法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-33.分かれ道

 

 アニラービー討伐から翌日の夕暮れ前。

 

「幸い、開けた土地に湧き水もあります。奥方様の仰る通りかと」

 

 集落を直すより、ここを新たな居住地とする。

 ゼラの提言をファニアも推す。

 開けた場所なのは間違いないし、アニラービーを沈めていた小さな泉はかなり綺麗な湧き水だった。

 

 

「森を出る者は引き留めません。既に病は癒え、それも生きる道でしょう」

 

 総勢四十七名の集団。ビッテス、リグラーダと生き残っていたマーチスを除いて。

 壊れ、朽ちた建物を修復する手間などより、ここで集団生活する方向で考えた方が当面はいいのではないか。

 

「雨風しのげるだけでもありがたいんで」

「アユミチ様、ゼラ様に従います。どうか置いてやって下さい」

 

 誰一人、反対意見はなかった。

 この状況ではぐれ者になる可能性を考えたら、異なる意見など口に出せないだろうが。

 大きなテントに避難したような状態で、その屋根を造ってくれた魔法使いの意見に従う。働くから置いてほしいと。

 

 

 すでに避難所に石を積んで竈を造っていた。

 とりあえずの煮炊き。その余熱で濡れた焚き木を乾燥させつつ、大鍋で集めてきた食材を煮ている。

 大工道具と同じく、鍋や調理道具も武器防具で使えるかもしれないと考えた者がいたのも助かる。

 

 いざ行動となると、戦いに参加できなかった住民たちが率先して働いてくれる。

 戦いは無理でも役に立つ。追い出さないでほしいという不安もあるのかもしれない。

 皆の協力があれば当面の生活はどうにかなりそうだ。

 

 

「アユミチ、お願い事をしても?」

「改まって言われなくても、ゼラの頼みで俺ができることならもちろん」

「嬉しいですわね、では遠慮なく」

 

 アユミチが二つ返事で応じると、事前に目をつけていたのかアニラービーが足で削った辺りに移動した。

 削られた土と、逆に盛り上がった土砂。

 ドームの外、雨に濡れるのにも構わずその辺りで八千代刷毛をゆっくり振って、歌いながら盛り上がった土砂を建物に変えていく。

 

「ゼラ、無理をしなくても」

「魔獣の襲撃に耐えるようなものではありませんから」

 

 途中顔をしかめていたから、決して楽ではなさそうだったが。

 アユミチへのお願いではなかったのか。

 

「わたくしたちの仮住まいとして」

 

 雨が降る中、土砂を綺麗に整えて、小さいけれどいくつか建物を造ってしまった。

 それと並べて、なんだろうか。三面だけ壁のカーポート? 自転車小屋のようなものを。

 

 

「アユミチ。水を出す魔法が使っていただけると嬉しいですわ」

「魔法ってわけじゃないんだけど」

 

 カーポートの下は固められ、なだらかな傾斜になっている。

 その上に向けて、レーマ様からもらったリストバンドで水を出してほしいと。それが頼み事。

 

良人(あなた)との寝所、こんな時でも少しでも身綺麗にしたいと思う我がままです」

「シャワー室か」

 

 住民たちはドーム状テントで雑魚寝でもいいだろうが、自分たちはプライベートな個室で休息する。

 ゼラの魔法でやっていることで、住民たちから敬われているゼラならそれもいいだろう。彼女はそもそも上流階級なのだし。

 正直な気持ちで言えば、ゼラたちの寝姿を他人に見られるのも嫌だ。

 

 自分の部屋を造る為なら、疲れていても惜しみなく魔法を使う。

 寝る前に綺麗にしたいからシャワーを出して、と。

 可愛いお願いだと思ってしまうアユミチは、もうすっかりゼラに惚れてしまっているのだろう。

 

「わかった。俺はその壁の向こうでやってるから、カヨウたちにも使わせてやっていいよな?」

「そうおっしゃると思いました。余分に作った小屋も良人(あなた)のお好きなように」

「奥方様が一番です。アユミチ殿」

「わかってる」

「ファニア、わたくしが身を浄めるのを手伝いなさい」

「あ……はい、ゼラ様」

 

 ちらちらとアユミチを見ながら頷くゼラ。

 アユミチは壁の反対で水道係。なんだか申し訳なさそうなファニアの様子も可愛い。

 そんなに遠慮しなくてもやましい気持ちがあるわけもないだろうに。

 

 

 二人の美女がシャワーを浴びる声を壁越しに聞くのは、なんとも言えない、いたたまれない気分にさせられた。

 まだ明日も覚束(おぼつか)ない状況なのに、こんな……迷惑じゃないけど、他の住民の目も気になる。

 これ、この後アスパーサやカヨウたちの時間もあるのか。

 生殺しというか、覗きでもしているような居心地の悪さ。

 それと同時に、なんだか女は俺のものだぞと独り占めしているようにも。小心者にはつらい。でも他の男を近づけるのも嫌。

 

 さらにその後で、ビッテスとリグラーダに私たちもいいですか、と聞かれて。

 迷惑ならいいんだが、とリグラーダが斜めに顔を伏せるものだから、雨の雫が彼女の唇を伝う。ぽとり。

 その唇の感触を忘れよう忘れようと水道係が終わるまで葛藤が続いた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「では、私たちは王都に帰りますので」

「西港じゃないんだ?」

「そちらは彼にお任せしますから。事態が事態なので上に報告しておかないといけませんしぃ」

 

 ビッテスとリグラーダは王都に、生き残った兵士のマーチスは西港ディサイに帰る。

 

「……悪かったな、迷惑かけた。薬も、助かった」

 

