ホープフルステークスを観戦していた倉科とヴィルシーナ。2人はジェンティルドンナの実力に驚愕する。
「う、そだろ……あそこまで強いのか?」
「……あの人が負けるとは思ってなかった。でも、ゴルシさんだって決して弱くないのよ?なのに」
2人はゴールドシップの実力を知っている。併走で相手をしてもらったこともあるし、その時は僅差ではあるものの負けてしまった。彼女が並の実力者でないことは知っており、ジュニア級王者と呼ばれるだけの力はあると感じていた。
そんな彼女は、ジェンティルドンナの前に敗北を喫した。しかも、5バ身差の惨敗に近い形だ。必死の形相で追い上げるゴールドシップに対し、涼しい顔で駆け抜けたジェンティルドンナ。まだまだ、底を出していない。そう思わせるレースっぷり。
(こっちの予想をはるかに超える仕上がりをしている……!前々から噂では聞いてたけど)
(実際に目の当たりにすると、ここまでということですか……)
2人は怖れの感情を抱く。ウマ娘ジェンティルドンナとトレーナーである高村聖に。思わず不安な気持ちが押し寄せてきた。
──けれど、それで折れる2人ではない。
「まだティアラの戦いは始まってないわ。分かっているわね?トレーナーくん」
「勿論、分かっているよヴィルシーナ。まだだ、まだこっちにだって成長する時間はあるんだ!」
こちらに成長する時間があるということは、向こうにもあるということ。そんなことは百も承知だ。ならばと、彼女らを超えれるようなトレーニングをすればいい。2人の闘志は燃え上がっていた。
「明日からさらに負荷を上げよう、ヴィルシーナ!ティアラの冠を戴くために!」
「えぇ、お願いねトレーナーくん。必ず彼女に勝ってみせるわ!」
「まずは、知り合いのトレーナーに声をかけるところからだな……レースセンスも鍛えなきゃいけないし効率的にも……」
ブツブツと今後のトレーニングプランを立てる倉科。その目には、ジェンティルドンナと高村のコンビに絶対勝つという意思が感じられた。
朝霞とドリームジャーニー達も目を見開いている。ホープフルステークスの結果は、彼女達にとっても予想外の結末だったようだ。
「……前々から優秀なトレーナーだと存じ上げておりましたが、本当に素晴らしい」
「やっぱ聖君は凄いな~。私も見習わないと!」
「あそこまで行くとヤバい気がしますけどね……」
「実にベニッシモなムジカだ!時にはテンペストーソのように、時にブリッランテのゴールだった!」
サウンズオブアース曰く、素晴らしいレースであり時に嵐のような荒々しさを見せたと思えば、華やかで輝かしいゴールだったとのことらしい。ダンツフレームはジェンティルドンナの実力にただただ戦々恐々としていた。
「──フン」
誰もが高村トレーナーの手腕を称賛する。その中でただ1人、オルフェーヴルだけは鼻を鳴らして静観していた。彼女の胸中にあるのは、ジェンティルドンナの実力のこと。
(確かに、余を下すなどという妄言を吐くだけのことはある。今すぐクラシックでも戦える強さではあろう)
「少しは楽しませてくれるではないか……貴婦人めが」
「え?何が?」
朝霞の言葉を無視して、オルフェーヴルは立ち上がる。用は済んだ、さっさと帰るぞと朝霞達に催促する。
「だが、貴様は喧嘩を売る相手を間違えた……余がシニアに、貴様がクラシックの土俵に上がったその時、貴様は余が直々に跪かせてやる……礼節を教えてやるとしよう」
「え、ちょっと待ってよオルフェ~!」
「早く行きますよ、トレーナーさん。オルはとても上機嫌なようだ」
ドリームジャーニーは微笑み、朝霞達はオルフェーヴルの後をついていく。
こうして、ホープフルステークスは終わった。結果はジェンティルドンナの5バ身差勝利……そして、この勝利でジェンティルドンナはジュニア級王者の地位を確立した。
◇
ふふ、今日のホープフルステークスは凄かった。オルも、とても機嫌よくしていたからね。
(まぁ、あそこまで育てているとは私も予想はできなかった。やはり、彼は素晴らしいトレーナーだ)
