よもやま学マスギャグ話   作:五百田わいゆ

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一発目から下ネタです、ごめんなさい。




佑芽「シュレディンガーさんの酸っぱい葡萄」

 

 

 放課後、いつもの空き教室に入ると珍しい光景があった。

 

「プ゛ロ゛デ゛ュ゛ー゛サ゛ー゛さ゛ん゛が゛、゛寝゛て゛る゛!゛」

 

とっさに佑芽は口を手でふさぐ。しまった、起こしてしまったか。つい泥穴にはまった無限軌道のような声が出てしまった。

 

 だが杞憂だったようだ。プロデューサーさんはすやすやとソファで寝息を立てたままだ。お姉ちゃんみたいだ、と佑芽は苦笑する。

 

 それはそれとして、彼がこうまで無防備なのは本当に珍しい。

 

「お疲れ様です。プロデューサーさん」

 

今度は静かに言って、佑芽はなにかかけるものがないか探した。しかし見当たらなかったので、自分のカーディガンを脱いでプロデューサーへとかけた。寝具ではないので心もとないが、きっとないよりはよい。

 

「そうですよね~、お疲れですよね」

 

 ひとりごちながらしきりにうなずきつつ、佑芽は手近な椅子へと座る。普段からは想像できない、意外とかわいらしい寝顔のプロデューサーを眺めながら、心の中で彼をねぎらう。

 

「いつもありがとうございます、プロデューサーさん」

 

花海佑芽はおちこぼれだ。しかし、そんな彼女をこのプロデューサーは全力で信じ、尽くしてくれる。普通の子よりいっそう労力がかかるだろう。けれど彼は、常に適切に佑芽を導き支えてくれる。誇らしい、自慢のプロデューサーだ。

 

「でもたまには、ちゃんと休んでくださいね」

 

そんな彼でも、人間なのだ。無理はよくない。きっと佑芽の見ていないところでも、この人は全力だ。だから、今ばかりはゆっくりとしてほしい。

 

 とはいえ、手持無沙汰になってしまった。今日はミーティングを長めに行う予定だったので、レッスンまでしばらく時間があるのだ。ストレッチや準備運動でプロデューサーさんを起こすわけにもいかないし、さてどうしたものか。

 

 少しばかり悩んで、佑芽はスマホで時間をつぶすことにした。便利なものだ。SNSでほかのみんなの投稿や、気になる話題をチェックしよう。小一時間ほどすればプロデューサーさんも起きるかもしれない。

 

 そこまで思いついて、ふと彼女はきづいた。スマホ、カーディガンのポケットの中だ──。

 

 ──あれこれまずいな。

 

 いや、スマホをカーディガンのポケットに入れたままプロデューサーさんにかけてしまったことも、まずいといえばまずい。だが佑芽は、もっとまずいことに気づいたのだ。

 

 明言は避ける。これでも一応、アイドルだから。だから極力ぼかして言うが、たったいまプロデューサーさんのプロデューサーさんが、股のあいだあたりですごく元気になっているのだ。

 

「Oh...」

 

 彼も人間なのだ。偏見はよくない。男性はそういう気分じゃなくってもそうなるって、聞いたことがある。しかし姉にべったりで男性経験の一切ない佑芽からすると、この事態は天変地異にも匹敵した。

 

 だが待てよ、と彼女は思い直した。よく見れば、あのふくらみは手じゃないか、と。そのとおり、プロデューサーさんの体勢は右腕で目を覆いながら左腕をカーディガンの下に潜り込ませている。左肩の角度から察するに、あのおテント様に見えるものは左手の甲に違いない。

 

「なあんだ……」

 

 焦っていたのがばかばかしくなって、佑芽はため息をついた。なんのことはない、ただの勘違いだ。

 

 でもそれはそれとして、絵面的にはえっちだな。ちょっと生唾を飲んで、じっとプロデューサーさんを見る。さっきまでかわいらしい寝顔を見ていたのに、いまはあんまりかわいくないおテント様を見ている。いや、あれは手だけどね手で間違いないけどね──。

 

「うーん」

 

 そのとき、プロデューサーがふいに両手を挙げて伸びをした。佑芽はとてつもなくびっくりして、コメディアニメのように飛び上がった。しかし、かろうじて声は上げずにすんだ。どうやら起きてはいないらしい。

 

 佑芽は安堵した。一瞬まずいと思ったが、よく考えてみればまずいことなど一切していない。よこしまは一切ないのだ。てんでまずくはないのだ──。

 

 ──あれこれまずいな。

 

 まずかった。いや、たしかにプロデューサーさんが寝ているのをいいことに、無防備な股間を凝視するのはアイドル的にまずいといえばまずい。だが佑芽は、もっとまずいことに気づいたのだ。

 

 明言は避ける。これでも一応、アイドルだから。

 

