法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-34.宴の夜に

 

 ゼラは元々社交的な性格ではない。

 けれど良家の子女としての振る舞いは心得ている。

 下々の者と話すときは凛として、迷いを見せず堂々と。

 

 アユミチと出会い、貧しい者たちと接してみて、どのように立ち振る舞えばよりうまく彼らの心を躍らせられるかわかってきた。

 これはこれで楽しい。

 悪い魔法使いになったよう。

 神の使いであるアユミチの道を妻として照らす。

 

 魔法も、今まで力ずくでやってきたことが八千代刷毛を使ってみれば非常に容易い。

 より大きな範囲に細かに魔力が行き渡る。

 世界が開けた気がした。

 

 

 寂しく思うことはひとつ、アユミチがゼラに触れようとしないこと。

 以前のように妻ではないと否定しなくなった。視線も、ゼラを第一に追うことが多い。

 なのに、ゼラに触れることを極力避けている。

 

 死すべき初夜の花嫁。仕方がない。

 ゼラの方から触れるのも怖い。また失うのではないかと。

 

 

 ファニアに頼んだ。

 アユミチの慰みの相手になってほしいと。ゼラにはできないから。

 ひどい頼み事をしている。わかっている。だけど、アユミチが遊女に近づくのは嫌だ。彼女はとてもうまくアユミチをよろこばせるのだろう。耐えられない。

 

 上流階級なら正妻が妾を選定するのは珍しいことではない。

 ファニアはゼラの頼みを聞いて、アユミチに望まれるのなら嬉しいと頷いた。

 それから首を振ってゼラに諭した。

 焦らなくともアユミチはきっと正しい答えを選ぶ。だから泣かないで待ちましょう、と。

 

 そんなファニアだから、ゼラはアユミチを託してもいいと思う。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 目まぐるしいといえば目まぐるしい、拍子抜けすると言えばそんな日々だった。

 何かに襲われることはなく、前より新たな死病患者が訪れることが増えて、それを治癒して。

 

 イーペンは確かに色々な分野に造詣が深かった。

 灰息病、斑徂症患者の血液を彼の顕微鏡で観察したり、原因を考察しあったり。

 アユミチが死病を治せるのはいいが、それだけではやはりリスクがある。酒瓶を持っていなくて困ったことも一因。

 他に何か解決法があればアユミチ個人の価値は下がるが、危険も減る。

 死病の研究が進まないのは感染症だからだ。感染の心配がなければ少し違うはず。

 

 

 雨が多い季節だが、贅沢は言っていられない。

 皆が協力して木を伐り出し、仮設だった屋根を軸にして建物の体裁を整えていく。

 水を吸った木材だから臭いもあるし伸縮もするだろうが、とりあえずとしては十分。

 

 よかったのは、調味料を作れたこと。

 樹液、花、草から、甘味やしょっぱい調味料を住民が作ってくれた。

 もともと知ってはいたが、採取して寝かせてなど十日くらいかかる。死を待つ病の間はそんなことをする気にならなかったと。

 生きていくのなら、手間も時間もかけられる。

 まだ不十分でも、料理の味付けは非常に嬉しかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「よいでおじゃるかナーリヒ。アユミチの女神様に粗相のないよう」

「はい、司祭様」

 

 また月が満ちていく。

 先月イサヤを送り届けたように、レーマ様の世話係の子供を。

 何人か候補がいる中でナーリヒが適任だろうと、ジルボン師の勧めもあって本人も望んでくれた。

 

 親のいる子は候補から外す。

 白霧騒ぎの最中、村を焼かれて逃げてきたカハロには母親がいる。

 その母親が是非神様の世話役にとカハロを推すのだが、保護者がいるのだから今は母子で過ごしてほしい。

 女神様の世話役。言葉だけ聞けば名誉なことだろう。女神様の本性を話せないのがつらいところ。

 

 数名の候補のうち、既に十三ほどの子はやめておいた。

 十五歳はレーマ様の好みから外れる。二年後に急にアユミチのようなウンコ扱いされるようになったらかわいそうだ。

 

