桜花賞まで残り1ヶ月を切る。世間では、今回の桜花賞は一強だろうと評価されていた。
「いやね~。他の子が悪いとは言わないけど、ほぼ決まりみたいなものでしょ」
「格が違うよアレは。ホープフルステークスなんてヤバかったし」
「ぶっちゃけさ、誰が勝つか、ってよりどんなレースをして勝つか~、みたいな雰囲気になってると思うよ?」
「シンザン記念もヤバかったね~。5バ身差で勝ったけど、全然本気って感じがしなかったもん」
出走したレースは3つ。メイクデビュー・ホープフルステークス・シンザン記念を全て5バ身差で制した。しかも、
「同世代でジェンティルドンナに勝てるウマ娘なんていないでしょ」
「桜花賞では本気、見れるのかね?今はそればっかりだ」
「う~ん……やっぱりジェンティルドンナじゃないですか?」
ジェンティルドンナ。これまで圧倒的な実力で勝ってきた貴婦人。桜花賞はすでに、彼女がどのようにして勝つのか?に焦点が当てるファンがいた。
だが、対抗がいないわけではない。
「でも、ヴィルシーナの仕上がりも良い感じなんだろ?」
「あ~確かに。阪神ジュベナイルも勝ったし、ジェンティルドンナに勝てる可能性があるとすれば」
「まぁヴィルシーナだよなぁ。まだどうなるか分からないか」
名前が挙げられたのはヴィルシーナ。こちらも目下4連勝中であり、その中にはジュニア級G1の阪神ジュベナイルフィリーズも入っているため評価を高めていた。ジェンティルドンナに勝てるとしたらこのウマ娘、というのがヴィルシーナの触れ込みである。
ただ、それでも優勢なのはジェンティルドンナだ。ヴィルシーナも実力者であることに違いはないが、ジェンティルドンナには少し劣るだろう。ジェンティルドンナの勝ちは揺らがない、というのが大半の意見である。
「それでも勝って欲しいけどなぁ、ファンとしては」
「それでもヴィルシーナちゃんを信じてます!彼女なら貴婦人に勝てるって!」
「目指せ頂点!ヴィルシーナが勝つとこ、絶対に見るぞ~!」
桜花賞ではどのようなレースが繰り広げられるのか?ファンはレース当日を楽しみにしていた。
桜花賞が近づいているためか、出走を決めている陣営にも気合いが入っている。とりわけ気合が入っているのは、ヴィルシーナだ。
「行くぞヴィルシーナ!もう一本!」
「ッ、えぇ!トレーナーくん!ハァァァッ!」
他のウマ娘よりも倍以上の負荷をかけ、トレーニングに励んでいる。トレーナーである倉科の指導にも熱が入っていた。
この場にいるのは彼らだけではない。ニシノフラワーにメジロドーベル、ダイワスカーレットがヴィルシーナのトレーニングに協力している。さらにはライスシャワーとそのトレーナーも、ヴィルシーナのトレーニングに力を貸していた。
「頑張ってください、ヴィルシーナさん!」
「まだまだ!こんなものじゃジェンティルさんには勝てないわ!」
ニシノフラワー達の指導にも熱が入っている。対峙する相手が強大であり、桜花賞まで1ヶ月を切っていることからさらに熱を上げていた。
トレーニングをしている間にも、倉科はニシノフラワー達のトレーナー1人1人に頭を下げていた。
「すみません、ありがとうございます!自分のお願いを聞いてくださって……!」
倉科はまだトレーナーとして若手。お願いした相手はトゥインクル・シリーズで結果を残してきた先達。また、倉科は特に何か実績があるわけでもなければ返せるものも少ない。それでもヴィルシーナが勝つためにと彼らに頭を下げて、この合同トレーニングを勝ち取った。
