様で、アニラービーの体と同じく消え失せてしまった。わずかに衣服が残っていたくらい。

 

 

「ゼラ様、休んでいてくだせえ」

「司祭様も、食料集めなんて俺らがやってきますから」

 

 結局、アニラービーと戦った広場で一晩を過ごし、起きたゼラが魔法を使った。

 

 ――巨人に襲われる心配がなければ、この程度で。

 

 魔獣の攻撃に耐えるようなものではない。軽く。

 大地を盛り上がらせ、その上に傘のように土の屋根まで。いくつか分けて。

 とりあえず雨風をしのぐだけというが、住居を失った人々からすれば感動ものだ。

 寄る辺ない、何もない現実から一歩安心に近寄っただけでも。

 

 ゼラの言い分でいえば、仮設のドーム状避難テント。

 東の村から合流した人々もゼラを女神の化身と崇め、また疲れてしまったゼラを女王扱い。

 

 

 ジルボン師の株も爆上げ。

 

 ――悪神よ、我が怒りを見よでおじゃる! って。

 

 あの巨神に悲鳴を上げさせたところを、元気になったナーリヒが身振り手振りで伝えていた。

 違うような気がするが、意識が朦朧としていたナーリヒにはそう見えていたのかも。

 ジルボン師のような立派な司祭になりたい、とか。

 

 アユミチからしても、今回のジルボン師の働きには感謝しかない。

 思った以上に積極的に協力してくれたし、重傷者を中心に懸命に治癒をしてくれた。

 自分は平気だと遠慮するアユミチには、ファニアが厳しい顔で、

 

 ――ならば私も治癒は受けません。誰一人、あなたより先に受ける者はいない。

 

 そうまで言われてしまえば断りようもない。

 ただ、アユミチの怪我は実際に打ち身程度だった。

 治癒もそれほど時間がかからず、ファニアが足を治癒された時のような狂おしい切なさは感じなかった。

 じんわり、あー痛気持ちいい。強めのマッサージみたいだな、という感じ。

 

 死んでしまった者たち。巻き込まれて、戦って、アユミチを守ろうとして。

 思うところはあるが、アユミチが暗い顔をしていれば皆がそれに引きずられる。

 今は、生き延びた事実を受け入れて飲み込むだけ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

『嘘をついたつもりはないの。アニラービーのうんこが残ってるなんて思わなかったし、実際に王蠍よりは弱かったんだから』

「疑ってないよ」

『……ごめんなさい』

「ノクサは悪くない。助けてくれてありがとう」

 

 ノクサの言い訳は、裏返せばアユミチとの関係を大切に思ってくれているのだと理解する。

 最良の結果ではなかった。仲間が死に、やっとで作りかけていた生活基盤を失った。

 しかし、これは別にノクサのせいではない。

 

「気になるのは、アニラービーを隠していたフォティゾが何を考えていたのか……それとスカーアの関係」

『スカーアがノクサを封じた時、知っていてこれの栓にした。フォティゾとスカーアは……別に仲が悪いってわけじゃなかったわね』

 

 協力関係にあったということか。

 二人してアニラービーをここに封じて隠しておいた。どちらも自分たちの死を予見しながら。

 何か理由があったのか、大した意味などないのか。

 

 

「考えても答えは出ない。ノクサが何か思い出したら教えてくれ」

『フォティゾはともかく、スカーアがアニラービーの復活を手助けすることだけは絶対にないわ。それは断言できる』

「なんで?」

『う、ん……まあ、嫌ってたなんてレベルじゃないから。レーマに殺されてなければスカーアがアニラービーを殺したくらい。たぶん、一番アニラービーを憎んでいたのはスカーアよ』

 

 アニラービーの復活が目的じゃなかったのなら、なんだろう。

 捨てられたうんこの状態でも魂だけは残っていたようだから、永遠に苦しめる為とか?

