桜花賞直前インタビューにて。
「私が勝ちます。ティアラの冠が相応しいのは私ですから」
そう語るヴィルシーナ。対し、ジェンティルドンナはというと。
「
自信満々に言い放つ。お互いに譲らない思いを抱いて──本番の日はやってきた。
◇
阪神レース場。天候は晴れに恵まれ、芝も絶好の良バ場日和と走るのにはもってこいの日となった。
控室にて、ジェンティルドンナはいつものように筋肉のコンディションを確認し、高村はその光景になにを思うわけでもなく眺めていた。作戦の打ち合わせも終わっているので問題はない。
コンディションを確認し終えたジェンティルドンナは高村へと視線を向ける。自信満々の表情だった。
「さて、今日の調子も絶好調ですわ」
「それは良かったよ」
「ヴィルシーナさんが対抗に挙げられているようですが……関係ありませんわね」
器具を置いて不敵に笑い、ジェンティルドンナは出陣の準備を整える。
「
「頑張っておいで。観客席でみんなと応援しているよ」
「貴方、いつもノートに何か書き込んでいませんこと?ま、よろしいですわ」
会話は終わり、ジェンティルドンナと高村は控室を出て別れる。ジェンティルドンナはターフへと向かう道中、ヴィルシーナと出会った。
「ジェンティルさん」
「あら、ヴィルシーナさん。ごきげんよう」
ヴィルシーナはジェンティルドンナを強く睨みつけている。これから対峙する相手、すでに世代最強の名をほしいままにしている相手に臆することなく、ヴィルシーナは凛として立っていた。彼女の佇まいに、ジェンティルドンナは笑みを深める。
「こうして、レースの舞台でお会いするのは初めてですね」
「えぇ、不思議なほどにね。打ちのめされた貴方の顔、もう何度も拝見したというのに」
「……っ」
軽い挑発。しかし、ヴィルシーナはその言葉を否定することはせずに、なお鋭く睨む。
「……それは、今までのことです。この本番の大レース、桜花賞では違います」
「へぇ?」
「やり直しがきかないこの舞台で──貴方に敗北を刻んであげる!」
啖呵を切るヴィルシーナ。ジェンティルドンナは……優雅に微笑むだけだ。ただ、その笑みにはこのレースが面白くなりそうだ、という感情が見え隠れしている。
「そう。楽しみね」
ジェンティルドンナは両手を広げ、ヴィルシーナへと宣言する。
「強くありなさい。貴方達が強くあればあるほど、
それは、勝利の宣言。勝つのは自分だと、確固たる意志を持ってヴィルシーナへと言葉を向けた。
「……負けません、今日こそはっ!」
ヴィルシーナはこれ以上の言葉は不要だ、とばかりにターフへと足を運ぶ。遅れて、ジェンティルドンナもターフへと向かった。
ターフの上でウォーミングアップをするウマ娘達。観客席の喧騒は止まない。
《この日を迎えました。クラシックの第一戦桜花賞!新たな女王の誕生を桜が待ち望んでいます!阪神レース場、芝1600m天候は晴れ!芝の状態は絶好の良バ場日和です!》
《今年もこの時期がやってきましたね。桜の冠を勝ち取るのはどの子になるのか?非常に楽しみです》
《本レースダントツの1番人気はこの子を置いて他にはいない!ホープフルステークスを制したジュニア級王者!現在無敗の5枠10番ジェンティルドンナ!》
《いやぁ、佇まいからして凄いですねぇ。圧倒的なオーラを感じますよ》
ウマ娘一人一人の紹介が入る中、ゲートインの時間がやってくる。係員に誘導され、出走するウマ娘達が次々とゲートへと収まっていった。
その光景を見ている倉科は、緊張した面持ちながらもヴィルシーナを真っ直ぐに見る。
(頑張れ、ヴィルシーナ!)