彼──高村聖の手腕は、学園でも飛び抜けているでしょう。シンボリルドルフのトレーナーにして皇帝の杖、天城トレーナーに勝るとも劣らない。いえ、戦績的には勝っているでしょうか?……まぁどちらでもよろしいでしょう。
私のトレーナーである朝霞トレーナーも、彼のことを尊敬している。自分よりも年が下で、経験年数も自分が上なのにしっかりとしているといつものように口にしていますから。ですが、最後には決まってこう言います。
「でもでも、そんな聖君が育てたウマ娘にいつか勝つんだ~!私だって負けっぱなしじゃ終われないからね!」
才能の差に嘆くのではなく、むしろ追いつこうと努力を重ねる。ふふ、相変わらず可愛らしいお方だ。結果として、オルが三冠を取るまでになったし、私も菊を取りましたから。私のトレーナー選びは、何も間違っていなかったでしょう。
ただ……高村トレーナーの才能はあまりにも突出しすぎている。クラシック四冠に凱旋門賞制覇……凱旋門賞制覇はいまだに
「戻ったぞ、姉上」
「おや、オル。お湯の加減はどうだったかな?」
「よい。活動に支障はない」
考え事をしていたから、オルがお風呂から帰ってきたようだ。ベッドに腰を掛けるオルに近づき、髪を梳いてやりましょう。
リラックス効果のあるアロマを焚き、オルの髪を梳くいつもの時間を満喫していると。
「時に姉上。姉上は何故、あの男を評価する?」
オルは唐突に口を開いた。あの男……というのは、高村トレーナーのことだろうね。
「そうだね。まずなんといっても実績だ。彼ほどの実績を出すのは容易じゃない……クラシック三冠の難しさに加えて、NHKマイルも制したわけだからね。さらには」
「サクラバクシンオーという純スプリンターに三冠を取らせたという事実。奴の才能が突出していることを決定づけたものだ」
「そう。アグネスタキオンもだ。まだ凱旋門賞を勝ったウマ娘がいない中での勝利。さらにはドバイシーマクラシックに英愛のチャンピオンステークス……結果として、彼女は世界最強にまで上りつめた」
いざ列挙すると彼の活躍は素晴らしいものと言える。私も、遠征支援委員会で個人的にお世話になっていることだし、評価をして然るべき相手だ。今後とも良い付き合いをしたい相手だね。オルのレベルアップにも繋がるわけだし。
ただ、彼を誉める私にオルは露骨に顔をしかめる。おやおや、ホープフルの時もそうだったけれど、どうもオルは彼が苦手のようだ。
「やっぱり嫌いかい?彼のことが」
「あの場でも言ったが、嫌いではない。だが気に食わん……奴の立ち居振る舞いがな」
あの貴婦人めが矯正しているようだが、か。確かに、最近はよくトレーニングをしている光景を見かけるね。微笑ましい光景だったよ。
「立ち居振る舞い?なにか気に障るのかな、オル」
「……奴の在り方は、恐ろしく歪だ。加えて、欲を感じない」
少し言いにくそうにした後口にする。ふむ、欲か……。
「感じない、は不適切だな。正確には抑え込んでいる。奴の理性で、出すべきではないものだと無理矢理な」
「時折、彼はロボットやゾンビなんて呼ばれていたね」
「目も相まって不思議ではなかろう。だからとて、口にするのはどうかと思うが」
それには私も同感だ。気にする人はいるわけだからね……彼は気にしている素振りがなかったけど。
「ウマ娘という主人に徹底的に尽くす……不気味なほど従順にな。そんな相手を、信用できるか?否、私ならばまずは疑ってかかる」
「……まぁ、オルの言い分も分からなくはないね」
確かに、言われてみたらそうだろう。彼はたまに介入するが、それは全てウマ娘のため……自分のためとは決して言わない。走るのを諦めそうになっていても、ウマ娘の心が燻っているから走った方がいいと促すのであり、自分がまだ見たいからとワガママを言う方ではない。
「例えの話だ。貴婦人がトレーナーを変えると宣言したとしよう。ありえぬことだろうがな」
「……それで?」
「それが貴婦人も納得の上で、さらには相手も合意の上であった場合……奴は迷わずトレーナーを変えるだろうな。余の印象では、奴はそうする」
