夏合宿が終わり、タルマエのプラタナス賞も終わったある日のこと。今日はタルマエとジェンティルを対象にした取材が入っているので2人に共有しておく。
「タルマエ、ジェンティル。2人は今日取材が入っているから、そのつもりでよろしくね」
「分かりました!苫小牧を精一杯アピールします!」
「できればレースのことをアピールしてくれると助かるかな」
うん、タルマエはいつも通りだね。ジェンティルも……特に変わりはなさそうだ。鉄球を手で転がしている。
「確か、【月刊トゥインクル】だったかしら?」
「そうだね。乙名史さんのところだ」
今回取材しに来るのは月刊トゥインクル。有名な雑誌だ。後、約一名の圧が凄い。今回も勿論その人が取材しに来るわけなんだけど、今回は新人記者を1人教育として連れてくるらしい。誰なのかという興味が半分、もう半分は。
「乙名史さんが教育係で大丈夫なのだろうか?」
「あの方の知識と情熱は本物ですわ。それ以外は知りませんが」
「だ、大丈夫ですよ、きっと!乙名史さんも自重……してくれると思います!」
言い淀むってことはタルマエも怪しいと思っているみたいだね。いや、悪い人ではないのは分かるんだけどね。いかんせん熱が入った時が凄いのだ。こちらの言葉を聞く前にまくし立ててくるし、想像力もかなり豊か。取材をしている間に自分の世界に飛んでしまうこともざらだとか。
「毎回凄いからね、あの人。バクシンオーやタキオンの時も凄かったし」
それでも、あの人は最初の頃から僕に関する特集記事を組んでくれたりと何かとお世話になった人だ。暴走しがちではあるけど、間違いなく良い人である。
まぁ、トゥインクル側も乙名史さんで大丈夫だと判断したから教育係を任せたのだろう。僕らがとやかく言うことじゃないか。
さて、時計を確認するけど……もうすぐだね。お茶とお菓子の用意をしておこう。
乙名史さん達をもてなすための用意をしよう。そう思ったタイミングで、トレーナー室の扉がノックされた。
「どうぞ」
扉の向こう側にいるお客さんに向かって声をかける。扉を開けて入ってきたのは──
「ひっさしぶりだな~!聖~!」
「……は?」
学生時代からの付き合い。僕の親友とも呼べる相手……丹羽虎太郎(にわ こたろう)だった。いや、何でここにいるのさ虎太郎。
◇
「……粗茶ですが」
「ありがとうございます、高村トレーナー!」
ひとまず乙名史さん達に用意したお茶とお茶菓子を配膳するけど。さっきから気になって仕方がない。
「へー、ほー……ここが聖の職場かぁ」
「こら、虎太郎君!あまりジロジロ見てはいけませんよ!嫌がる人もいますからね!」
「あ、す、すみません!」
「いや、別にいいですよ。見られて困るものはないですし」
なんで僕の親友がここにいるのだろうか?もしかして、虎太郎がトゥインクルの人達が言ってた新人記者なのだろうか?いや、乙名史さん以外は虎太郎しかいないから必然的にそうなるんだけど。でも、信じられないという気持ちでいっぱいだ。多分だけど、僕の表情は相当愉快なことになっているだろう。困惑しっぱなしだからね。証拠に、乙名史さんも意外そうな顔で僕を見てるし。
ソファに座って応対……する前に。タルマエが耳打ちしてくる。
「お知合いですか?トレーナーさん」
「……学生の頃からのね。親友だよ」
タルマエのビックリした表情。ジェンティルにも聞こえたのか、わずかに目を見開いていた。その反応はとても分かる。
「ふっふっふ。さっきから驚いているみたいだな?聖」
不敵に笑っているところ悪いけどさ、誰だってビックリすると思うよ?新人記者を勉強として連れてきます~、と言われて自分の親友が来るとは思わないじゃん?完全に予想外だよこんなの。
何か言いたげな乙名史さんを手で制する。申し訳ないけれど、もう少しだけこうして喋っていたかったから。
「相変わらずの死んだ目、変わり映えしない表情でも俺には分かる!お前は今ビックリしていると!」
「虎太郎君。さすがにアレは分かりやすいと思いますよ?」
「あ、やっぱりですか?なんかしばらく見ない間に表情豊かになったな~聖~」
「……逆に、君は変わらないね虎太郎」
おうよ!と元気よく答える虎太郎。サムズアップのおまけつきだ。
「それにしても、一言連絡くれたらよかったのに」
「いや~、サプライズ?ってヤツだよ!知らない方がお前をびっくりさせられるだろ?」
「実際ビックリしているからね。君の目論見は大成功だよ」
「へへ、やりぃ!」
乙名史さんから向けられる視線に生暖かさを感じるけどいいや。久しぶりの邂逅を果たした親友と、少しだけ喋った。
とはいっても、本題は取材だ。あまり時間をかけられないのですぐさま切り替える。
「さて、まずは……ホッコータルマエさん!プラタナス賞おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます!」
「王道の先行策からメイクデビューよりも着差を広げる9バ身差の圧勝劇!私も興奮して思わずこぶしを握り締めたものです!あぁ……素晴らしいッ!」
虎太郎はというと乙名史さんが取材している姿を見て必死にメモを取っている。なんだか微笑ましいな。
「ホッコータルマエさんの意気込みをお願いします!」
「え、えっと……まずは1つ1つ、大事に勝っていきたいと思います!応援してくれているファンのみなさんに、勝利を届けられたらと思います!後、苫小牧をよろしくお願いします!」
「う~ん初々しい反応!これもまた良いですね!高村トレーナー!」
おっと、こっちに話を振られたか。
「はい」
「高村トレーナーから見てホッコータルマエさんのプラタナス賞はどうでしたか?」
