法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-35.持つ者

 

「お帰りをお待ちしております」

「……ああ、行ってくる」

 

 かなり水嵩(みずかさ)の増した川にゼラが橋をかけてくれた。

 見送りはここまで。帰りは村で待つというゼラの慎ましやかな微笑に見とれて、やや呆けてしまった。

 ゼラの後ろでファニアがおかしそうに笑う。

 

「今夜頃には雨は上がりそうだとイーペンが申しておったでおじゃる」

「だと助かる。これ以上増水されたら困るし」

 

 朝からまたぽつぽつと落ちてきた雨粒だが、気持ち粒が薄いように感じた。

 雨季から初夏に変わる前兆らしい。

 神域まで行って帰って二日かかる。その間、ゼラに会えないのが寂しい。

 

 

「行きましょう、アユミチさん」

「旦那、名残惜しいのはわかりやすが」

 

 カヨウとムンジィに急かされてしまった。

 橋の途中で待つ彼らとナーリヒに頷き、もう一度ゼラにも頷いた。

 

「行ってくるよ」

「はい、良人(あなた)

「お気をつけて」

「ナーリヒ、つらい時は麻呂の雄姿を思い出すのじゃぞ」

「はい、司祭様!」

 

 ジルボン師が短い腕を上げると、ナーリヒも左手をぎゅっと掲げて応じた。

 きっとナーリヒの心にはジルボン師の勇ましい姿が刻まれているのだろう。我がままなレーマ様に困らされても頑張ってくれそうで助かる。

 そうひどいことはされないと思うけれど。

 

 橋を越え、姿が見えなくなるまで、ゼラたちはその向こうにいた。

 アユミチの方も何度も振り返ってその姿を見ていた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 ――約束、忘れていませんよね?

 

 カヨウが一緒に行くと言ったのをどう言い聞かせようか考えるアユミチに、カヨウは目を細めて微笑みかけた。

 また連れていくなんて約束はしていないのだが、カヨウが大きくなってもアユミチを好いているようなら抱くとか、そんな約束はした。

 後ろめたい。

 

 ――荷物持ち、手があった方がいいでしょう?

 

 前回、確かに荷物が増えてカヨウがいてくれたのは助かった。

 レーマ様との交渉も、アユミチよりうまく話を進めたと思う。

 

 ――私は女神様に認めていただけているかと。

 

 拒む理由を探すより、同行してもらった方がいいかもしれない。

 カヨウの同行を認めて、荷物持ちならと言ったムンジィも一緒に連れていくことにした。

 神域に入れるのはやめておく。ムンジィには外で待ってもらうことになるが。

 

 行きはナーリヒを含めて四人旅。

 ナーリヒがどれだけ司祭様を尊敬しているか苦笑しながら聞いて歩いた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「アユミチ兄ちゃん!」

「来たか、アユミチ」

「イサヤ」

 

 入ったとたん、ぱっと顔を上げたイサヤとソファから首だけアユミチに向けるレーマ様。

 剣の稽古でもしていたのか、木剣を握るイサヤと練習相手の藁人形っぽいもの。

 

「お変わりなく、女神様」

「変わってんだろ、大違いだぜ」

 

 よっとソファから勢いをつけて立ち上がるせいで、体に巻き付けた白い布の隙間から肌が覗く。

 ゼラの肌とは違う。見比べてしまうのは悪いが、初めての彼女ができて浮かれているようなものだ。許してもらおう。

 きめ細かく美しいけれど、アユミチはゼラの肌の方が好みだ。胸中でそう納得して悪い気分ではない。

 

 

「お前、何やったんだ? こいつはただ事じゃねえ」

「え? あー」

 

 恋人ができました。

 とかそういうことではないだろう。

 

「アニラービー? の残りかすみたいなの、やっつけました」

「そのクソの名前を二度とここで口に出すんじゃねえ。あー、そんなもん残ってたのか……」

 

 禁句だったらしい。

 ものすごくイヤそうに顔をしかめてから、頭を掻いて周りを見渡す。

 

