透き通るような世界観に乱入する邪悪魔術師のお話   作:ストライダー信長

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第1話 外道魔術師、キヴォトスに漂流す。

 

 

 熱い、酷く、酷く、熱い。

 

 脳味噌の焼け焦げるような酷暑の中、私はゆっくりと、歩みを進めていた。

 

 

 生ける炎共の王(クトゥグア)に謁見した時の文字通り肉を蒸発させる酷暑には劣るが、それでも、この熱は人間に耐えられるようなものではない。

 手持ちの飲めそうなものと言えば、【黄金の蜂蜜酒】と【シュブ・二グラスの生き血】くらいのものだ。

 遠からず、私は干からび、チャクラーイ………糞ッ垂れの、脆弱な死肉喰らい共の餌になるだろう。

 

 あるいは、その前に《姫》が、もしくは私の《犬》が喰ってくれるだろうか?

 

 ………まぁ、私のような大導師級(マスタークラス)の魔術師の死としては少々情けない死に様だが、それでも、この苦痛はきっと、我らが《神》の贄となる。

 

 故に、私がなすべきは、自らの死を見つめる事だけだ。

 狼狽えず、怯えず、ただ真っすぐに、自らの苦痛を受け入れ、見つめ、そして抱擁するだけだ。

 

 

 乾ききった舌を開き

 

 

「久遠を旅し、永劫を閲し、奈落を歩もうと、この身は貴女の一部。おぉ、おぉ、我が神アトゥよ、麗しき大樹よ、我が祈りを受け入れ給え、我が魂を抱き給え、そして我が傷を舐め、けれど癒し給う事なかれ」

 

 

 あぁ、けれど、流石に終わりがコレというのは、少し寂しいな。

 

 ツトゥグアに骸を食ってもらえるかとも一瞬思ったが、あいつ、信者の囲みが強力だからな。

 私の死体よりも先に喰わせるもの(生贄)が大量にある以上、喰われるより前に風化するか。

 

 ………いっその事、死ぬ前に【野獣】でも召喚してやろうか?

 

 ここがどこかもよくわからないが、辺り一帯消し飛ばす程度は出来るだろう。

 

『マスター!?ボクを殺す気ですか!?』

 

「………くふっ、冗談だよ、ジェヴォーダン。私の死体はお前が喰え。なんなら私の人格を食ってコピーしても………それは要らない?永劫を生きた大魔術師の記憶だぞ?三白眼(トライアイ)のクソボケ共が何百億積んででも手に入れようとする叡智の結晶を、要らないというのか?………まぁ、それでいいさ。実に、お前……らしい」

 

 

 体に力が入らなくなって、俯せに倒れ伏す。

 口に入る、ジャリジャリした砂の感触と、バカみたいな頭痛。

 

 私の矮躯から零れ落ちていく命を感じつつ、眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふむ、生き延びたか。流石は私だ、悪運も未だ尽きていないと見える」

「うへ、第一声がそれって、キミ、どうなってるの?」

 

 寝かされていたベッドの横、パイプ椅子には、ピンク色の髪の幼い少女が腰かけていた。

 

 しかし………なんたる魔力、なんたる神性か。

 ムーンビーストや中位のショゴスはおろか、第2世代の黒い子山羊程度なら容易く封殺しそうなほどの圧を感じる。

 

 ふかふかのベッドから身を起こして、

 

「あぁ、そうだ、水を貰えないだろうか?何分、喉が渇いていてな」

「いいけどさ………その前に、おじさんの質問に答えてくれるかな?」

「なんだ?」

「名前、教えてもらえるかな?」

 

 にへら、と気の抜けたような笑みを浮かべる少女の眼は、しかし一ミリも笑っていなかった。

 異端審問官どもと似た、疑いの眼。

 

「………くふふっ」

「なに?何かおかしかったかな?」

「いや、いや、そうじゃない。私のようなモノに名前を聞いてくるのがおかしくてだな。………あぁ、私の名前だったな?私はガル・ギィグ・グリル・ガルガンチュア。俗に言う、悪い魔法使いという奴だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで、その、自称悪い魔法使いが………」

「私だ。名はガル・ギィグ・グリル・ガルガンチュア。気軽にガルと呼んでくれ。古くは【妖蛆会派】、【セラエノ図書館】に学んだが、まぁ、ほとんど独学だな。これでもそれなりに物を知っているつもりだ。何かあれば頼るといいさ」

 

 《治癒》の魔術でそれなりに癒えた体で一礼し、私を不可解そうに見つめる4つの眼。

 唯一、頭上に光輪を持たない柔らかな雰囲気の女性だけが、私を警戒していないようだが………、只の愚者か、それとも『蒙を拓いた』者か。

 ………だが、まずは、

 

