法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-36.贈る気持ち、見せたい場所

 

「話は変わりますけど、この調子で俺が頑張ればレーマ様が下界に行けるんです?」

「あー、難しいだろうな。だいたい下界はきたねえし、今はここで待ってりゃアユミチがこうやって」

 

 抱えていたナーリヒに加えてイサヤも抱きかかえ、にんまり笑みを浮かべる。

 とてもいい笑顔なのだが、やっぱり邪神かな。

 

「届けてくれんだから。無理していくこともねえし」

「行きたいとは思わないんですか?」

「わざわざ汚ねえくせえとこに面倒かけて行くかよ」

 

 別に無理して下界に来てもらうこともない。余計なトラブル増えそうなので。

 ここで満足してくれるならそれでいい。

 

 

「今夜みてぇな満月ん時に限りゃ、あいつはたぶん行けるようになるぜ。あたしの戦馬車」

「そうなんです?」

「なんでだか、繋がりが強まったみたいだし」

 

 天馬の戦馬車と下界との繋がりが強くなった。

 理由はなんとなく思い当たる。横のカヨウの澄ました顔をチラ見する。

 カヨウの幻術が原因だと思うが別に悪いことでもない。

 

 

「わざわざお前に連れてきてもらわなくても迎えに行けるってわけだ。ほんの少しだけの時間だろうけどな」

「そりゃあ助かります」

 

 これから他の町に行った時、ここまでの行き来をどうしようか悩みどころだった。

 レーマ様のための少年の送迎を戦馬車がしてくれるなら問題はない。振り落とされないよう注意しておく必要はある。

 

「その戦馬車、もう一度見たいんですけど」

「あぁ? ダメだ、あっちに入んな」

 

 奥の雲海を見たいと言うカヨウに対する拒絶は、有無を言わせない表情で、

 

「生きた人間が入るとこじゃねえ。ここだってそうだけどな」

「……」

「あっちはあやふやなんだよ。見てりゃ見たいモンばっかり目に映って抜けられなくなるぞ」

 

 前回は特例として通したが、本来は生きた人間が入る領域ではない。

 生と死の狭間。夢うつつといった場所なのか。

 

「あー、ほら。好きな服でも選んどけ。イサヤがお前が喜びそうって見繕ってたぜ」

「女神様、言わないって約束だったじゃんか」

「約束はしてねえよ」

 

 イサヤが顔を赤くして訴えるが、たぶん本当にレーマ様は約束していない。

 言わないでおいてやってもいいくらいの言い方でごまかしたのだと思う。神は人間に嘘は言わないというから。

 

 

 なんだかんだで住居を失い、布はいろいろと足りない。季節的に寒い時期ではないから今はいいが、寒くなればもっと必要になる。

 草を編んだゴザで過ごしていられるのも秋までだろう。

 上質な布なら町で売ることもできる。大量の安い布と物々交換も可能かもしれない。

 貴金属だと逆に換金しにくい場合もあるとムンジィが言っていた。身元が不確かな者が持ち込んでも安く買い叩かれる。販売ルートがない。

 捨て森をより暮らしやすい場所にする為に、まず必要なものをもらっておこう。

 

「こいつもお前にやろうと思って」

 

 イサヤと一緒につづらを物色していて見つけたのか、黒いライターのようなものを持っていた。

 ライター、あるいはUSBのメモリースティックのような。

 

「なんです?」

「まあ見てろよ」

 

 イサヤたちを下ろしたレーマ様がその黒い棒状のものを握り、スイッチのように押し込むと、

 

 ――ちゃりん……

 

 近くで硬貨が落ちるような音がした。

 どこだ、と思って周囲を見回したら、今度はレーマ様がいなくなっている。

 

「あれ、レーマ様?」

「どこに……?」

 

 カヨウもナーリヒもきょろきょろ。

 瞬間移動の道具とかなのか、急に消えたレーマ様を探していたら、

 

「うわぁっ!?」

「ははっ、いい反応だぜ」

 

 振り返り、正面に戻った瞬間にレーマ様の巨乳が目の前にあって慌てて数歩後ろにたじろいだ。

 アユミチの驚きっぷりにレーマ様はしてやったという顔で笑う。

 

 

「見えるとこにいる奴に気になる音を聞かせて、五つ数える間だけ姿が見えなくなるってわけだ。下らねえけど使えんだろ」

「あ、あ……そう、ですね」

 

 最初に聞こえた音の後、約五秒間だけ透明になる道具だったらしい。

 楽し気な顔で、広げたアユミチの手の平に黒いそれを落として、用は済んだとナーリヒとイサヤを撫でに戻るレーマ様。

 何の役に立つだろうか、たった五秒。

 試してみようと黒い棒のスイッチを押し込もうとするが、固くてまるで動きそうにない。なんだ、神様限定の道具とか?

