ホープフルステークスでジェンティルドンナに負けて以降、ゴールドシップはさらにトレーニングを増やしていた。真面目に取り組み、片時も休むことなく続ける。トレーナーも思わず舌を巻き、気圧されるほどのオーラを感じる。
(ジェンティルドンナに負けたのがよっぽど悔しかったんだろう。普段の破天荒さは鳴りを潜め、終始真面目に取り組んでいる)
「ゴールドシップさん!まだまだ行きますわよ!」
「おーよ!アタシと一緒に、お笑いの天下を獲ろうぜマックちゃん!」
「獲るのはクラシックの冠にしてくださいまし!」
「……真面目、だよな?」
メジロマックイーンから技術を盗み、また自分と同じ追込ウマ娘の技も観察する。
「アタシを参考に?いいよ、なんだか面白そうだし」
「……見返り。タダで手を貸すのも癪だから、今度別の形で返して」
「マックイーンさまの頼みなら、断れませんわ~。わたくしも手を貸しましょう~」
ミスターシービーにナリタタイシン、マックイーンの伝手でメジロブライトに協力してもらい、打倒ジェンティルドンナに向けて努力を重ねてきた。それこそ、他のウマ娘の倍近い量を。
時には下を向くこともあった。そんな時ゴールドシップの脳裏によぎるのはホープフルステークスの光景。自分の前を悠々と走り、本気を出さないままに駆け抜けたジェンティルドンナの姿。
「……もう一本走っか」
再び戦う時は本気を出させる、そう誓って。
◇
誰もいない最内を走るゴールドシップ。どんどん捲って上がるが、彼女の表情には焦りが見える。
(やっべぇ……!このままじゃ躱せるかどうか怪しいぞッ!)
2着に入るには申し分ないスピード。だが、それではダメだ。先頭を走るホッコータルマエに追いつけはしても躱すことはできない。最内を走りながらもゴールドシップは直感する。
見事なコーナリングで上がって行くゴールドシップ。それはホッコータルマエも同じ。ほぼミスなくコーナーを曲がっていた。ホッコータルマエの走る姿に、ゴールドシップは焦りを募らせる。
相手のミスを期待するのは
(ごちゃごちゃ考えている暇はねぇな、こりゃ……何をするのが正解だとか、こうすりゃ追いつけるとか、考える必要はねぇ。そもそも!)
「こんなのアタシじゃねー!アタシはゴールドシップ……自由に走って自由に勝つ!それがアタシの生きざまだぁぁぁぁい!」
よく分からないことを叫んで、ゴールドシップは──さらに内へと切り込む。内ラチのギリギリ、ラチに当たりそうになってもお構いなしに加速していく。
《ゴールドシップが内から猛烈な勢いで上がって行く!凄まじい勢いだゴールドシップ!猛然と上がって行くぞ!先頭はホッコータルマエに変わった!ホッコータルマエが先頭だ!最内の経済コースを駆け抜けるホッコータルマエ!そして今ッ!ホッコータルマエが先頭で最後の直線に入りました!中山の直線は短いぞ、ここからどうするか!?》
自由に走ることを決めたゴールドシップ。瞬間──彼女の中で
(っ!?うぉっとぉ?コレってもしかして、ゴルシちゃんスーパーパワーに目覚めちゃった感じか!?)
「しゃらくせぇ!待ってろよ鮭ぇ!このメバチマグロがオメーを追い抜いてやらぁ!」
ゴールドシップのスピードが、
「ゴールドシップさん……あなた、領域にっ!?」
「ほう?彼女もまた、踏み入れたか」
「凄い脚ですね~!勿論、この学級委員長の方が速いですがッ!」
領域に足を踏み入れたゴールドシップ。けれどもトレーナーの思いは、変わらない。
「……っ、いけー!シップー!絶対に勝つんだー!」
声を張り上げて声援を送る。勝負は最後の直線に持ち込まれた。
先頭を走るホッコータルマエは、ゴールドシップの圧が強くなったのを肌で感じる。
(この圧には覚えがある……バクシンオーさんやタキオンさんが使っている、領域)
後ろから今まで以上の勢いで上がってくる。領域に入ったゴールドシップの末脚は恐ろしいものだろう……
(けど、これもまた
ホッコータルマエ達は、ゴールドシップが領域に入ることすらも計算して作戦を決めていた。
(外を回らないのも想定の内。内の荒れたバ場を通るのも想定済み。そして……この土壇場で、領域に入ることも想定済み。だからこそ、
最後の直線に入った段階で、ホッコータルマエとゴールドシップの差は5バ身あるかないか。この差を縮めることはできても自分を追い抜くことはできない、それがホッコータルマエと高村の出した結論だ。
ホッコータルマエはスタミナ十分、ゴールまで走るには問題がない。いくらゴールドシップが速くても、余力をまだ残しているホッコータルマエを躱すことができない。加えて、芝を走りたい彼女はいずれ最内を捨てて外へと回るだろう。ホッコータルマエまで来れば丁度いい具合に外が空いており、ゴールドシップは外へと向かうはずだ。その分ロスが生じる。
これもまた作戦の内。荒れたバ場よりもまともなバ場を走りたいから外に回る。仮に外を回らなくても余力を残している。スピードはほぼ互角。そして。