 ノクサもそれ以上は何ともわからないらしく、頭を振った。

 

 

「アユミチさん、探しました」

「もう歩いて大丈夫なのか、カヨウ」

 

 今回の戦いで殊勲賞と呼べる働きのカヨウ。

 立ち上がったアニラービーを転倒させてくれた。どうにもならないと諦めかけたところだったのに。

 昨夜の戦いから昏々と眠り、コニーたちに様子を見てもらっていたが。

 

「はい、大丈夫です。さっき果実汁(ジュース)もいただいたので」

「そうか」

 

 戦いの後、西の集落の跡地まで様子を見に行った者が、残骸から酒瓶を見つけて拾ってきてくれた。

 ゼラやファニア達が使う建物の奥にあり、逃げ出すときに置き去りにしてしまったのだと。

 酒瓶の為に命を賭けられても困る。それでいい。

 

 建物は壊されていたが酒瓶は無事だった。

 拾ってきた酒瓶を開け、皆でようやく人心地つく休憩の時間。

 やせ我慢をしていたゼラも、アユミチが果実酒を注ぐと満足げに飲み干し、木の幹を背に眠ってしまったほど。

 ファニアが起きるまで、ゼラとファニアに誰も近づけたくなくてつい目を光らせてしまった。

 独占欲か。

 

 起きたゼラが皆の為に土魔法で仮設避難所を造ったのは前述の通り。

 戦いの興奮冷めず気を張っていたアユミチが、短時間、深い眠りに落ちてから。

 目を覚ましてもう一度状況を確認した後、少し離れた場所でノクサと話していたところ。

 

 

「カヨウ、本当にありがとう。綺麗な魔法だった」

「いえ、本物にはまだまだ届きません」

『本物を見ていたからって言っても大したものよ。ビビったアニラービーのカッコ悪さったら傑作だったわね』

 

 あの天馬がアニラービーを食ったのなら、突然空から襲ってきた幻影に慌ててひっくり返ったのも納得だ。

 二頭の天馬の戦馬車。

 アユミチもあれに轢かれたのを思い返すと苦笑いが浮かぶ。

 

 

「……ん」

「ああ」

 

 両手を広げるカヨウを抱き上げ、子供にそうするようにぐるんぐるんと三回転。

 それからゆっくりと地面に戻す。

 

「子供扱い、です?」

「俺の知ってるダンスの一種かな」

「……なら、いいですけど」

 

 不満げだったカヨウの頬が、アユミチのごまかしでふっと緩むのが可愛い。

 目は覚ましたけれどカヨウも疲れているらしい。いつもより素直な印象を受ける。

 

 

「やっつけたんですね。魔獣……」

「カヨウのお陰だよ。みんな頑張ってくれた」

「はい」

 

 捨て森の魔獣嘔息(くそく)ヘレボルゼ、アニラービーを討伐した。

 ゲームのようにはいかない。

 倒したけれど、何が残るわけでもなく、住む場所や仲間を失った。

 食べるものやその他の生活品もろくにない。もともと大して充実していたわけでもないが。

 東の村の住民が、逃げ出すときに大工道具を持ち出してくれていたのはよかった。武器になるかも、と考えたようだが。

 

 

「私、もっとアユミチさんの助けになりたい。いいですか?」

「いいかって、そりゃあ……もちろん、カヨウが無茶をしないって約束するなら」

「無茶はアユミチさんと同じくらいまでにします」

「……」

『ふふっ、アユミチの負けー』

 

 俺はいいけどカヨウは駄目だ、なんて言い方をするのも大人げない。

 答えに窮したアユミチを、横からもっと大人げない囃し方で笑うノクサにも、返す言葉がない。

 

「……わかった、俺も無茶はしない。なるべく」

「そうして下さい」

 

 アユミチの負け。尻に敷かれるというのはこういう感じか。

 

 

「まあ、神様もどきの相手なんてもうないだろ。さすがに昨日みたいなのはもうごめんだ」

「この辺りで有名な魔獣は王蠍とヘレボルゼだけですから、大丈夫だと思います。今日の夜ご飯の方が大変かもしれません」

 

 鍋や包丁を武器防具替わりに手にしていた住民もいたが、とりあえず人数分の食べ物などない。

 

「雨、止まないな」

 

 イーペンが雨季だと言っていた。

 天孔雀はその地域を去る時に一声鳴き、雨季が訪れるとか。

 言われていた通りそういうものだとして、これでは焚き木も食料も集めにくい。

 

「酒だけはいくらでもあるけど」

 

 栄養があるとしても、飲み物だけで過ごすわけにもいくまい。

 日本で食べ物に困ったことはない。

 アユミチだけではなく、住民や子供たち……ゼラにも、ひもじい思いをさせたくない。

 明日の食事の心配をしなければならないというのは、争いにも劣らぬほど心を苛むものだなと実感した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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