「一つ、遊びをせぬか?皇帝よ」
レースが第4コーナーに入る前、オルフェーヴルはシンボリルドルフへそう問いかけた。訝しむシンボリルドルフに対し、オルフェーヴルは毅然とした態度で答えを待つ。
何が狙いなのか。意図を探るために口を開くシンボリルドルフ。
「遊び、だと?」
「そうだ。事は単純……1着が2着にどれだけの差をつけるか?といったものだ」
「1着が2着に~?なにそれ?」
口を挟むトウカイテイオーだが、オルフェーヴルは愉快そうに笑うだけ。むしろお前も参加する気はあるか?と目線で問いかける。
「姉上も、遊びに興じる気はないか?……まぁ、余の勝利は決定的だが」
「へぇ。オルがそこまで言うなんてね……いいよ。私は乗ろうじゃないか」
「決まりだな。朝霞は強制だ「私には拒否権すらないの!?」黙れ。して、皇帝に帝王よ……貴様らはどうする?」
オルフェーヴルをジッと睨むシンボリルドルフだが、オルフェーヴルは意に介さない。やがて1つ溜息を吐いた後。
「……いいだろう。君の遊びに乗ってあげようじゃないか」
「ボクもボクも!なんか面白そうだし!」
参加することを決めた。きっと、この遊びの中に自分のトレーナーである天城が感じたジェンティルドンナの違和感とオルフェーヴルが言う気づきがある。そう思ったからだ。
「決まりだな。では、先に誰が「ボクボク!ボクが予想するよ!」ほう、ではどれだけの差がつくと予想する?帝王よ」
「……ジェンティルドンナの8バ身差勝ち。ボクはそう予想するよ」
自信たっぷりにそう答えるトウカイテイオー。続けて理由を述べた。
「ヴィルシーナは確かに強いね。でも、ジェンティルドンナはもっと強い。2人の実力を並べた時、どれくらいの差があるか?って言われたら……これぐらいの差はある。もしかしたらもっとね」
「ほう。帝王はそう予想するか……では、次は?」
「私がいくよ、オル」
手を挙げるドリームジャーニー。彼女は。
「とはいっても、テイオーさんと近いですがね。私は9バ身差と予想しましょうか。理由は同じですよ」
「姉上は9バ身……朝霞、貴様はどうだ?」
「え~と、え~っとぉ……じゅ、11バ身!大差で勝つって予想!」
9バ身差でジェンティルドンナが勝つと予想。朝霞トレーナーは大差勝ちを予想した。残すところは後1人。
「して、皇帝よ。貴様はどう予想する?どれだけの差をつけると思う?」
「……」
「早くせぬと幕が下りるぞ?」
急かすオルフェーヴル。だがシンボリルドルフは必死に考え込んでいた。
(オルフェーヴルは自分の勝利が決定的だといっていた。それはつまり、これまでの中に答えを確証するだけのヒントがある。彼女には分かっている……それこそが、トレーナー君の言う違和感の正体だと)
勝利を断言したオルフェーヴル。彼女にはこのレースが何バ身差で勝つのかすでに分かっているのだろう。そしてそれこそが──ジェンティルドンナがやってのけているとんでもないことの正体。
シンボリルドルフは頭の中から情報を引っ張り出す。ジェンティルドンナのレーススタイル、現在の状況、出走者達との実力差、コースの状態、全てを総合し……
「ッ!ま、待て……まさか……!?」
彼女も気づいた。この勝負の答えは
(もし、今頭に浮かんだことをやっているのだとしたら……!)