 そういえば面白い見分け方で、ちんこの毛が生えたら十五で成人だそうだ。

 ムダ毛の生えない女性といい、男子成人の証がチン毛とか、この世界の人間の生態になんとも奇妙な感慨を抱く。

 神様がうんこワード好きの男児みたいな性格なので、創造物の方も影響を受けているのかもしれない。

 

 

「少年の大役成就の祈願と、あらためて我ら捨て森の民の命への感謝を」

「女神様に」

「アユミチ様、ゼラ様に」

 

 イーペンが音頭を取り、皆が曇り空に杯を掲げた。

 ままならない中でなんとかやってきて、ナーリヒの出立を兼ねて今夜はささやかな宴だ。

 降ったりやんだりの雨も、今日は気を利かせてくれたらしい。

 

 

 

『いいんじゃない、こういうの』

「宴会好きだったか?」

『自分が大騒ぎするのはなんか違うんだけど、見てるのはけっこう好きよ。音楽も』

 

 生きるので精いっぱいと思っていたのに、何人かは手細工で簡単な楽器を作っていた。

 カスタネットのような打楽器だったり、木の筒で作った笛だったり、ぎざぎざな石をかき鳴らしたり。

 草笛でうまい具合にメロディを奏でる芸達者なイーペン。この辺りではポピュラーな曲なのか、他の者もそれに合わせる。

 

 ごちそうと呼べるような料理があるわけではないけれど、そんなものが必要なわけじゃない。

 生きててよかった、厳しい毎日でも乗り越えられてよかった。酒がうまい。

 誰にも攻撃されない、疎んじられることもない。

 捨てられて辿り着いたここだから、お互いに労りの気持ちをもって一緒に歌って一緒に食べて。

 

 ステンが、プレヴラやコニーと輪になって踊っている。

 興が乗ったのかその輪にムンジィが加わり、また他の者たちもあちこちで。

 

 

「アユミチさん、ご機嫌ですね」

「そう? みんなが楽しそうだからな」

「そういうものですか」

「カヨウも楽しんでくれると俺がよろこぶ」

 

 一歩引いた感じのカヨウにお願いをしてみた。

 踊ってくれないか、と手で示して。

 

「……笑いませんか?」

「約束する」

 

 アユミチが楽しそうだったからなのか、カヨウは意外と素直に立ち上がり、アユミチの前で礼をして。

 

 ゆっくりと、右にくるり、左にくるりと、スカートを翻して。

 前に、後ろに。くるくるくると三回転して深くお辞儀を。

 

「すごく可愛い、よかったよ」

「見様見真似ですけど……あ、ちょっと」

「お姉ちゃん、一緒に踊って」

「こっちで一緒に踊りましょう、カヨウちゃんも」

 

 プレヴラたちに引っ張られて輪の中に。

 なし崩しだけどこれはこれでよかったと思う。

 

 ファニアが剣舞を披露し、別の場所ではアスパーサが袖を振って舞う。

 たまにはこんな夜もいい。

 レーマ様の戦馬車に轢かれ、成り行きでここに来て、ロクでもない世界だと思ったけれど。

 悪くない。今はそう思える。

 

 

 

「アユミチ君、よろしいですかな?」

 

 いつの間にか音楽が止み、イーペンが意味ありげにアユミチに礼をした。

 そして、宴を静かに見守っていたゼラに視線を。

 

「宴の締めくくりは、やはり主役が必要かと存じますぞ」

「俺……?」

 

 イーペンの後ろでファニアが、じっとアユミチを見ている。

 無言で、何を言うでもなく。

 

『察してあげなさいよ』

「あー、そう……か」

 

 二人の言わんとすることは理解できる。

 フィナーレに必要なこと。

 しかし、アユミチはただの日本人男性。こういう場合の作法も何も知らない。

 

 

「……ゼラ」

「はい」

「こういう経験がなくて、ステップも何もわからないんだけど」

「はい」

「踊ろう、か?」

「はい、良人(あなた)

 

 手を伸ばす。

 淑女を誘う時はこうするのだろうと右手を差し出して、ゼラの細い指が、花びらでも乗るかのようにアユミチの手に触れて。

 

「よろこんで」

「……ありがとう」

 

 

 二人で手を取って立ち上がると、何かを期待するような皆の視線が集まる。

 何か言わないといけないだろうか。

 