「すまない、少しよろしいか?」

「っ!?」

 

 警戒も露わに私を睨みつける、頭上に獣耳を生やした黒髪の少女に近づき、抗おうとした左手を掴んで抵抗を封じる。

 首筋を、覗き込んで。

 

「このっ、離して」

「………ふむ。私の早とちりだったようだ。無礼を赦して欲しい」

「………え?」

 

 砂漠の猫女神バステトに使える神官が自らの首筋に爪で刻む、三日月の刻印。

 彼の女神は、自らとその信徒に敵対するものに対して、過剰なまでの制裁を与える。

 万が一にも敵対せぬよう確認したが、無駄だったか。

 

「いや、そこな猫耳の少女が、とある神の信徒ではないかと思ってな。彼の神は敵するものを決して許さぬ。ゆえに、敵対は避けたかったのだ。重ね重ね、どうか無礼を赦してはくれないだろうか」

「………まぁ、別にいいけど。でも、次からはやめてよ?」

「承知した」

「え~と………それで、ガルちゃん、で良いんですよね?」

「ガルちゃん………ガルちゃん……か。良いな、私をそういう風に呼ぶ奴は久しぶりだ」

「あっはい」

「それで、私に何か質問があるのだろう?回答できる範囲でなら答えさせてもらおう」

「それじゃ………魔法使いと言うのは、本当なのですか?」

 

 胸の大きな蜂蜜色の髪の女が、そう問いかけてきた。

 ふむ、この世界では魔術師が認知されていない………あるいは、この場にいる人間が無知なだけで、裏社会には割といるのか、どちらだろうな?

 私個人の願望としては、邪悪教団(カルト)がいれば搾取できるし、私を脅かさない程度にいて欲しいものだが………

 

「あぁ、君たちの想像しているものとは違うだろうが、確かに私は魔法使いだ。………もっとも、枕詞に『邪悪な』とか『悪い』とつくだろうがな。そうだ、信じられぬようなら、今から何か使って見せようか?」

「それは、いいのですか?」

「無論だ。何か的になるものを用意してくれ」

 

 顔を見合わせた少女たちがなにやらパタパタ動き出したのを眺めつつ、壁に背を預ける。

 さて………いかなる魔術を使うべきか。

 《シュブ・ニグラスの招来》や《召喚・月棲獣(ムーンビースト)》なんかは論外として、どの魔術を使おうか。

 手早く発動出来てなおかつ効果がわかりやすいもので言えば、《委縮》や《深海の息吹》あたりだろうか。

 

「あっ、的、準備できましたよ?」

「ふむ、ありがと………なんだ?コレは?」

「なんだって………ペットボトルですが」

「ぺっとぼとる………なるほどね?」

 

 机の上に置かれたのは、ガラスのように透明な材質の、瓶らしきものだった。

 これは………《委縮》も《深海の息吹》も通じそうにないな。

 ならば、

 

 

「良いだろう。諸君、少し離れてくれたまえ。怪我をしても知らないぞ?」

 

 前に出て、ぺっとぼとるを指鉄砲で照準し、肩の力を抜く。

 1つ、2つ、音節を紡いで、

 

 

「《ヨグ・ソトースの拳》」

 

 魔力を消費して空間を歪め、生じた力場がぺっとぼとるを真っ二つに捩じ切って吹き飛ばした。

 

「今のが《ヨグ・ソトースの拳》。空間を歪めて力場を生じ、それで対象を攻撃するだけの単純な魔術だ。駆け出しを卒業した程度の魔術師なら誰でも使えるくらいの難易度ではあるが、コイツの良いところは籠めた魔力量に応じて威力が指数関数的に上昇する点にある。ヒヨッコから私のような大導師まで幅広い層の扱う、通常攻撃のようなものだな」

「なるほど………?」

「待って?いま、大導師とか言った?」

「言ったぞ?」

「………えっと、もしかしてガルさんって、偉い人だったりするんですか?」

「偉いかどうかは………まぁ、門下も弟子もいない一匹狼だから別として、少なくとも、私は私以上の魔術師を知らん。条件次第では旧神相手でも戦えるぞ」

「こわ~………」

「猫耳の娘よ、その感覚は大事にしろ。魔術師など、九割九分九厘までが狂人でロクデナシでキチガイで変態の異常者だ。むろん、私も例外ではない。………では、そろそろお暇しようか。諸君らに迷惑をかけたくは」

 

 

 風切り音と、爆風、衝撃波。

 