激励の言葉を彼女に送る。手を強く握り、担当ウマ娘の勝利を願っていた。
そして、ついにやってくる。出走するすべてのウマ娘がゲートに収まり、観客席の喧騒もぴたりと止んだ。出走の時を静かに待つ。
《全てのウマ娘がゲートに収まりました。ジュニア級王者ジェンティルドンナはどのような走りを見せるのか?対抗ウマ娘のヴィルシーナが彼女の連勝を阻むか、もしくは他のウマ娘が待ったをかけるか!》
静寂を切り裂いて──ゲートの開く音が響き渡る。瞬間、ウマ娘達が一斉に駆け出した。
《桜花賞が今──スタートしました!スタートはややばらついたか?内枠のアクアリバーと外のヴィオラリズムが出遅れた!それ以外は綺麗なスタート。最初に飛び出したのはエレクトリファイド、そしてインディゴシュシュ!》
桜花賞が幕を開ける。
◇
阪神レース場の一画ではレースとは違うざわめきが起きていた。
「おい、天城トレーナーだぜ?」
「え?……本当だ。シンボリルドルフ達もいる」
「でも、全員じゃない。ルドルフとテイオーだけだ」
シンボリルドルフのトレーナー、天城。トレセン学園でもトップレベルのトレーナーである彼が桜花賞を観に来ていた。担当ウマ娘であるシンボリルドルフとトウカイテイオーと一緒に。
《レースは第3コーナーへと入ります。2人のウマ娘がレースを引っ張る展開、エレクトリファイドそしてインディゴシュシュ!3番手ヴィルシーナは先頭から遅れること3バ身差、ジェンティルドンナはその後ろにつけています!3番手から7番手が固まり、7番手から2バ身後方にもう一つの集団を形成。8人のウマ娘が固まって、最後方にヴァイスグリモア。ヴァイスグリモア最後方だ》
天城の表情は険しい。視線はただ一点を見つめており……その先にはジェンティルドンナがいた。
「……」
「ね~ね~トレーナー。確かめたいことってなんなのさ?ボク、何も聞かされてないんだけど?」
「我々は勝手についてきただけだろう?テイオー」
不満さを隠そうとしないトウカイテイオーを、苦笑いを浮かべつつ窘めるシンボリルドルフ。その声を聞いて、天城は口を開いた。
「別に、俺の気のせいならいいんだ。でも、このレースで分かる……そんな気がする」
「だから、それって何?言えないようなことなの?」
「言えない、というよりはまだ確証がない。ただ、俺の気のせいじゃなかったら……」
一呼吸おいてから続ける。
「彼らはとんでもないことをやってのけている。ジェンティルドンナの底は、まだまだ見えてないってことになるんだ」
「──ほう、やはり貴様も気づいていたか。皇帝の参謀よ」
「うえ!?だ、誰さ!」
天城の言葉に賛同するように割り込んできた影。彼女は──
「オルフェーヴル、か」
オルフェーヴル。クラシック三冠ウマ娘の1人であり、有馬記念も制して年度代表ウマ娘に輝いた、【金色の暴君】である。傍にはドリームジャーニーとトレーナーである朝霞もいた。
「俺も、ってことは……君もか?」
「──然り。シンザン記念で確証に至った。あの貴婦人がやってのけていることにな」
「あ、あの~……私達もここで観戦しても?」
「別にいいよ~。ゆっくりしてってね~」
天城とオルフェーヴルはジェンティルドンナへと視線を戻す。表情こそ見えないが……その走りには余裕が見えた。内側を陣取り、機会を窺っている。
思わず舌を巻く天城。そして、改めて思い知らされる。
(やっぱり、聖君が育てるウマ娘は段違いだ)
「これが彼の狙いなのか、それともジェンティルドンナが勝手にやっていることなのか……でも、彼は気づいてそうだな」
「ハッ、これしきの事に気づけぬ凡庸なトレーナーでもあるまい。奴の指示である可能性もあるしな」
ジェンティルドンナのトレーナーである高村に高い評価を下す2人だった。そして、2人はすでに確信する。このレースの勝者は──ジェンティルドンナで揺らがない、と。
第3コーナーを走るヴィルシーナは言いようのない感情に襲われていた。その原因は、自分の後ろを走るジェンティルドンナの存在である。
(……不気味なほど静か。確かに抜け出しのタイミングを窺ってるみたいだけど)
(彼女が何を考えているのか分からない……でも、やるべきことは明確よヴィルシーナ)
「このレースを勝つだけ。たったそれだけのこと!」
第4コーナーに入る。ヴィルシーナは最後の直線に向けて前との差を詰めにかかった。
「ッフ!」
ヴィルシーナの動き出しに悠々とついていくジェンティルドンナ。プレッシャーは微弱とはいえ、否応なしに意識させられる。
《第4コーナーを回るウマ娘、ヴィルシーナがインディゴシュシュとの差を詰めてきた!ジェンティルドンナもその後ろに続く!インディゴシュシュも負けじと粘ります!》
《後続も上がってきましたね。そろそろ終盤、良い位置をキープしたいところです!》
《依然先頭はエレクトリファイド!レースがさらに動きます桜花賞!》
インディゴシュシュとの差はどんどん縮まっている。後は躱してエレクトリファイドを抜くだけ。そうすれば先頭だ。
(内は、ちょっと厳しいわね。なら、外から……ッ!?)