「ええと……色々、うまくいかないこと。辛いこと、苦しいこともあるけど……今こうしていられるのは皆がいるからだ。死んでしまった人たちの助けがあったからだ」

「……」

「時間は巻き戻らない。だから、これから……ここを、この世界を。もっと明るく、楽しい場所にしていきたい。これからもよろしくお願いします」

 

 うまく言葉にならないアユミチの気持ちを受け、優しい歓声と拍手が送られた。

 恥ずかしい。

 ひとしきりの賑わいの後、申し合わせたようにすぅっと静けさが支配して。 

 

 

 イーペンの草笛が、ゆっくりとした調べを奏でる。

 それに続くみんなの音に合わせて、ゼラの体が揺れるリズムについていくだけ。

 近い。柔らかい。やさしい歩調で。

 

「……ありがとう」

 

 もう一度。

 やっと色々なことが落ち着いてきて、今なら受け入れられる。

 たぶん今、この手にあるものが幸せなのだと。

 

「君に愛される夫になりたい」

「……はい」

 

 地球では得られなかったものがここにあるのだと、なんだか涙が零れた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「こういう経験がなくて、何もわからないんだけど」

「はい」

 

 同じことをこの夜に二度口にする。

 ゼラと二人きり。ノクサもいない。

 十数日の間に手を加えられ。奥の間になった寝室で。

 

「わたくしも、です」

「う、ん……?」

 

 もう一つの心配事。

 アユミチの方の体の、男性機能の問題……が?

 むずむずと、力を取り戻していく。

 

 ゼラの、わたくしも初めて、という言葉を聞いて?

 アユミチだけ初めてというわけではない。気後れがないから?

 それだけではない。

 

 みんなの前で、晴れて夫婦と示したことで後ろめたさがなくなったから。

 正式な婚約者。皆に認められ、お互いに受け入れた伴侶。

 たぶんその両方だと頭の片隅で理解して、もうそんなことはどうでもいい。

 

 

「……本当に俺でよければ、だけど」

「アユミチ」

 

 ゼラの手がアユミチの頬を包んだ。

 少し悪戯っぽく笑って、

 

「出会った日より今日の方が、ずっとあなたに惹かれています。愛しています」

「……ありがとう。俺もそうだ」

 

 ただ綺麗だと思った日よりも。今夜の方が。

 ただの命の恩人だった日よりも。今夜の方が。

 

 

「怖くは……ないのですか?」

「うまくできない、かもだけど……」

「そうではありません」

 

 珍しく少し困った顔を見せてくれる。可愛い。

 

「わたくしは、死の花嫁……恐ろしく思いませんか? ただ夜伽であればファニアでも……」

「忘れてたよ、そうだった」

 

 そういえばそんな話だった。

 ゼラと肌を重ねようとすれば命を落とすかもしれない。アユミチなら大丈夫なんて保証はないのだ。

 

「でも、いい」

「……」

「ゼラが怖がっているのに気づかなくてごめん」

 

 前の夫たちがどんな気持ちでゼラと向き合ったのか、そんなのはわからない。

 確かに命を賭けてもいいかもしれないくらいの美女だけど、死んでもいいと思っていたわけではないだろう。

 

 

「君の呪いを解く」

「……」

「もう、大丈夫だから」

 

 死ぬつもりはない。

 だけど、どれだけ苦しくてもゼラを責めたりしない。

 

「愛してる、ゼラ」

「……はい」

 

 ゼラの銀糸の髪を指で梳きながら、唇にそっと触れた。

 

「……わたくしも、愛しています」

「ありがとう、ゼラ」

「ありがとうございます、良人(あなた)

 

 もう一度、強く。

 唇に振れた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

『言わなかったっけ? アユミチは魔力とか霊力感知する能力ゼロだから平気だよ。どんだけ圧かかっても素通り? じゃなきゃノクサが二人っきりにするわけないでしょ。アユミチってばほんと鈍感さん♪』

 

 そういうことは先に言え。

 レーマ様に魔法の才能ゼロと言われていたことも思い出して、悲壮な覚悟を決めていた昨夜の自分が恥ずかしくなった。

 

『で、うまくやったの?』

「うるさい」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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