 ゴロゴロと吹っ飛ばされ、起き上がった視線の先、窓の向こうで、何やら喚く集団がいた。

 

 ふむ、

 

「諸君、あそこにいるアレは、諸君の友人かね?」

「そんなわけないでしょ!?」

「皆さん、迎撃用意を!!」

「”私が指揮を執るよ”」

「ん。ギッタンギタンにする」

「なるほど………敵というわけか」

 

 身を起こし、ローブについたホコリを払って、

 

私も参加しよう。偉大なる大魔導士(メイガス)に、真理と啓蒙の探究者に喧嘩を売ったのだ。上位存在に挑むその暗愚を、魂に刻んでやらねば

「あ~………ガルちゃん?」

承知しているとも、桃色の髪の乙女よ。奴らの半数は四肢を腐らせ生け捕りにして、月棲獣の玩具にしてやろう

「何言ってんの!?いやっ、そうじゃなくて─────ガルちゃん、殺しはダメだよ。不用意に傷つけるのもダメ」

あぁ、そうだな、素質があるならばアイホートの孕み袋にしても………なん、だと?」

 

 なんか、変な事が聞こえた気がする。

 

「ガルちゃんのいた場所ではどうだったか知らないけど、ここ─────キヴォトスじゃ、殺人は重罪なの。やったら私たちも大変なことになる」

「ふむ………諸君らの携帯している銃は、殺しの道具ではないのか?」

「違うよ。そりゃ、戦うための武器ではあるけど………私たちは銃弾くらいじゃ痛いだけだから」

「そうなのか?………ならば、まぁよい。………念のために聞いておくが、殺さず、なおかつ重大な障害を遺さぬ範囲で痛めつければよいのだな?ならば私の得意分野だ。諸君らは、眺めていてくれ」

「ちょっ、アンタ、待って」

 

 

 猫耳の少女が引き留めるのを気にも留めず、窓から飛び降りる。

 

 魔術によって強化された肉体が、私の従僕が、着地の衝撃を受け止める。

 

『マスター、ボクをちょっと便利なクッションみたいに思ってませんか?これでもボク、かなり強大な方ですよ?』

 大きく、息を吸って

 

 

「なんだぁ、アイツ?」

「わけわかんねぇけどぶちのめして」

「っ、待てお前ら!!アイツ、なんかやべぇ!!ここは様子を」

「ほう?存外に勘がいいのだな?」

「っ!?」

 

 一瞬で距離を詰め、銃口を無理矢理私の脳天に突き付けさせる。

 

 怯える相手の抵抗を捻じ伏せて、

 

 

 ─────バァン!!

 

 

「………ふむ、この程度か。協力ご苦労様、もう眠って」

「ふきゅう………」

 

 

 無理矢理引き金を引かせた少女──ミ=ゴ共のつけるような仮面を被っていた──が気絶した。

 

 情けない事だが、銃火器の威力が《肉体の保護》を貫けぬ程度の物であったという事実は、私にとって好都合だ。

 

 なんとなく蹴っ飛ばして転がし、右手を照準し、

 

 

「《ヨグ・ソトースの拳》」

「っ!?」

「げふっ」

「いってぇええっ!?!?」

 

 視界にいた3バカに三連射して、1人が昏倒、もう1人が悶絶しつつ気絶、もう1人が絶叫を上げながら普通に耐えた。

 

 意識のあるバカに足元の小石を蹴っ飛ばして黙らせ、

 

 

「ふむ………魔術の実証試験と行きたいところだが………」

 

 

 即時発動できる魔術は《委縮》《ニョグタの鷲掴み》《深海の息吹》《アザトースの呪詛》《シュド・メルの印》あたりか。

 手札は豊富な方だという自負があったが、対象を破壊せずに無力化するような呪文は、あまり持ち合わせていない。

 

 ジェヴォーダンは………

 

『っ!?マスター!やれます、ボク、やれます!暴れたいんです!!』

 

 ダメだな。

 あのポンコツに任せるとうっかりでミンチを生産しかねない。

 

『(´・ω・`)』

 

 ………仕方ない、か。

 一人に、狙いを定めて、

 

 

「《深海の息吹》」

「ごぼっ!?」

「リーダー!?」

 

 ひときわ偉そうな赤い仮面の少女を狙って《深海の息吹》を発動し、相手が仮面の隙間から水を吐いて斃れた。

 相手の肺を海水で満たして窒息させるこの魔術は、私の手持ちで数少ない、傷つけずに捕縛可能な魔術だ。

 ………まぁ、放っておけば普通に溺死するが、細かい事は良いだろう。

 ビクンビクンと痙攣する少女に近づいて、仮面をはぎ取り、足首掴んでひっくり返して水を吐かせる。

 ぐったりした体を、地面に横たえて、

 