ジェンティルドンナの実力は、あの場で頭1つ抜けているどころではない。途方もない実力を身につけていると分かる。
驚いた表情で固まるシンボリルドルフを見て、オルフェーヴルは笑った。お前も気づいたか、と。そして、シンボリルドルフが口を開いたのと同時、オルフェーヴルと天城も口を開く。
「「「5バ身差」」」
「え?3人とも同じ?」
「……さて、結果がどうなるか、見ものですね」
「え、え?」
戸惑う朝霞だったが、トウカイテイオーとドリームジャーニーは3人の答えが一緒になるなんてありえない。きっと意味があるはずだと考える。しかし、答えを待たずして……決着の時がやってきた。
勝負の結果は。
《ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナだ!桜の冠を戴いたのは貴婦人、ジェンティルドンナァァァァ!ヴィルシーナの猛追を気にも留めない圧巻の走り!見事阪神の舞台を優雅に駆け抜けたぁぁぁ!圧巻の5バ身差勝利!これでまずは1つ目、まずは1つ目だジェンティルドンナ!樫の舞台ではどのような走りを見せてくれるのか?今から非常に楽しみです!》
ジェンティルドンナの5バ身差勝利。オルフェーヴル達の予想が当たったことになる。外したトウカイテイオー達は口を開けて驚いていた。
「え、え?な、なんで3人とも分かったの!?」
「これは……驚きましたね」
「で、でも~?偶然じゃないの~?」
苦し紛れに口にする朝霞だったが、その言葉はドリームジャーニーに一刀両断される。
「トレーナーさんも分かっているでしょう?1人ならばともかく、3人も正解したとなると偶然では片づけられません。必ずそこに理由があるはずです」
「う゛っ。ま、まぁ3人ともみょ~に確信的だったし……実際どういうわけなの?なんで分かったの?」
「これまでのレースだよ」
朝霞の言葉に、天城が即答する。どうして5バ身差で勝つことが分かったか?そのからくりは──これまでのレースにあると。
「これは偶然なんかじゃない……ジェンティルドンナは、
「……え?マジで言ってる?」
「本当だよ、テイオー。彼女のレースを思い出してごらん?」
「ホープフルはまぁ良いだろう。だが、メイクデビューにシンザン記念……他に有力候補のいなかった舞台で、貴婦人めは5バ身差で勝利した。もっと差がついてもおかしくないだろうにな」
天城達の口から告げられる衝撃の言葉にトウカイテイオーは大口を開けて固まる。朝霞はなにがなんだか分かっていない様子だった。
「彼女は狙って5バ身差を引き出している。俺はオルフェーヴルの言葉で確信を得た」
「余はシンザン記念で確証に至った。全く、愉快なことをする女だ」
「……これまでのこと、トレーナー君達の言葉を思い出して、私も答えに辿り着いた。全く、とんでもないウマ娘だ」
彼らの視線の先では、観客席に向かって優雅にお辞儀するジェンティルドンナが見える。疲れを感じさせない、余裕の勝利といった様子だ。
だが、トウカイテイオーは新たな疑問が生まれた。それは、狙った着差で勝つ理由だ。
「で、でも。どうして5バ身差で狙って勝ってるの?確かジェンティルドンナって、強さを示したいんだよね?だったら大きく差を広げる方が良くない?」
「……事がそう単純ならばな。しかし、冷静に考えてみよ、帝王」
「大差で勝つよりも、狙ったバ身差で勝つ方……どっちがより衝撃的かっていわれたら、俺は後者って答える。求められるものが段違いだからな」
「なにより、彼女の所属するチームにはサクラバクシンオーとアグネスタキオンがいる。普通の勝利では、彼女の望むものは得られないだろう」
「いや、にしたってさ……おっそろしいなぁ、聖君が育てる子……」
朝霞はさっきから驚きっぱなしだ。ジェンティルドンナの総合力の高さに度肝を抜かれている。
「フフ、やっぱり彼が育てるウマ娘は規格外だね」
「奴ならばやってのけるだろうよ」
高村の手腕を褒め称えるドリームジャーニー達をよそに、天城がふと視線を落とすと──高村聖の姿が偶然視界に入った。その時丁度、彼も後ろを向いていたのか一瞬だけ視線が交錯する。
真意を感じ取れない、生気のない瞳。思わず身震いするほどの圧を感じ、天城は……賞賛する。
(やっぱり、君は凄いな)
