桜花賞から1週間。中山レース場にて次のクラシック──皐月賞が開催される。多くのファンがレース場に詰め寄り、レースが始まる時を心待ちにしていた。
今回の皐月賞は桜花賞とは違い、評価が二分されている。
「やっぱゴールドシップじゃないか?後方からの追い込み、ありゃ痺れる勝ち方だって!」
「ゴールドシップ優勢なのは変わらないよな~。ホープフルは残念だったけど、共同通信杯は圧勝だったし」
「ま、ゴールドシップだよな」
1人はゴールドシップ。現在5戦4勝とクラシックの大本命に推されている。負けたのは桜花賞ウマ娘ジェンティルドンナを相手にしたホープフルステークスのみ、前走である共同通信杯でその負けを払拭するように圧勝したことから1番人気に推される。
二分されているもう1人。こちらは
「ホッコータルマエなぁ……なんかやりそうな気がするんだよな」
「実際これで勝ったらえらいことだからな。両刀ってだけでも珍しいし」
「あのトレーナーならやりかねん。タルマエが皐月賞を取る可能性も十二分にある」
ホッコータルマエ。本来ならばダートを主戦場に走っているウマ娘であり、前走は全日本ジュニア優駿とダートのレースだった。これまでの3戦全てがダートであり、無類の強さを誇っていた彼女が芝の皐月賞に出走する。ダートしか走っていないので2番人気だが。いや、それで2番人気なのは相当ヤバいが。
皐月賞はこの2人に焦点が当てられている。そんな皐月賞のバ場は──稍重開催。さらには内側のバ場は荒れており、道悪だった。
トレーナーである天城は今回の皐月賞も見学に来ていた。前回と同様にシンボリルドルフとトウカイテイオーがついてきているが、今回はさらに1人……マンハッタンカフェがついてきている。
「カフェが来るなんて珍しいね?あんまり来ないと思ってたのに」
「……まぁ、たまの気分転換には、良いかと思って」
トウカイテイオーの言葉にそう返すマンハッタンカフェ。ただ、狙いはもう一つあった。
「……ねぇ、教えてくれないの?どうして、高村トレーナーが、気に入っているのか?」
彼女は虚空に話しかける。そこにいるのは……カフェによく似たナニカ。普通の人には見えない、幽霊のようなものである。マンハッタンカフェはお友だちと呼称しており、天城達は慣れているのか特に反応はしなかった。
カフェのお友だちは、高村聖というトレーナーをいたく気に入っていた。発見すれば即座に飛びつき、彼にまとわりつくように漂い始める。彼という個人を気に入っているようで、これほどの反応を示すのは珍しい。だから気になった。どうしてお友だちは高村聖を気に入っているのか?
お友だちは宙に漂っている。カフェの質問には。
“ニテル!ニテル!”
「似てるって……目が?」
“
簡潔に答えるだけだった。教える気はないのかそれ以上のことは語らず。1つ溜息を吐いて、カフェは考え込む。
(お友だちは、高村トレーナーを気に入っている。高村トレーナーは仲間意識を持たれているだけ、と思っているみたいですが……絶対に、それだけじゃない)
他の理由もあるはずだと感じる。ただ、どれだけ考えてもこれだという答えは出ず。
「あ、カフェ!みんな出てきたよ!」
トウカイテイオーの言葉で現実に引き戻され、レースに集中することにした。
ターフの上ではゴールドシップとホッコータルマエが対峙している。両雄のにらみ合い……というよりは。
「やいやいタルマエちゃんよぉ!随分ステーキなことしてくれるじゃねぇか!」
因縁をつけているゴールドシップの怒りと。
「え、え?何のお話ですか?」
何が何だか分からないホッコータルマエの戸惑いだ。ライバルがバチバチしているようなアレでは断じてない。
よく分かっていないタルマエだが、それで止まるゴールドシップではない。自らが受けた理不尽な仕打ちを糾弾している。
「忘れもしねぇ……!貴婦人にイタ飯にされたゴルシちゃんは、今度は樽前に出荷されるんだからよ……!」
「あの、本当に何の話……」
「おとぼけブロッサムしようがそうはいかねぇぞタルマエ!ゴルシちゃんはこんな嫌がらせに屈さねぇんだからな!」
彼女の言う嫌がらせとは、ホッコータルマエの皐月賞出走のことだ。彼女はゴールドシップがホープフルステークスで負けた相手、ジェンティルドンナと同じチームであることから、自分を狙った刺客としてこのレースに送り込まれたと思い込んでいる……まぁ、タルマエの良く分かっていない反応からも察せる通り、この出走自体別に嫌がらせでも何でもない。ただ苫小牧アピールになればと、ホッコータルマエが出走を決めただけのことだ。