「メイクデビューよりも楽な気持ちで行けたのか、より高いパフォーマンスを発揮してくれました。マークはキツくなっていましたけど、苦にすることもなく勝利を収められたので一安心です」
道中囲まれそうになったけど、そうなる前に外に持ちだして抜けだした。最後の直線では前を走るウマ娘を躱し、突き放しての勝利。まさにお手本のような勝ち方だった。
「ほうほう……高村トレーナーが考えるホッコータルマエさんの強みはなんでしょうか?」
「切り替えの早さでしょうか。併走している時の話なのですが、自分の作戦が潰された時に即座に次の作戦に切り替えていますから。ホッコータルマエの明確な強みです」
「成程。年末にある全日本ジュニア優駿、自信のほどは?」
「勝たせます。それだけお伝えしたいと思います」
……無言で感激しているな。プルプルしている。虎太郎は相変わらずメモを取るのに必死だし。
「ハッ!?こ、虎太郎君からも何か質問を。こういうのもお勉強ですよ?」
「え?あ、はい!えっと……何かアピールしたいことは?」
おっと、その質問はタルマエにとっては絶好のものだぞ。早速前のめりになってるし。
「アピールですか!?それなら苫小牧です!是非とも苫小牧をよろしくお願いします!」
「アッハイ」
「苫小牧はとても良いところなんです!まずは……」
「タルマエ。長くなりそうだからその辺で」
渋々引き下がるタルマエ。早い内に止めておかないと時間が無くなるからね。
次はジェンティルの番だ。また乙名史さんに代わる。
「ジェンティルドンナさんの次走はシンザン記念とのことでしたが」
「えぇ。世間の皆様は盛り上がっているそうですが、シンザン記念の日が来れば嫌でも分かることでしょう」
「え~っと、なにが、でしょうか?」
「真の強者は誰か?ですわ」
思わず気圧されてしまうほどの雰囲気。一切揺るがない自信を纏って、ジェンティルは告げた。
「私はシンザン記念をステップレースに、桜花賞へと進みます。そしてティアラを戴く」
「そ、そうですか。ジェンティルドンナさんの強さは誰もが知るところ!素晴らしいレースをしてくれること間違いなしですね!」
「当然ですわ。体調を万全に整え、出走するウマ娘全てを下して私が頂点に立つ。だからどうぞ、奮って出走してきてくださいませ?私が教えて差し上げますわ──真の強さというものを」
相変わらずの自信だ。これがジェンティルの強みだろう。自分が勝つと信じて疑わない、強者としての矜持。乙名史さんも震えあがっているし、虎太郎もそうだ。
それでも、虎太郎は口を開く。
「ほ、他に興味があることはありますか?な、なんでもいいですけど」
純粋な興味か、ジェンティルにそんな質問をしていた。ジェンティルを真っ直ぐに見て、逸らすことなく質問をする。ジェンティルは興味深そうにフッと笑う。
「オルフェーヴルさんにも興味がありますの。
「そ、そうですか。そのオルフェーヴルさんにどうして興味が?」
「決まっているでしょう?」
ジェンティルは笑みを深める。ニッコリと、見惚れてしまうような笑顔。
「三冠となった暴君を、トリプルティアラを戴く私が下す……そうすれば、最強でしょう?」
「えっ?」
「彼女を糧とし、私こそがトゥインクル・シリーズ歴代最強のウマ娘として君臨する。シンプルな証明も、時には必要でしてよ」
乙名史さんは興奮で頬が紅潮し、虎太郎はマジで言ってんの?って感じで困惑していた。気持ちは分からないでもないよ。
壊れた機械みたいにギギギと、こっちを見る虎太郎。なんか縋るような視線を感じるけど。
「なら、僕はその舞台を整えるだけです。いずれはオルフェーヴルを下して、ジェンティルドンナこそが最強だと証明する……そんな舞台をね」
「ふふっ、それでこそ私のトレーナーですわ」
「~~~ッ!素晴らしいッッ!!」
「うわっ!?」
あ、乙名史さんのスイッチが入った。
「ウマ娘が望む舞台を整え、あまつさえ誰が相手でも負けない、負けさせないとするその気概!いつもですが素晴らしいですッ!」
「ありがとうございます」
その後、乙名史さんは長々と語っていた。虎太郎は……うん、慣れているのか止めようともしなかったね。聞きたいことは聞けたから良いのかな?
◇
取材が終わった後、虎太郎と2人きりで話す。久しぶりに会ったわけだし、もうちょっとだけ話したかったから。
「それにしても、月刊トゥインクルに入社してたなんてね。驚いたよ」
「まぁな~。最初に受けたのがここで、内定貰ったから働いた!」
「変わらないね本当」
お互いの近況報告をする。その話の中で分かったんだけど、どうも虎太郎は倉科君がトレーナーになっていたことを知っていたらしい。
「知ってたんだ?虎太郎」
「むしろなんでお前は知らねぇんだよ。いつもお前にテストで勝負だ!って言ってたのに」
「……まぁ、忙しかったから」
虎太郎の呆れたような視線。バックから何かを取り出したかと思うと、僕に差し出してくる……なんでメンタルカウンセリングの本を?しかももう一冊は【人の気持ちが分かる!?】なんて銘打たれているし。
「なにこれ」
「お前に今一番必要なものだ。いいか?絶対に読み込んどけよ?役に立つから!」
僕を何だと思ってるんだ君は。しかもよい笑顔で去っていくな。僕はこれをどうすればいいんだ?虎太郎が去った今、僕は一人取り残されている。ジェンティルとタルマエはもう帰ったし。どうしたものか。
「……読んどくか」
少なくとも役に立たないなんてことはないだろう、うん。
まさかの登場だった親友君である。
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