童貞日記 作:もりもりまっちょ
へいみんな! 童貞よー! 女の子に話しかけることが出来ないどころか悪態までついてしまう童貞界隈でも最底辺の童貞よー!
せっかく貞操逆転世界に転生したのに! やっぱ童貞には童貞たる所以があるんだねぇ〜。
だが少し弁明させて欲しい。俺、幼馴染作ったんよ。将来の為に。光源氏的な感じな! 読んだことないけど!
まぁ、ちいちゃい女の子なら話せるかな〜って。童貞でもいけるかな〜って、そんな感じ。
で、まぁ作れたしそれなりに順調だったけど小4くらいから女子を感じちゃったんだよね。童貞センサーに引っかかっちゃったんだよね。
そっから距離置いちゃった。
小っ恥ずかしいじゃん、だって。
そしたら高校でアイツ彼ピッピ作りやがった!
付き合ったのか……俺以外の男と……
まぁ端的に言って後悔しかしてないや! そう上手くいかないもんだね。人生はいつもそう。俺の人生いつもそうかも! 病んじゃう〜!
今はそいつと別れて俺と付き合って欲しいなんて思わないけど、せめて仲直りがしたいなぁって。謝りたいなぁって。でも直で言うのは厳し〜!
そこで起死回生の一手を思いついた! 日記に本心書いて見られちゃって仲直り作戦だぁー! おりゃー!
そんでもって日記(偽造)の出来上がり! あーらよっとぉ!
ついでに分かりやすいように表紙にめっちゃでっかく日記って書いとこーっと。これでそれっぽく落として仲直り! 完璧だぁー!
♢♢♢♢♢♢
私には好きな人がいた。今は……嫌い、だけど。
「ねぇ凛、今からマックいこーよー」
「えー、今日部活あるから無理」
「なんでぇ! いつもは月曜休みじゃん!」
「大会前だから。昨日ラインしたでしょ」
「……そうだっけ?」
私の隣で無邪気に暴れ回るのは初恋の彼ではない。でも、彼よりずっといい。こうやって気軽に口をきくことなんて彼とは出来ないだろうから。
もっと昔……それこそまだ男女の区別がつかないような頃はそんなことは無かったけれど。
いくら昔を懐かしんでも意味はない。彼は私が嫌いで、私も彼が嫌い。それで終わり。その事実は変わらないのだから。
「僕より部活が大事なんですかぁ?」
「はいはい、祐希の方が大事ですー」
「テキトーじゃん」
「まぁね」
「ほほぉ? お主照れておるな?」
「なっ」
「やはりそうであったか。素直じゃないの〜」
「照れてないっ!」
こちらを小馬鹿にしたようないたずらっぽい笑みを浮かべながら仙人のようにホッホッホと存在しない髭を撫で付ける祐希。
祐希はたまにこうやってからかってくる。でも彼とは違ってその奥に親愛が溢れている。だから私は止めないし、止めようとも思わない。それにこの瞬間は彼の事を少し忘れられる。それがとても楽だった。
「最近の若人は初心じゃの〜」
「わかった! わかったから!」
「なんじゃ?」
「……じ……です」
「かぁー! まったく声が小さ──」
「大事! 祐希の方がずっと大事です!!」
顔が熱くなっている。自分でもわかるくらいに。祐希は彼を忘れたくて適当に付き合った相手だった。私に好意があるのは知っていたから。我ながらクズだと思う。祐希もなんとなくそれを察していたのかもしれない。それでも私を愛してくれた。そんな祐希に私は惹かれていった。
「よろしい。じゃ、僕行くね。部活かんば!」
「えっ、マックは……」
廊下を駆ける祐希の背に言葉を投げる。
くるりと振り返った祐希は私に言葉を投げ返した。
「凛の甘ったるいセリフで胃もたれしたからいいや」
「あれは祐希が──」
「大会終わったら一緒に行こう。ゆ、優勝したらあーんとかしてあげる」
「……え」
「がんばってね!」