身に覚えのないことを言われて焦るタルマエ。それでもゴールドシップは止まらない。
「い、嫌がらせ!?そんなことするわけないじゃないですか!?」
「覚えとけよタルマエ!立派なマグロになるのはこのアタシだ!」
「何言ってんですか!」
なお、これを聞いているファンも良く分かっていない。まぁゴルシだし、で済ませていた。
《皐月賞の両雄がにらみ合います、中山レース場!芝2000m、バ場の状態は稍重の発表。晴れの影響もあって、バ場は少しずつ良くなってきましたね》
《そうですね。2つ前のレースまでは重バ場の発表でしたが、バ場の回復が思った以上に早かったです。少しだけ負担は軽くなりましたよ》
《それでも稍重の発表。また内側のバ場もレースの影響で荒れております。果たして皐月の冠を手にするのはどのウマ娘か?期待が膨らむところです!》
話は済んだとばかりにゴールドシップは去っていくが。
「本当に何なんですか!もう!」
ホッコータルマエからすればよく分からない因縁をつけられて勝手に去られたので訳が分からなかった。ぶつくさと文句を言いながらもゲートへと向かう。
言いたいだけ言って去ったゴールドシップだが、心の中では警戒を強めていた。
(やっべーなぁ……ありゃ、普通に
タルマエへの警戒度を上げている。生半可なレースをしようものなら間違いなく負ける、ダートが主戦場だとか関係ない、芝だろうが問題なく走ってくる……ゴールドシップの直感が働いていた。
(ここに出走してきたのも別に嫌がらせでもなんでもねー。いや、知ってはいたけどな……けど、
このレースにおいて一番に警戒すべきはホッコータルマエ。そう頭に刻み込んだ。
「アタシも負けるわけにはいかねー。勝ちたい相手ってのがいるからな」
ゴールドシップもゲートへと向かう。発走の時が近づいていた。
順調に枠入りが進み、レース場にファンファーレが鳴り響く。観客の喧騒も収まってきていた。
《ゲートインは順調に進んでいきます。今回注目を集めているのは、やはりダートウマ娘ホッコータルマエの出走でしょう》
《前走は全日本ジュニア優駿。同世代のダートウマ娘相手に6バ身差の圧勝を叩きこみました。芝での実績は皆無の彼女、ですがトレーナーの腕も見込まれての2番人気です!》
《しかし1番人気は譲れない、ゴールドシップ!共同通信杯では後方からの追込一気で勝利を掴みました。クラシック三冠の挑戦権を得るのはどのウマ娘になるのか?最後のウマ娘がゲートに収まります》
静まり返った中山レース場。風の音だけが聞こえる、そんな状況の中で──ゲートの音が鳴り響いた。瞬間、ウマ娘達が大地を轟かせて疾走する。
《全ウマ娘がゲートに収まってっ、スタートしました!皐月賞が始まりました!揃って綺麗なスタート、まずハナを掴むのはどのウマ娘か?熾烈な先行争いが始まろうとしています!》
皐月賞、開幕。
◇
皐月賞が始まった。タルマエは……うん、前目の位置、4番手につけている。いつも通りだ。ゴールドシップの方へと視線を送るけど、向こうもいつも通り最後方に近い位置。それぞれがつけたい位置につけることができたね。
隣ではバクシンオーとキタサンがいつも通りの声で応援しているし、他の3人はレースをじっくりと観察している。
《第2コーナーを回って向こう正面へ入ります。16人のウマ娘が一斉に向こう正面へ。先頭を走るのはジャラジャラ、競りかけるようにシルトパットこの2人の争い。2バ身程遅れた位置にっ、この位置に先行集団だ。注目のウマ娘ホッコータルマエはここにいます、現在4番手。3番手はイミディエイト、5番手ウィズカスパールとカルテットアコード。バ群は縦長の展開ですね》
《そうですね。ただ、内を走るウマ娘はやはり少ないでしょうか?誰もが最内を避けて通っています。ただ、ホッコータルマエだけは最内を走っていますね》
《ただ1人荒れた最内のバ場を走るホッコータルマエ。これが後にどう影響するか?1番人気ゴールドシップは最後方に控えている。向こう正面に入った16人、ペースが落ち着いてっ!?い、いや!先頭の2人はお構いなしにガンガンペースを上げていきます!後続を突き放しにかかっている!ジャラジャラとシルトパットが大きく差を広げようとしている!》
……まさかの大逃げか。でも、タルマエはつられることなくペースを守っている。他は少しずつペースを上げ始めたね。どんどん番手を下げていってるけど。
(バ場の状態を考えるに、あのペースだと自滅だ。他の先行勢も、最後には落ちてくるだろう)
懸念点はゴールドシップだけど、追込脚質の彼女を封じ込める作戦も考えてある。タルマエなら問題なく実行してくれるはずだ。