「んちゅっ」

 

 閉じた唇と歯を強引に割り開いて、少し塩っ辛い口腔に舌を挿入し、気道を塞いでいた舌を私の舌で押しのけて、肺腑に息を吹き込む。

 たっぷり1秒ほどかけて相手の胸が膨らむまで吹き込み、その作業を数回ほど繰り返す。

 気絶していた相手が、「がはっ、ごほっ!?」と息を吹き返したのを確認して、唇を放し、

 

「~~~っ!?てめぇっ、何しやがった!?」

「あうっ」

 

 ドンッ、と突き飛ばされてしまった。

 

「何って………医療行為だが?」

「てっ、てててテメェッ、よくもっ、わっ、私のファーストキスを………っ!!」

「ソレに何の意味がある?………あぁ、虫歯の心配ならしなくていい。これでも身だしなみには気を遣って」

「うるっせぇ!!………お前ら、撤退だ!こんなイカレ女、相手にしてられっかよ!!!」

「でっ、でもっ、ボスっ!!カイザーとの契約が」

「む、それは心外だな。1人ずつ順番に《深海の息吹》を撃って窒息させて蘇生してやろうと思ったのだが………」

「てった~い!!」

「ボスの貞操は好きにしていいから私らだけでも見逃して!!」

「んなっ!?」

「ふむ………好きにしていいのか?本当に?」

「やめっ、やめろっ、手ェワキワキさせんなっ!胸揉むんじゃねぇっ!!というかテメーも女だろ!?」

「ん?同性とまぐわった事がないのか?仕方ないな、それなら最初から手ほどきして」

「やめろって言ってんだろォ!?」

 

 初心な生娘のように顔を真っ赤にした赤仮面が、やや内股になりながら全力疾走で仲間の方へ駆け出す。

 脱兎の如く逃げた赤仮面が、私を振り向いて

 

「テメェ………ッ!次あったらぶちのめしてやっからな!?」

そうだな。「次」は退廃的な夜にしよう。なにもかも蕩けるような、退廃的な夜にな

「っ!?!?」

 

 腰が砕けたのか仲間に背負われたままの赤仮面の、耳につけていたピアスを起点に《タールクン・アテプの鏡》を発動して話しかけてやって、相手の顔が真っ赤になった。

 それなり程度に遊びはしたが、あそこまで初心な反応を返してくれるのは久しぶりだ。

 体つきも中々だったし、()()()()()にはちょうど良いと思ったのだが………

 

「まぁ、運が良ければまた会える、か」

 

 

 そう呟いて、振り返り、

 

 

「ガルちゃん?ちょぉっとおじさんとお話ししようね?」

「………」

 

 目のまえに、外なる神々を彷彿させるような怖気を感じさせる、貼り付けたような笑顔の少女がいた。

 

 しばし、考えて、

 

「まぁ待て、待ってくれ、少し話を聞いてほしい。私は誰も殺していないし、不必要に傷つけてもいない。相手が襲撃者である以上、あの場で凌辱の後に処刑されようと不思議ではないところを、私はわざわざ助けたのだぞ?それは、まぁ、確かに美味しそうだとは思ったし、人工呼吸をする時にちょっと味わったし、胸を揉みもしたが、それでも手は出していない!!私は無罪だ!!」*1

「………」

「だいたいだな!目の前に無抵抗の少女がいたら、健全な生物として普通は胸を揉むくらいするだろ!?私は悪くない、悪いのは生物の本能という奴だ!!」*2

ガルちゃん?

『マスター!マズいですよ、さっさと謝った方が』

「………おおっと!私としたことが用事を忘れていた!!それではこれにてドロ」

に が す か

「モ゜」

 

 

 《門の創造》を唱えられるだけの距離を稼ごうと全力ダッシュして、背後からタックルを喰らって転倒。

 そのまま、押し倒され、

 

 

「さて、ガルちゃん。何か言う事は?」

「………私は自分の下半身に従ったまで。反省も後悔もない」

「あっそ」

「っ!?待て、待ってくれ!!さすがにそれはダメな気がす」

「フンッ!!」*3

「あっ、あなやーーーーーーっ!!!」*4

 

 

 ………爪弾きの一撃は、以前に喰らったグラーキの毒針並みに痛かった。

 

 

 

 

*1
言いくるめ75:1d100=99(ファンブル)

*2
説得65:1d100=97(ファンブル)

*3
キヴォトス最高の神秘、暁のホルス。渾身のデコピンを見舞う

*4
人知を超えた最強の魔術師、断末魔の悲鳴を上げる

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