 だから極力ぼかして言うが、たったいまプロデューサーさんのプロデューサーさんが、股のあいだあたりですごく元気になっているのだ。

 

「Oh...」

 

 今度ばかりはもはや間違いなかった。だって彼は両腕で伸びをして、どちらの手もカーディガンの外にあるのだから。それでも盛り上がったままだから。しかもなんだか、さっきより鋭くそそりたっている気がする。

 

「……あれだよね、やっぱり」

 

あれだろう。ナニとはいわないが、やはり佑芽のカーディガンを突き刺すように押し上げているのはあれに違いない。

 

「えっちだよう」

 

 佑芽の思考回路はオーバーロードを起こし、脳のメルトダウンを誘発する。ピンクの怪獣が彼女の頬を蹂躙し、顔面に大火事を引き起こしている。プロデューサーさんを起こすわけにはいかないので努めて音は出さないが、彼女はしきりに体をねじったりよじったりして、もうどうにかなりそうだった。

 

全力で叫びたかった。『プロデューサーさんのえっち』と。

 

 だがそれはそれとして、花海佑芽もまた思春期であった。ひとしきり悶絶してえっちな波動を抑え込んだ彼女は、こう決意した。

 

「よ゛し゛、゛確゛認゛し゛て゛み゛よ゛う゛!゛」

 

つまるところ、花海佑芽もえっちだった。興味津々である。えっちな波動、抑え込めてはいなかった。

 

 思い立ったら即行動。思いきったら即実行。乙女の鼓動でキャッチユアハート。汗(脂汗)ばむ手で真実暴く、その名はアイドル花海佑芽。いざ、カーディガンで秘匿された禁忌に相まみえんとしたそのとき──。

 

『シュレディンガーの猫っていうんだ』

 

 ふと、親友の篠澤広の言葉が思い起こされた。ある日の会話だ。

 

『装置の中の猫は死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。相反するふたつの事象が、観測までにあり得る状態。パラドクスの共存、おもしろいよね』

 

『ええ~、よくわかんない。猫ちゃんがかわいそうだよお』

 

『そうだね。佑芽は、やさしい。じゃあ猫じゃなくて私にしようか。シュレディンガーの広。ふふ、死ぬ確率のほうが上かも』

 

『広ちゃんもダメぇ! そういう問題じゃないよぉ』

 

『そうだね、そういう問題じゃない。これも古い思考実験だから、もうナンセンスだね。でもパラドクスの共存って、似てると思うんだ』

 

『え、なにに?』

 

『私たちに。トップアイドルになれるかどうかは、観測してはじめてわかることだから。夢は叶えるから夢なのか、叶えられないから夢なのか。そういうこと』

 

『ふ~ん。でも叶えられない夢はないよ! 私はそう信じてるもん! 絶対、私はお姉ちゃんに勝つんだ!』

 

『ふふ、そうかもしれないね。佑芽はきっと、そういう小難しいのは関係なく超えていくんだろうな、って思う』

 

『ええ、さっきから広ちゃんのいってることがわかんないよ~』

 

 日常の中の他愛のない会話だ。しかしこの局面で思い起こされたのには理由がある。

 

「広ちゃん、いまならわかるよ。つまり、トップアイドルになれるかどうか、私がお姉ちゃんに勝てるかどうかっていうのは、今はまだわからないから、でもわからないからこそ夢があるってことだよね」

 

同じように、プロデューサーさんのプロデューサーさんがトッププロデューサーさんになっちゃってるのも、見えない状態だから夢があるってことだよね──、そういうことだよね広ちゃん──。

 

えっちだね──。

 

*

 

「……ふふ、ままならないね」

 

「ど、どうしたんですの、篠澤さん? 急になにもないところに向かって」

 

「なんか、すごくとんでもないことに巻き込まれてる、気がする」

 

「ええ……?」

 

「そういえば。佑芽、遅いね」

 

「いわれてみればそうですわね。もうじきレッスンのお時間ですのに……」

 

*

 

 でも果たして、本当にそれでいいんだろうか。佑芽は興奮しながらも冷静な一部で改めて考える。

 

 やっぱり、夢というのは叶えてこそだと思う。佑芽はお姉ちゃんに勝つという結果が欲しい。過程はもちろん大切だ。汚いやり方やずるいことはしたくない。だが、花海佑芽が求めているものは、勝利という結果が前提なのだ。それこそが夢であり、果たすべき約束なのだ。

 

 ならばやはり、めくらねば。夢を夢のままにしておくなんて、できない。このカーディガンをめくってこそ、そうであらなくてはならないのだ。

 

 ふたたび心を決めて、佑芽はぐっと手を伸ばした。そしてすわカーディガンに手がかかるかというとき、またしても脳裏に親友の言葉がよぎった。今度は倉本千奈の声だ。

 