祐希は何かを言う間も無く颯爽と駆け出す。その顔はまるで夕陽に照らされたかのように赤くなっていた。にも関わらず窓からは燦々と輝く太陽と青い空が広がっている。
……本当に、私には勿体無いくらいにいい男だ。
そろそろ彼を忘れてしまわなければいけない。このままでは祐希に失礼だ。
そしてもう一度、告白をしよう。
そう太陽に誓った。
──だんっ! ばさばさばさ
誰かが転んだような鈍い音とプリントが散らばった音が重なる。どうやら音の発信源はこの先の曲がり角のようだ。
祐希が転んでしまったのかと思った私は慌てて向かった。
「祐希だいじょ……!」
そこには彼がいた。
私の初恋の人。とても嫌いな人。
目が合うたびにすぐに逸らされる。まるで汚物を見たとでもいうように。
話しかければ無視される。まるで私が存在しないかのように。
それでも幼い私は諦めきれなくて、彼に構い続けた。
そうすればまた前のように笑いかけてくれると信じて。
でも私の努力は実らなかった。
六年生の夏。丁度今と同じくらいの夏だ。初めて彼が応援に来てくれた大事な少女サッカーの試合。その終わり。家庭的な女子はモテると聞いて初めてお弁当を作った日だった。特に何回も練習して綺麗に捲けるようになった卵焼きは自信があって、彼に見て欲しかった。もしかしたら食べたいって言ってくれるかもしれない。彼は食いしん坊だったから。そう夢想しながら声をかけた。
『蒼──』
『ねぇねぇ! 蒼太くんと凛ちゃんって付き合ってるってホント!?』
『はあっ! つ、付き合ってないし! 全然好きじゃないし!』
『でも、いつも一緒にいるじゃん』
『アイツが勝手に付き纏ってくるだけだし! 全然好きじゃないし! 迷惑だし! 全然好きじゃないし!』
『そうなの? でも嫌いじゃないでしょ?』
『き、嫌い! 友達でもない! あんなヤツっ!』
『ちょ、待って待って、わかったから』
『アイツなんか大っ嫌い! 大大大っ嫌いなんだから!!』
『……え』
『あ……』
初めて聞いた彼の本心に喉が詰まった。ほでった身体が凍えていく。汗がとても冷たく感じた。
『今の……ホント?』
嘘だと言って欲しかった。否定して欲しかった。
『……ごめん』
けど、彼は否定してくれなかった。
陽光が瞳の中で乱反射してとても眩しい。私は彼がどんな顔をしていたのかもわからないまま逃げ出した。
『おー、どうだった……ってだいじょぶか?』
チームメイトの声も無視して、そのまま走って帰った。
一人で食べた卵焼きは少ししょっぱ過ぎて、ああ、彼に食べられなくてよかった、と思ったのを覚えている。
「蒼、太……」
「……」
その彼が倒れていた。
どちらからともなく、目を逸らす。彼が殺したいほど憎いとか、そんな感情はない。でも、好きでもない。出来れば会いたくない相手。それが私たちの関係だ。
「……手伝うよ」
「……」
そのまま見ないフリをするのは気まづくて、散らばったノートやプリントを拾い集める。
もしかしたらありがとうなんてセリフを期待していたのかもしれない。
でもやっぱり彼の口は動かし方を忘れたかのように微動だにしない。
散らばったものを集め終わり、彼に手渡した。
「……」
「……」
鞄に急いでそれらを詰め込んだ彼は逃げるように駆け出した。
やはり、私とはあまり一緒にいたくないのだろう。私も彼とはあまり一緒にいたくない。そのはずなのにちくりと胸が痛んだ。
「あ……」
彼の鞄から一冊ノートが落ちる。
気づかず駆けていく彼に声をかけようかと逡巡している間に、その背は見えなくなってしまった。
「……‥日記?」
彼の机においておこうと拾ったノートにはでかでかとその用途が示されていた。