内のスペースはウマ娘一人分あるかないか。躱すには少し厳しい。だからと外へと進路を取るヴィルシーナだが、驚愕の光景を目にする。
(ジェン、ティル……っ!)
もう間もなく最後の直線へと入る段階。半バ身後ろにいたはずのジェンティルドンナが、いつの間にか自分に並んでいて。
「──邪魔でしてよ」
「……はっ!?」
ヴィルシーナも慌てて追いかけた。しかし、最内はすでに閉じられており、外から躱すことを余儀なくされる。
(何やってるのよ私!レース中に呆けている暇なんて……!)
自戒するヴィルシーナだがまだレース中。反省は後にして、今はジェンティルドンナに追いつくことだけを考えていた。
《さぁ最後の直線に入ります!一気に固まるウマ娘達!だがここで最内からジェンティルドンナジェンティルドンナ!ジェンティルドンナが突っ込んできた!インディゴシュシュとヴィルシーナをあっという間に抜き去ってエレクトリファイドに襲い掛かる!必死に粘るエレクトリファイド、しかしジェンティルドンナ速い!エレクトリファイドも簡単に抜き去った!》
《最内、一瞬空いた隙を見逃しませんでしたね。これはお見事ですっ!》
《ジェンティルドンナ先頭、ジェンティルドンナ先頭だ!後ろからはヴィルシーナも慌てて上がってきている!他のウマ娘も突っ込んできているぞ!ここから最後の戦いが始まる!》
インディゴシュシュを躱してエレクトリファイドに追いつき。そしてエレクトリファイドも残り200mで躱した。後は前を走るジェンティルドンナだけ。その差は──2バ身程。
(まだ追いつけない距離じゃない!)
「逃がさない!女王に相応しいのは……この私よっ!」
ヴィルシーナは全力で駆け抜ける。今自分が出せる力を振り絞ってジェンティルドンナとの差を詰めにかかる。
これまでたくさんの努力を重ねた。実力にだって自信がある。確かにジェンティルドンナは圧倒的な強者。けれど自分もそれに追いつけるだけの強さを、トゥインクル・シリーズの先輩であるニシノフラワー達に貰った。追いつけるはずだ、勝てるはずだと己を鼓舞する。
しかし──差は開く一方。ジェンティルドンナは悠々と駆け抜け、こちらのことなど見えていないとばかりに駆け抜ける。
(なんで……なんで……っ!)
心が折れかける。前へと足を運ぶたびに、ジェンティルドンナとの差は開いていく。それでも負けるわけにはいかないと、折れるわけにはいかないと。
(嫌よっ!私は勝つって決めたの!私のためにも、みなさんのためにも、トレーナーくんのためにも!)
「ハァァァァァッ!」
後続との差をさらに広げるヴィルシーナ。すでに前2人と3番手以下はかなりの差が開いている。
だが、それでも──ジェンティルドンナの影を踏むことすら許されなかった。
《ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナだ!桜の冠を戴いたのは貴婦人、ジェンティルドンナァァァァ!ヴィルシーナの猛追を気にも留めない圧巻の走り!見事阪神の舞台を優雅に駆け抜けたぁぁぁ!圧巻の5バ身差勝利!これでまずは1つ目、まずは1つ目だジェンティルドンナ!樫の舞台ではどのような走りを見せてくれるのか?今から非常に楽しみです!》
はえ~すっごい……。