「道理で、すげーすっきりしたわけだ。ご苦労だったなアユミチ」

「いえ」

「すごかったんだ。ここもなんかしゅわわって光って」

 

 木剣を置いて駆け寄ってきたイサヤが、その時の様子を手を広げて語る。

 アニラービーを倒した瞬間のことなのだろうか。

 この建物全体が光って震えたよう。

 

 

「随分と風通しがよくなった気がするぜ。なんか清々しいだろ」

「前も言いましたけど俺にはわからないです」

「わっかんねえかなぁ? お前は?」

「そうですね」

 

 鈍いアユミチの代わりに話を振られたカヨウが、部屋全体を見渡して、

 

「窮屈さがなくなった、気がします」

「窮屈?」

 

 小さめの体育館くらいの部屋だ。窮屈な印象などない。

 しかしレーマ様がそうだろって顔で頷いているので、カヨウの感想が正解なのだと思う。

 

 

「たかだか二月でこんなに働いて、本気であたしを下界に降臨させる気かよ」

「あ、いえ」

 

 そういうつもりがあったわけではないが、とりあえずいい働きだったらしい。

 

「んで、この子が今月のショタ君ってわけだな」

「あ、はい! ナーリヒです、不束者ですがよろしくお願いします」

「うんうん、こっち来いよ」

 

 はいっときびきびした返事をして急ぎ足でレーマ様に歩み寄り、ひょいっと抱っこされるナーリヒ。

 機嫌が良さそうなので気になったことを質問してみようか。

 

 

「他の……他の神様がその、死んだ時? その時はここ光らなかったんですかね?」

「エクピキの奴をやった時はあたしもここにいなかったからなぁ……他の連中は知らねえ。たぶん別の神域通ってったんだろ」

「他にも神域ってあるんですか?」

「管理してた奴が力失えば閉じる。残ってんのもあるかもな」

「なんでエクピキをやっつけたんです?」

「んなこといちいち覚えてねえよ」

 

 レーマ様に抱っこされているナーリヒが、ふぇっと声には出さなかったが仰天の表情を浮かべた。

 エクピキの司祭ジルボンを尊敬するナーリヒとすれば当然の反応。

 カヨウもイサヤも驚いた顔はしているが、レーマ様の機嫌を損ねないよう何も言わない。

 

「あいつが悪いからだよ。じゃなきゃいちいち殺さねえ……たぶんな」

「そうですね。今もエクピキ教の上層部は悪徳いことやってるみたいなんで」

 

 レーマ様の口から言ってくれたおかげでアユミチも言いやすい。

 ここで暮らすことになるナーリヒには知っておいてもらった方がいいだろう。道中でも、神域でレーマ様以外の神様の名前は言わないように伝えておいたけれど。

 どこでレーマ様の逆鱗に触れるかわからないので。

 

 

「俺、こっちの世界の神様ってよく知らないんですけど」

「そうだったな。あー、偏屈のポスフォスだろ。説教臭いエクピキに、こまっしゃくれたフォティゾ。(どん)くせえランプシーと可愛いスカーアだ」

「?」

「あとはさっきのクソ。最初にここに来た時の神はそれが全部」

 

 メンバーは合っているけど、スカーアに対する評価が思っていたのと違う。

 ノクサの話だと、スカーアはレーマ様に振り向いてほしかったけど袖にされていたような感じだった。

 

「スカーアって可愛かったんですか?」

「何言ってんだお前? ああ、陰気で何考えてんのかわかんねえ女だったけど顔形は……まあそうだな。どっかで見たのか?」

「……いえ」

 

 今自分で可愛いって言ったことを覚えていないようなレーマ様の言動。

 

「まあドブ臭せえ下界ん中じゃイイ線だったと思うぜ。男ならああいうのがいいんだろ」

「どうでしょうね」

 

 見たことはないから何とも言えないが。

 それでもゼラより可愛いことはないだろう。と胸中でマウント。

 これが恋人持ちの心境なんだなと思うと、レーマ様の支離滅裂な話も笑顔で受け流せた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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