渋谷の裏通り。そこは薄暗く、今にも切れそうな照明がチカチカと光っている。極小の呪霊へと変貌した真人はさらに身体を細めて、排水溝の金網の僅かな隙間から外に出た。まだ渋谷圏内だが、真人がいる場所は、家入が建てた呪術高専の治療室から反対側だった。
渋谷駅の方面にあった漏瑚の気配がいつのまにか消えている。ずっとそこに意識を集中していた訳ではないが、真人自身も接触してすぐに分かった。あのオレンジ髪の青年は、五条や宿儺に匹敵する力を持っている。今は幼いが故に、それを上手く引き出せないだけだ。戦えば、いずれ感覚を掴まれて、漏瑚では歯が立たないレベルにまで昇華してしまうと思っていた。真人の予感は当たった。今や、渋谷事変を共に起こした自然呪霊の中で生存しているのは真人だけになっていた。
「さらばだね。楽しかったよ漏瑚」
真人は一人呟いた。
こっちも改造人間のストックも切れてしまった。帰りながら呪力回復して、適当に人間を攫っていくしかない。
そう思いながら計画を練っていると、目の前にある人物がやってきた。
額に縫い目がある夏油だった。本物の夏油は去年のクリスマスイブに死んでいる。今の夏油は呪霊が乗っ取った器としてしか機能していない。真人もそれには気づいていた。
「助けてあげようか? 真人」
「夏油!」
お前の目的はなんだ?
助けるだと。
今の夏油には、殺意しか感じないぞ。
真人は余った僅かな呪力で、夏油を捉えようと手を伸ばした。
夏油はひらりとそれをかわす。
真人は夏油と目が合う。
始めから呪霊なんて、なんとも思っていない目。
どうやらここまでのようだを
夏油は呪霊操術を発動した。黒い塊が手に現れる。
ズズズ…
真人は夏油の持っている黒い塊に吸い込まれてしまった。
「おい!」
一護が駆けつけた。
「誰だ、お前は? さっきのは仲間じゃ無かったのか?」
「始めようか。これからの世界の話を」
夏油は一護の質問には答えず、真人が入った塊を持ち上げた。
そこから語ったのは、夏油の術式である呪霊操術の話。
極ノ番「うずまき」は取り込んだ呪霊を一つにまとめて町高密度な呪力を相手へとぶつける。そして「うずまき」の真価は、準一級以上の呪霊を「うずまき」に使用した時に起こる術式の抽出だった。
真人を捉えた黒い塊を口の近くに持っていく夏油。そして、両手で口を押さえながら、ゴクリと黒い塊を飲み込んだ。視線を空へ向ける。
「馬鹿だな。君が感じた気配に私が気が付かないと思ったのか?」
見上げた先。居たのは、空飛ぶ箒に乗った女子高生。京都高専の西宮だった。箒の先の棒の部分から、ほがらかなランタンの光が夜の闇を照らしていた。
待機していた京都高専メンバーへの合図だった。加茂憲紀がまず先手を打った。「百歛《びゃくれん》」で圧縮した血液を両手で挟み、矢のようにして飛ばす。夏油はそれを軽くスキップするようにかわした。そこに銃弾が襲う。夏油は咄嗟に呪霊を出して銃弾を防いだ。禪院真依による弾丸に呪力を込めて飛ばす技だった。しかも、数百メートル級の狙撃を目視で行うことができたのだ。
「狙撃銃か。いいね。私も術師相手であれば、通常兵器は積極的に取り入れるべきだと思うよ」
弾丸を防いだ呪霊が、自身の身体を捻りながら、夏油の袖の中に戻っていく。
その時。
夏油は背後から何者かの気配を感じた。
青髪で長い髪を振り乱し、刀を構えている。三輪霞だった。
彼女には覚悟があった。もう二度と刀を振るえなくなっても良いという制約を元に、呪力をのせる。
「抜刀!!」
ぱしっ。
刀はいとも簡単に夏油の手で掴まれてしまった。
バギン!
三輪は動きが固まってしまった。今の自分の呪術師としての全てをかけた一撃が、まったくもって届かない。刀だけでなく、心までも折られてしまった。
「極ノ番 うずまき」
夏油が三輪に言い放つ。背後に現れた取り込んだ呪霊達の集合体が三輪を襲おうとしている。
「待て!!」
一護は走った。今まで加勢しなかったのは、京都校の連携は目を見張るものがあり、逆に手を加えることで彼らの良さが消えてしまうのではないかと危惧したからだった。
「月牙天衝!」
ドウッ!
二つの力がぶつかり合い、地面が深くえぐれる。さらに衝撃は天にまで昇り雲を揺らした。
「………呪力じゃないね……漏瑚や陀艮がやられたのも君のせいか」
「ならお前もあいつらの仲間か……?」
「漏瑚と戦った時より出力が落ちてるね。厄介だけど、今なら勝てなくはない」
「質問には答えない気か。渋谷をめちゃくちゃにしといて、タダで済むと思うなよ!」
こいつ、強いな。
もう一度卍解するしかない。
「待て、オレンジ髪の子!」
「うお! パンダが喋った!」
背後から近づいてきた筋肉質で一護より身長の高いパンダに驚いた。
「俺は呪術師だ! あの男が五条悟を…獄門疆を持っているはずだ!」
「獄門疆?」
「五条悟が封印された呪具だ。あんな公害持ち歩いて何が楽しんだか」
加茂憲紀も一護の側にやってきた。
「何者だ」
「側は夏油傑。中身はしらねぇよ」