「それがウマ娘のためになるから、かい?」
頷くオル。あぁ、確かに。それは
「奴は欲を出さんのだ。ウマ娘のため、ウマ娘のためと言葉を並べ、己が本当に望むことを口にしない……その在り方が、余は気に食わん」
「自分は嫌だからこうして欲しい、自分が望まないから止めて欲しい。確かに、彼は言わなそうなことだ」
自分の納得よりも他人の納得を優先する。聞こえはいいかもしれないが……見方を変えれば他人の顔色を窺い続けるだけの人生だ。いつか必ず、綻びが生まれる。
「なのに欲は人並にある。姉上の言うように、自分の気持ちを優先しない男だ。なにがそうさせたかは知らんがな」
「彼にも色々とあったのだろうさ。私達が詮索することじゃないよ、オル」
そうなると、彼が今の性格になったルーツが知りたいところだ。彼の親友曰く、会った時からあぁだったらしいですが……本当に不思議ですね。
「余が気に食わん一点はそれだけだ。ただそれだけ、余は気に食わぬ」
「成程ね。ま、オルの言い分はよく分かったよ」
「……姉上はどう感じる?奴の在り方に、姉上はどういう風に思っている?」
おっと、今度はこちらの番か。さて、高村トレーナーの在り方か……しいて言うなら。
「彼はね、飛び方を忘れてしまった鳥なんだと思う」
「飛び方を忘れた鳥、だと?」
そうだよオル。私の印象としては。
「彼は欲の出し方が分からないんだ。どこまで出していいんだろう?どこまで欲張っていいんだろう?そんなことばかりを考えてしまって……結局は自分の意見を出さないようにするのが最適解だと気づいた」
「波風が立たぬから、だろうな」
「あぁ。自分のワガママで場を乱すわけにはいかない、歯車を狂わせてはいけない。結果、彼は欲の出し方を忘れてしまった」
本当はもっと主張してもいいのに主張しない。もっとワガママを言ってもいいのに言わない。ワガママには必ず何かの対価が必要だと考える。それはひとえに、彼が欲を出すことを良しとしない環境で生きていたから。
(……ですが、親御さんは普通に良い方々でしたがね。本当に、どうして今の性格になったのやら)
「彼は飛び方を忘れた鳥……そう考えると、とても愛らしく見えてこないかい?オル」
「……余には分からんな」
おっと、賛同は得られなかったか。まぁいいでしょう。
さて、髪を梳き終わったね。
「でもオル。オルはジェンティルさんがトレーナーを変えるかもしれない、なんて例え話をしたけど」
「あくまで例えだ。まず、あの貴婦人めがトレーナーを変えるわけあるまいよ」
呆れているオル。ま、普段の彼女を知っていればそうだろうね。
「強者である自分には強者であるトレーナーが相応しい……奴のトレーナーとしての腕は一流だ。世界でもトップレベルと断言できる」
「おやおや、かなりの高評価だね」
「それほどまでに奴の手腕は素晴らしいというだけの話。そこに嘘を並べてどうする?余は事実しか述べぬ」
私もオルの意見に賛同だ。彼の手腕は世界相手でも戦っていけるだろう。実際、凱旋門賞の舞台で証明したわけだからね。
「しかもあの貴婦人、トレーナーを自分好みに仕立て上げようとしておるのだぞ?変えるわけがあるまい」
「……それもそうだね」
最近、彼が筋トレをしている光景をよく見かけるからね。その傍らには必ずミーティアのメンバーがいる。仲が悪いなんて話は聞いたことがないし、仲が悪ければ自分好みにしようとはしない。トレーナーを変えるなんて絶対にありえない。
「変えるとしたら……最早そういうプレイだろう」
「倒錯的だね」
「それだけ、あの貴婦人が今のトレーナーを手放すとは考えづらいということだ」
実際そうだから何とも言えないですね。
……なんにせよ。
「彼とは今後とも良い付き合いをしたいね。オルのレベルアップにも繋がるから」
「フン。余も奴の気に食わぬ点が改善したら文句はない。王に尽くすことを許してやる」
「ふふ、それで良いよオル」
今後も良い付き合いを、高村トレーナー。
実はオルフェからの評価はめっちゃ高い高村T。