頭を下げる倉科に対し、他のトレーナー達は気にすることはない、と返す。
「構わないよ。頑張ってる人は応援したいからね」
「自分も、先輩達にはお世話になりましたから!だからいくらでも協力しますよ!」
「あ、ありがとうございますっ!」
メジロドーベルのトレーナーとニシノフラワーのトレーナーの言葉に感激する倉科。本当にありがたい限りだと頭を下げ続けた。
ただ、優しさだけではない。彼らは厳しさも教え込む。
「けど、ちとまずいかもしれねぇな……相手が相手だ」
「……えぇ。ライスも散々煮え湯を飲まされ続けましたから」
ダイワスカーレットのトレーナーとライスシャワーのトレーナー。とりわけライスシャワーのトレーナーは嫌というほど知っている。チーム・ミーティア……高村聖の恐ろしさを。
「彼らに常識は通用しない。こっちの予想を、遥かに超える仕上がりでレースに出してくる……俺達も、何度も阻まれた」
「お、お兄さま……っ」
「ま、その通りだ。そんなもん、お前だってよく分かってるだろ?倉科」
ダイワスカーレットのトレーナー、北原の言葉に重く頷く倉科。彼とてよく知っている、高村聖という男について。
彼の頭に浮かぶのは学生時代のこと。テストで何度挑んでも勝てなかったあの頃、涼しい顔で自分の上に立ち続けた、高村が出てくる。
(アイツだって努力しているのは知ってる……けど)
嫉妬せずにはいられない。高村が持つ途方もない才能に、自分とは次元が違う圧倒的な力に怒りを覚える。そんな自分を律し、冷静さを取り戻そうとする。
(けど、桜花賞だ!レースは始まってみるまで分からない。ヴィルシーナの調子だって右肩上がり、どんどん成長していってる!)
担当ウマ娘、ヴィルシーナの成長は他のトレーナー陣も目を見張っている。ジェンティルドンナに勝てるとしたら彼女ぐらい、もしかしたら?なんて話も上がるようになってきた。重賞のクイーンカップを圧勝の7バ身差勝利、着実に力をつけてきている。
「確かにジェンティルドンナは強いです。高村の手腕も、凄いとしか言いようがない」
「……だな」
「けど、俺はアイツに勝ちます。これ以上負けっぱなしなのはごめんですから」
決意に満ちた表情、自信をもって勝つと宣言する倉科。その表情に、他のトレーナー陣は期待せずにはいられない。
(良い目するじゃねぇか……微塵も諦めちゃいねぇ)
「うっし、その調子だ!レースは始まるまで分からねぇ、俺らも全力で手伝うぜ!」
北原の言葉に他のトレーナー陣も頷く。ヴィルシーナの勝利のために、全力で手を尽くすことを決めた。
「オグリ!お前も手伝え!ヴィルシーナと併走だ!」
「む?分かった、手を貸そう」
北原の担当ウマ娘オグリキャップ。彼女も併走に参加する。ここから桜花賞までの間、ヴィルシーナはニシノフラワー・メジロドーベル・ダイワスカーレット・オグリキャップといった豪華メンバーとの併走をすることができた。
(本当に、感謝しかない。みなさん、私のために手を貸してくれている)
協力してくれたことにヴィルシーナは心の中で感謝をする。自分が強くなるためにと手を貸してくれて、貴重な時間を費やしてくれたことに頭が下がる思いだ。
だからこそ、さらに決意を固める。
(待っていなさいジェンティルドンナ……!桜の冠は渡さない。いいえ、桜だけじゃない!)