『イソップ物語のきつねさんは、賢い方だと思いますの』

 

『そうかなあ? 頑張ってジャンプし続けたら届くかもしれないじゃん。びょ~~~んって! 私だって、最近はようやくちょっと踊れるようになってきたし!』

 

『そうですわね。わたくしもそう思いますけれど、"ぶどうを酸っぱいと思えること"はやっぱり賢いことだと思いますの』

 

『そうかなあ~?』

 

『ええ。こうしてアイドル活動に邁進しておりますと、しみじみと感じますわ。もちろん、夢に向かってあのぶどうはすっぱいと、思うことはありません。でも、その夢を達成するまでにいろんな誘惑がありますわ。つらいレッスンから逃げ出したかったり、ちょっとずるしておやつを食べすぎてしまったり。そういうときに、誘惑に対して"ぶどうは酸っぱい"と思えるようになるのは、とても強いことだと思いますの』

 

『たしかにそうだけど。きつねとぶどう、あれってそういうお話だっけ?』

 

『おそらく違いますわ。でも今になって読み返してみたら、そういうとらえ方もよいのではないかと』

 

『ふ~ん?』

 

『だって、そうでも思わないと……、日々のレッスンがつらすぎますわ~~~~!!』

 

 そうだね、千奈ちゃん──。佑芽は今になって改めて理解した。カーディガンにかけた手をすっと引いて、椅子に座りなおす。いまだなお屹立するあれをじっと見つめながら、親友の無邪気な笑顔を思い出す。

 

「千奈ちゃん、いまならわかるよ。つまり、きつねさんのぶどうはやっぱり酸っぱかったってことで、プロデューサーさんの──、そう──バナナは──、きっと固いんだろうってことだよね」

 

そうなんだ。なんてことだろう。気づけば、プロデューサーさんのあれは私たちみたいだ。

 

 矛盾のある不確かな状態で、不安定な努力をして、甘いはずのぶどうを酸っぱいと我慢して、でもその先にある夢を叶えるために頑張り続ける──。

 

 それが私たちなんですね、プロデューサーさん──。

 

「ありがとう千奈ちゃん──」

 

えっちだね──。

 

*

 

「はわあ~~~~~~~!?」

 

「……千奈? どうしたの?」

 

「なんだかとんでもない誤解をうけている気がしますわ!?」

 

「ふふ、そうだね。私もさっきからそんな気がしてならない」

 

「と、ところで、やはり花海さん遅くはないでしょうか……。わたくし心配ですわ」

 

「そう、だね。してみる? 電話」

 

「ええ、そういたしましょうか……」

 

*

 

 花見佑芽、齢15の晩春──。悟りの時──。

 

 椅子に深く腰掛け、プロデューサーさんのあれを慈愛の目で見つめる彼女は、まさに仏の笑みを浮かべていた。昇華──。彼女は今、ひとつ上のステージに至りつつあり──。

 

〈V゛V゛V゛V゛V゛V゛~♪ V゛V゛V゛V゛V゛V゛~♪〉

 

 と、そのときだ。突如として無機質な振動音が響き渡る。音の発信源は──、プロデューサーさんのあれだった。

 

〈V゛V゛V゛V゛V゛V゛~♪ V゛V゛V゛V゛V゛V゛~♪〉

 

「おっふぅ」

 

バイブレーション。情けないプロデューサーさんの声。びくりと体を震わせて起きる彼。

 

「……佑芽さん? し、しまった。寝てしまっていたのか……。申し訳ありません」

 

 寝ぼけ眼で状況をとらえようとするプロデューサーは、佑芽のカーディガンに気づく。

 

「しかもこんなものまでかけていただいて……。重ね重ね申し訳ありません」

 

〈V゛V゛V゛V゛V゛V゛~♪ V゛V゛V゛V゛V゛V゛~♪〉

 

「バイブ……? おっと佑芽さん、お電話のようです……」

 

 そうして彼は佑芽のカーディガンからスマホを取り出し、彼女へ差し出した。

 

 佑芽は、それを焦点の合わない目で受け取り、無機質な呼び出し音へ機械的に応じた。

 

〈花海さん? よかったですわ~、いったいどこにいらっしゃいますの? もうそろそろレッスンのお時間ですわ〉

 

聞こえてきたのは、温かみのある親友の声だった。

 

「千奈ちゃん……」

 

 佑芽は、真理を垣間見た求道者のように言う。

 

「シュレディンガーさんの酸っぱいぶどうだったよ……」

 

〈い、いったいなにをおっしゃってますの!?〉

 

「ままならいね……」

 

〈花海さんが篠澤さんみたいなことをおっしゃってますわ~!?〉

 

 最後に、通話状態のまま佑芽はプロデューサーに向き直って言った。

 

「プロデューサーさんのえっち!」

 

「なぜ!?」

 

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