ジェンティルドンナは手を抜いていない。これは、今後のための試金石だろう。トレーニングに負荷をかけるのと同じ理由。より勝利の条件を難しくすることで、更なる進化を促す。結果として、ジェンティルドンナはこの桜花賞で突き抜けた実力を誇っていた。
今後も彼女は成長する。その時どれほどの実力を持っているのか……楽しみな天城だった。
◇
……なんか、天城さんと視線があったような気がするけど。
(観に来てたんだ、天城さん)
敵情視察だろうか?勤勉な人だ。
こっちではバクシンオーとキタサンが大盛り上がりだ。ジェンティルの勝利を凄く喜んでいる。タキオンとドゥラは控えめに拍手を、タルマエは闘志を燃やしていた。タルマエは来週皐月賞を控えている。勝たせられるように頑張らないとね。
(そして、今回
実はこのレース、というよりは今までのレース全てにジェンティルが決めた勝利条件がある。それが、レースにきっちり5バ身差で勝利するというもの。狙ったバ身差で勝つというものだ。
別に舐めプとかそういうわけじゃない。強者と証明するにはどうしたらいいか?を考えた時に2人で決めたことだ。
(大差をつけて勝つよりも、狙ったバ身差で勝つ方が遥かに難しい。観客がこれに気づいた時、ジェンティルの勝利は……)
「さらに跳ね上がる、ってことか」
それにしたって、本当にこれまで5バ身差で勝つんだからジェンティルの強さがうかがえる。ま、桜花賞では誰よりも突出していたんだけど。
ヴィルシーナ
適性:芝A ダートG
距離:短C マA 中A 長G
脚質:逃げA 先行A 差しE 追い込みG
スピード:B 602
スタミナ:C 477
パワー :C+ 547
根性 :C 462
賢さ :C+ 536
ジェンティルドンナ
適性:芝A ダートC
距離:短B マA 中A 長A
脚質:逃げE 先行A 差しA 追い込みD
スピード:A+ 911
スタミナ:C+ 579
パワー :B 672
根性 :C+ 536
賢さ :B+ 752
これでまた一つ、ジェンティルを強者たらしめることができた。もっとも、これ自体世間が気づかないとどうにも分かりづらいんだけど。
(……ま、桜花賞かそれともオークスか。どっちかで気づくことになる)
ジェンティルは公表する気はないらしい。曰く、勝利の価値を気づかせるのもまた強者の務め、だとか。
さて、そろそろジェンティルの控室に向かうとしよう。
「それじゃあ行ってくるよ」
「はいッ!行ってらっしゃいトレーナーさんッ!」
ウィナーズサークルのインタビューどうしよう?とか考えながら歩いていった。
そして控室。
「お疲れ様、ジェンティル」
「……もっと他に言葉はないのかしら?」
労ったら鋭い目で睨まれた。何故?他に、他に……。
「いつも通りのレース運び、今回も無事に勝てたね」
「貴方には淑女の扱い方について教え込む必要がありそうね」
うん、まだダメってことか。
「おめでとう。僕も嬉しいよ。この調子で頑張っていこうか」
「……ま、良いですわ。今日のところはこのくらいにしておいて差し上げます」
どうにか許された、ってところか。一安心だね。ちょっと機嫌良さそうに耳が動いてるし。
「桜花賞は勝てた。次はオークスだね」
「抜かりはありませんわ。それにしても……歯ごたえがありませんこと。もっともっと私に歯向かってくれないと困りますわね」
どうもジェンティルは消化不良気味らしい。あまり満足のいくレースじゃなかったか。
「ま、ヴィルシーナさんがどこまで成長するか……最後も私を睨みつけていましたわ。かわいらしいこと」
「彼女が強くなれば、君のティアラもさらに輝きを増す、かな?」
「そういうことですわ。ファンの皆様におかれましても、早急に気づいてほしいわね」
多分だけど、5バ身差勝利のことなんだろう。それもまぁ時間の問題だろう。
「この後か、もしくはオークスで気づくと思うよ。君の勝利に」
「だと良いですわね。ライブ後はマッサージ、お願いしますわ」
「……タキオンもだけど、僕がやる意味ある?専門の人の方が「私は貴方に頼んでいるのです。それ以上の理由は不要よ」……別にいいけど」
マッサージの勉強、もっとしておくか。施術の人に聞いておかないと。
こうして桜花賞は終わった。結果はジェンティルの5バ身差勝利。次は──タルマエの皐月賞だ。
君らすぐトレーナーにマッサージさせようとするじゃん。