「樫の冠も、秋の華も譲らない!私が女王として頂点に君臨してみせるわ!」
ジェンティルドンナに勝利は譲らない。勝つのは自分だと発破をかける。
「良い気合いじゃない!それじゃ、もっともっと追い込むわよ!」
「その調子です、ヴィルシーナさん!本番まで後1ヶ月、頑張りましょう!」
「私も手を貸す!頑張って、ヴィルシーナさん!」
「はいっ!」
ヴィルシーナはメキメキと力をつけていた。
そして桜花賞の大本命、ジェンティルドンナ。彼女が所属しているチーム・ミーティアはというと。
「……あら?もうボロボロね。トレーナー?新しいものを用意してくださる?」
「大丈夫、持ってきてあるよ」
「殊勝な心掛けね……あら、負荷もさらに強めてある」
「同じものじゃ満足しないと思って。迷惑だったかな?」
「まさか。褒めて差し上げますわ」
チームだけでトレーニングをしていた。また、ジェンティルドンナの傍らにはソノンエルフィーもいる。ヴィルシーナとは違い、いつも通りのトレーニングをしていた。
「いやはや、凄い負荷ですねジェンティルさんッ!まだまだいけますか?」
「問題ありません。続き、やりますわよ」
「分かりましたッ!では、プッシュザロック、行きましょうッ!」
ジェンティルドンナの眼前にあるのは──巨大な岩。どこから運んできたのか?どうやって用意したのか?という疑問はさておき、ジェンティルドンナは岩の前に優雅に佇む。
優しく、壊れ物を扱うように岩へと手を触れるジェンティルドンナ。不敵に笑ったかと思えば──
「フンッッッッ!!!」
「良い調子ですよッ!そのままさらに勢いよくッ!」
ソノンエルフィーの言葉で、さらに力を込めるジェンティルドンナ。岩はどんどん前へと進んでいき……制限時間が過ぎた頃には。
「やっぱり凄いパワーですね……!こんなに前へ押せるなんて」
都留岐涼花も驚くほどに前へ進んでいた。ジェンティルドンナのパワーに改めて驚愕している。岩を押し終わったジェンティルドンナは汗をぬぐいつつ次の予定を確認する。
「ま、こんなものかしら。では、次は……」
「ハリテパイルですねッ!次は貫通しないように上手く調整しましょうッ!」
「……つまらないわね」
こちらも順調そのもの。力をどんどんとつけている。様子を見守る都留岐は高村へと歩み寄る。
「平日は基礎に徹し、週末はサクラバクシンオーさん達との併走……桜花賞ももうすぐということで、気合が入っていますね」
「はい。後は皐月賞もあるので、そちらの準備も進めています」
淡々と業務をこなす高村。ジェンティルドンナのデータを測り、次はどんなトレーニングが最適か?を考え込んでいる。
「自信のほどは?」
「勝たせます」
簡素な言葉。だが、本当にやってくれるだろうという信頼を抱かせ、都留岐は思わず感嘆の息を漏らした。そして、彼らに激励の言葉を送る。
「頑張ってください。エルフィーと一緒に、現地で応援しにいきます」
「ありがとうございます」
視線の先にはハリテパイルをしているジェンティルドンナとホッコータルマエ、サクラバクシンオー達がいる。
サクラバクシンオー達はもっぱらジェンティルドンナとホッコータルマエのサポートだ。平日はソノンエルフィー達とU.A.F.の練習、休日はサクラバクシンオーとアグネスタキオン、ホッコータルマエの3人で併走。これが1週間のサイクルである。また、たまにVRウマレーターを使用して海外のレースを想定したトレーニングも積んでいた。
「バクシンですよジェンティルさん、タルマエさんッ!委員長がパワーを送りましょうッ!それ~!」
「適宜補給することも忘れないでおきたまえ。ちゃんと、準備はしてあるからね」
「桜花賞も皐月賞もワッショイわっしょ~い!あたしもさらに応援しちゃいますよ~!」
「頑張れ」
こちらも順調そのものだった。
まもなく迎えるクラシック戦。果たして勝つのは誰か?
◇
余談だが、皐月賞に関しては。
「さすがにゴールドシップだろうけど……どうだろう?いや、なんか来そうな気がするんだよね」
「ゴールドシップっていいたいけどなぁ……いかんせん気になるよな」
「うん……ホッコータルマエ、どうなるんだろ?」
さすがにダートが主戦場だから来ないだろ、ゴールドシップだ派とでも絶対なんかやるだろ無意味に芝のレースに来るはずがない、のホッコータルマエ派で二分されていた。
バチバチのライバル対決の桜花賞に比べてなんだ皐月賞のネタ感は。