「……頑張れ、タルマエ」
思わず呟く。彼女の勝利を信じて、応援の言葉を。
◇
ホッコータルマエは最内の経済コースを軽やかに走っていた。芝を走るウマ娘達は荒れたバ場を嫌い避けて通っているが、ダートを主戦とする彼女からしたら、こっちの方が走りやすいのだろう。
(雨の影響で荒れたバ場。凸凹してるけど……こっちの方が走りやすい)
ダートに近い状態のためかタルマエは問題なく上がってこれている。スタミナもしっかりとキープしており、後は前との差を詰める段階に入ってきた。
タルマエは現在8番手。彼女の意識は、前のウマ娘よりも後ろのウマ娘に向けられている。
(後方から捲るためには大外を経由する必要がある。ゴルシさんでもこの最内を走るのは至難の業だから)
彼女が警戒しているのはゴールドシップ。後方からの捲りを得意とするウマ娘で、本レースの1番人気。この皐月賞で最大の障害となる相手だ。タルマエは、ゴールドシップが追込を決めるにはロスの激しい大外を回らなければならない、そう考えるが。
(ゴルシさんって破天荒だからなぁ。想像もつかないようなことをしてくる可能性がある)
ゴールドシップの性格を考えると、意表を突くような作戦で来るだろう、と予想し、警戒を強めておくに越したことはないと前を向いて走る。第3コーナーから第4コーナーへ。最後の直線に向けて、ペースが速まってきた。
冷静にレースを運ぶタルマエとは対称的に、ゴールドシップは焦っていた。外へと視線を移しては舌打ちをし、今置かれている状況に悪態をつく。
(あたりめーだけど、大外で捲れねぇ!全員芝が残っている外側を走ってやがる!)
前を走るウマ娘は
(普通に芝走れんじゃねーかよ、鮭かオメーは!)
よく分からない悪態をつくが、状況が好転するはずもなく。迷っている間にもレースは進んでいく。
(どうする……トレピッピのためにも負けるわけにゃいかねぇ。でもルートなんてもう残って……っ)
どこが最良のルートか?どこを通ればタルマエに追いつけるか?悩みに悩むゴールドシップだが……
「んだよ……残ってんじゃねーか……ゴルシちゃんのルートがよォ!」
ゴールドシップは内へと舵を取る。黄金の不沈艦が、最後方から進出を開始した──ホッコータルマエだけが通っている最内の経済ルートを。
《第4コーナーに入ります。後続に差をつけて走るジャラジャラとシルトパット、しかしその脚色は少し鈍っているか?3番手イミディエイト、4番手ウィズカスパール。先頭2人から3バ身程離れた位置にいます。ホッコータルマエは先頭から7バ身離れて現在8番手!縦に長くなっていたバ群が最後の直線が近づくにつれてどんどん縮まってきています。それでも先頭2人が逃げ粘る!》
《ですが稍重となったバ場で少し無理をし過ぎましたね。明らかに脚色が鈍っています。追いつかれるのも時間の問題かもしれません》
《最後方ゴールドシップはっ!?ご、ゴールドシップが後方から上がってきた!ゴールドシップが上がってくる!どんどん捲ってくるぞゴールドシップ!不沈艦が後方から凄まじい勢いで上がって来たぁ!》
ゴールドシップのルート取りに観客は戸惑う。誰も通らない、通るのはダートウマ娘のホッコータルマエのみという限られたルート。最内の経済コースを捲って上がるゴールドシップの姿に驚きの声を上げていた。
「ハァ!?あの荒れた内側を!?」
「い、いけんのかよ!やれるのか!?」
「……頑張れー!ゴールドシップー!」
だが、関係ない。観客にできることは声援を送ることだけ。彼女が勝てるようにと、ゴールドシップのファンはありったけの声援を送る。
ゴールドシップのトレーナーとメジロマックイーンも、ゴールドシップの勝利を願い応援の声を飛ばす。
「頑張るんだ、シップ!負けるな!」
「頑張ってくださいまし!貴方の努力は、私達が誰よりも知っていますわ!」
ゴールドシップがどんどん捲って上がってくる。前へ進む度に、ゴールドシップへの歓声は大きくなる。ホッコータルマエは後ろへと視線を送り……すぐに前を向いた。
ゴールドシップ
適性:芝A ダートG
距離:短C マC 中A 長A
脚質:逃げG 先行B 差しB 追い込みA
スピード:B+ 768
スタミナ:B 672
パワー :B 698
根性 :C+ 597
賢さ :C+ 501
ホッコータルマエ
適性:芝A ダートA
距離:短C マA 中A 長B
脚質:逃げA 先行A 差しG 追い込みG
スピード:A 825
スタミナ:C+ 593
パワー :B+ 724
根性 :C+ 541
賢さ :B 635