 

「一日一回。次に日が昇るまで使えねえ」

「……そうなんですか」

 

 その一回をアユミチを驚かせるために使った意図は……たまたま見つけた下らない手品グッズを披露する目的だったのか。

 アユミチへの褒美のように言っていたくせに。

 

「アユミチさん、女神様の贈り物を失くさないようにこれで」

「ん、あーありがとう。カヨウ」

 

 衣類関係の中にあったらしい細い紐を、透明スイッチの隅の穴に通してネックレスにしてくれるカヨウ。

 音を聞かせて。

 さっきみたいに小銭が落ちるような音が聞こえるのなら、隠密には向かない気がする。

 その上でたった五秒。まあせっかくくれると言うのだからもらっておくけれど。

 

 

「俺も服を見せてもらっていいかな?」

「……もちろんですよ、アユミチさん」

 

 ゼラの服、どんなものがいいかわからないけれど選んでみたい。

 ファニアにも、少しくらい可愛い服をあげるのもいいと思う。

 

「私のも、アユミチさんが選んでくださいね」

「センスに自信がないんだけど」

「好きな人の選んだ服を着てみたいって思ったらだめですか?」

 

 駄目じゃない、けど。

 先に見繕ったイサヤに申し訳ない気もしつつ、カヨウの微笑に否とは言えない圧があった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ここが女神様の寝所、ねえ」

 

 カヨウとナーリヒの手を引いて扉をすり抜けていったアユミチを見送り、ムンジィはあらためて建物を見回した。

 禁域の奥。

 荒涼とした赤茶色の岩肌の山岳地に、さほど大きくないドーム状の屋根の建物。

 華美なものではなく、アユミチがいなければ見つけられなさそうな場所にひっそりと。

 

 子供以外は入れないと聞いていたから外で待つのはいいのだが、何もない。

 適当に腰を掛けて周囲を眺めるムンジィの傍を、黒蝶がひらひら飛んでいた。

 

 

「こんなとこに一人じゃ、そりゃあ退屈だろうなぁ」

 

 女神様の寝所を賑やかにする為に世話役の子供を連れていく。

 言い伝えだとポスフォスもエクピキも他の多くの神々も、無垢な子供を特別に扱ったような話があるから不思議なことでもない。

 ムンジィのような薄汚れたおっさんはお呼びではない。

 

「にしても、ほんとに何にもねえな」

 

 そこまで標高が高いわけでもないのに草木もほとんど生えない土地だ。

 人間はもちろん動物の姿も見えない。

 今はひらひら黒い蝶々だけ。

 

 

「この世界を、もっと明るく楽しくって……」

 

 先日の宴の時にアユミチが言っていた。

 アユミチもこの場所で過ごしていたのだろうか。だからあんな言葉を。

 ムンジィの独り言に、黒蝶がすぅっと離れるように空を泳ぎ、少し遠くでくるりと回った。

 宴の時のカヨウの踊りを思い出す。

 

「みんなで歌って踊って、女神様んトコも賑やかにしてやりてえんだな。旦那は」

 

 生贄のように子供を連れていくが、取って食ってるわけではないようだ。

 カヨウにイサヤのことを聞いたら、超美人の女神様に抱っこされておっぱい触って喜んでたと言っていた。

 ひどい目に遭わされることはアユミチが望んでいない。さすがに数十日一緒に過ごして、猟奇的な趣味はないことは肌でわかる。

 傍目にわかるほどゼラに惚れているし。かわいいところもあるもんだと安心した。

 

 

「女神様も寂しいんかね。あんたはなんか知ってんのか?」

『……』

 

 喋る相手もいないから、ひらひらと舞う黒蝶に問いかけてみるが返事はない。

 捕まえられるんじゃないかと悪戯心で手を伸ばしたら、すいっと避けられた。

 普通の虫の動きではない。当たり前か。

 

「あの森は特別だ。生まれも育ちも違う連中が集まって、同じ鍋分け合って笑ってられんのは他じゃねえ」

 

 死病にかかり絶望して、何もかも失ってきた人間の集まり。

 神の使いに助けられ、もう一度生きる機会を得た。

 助けてくれた男は間が抜けてるほどお人好しで、何の見返りもないのに皆に優しく接して、いざという時は魔獣相手でも戦ってみせる。

 ただ病気が治っただけならこうはならない。誰もがアユミチに感化されて心持(こころもち)が変わった。

 

 

「町の連中はこうはいかねえ。一度死病にでもかかってみりゃわかるかもしれねえが」

 

 町に感染が広がり、それをアユミチが収めたなら。

 いや、それでも人の心は変わらないだろう。

 墓場として捨て森に歩く時間も含めての絶望だ。ただ治してやったところで一時の感謝程度。

 

「金儲けの道具に利用されんのがオチだ。旦那にゃもうちっとわかってもらわねえと」

 

 まさか町に死病を蔓延させて人質にとるわけにもいかない。

 トローメでは誰でも考えそうなことだと思うが、アユミチがそんな手を使う姿は想像もできなかった。

 

 

「んなことより、国中皆で歌って踊るお祭りでも目指すかね。酔っ払いの与太話みてえだな」

 

 案外、悪くない。

 

「そんときゃあいつらと顔合わせて……ぶん殴られてやってもいいな」

 

 西港の旧友の顔を思い浮かべ、へっと笑った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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