 口の悪いマーチス。戦いの時も泣き喚いていた様子しか覚えていないが、彼の身になって考えると無理もないのかもしれない。

 彼は別に英雄でも勇者でもない。ただの町の兵士。

 成り行きでここに来ただけで、大魔獣との戦いに狩りだされた。別に守るべき故郷でもなんでもないここで。

 その上で連れの同僚を頭の上で捻り潰され、血肉を浴びて、腰を抜かすのも無理はない。

 

「いや、別に……西港の、右流伯には」

「うまく言っとくさ。捨て森の死病も大魔獣もどうにかしちまう英雄様だ。閣下も悪いようにはしねえ。と思う」

「野心もなさそうですしぃ、病気が治るのは助かりますからねぇ」

 

 野心なんてない。とりあえずもう少しマシな暮らしができると助かるが。

 下手に報告されるより口封じを、と考えなかったわけでもない。

 だが、さすがにそれは人としてダメだろう。

 とりあえずマーチスは見る限りこちらに悪意や悪印象はない様子。西港の軍関係者と良好な関係を築けるならそれも悪くはない。

 

 

「あっちの、すごーく美味しい薬のことは秘密にしておきますねぇ。まずいドロドロ煮ってことで」

「お前もだぞ、マーチス。余計なことを言って捨て森に酒好きが集まるなんてことにならないようにな」

「わかってらぁ」

 

 病に困ってここを目指す者はともかく、酒が欲しくて来られても困る。

 また神の酒瓶を強奪しようと考える輩も出てくるだろう。

 

 ビッテスとリグラーダは、東の集落でアユミチが作った薬を飲ませた。くそまずい適当なごった煮。

 マーチスには、誰かが集落にあった薬を飲ませたのだろう。予防的に。

 薬はまずい方がいい。好き好んで飲みたがるものでもないはず。

 

「じゃあな」

 

 マーチスは足早に森の西へと向かっていった。

 住民との関係がいいわけでもない。かっこ悪い姿ばかりだったから、ビッテスと話がつけばさっさと去りたかったのだと思う。

 

 

「私たちも行く。王都からまた使者が来ることも……いや、確実にあるはずだ。うまくやってくれ」

「アユミチくんの扱いを間違えると私たちも大変なので、こっちもうまくやっておきますから」

「そうしてもらえると助かる」

 

 口封じ。考えないでもないけれど選ばなかったのは、この二人の存在もある。

 ファニアが警戒するだけの実力者。腕ずくでどうにかするのは難しい。

 ノクサの力を使えば……できないこともない、かもしれない。不意をつけば。

 しかし、アユミチは彼女らを殺したいわけではない。助けてもらった恩人だ。面倒事になる可能性があるからと殺すなんて人の道から外れる。

 

 彼女らが戻らなければ別の調査員が派遣されるだろうし、どこからでも情報は洩れる。既に色々と漏れている。

 なら、共闘して良好な関係を築いた彼女らに、アユミチ達がトローメに危険な思想を持っていないと伝えてもらう方がマシだろう。

 少なくとも怪しげな新興宗教団体として討伐なんてことにはならないはず。

 

 この辺のことはアユミチが考えたわけではない。ゼラとファニアにイーペンとムンジィを交えて相談があった。

 トローメの事情を知る彼らはアユミチよりずっと色々なことを考えていて、彼らを森から返すメリット、デメリットを説明してくれた。

 結局、不用意なことはやめておこうと。

 恩人を捕らえるとか殺すなんて話、アユミチが乗り気でなかったのは明らかで、実行した場合のデメリットも予想がつかない。

 

 アスパーサにも何か予見がないか聞いてみたが、今は何も見えないそうだ。

 神が暴れて死んで、地域一帯の運命の流れが目茶苦茶になっていると。

 ノクサも肯定していたから嘘ではないのだろう。

 

「じゃあ、また会えるのを楽しみにしてますねぇ」

「あんまり無茶をするんじゃないぞ。素人が」

「ああ」

 

 虚穴で初めて会った時を思い出したのか、ふっと笑うリグラーダにアユミチも苦笑しながら頷いた。

 彼女らは北へ。元々東の集落があった方から抜けて王都イオドキッサに向かう。

 

 

 

「ああ、そうだった」

「何か心配事でも?」

 

 二人が消えていった北の方角を見ながら独り言ちたアユミチに、ファニアが尋ねる。

 なんだか色々終わったな、と思って、けっこう長い時間ぼうっと空を見ていた。

 気が抜けたというかなんというか。

 

「いや、忘れ物だ……ちょっと追いかけてくる」

「ご一緒します」

「いい……大丈夫だ、ファニア」

 

 心配そうなファニアに、肩のノクサを指して、

 

「いざとなればノクサがいる。大した用じゃないから待っていてくれ」

「……わかりました。あまり遅ければ追います」

「それでいい」

 

 不承不承頷くファニアには本当に申し訳ない。

 後ろめたいことも後ろ暗いことも、心残りも。

 アユミチはファニアにどう報いればいいのかわからない。ただ彼女の存在はゼラと同じくらい大切で、有難い。

 

 

 アユミチが追ったここが分岐点。

 大きな岐路になることを、予言者でないアユミチが知る由もなく。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 前日の夜。

 マーチスは確かに飲んだ。口にした。

 最高級の美酒を、マーチスの分だと聞いて。

 

 捨て森にはこれまで多くの死病患者がいたはず。病気をもらっているかもしれない。

 これが薬だから飲んでおけと。薬でなくてもいくらでも飲みたかったが。

 どうせ貧民だと横暴な態度をとっていたマーチスはよくしてもらって、少しばかりバツが悪い。

 

 マーチスは治癒を受けていない。あちこち擦りむいた傷がかゆい。

 かゆい。

 薬は、うまい美酒だった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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