法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「アハラマ様、ご無事で……」
「妾ならばここにおる」
つんと答えた声に
「……」
「ゆめ気を抜くでない、レフカース。ここは仮住まいぞ」
「はい」
「あちらがどうなっているか気になりますよねぇ、レフカちゃん」
鬼巫に扮した
心配しているのは皆同じ。
しかし今は、ここで鬼巫と花札が揃っている姿を見せる。
王族の区画に設けられた鬼巫の為の館。貴族院やエクピキ教団の耳はないだろうが、どこで見られているかわかったものではない。
窮屈な場所だ。鬼巫一派の拠点だが仮住まいに過ぎない。
食事だって用意してもらった物には手をつけない。毒の判別などしても、それを掻い潜る手段を用意するだろうから。
自分たちで買いつけているが、その買い出しも今はしていない。ストレスが溜まる。
「調査ならボクに任せてくれたってよかったのにさ」
「あなたが調査……?」
「なんだよ、キュアナ」
「いいえ、なんでも」
「どちらもやめよ」
皆、アハラマの身を案じているのは同じ。
よりによって捨て森に自ら調査に向かうなど。
先代鬼巫のヨハルハと相談、その場から王都を発ったアハラマをマベラは止めようがなかった。
部屋から出た鬼巫はマベラの擬態。
レフカースはマベラに不満を抱き、マベラだって言いたいことはあるが迂闊に言い訳などしていられない。
ヨハルハは王の盾ディドラー達と共に国王ネロの警護から離れられない。
ネロには傷ひとつつけさせないことがディドラーの役目。先王の死後、同じ船に乗せていたネロからディドラーが離れたところは誰も見たことがない。
公の場はもちろん、風呂、
ディドラーと並んでネロの信頼が厚いのがヨハルハ。鬼巫はトローメ国王を害さない。
身動きが取れないヨハルハに代わり、外で動くのが鬼巫アハラマの立場だ。
ただ一応は貴族院の要請を受けて動くことになっている。王の警護以外のことは。
トローメ王家の血は、今は細い。
国王ネロ。そして王弟ニーモだけ。
先王クムスの兄は早世し、姉は左潮伯エクソト家に降嫁している。
クムスの大叔父にあたる家も断絶していて、王家の血が途絶えかねない。
クムスの死がエクピキ教団の手による暗殺だということはもちろん承知している。
エクピキ教団の影響力を削ぐよう動いていた。クムスは極めて優秀で、だから暗殺された。
まだ十二のネロにも、九歳のニーモもクムスの意志を継ぐには足りない。
しかし王家の断絶はトローメ王国の崩壊に直結する。それについてはエクピキ教団もわかっているはず。
何かほかに大きな異変でもなければ、ネロやニーモに直接危害を加えるようなことはない。
大きな異変。
長く世界中の統治者の頭を悩ませてきた死病が治る。完治する。
その噂は耳に入っていた。鬼巫が動く前に院仕隊が調査に行き、貴族院のヨハルハも報告を確認した。
事実、捨て森の住民が完治している。
村々で言われている通り、失われた女神の使いアユミチとやらが死病の患者を救っているとか。
アハラマが動揺したのは仕方がない。
少し前に追放せざるを得なかった欠けた花札が、もしや。
他の花札も大なり小なり揺れる。
良い方に転がるか、そうではないのか。
ファニアの安否も気になるが、もう一つ。
失われた女神、とは?
気になる。気になるなどという言葉では済まない。全員で動くべきなのではないか。
罠の可能性。
貴族院の許可なく南部に鬼巫が行くことは許されない。ヨハルハ一人の裁量ではできない。三人以上の貴族院議員の承認が必要。
勝手に動いて反逆行為などと言われれば立場が悪くなる。
死病が治っているという話そのものが嘘ということも。
奇妙な噂を流し、ファニアの生死を餌にこちらが動くのを狙っているのでは?
エクピキ教団の最終的な狙いはエクピキの復権。再臨。
数多の人々の信仰を集め、エクピキの輝きを取り戻す。
その為にトローメ王国を利用している。それは知っている。
捨て森の異変、死病の治癒。魔獣ヘレボルゼの討伐。
何か関係があるのか、それともエクピキ教団にとっても不測の事態なのか。わからない。
ファニアが捨て森に去ってからこの騒ぎ。
やはり罠だ。タイミングが良すぎる。マベラはアハラマにそう訴えたけれど。
良すぎて、不自然だと。
アハラマはヨハルハに相談し、秘密裏に捨て森へと向かった。
「あっちのことも心配なんですけど」
「なんぞあるか、クロロテッサ」
鬼巫としてクロロテッサの曖昧な表情を問う。
花札の中では年長の彼女は、うーんと首を傾けながら、
「なさすぎじゃありません? こちらへの警戒……というか、陛下への関心そのものが薄い、ような?」
「……」
言われてみて、初めて。
無用な報告やわざとらしい挨拶、贈り物。
誰も何も持ってこない。国王ネロにも鬼巫に対しても、静か。
影武者としてはその方が助かると思ってはいたが。
「……こちらが
アハラマが捨て森に向かったのは正解だったか。
いや、一人で行かせたのはやはり失着だったか。
ぎゅ、と花扇を握り唇を噛んだ。
◆ ◇ ◆
「アユミチ!」
アニラービーと戦った場所から北。もともと東の集落があった方に向かうことは多く、獣道程度は出来ていた。
村によらず進んだムンジィたちと合流したところで女の呼び声。はっきりと。
「ぜ……」
女の声で名前を呼ばれ、他の何も考えず気の抜けた顔を向けて、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。
レーマ様が言っていた。見たいものばかりが見えてしまうとか。まさにそんな心境。
ゼラの声ではないことくらいわかるのに、ゼラであってほしいと願って。
「アユミチくん、無事でよかったです」
「間に合ってよかったアユミチ。お前たちだけか?」
「リグラーダ、ビッテス……どうしてここに?」
先月、王都に報告に行ったはずの二人が、燃やされる森に。
彼女たちだってトローメの兵士のはずだ。なぜ?
立場的に考えれば、敵?
しかし火矢でも魔法でもなく声をかけてきた。
「ディサイの人たち、何を考えているんだかこんなことを……アユミチくんが無事で本当によかった」
「私は敵じゃない。わかるな?」
「……あぁ」
困惑、警戒するアユミチを見つめ、リグラーダがゆっくりと頷く。
敵じゃない。この森を燃やしに来た兵士ではない。
だからここにいる。理解しろ、と。
「……何がどうなってるんだ、これは」
「他の仲間がどうなったかわかりゃしねえ。ことと次第じゃタダじゃ済まさねえぞ」
「マクリアス伯の独断ですから、私たちにもぉ……そうそう、先に逃げた方々はこの先で保護していますのでご安心くださいね」
凄むムンジィにやんわりと微笑みかけ、無関係だと首を振るビッテス。
実際に森に火をかけているのはディサイの軍隊。北側にその様子はない。
距離的に西港の方が近いのも事実。ディサイの軍が独断専行し、ビッテス達は慌てて駆けつけてくれた、というところか。
「助けに来てくれた、のか?」
「そうだ」
「ああ……わかった」
ビッテスよりはリグラーダの方が心の距離が近い。
後で聞いた話だとビッテスは院仕隊の副長という立場だとか。微妙な間柄だとファニアが言っていた。特に警戒が必要な相手だとも。
「ゼラを知らないか?」
「ご無事ですよぉ」
「え……」
拍子抜けするほどあっさりとビッテスが答えた。
ゼラは無事。
ゼラが無事。
「そう……か……」
「はぁい」
「……ファニアは?」
「向こうで待っている、ここは危険だ」
ゆっくり話している時間などない。
アユミチの質問にかぶせるようにリグラーダが答えた。
言う通り、木々が焦げる臭いが迫ってきている。
「使徒様……」
「あぁ……行こう」
他の仲間も心配だけれど、アユミチが一番気を揉んでいた二人が無事だと聞かされ、頭から何かつっかえ棒が抜けたような気になる。
アユミチが助けなければとばかり考えていた。
だが、客観的に見てアユミチよりずっと頼りになる二人なのだ。
むしろアユミチが心配されていた側。
「一安心ですぜ、旦那」
「アユミチさん」
「ごめん……情けないな、俺」
「そんなことありませんよ」
気が抜けて、カヨウの慰めに情けない笑顔を返して。
結局、何も出来ていない。助けられただけ。
みんなで作った村を失い、何もできずに逃げ出す。それでも生きていれば明日がある。
ビッテスとリグラーダの背中について、言葉が出てこない。
かつて虚穴があった跡地を越え、東の集落の廃墟の辺りで。
「見てください、アユミチくん。あちらに奥様です」
「……」
ビッテスが示した先に、探し求めていた銀糸の彼女の微笑みを見つけて――
◆ ◇ ◆