《ホッコータルマエが先頭だ!ゴールドシップこの4バ身差をひっくり返せるか!?まもなく200のハロン棒を通過します!先頭はホッコータルマエ!ダートのウマ娘が先頭を走っている!》
「……」
ゴールドシップの行動は、高村とホッコータルマエにとって想定の範囲内に収まっている。勝利は確定的だ。
……ただ1つ、
「オラオラオラァ!待ちやがれ樽前鮭ぇぇぇぇ!」
「──えっ?」
「っ!?う、そ」
ゴールドシップの上がってくるスピードが、
《ゴールドシップ猛追!ゴールドシップ怒涛の追い上げ!ゴールドシップがみるみる差を詰めていく!ホッコータルマエとの差を3バ身、2バ身!さらに詰める!ホッコータルマエ必死に粘る!粘るがこれはどうか!?他のウマ娘も上がってくる!残り200を切った!さぁこれはどっちに転ぶか分からなくなってきたぞ!ゴールドシップが最内を上がって行くぅ!》
「逃がすかってんだよ!ゴルシちゃんは狙った大物は逃さねぇって決めてんだっ!」
「ッ、想定以上に速い……!なんとか逃げないとッ!」
必死に脚を動かすホッコータルマエ。しかしゴールドシップの勢いは衰えない。
「っ、頑張れ!タルマエ!」
思わず身を乗り出して応援する高村。あまり見られない彼の姿に周りの観客はギョッとしているが、なりふり構っていられない様子だった。
必死に声援を送るホッコータルマエのファン。だが、現実は無情──徐々に差は縮まっていき、残り50mで並んだ。
「オラァ!このまま躱したらぁぁぁぁ!」
「負け、るっ、もんかぁぁぁ!」
2人の気合いがぶつかる。お互い体と体がぶつかりそうなほどに接近し、そんなことは気にしていないとばかりに前を向いて、ゴール板めがけて駆け抜ける。勝敗は──僅かハナ差。ハナの差で。
《ご、ゴールドシップ!ゴールドシップだ!皐月賞の激戦を制したのはゴォォォルドシップゥゥゥ!最内からの怒涛の追い上げ!まさにワープしたかのようなスピード!先頭を走るホッコータルマエを最後には捕らえ!皐月の冠を戴いたゴールドシップ!》
《第3コーナーの最初から最後まで最内を走り続けました。あの荒れたバ場で、何と凄い走りでしょうか!》
《ホッコータルマエは懸命に粘りましたが惜しくも2着!いや、これは大健闘と言えるでしょう!ゴールドシップのハナ差2着に敗れたとはいえ、これは間違いなく大健闘でした!3着は……》
ゴールドシップが皐月賞を制した。
「……う、うおおおぉぉぉ!」
「すげぇぇぇぞ、マジですげぇ!あそこから逆転すんのかよ!?」
「ゴールドシップすっげぇぇぇ!」
大歓声に包まれ、勝者を讃える声が響く中山レース場。ゴールドシップのトレーナーとメジロマックイーンも抱き合って喜んでおり、勝利を祝福していた。
レースを制したゴールドシップは荒い呼吸を繰り返している。スタミナはある方の彼女が、息を整えるのに時間がかかっていた。
(やっべぇ……薄皮一枚でなんとか勝ったって感じだ……マジギリギリだったぜ……っ)
薄氷の勝利。最後、ホッコータルマエがほんの数瞬油断しなければ、負けていたのは自分だ。だが、それでも勝ったのは自分だと、ゴールドシップは己を鼓舞する。
ホッコータルマエへ視線を向ける。彼女は……悔しそうに歯噛みしていた。血が流れそうなぐらい拳を強く握り、歯ぎしりの音が聞こえそうなぐらいに強く噛んでいる。このレースを本気で勝とうとしていたのが分かる。
(ふっつーに大健闘なんだよ。ま、それで満足するようなヤツでもないか)
ならばこそ、自分がやるべきことはただ1つ。なんとか立ち上がって、叫ぶ。
「オラァァァァ!アタシの勝利だぁぁぁ!祝え祝えオメーらぁぁぁぁ!」
「「「ゴールーシ!ゴールーシ!ゴールーシ!」」」
中山レース場はゴルシコールが響いていた。
歓声が轟く中、高村は……表情を無にして踵を返す。
「……タルマエの控室に行ってくるよ」
「っえ、あ、は、はい!行ってらっしゃいトレーナーさん!」
慌てて返事をするキタサンブラック。しかし、
「と、トレーナーさ「待ってくださいッ!」ば、バクシンオーさん?」
そんなキタサンブラックを手で制するサクラバクシンオー。彼女は、首を横に振って口を開く。
「トレーナーさんも、1人になりたい時があります。追いかけないでおきましょう」
それだけ告げて、勝者を祝福し。ホッコータルマエに労いの声をかけていた。キタサンブラックはトレーナーが去っていった方を見る。
「トレーナーさん、すっごく悔しそうだった……」
彼女の呟きは歓声にかき消される。皐月賞を制したのは──ゴールドシップ。
◇
……周りには誰もいない。タルマエの控室へと向かう道中、思わず壁を殴りそうになるけど……止めた。
(あぁ……クソ、クソ。クソ!クソッ!)
頭を掻きむしる。血が頭に上って沸騰しそうだ。そんな熱を収めるように自分の手で顔を掴み、力を込める。痛い?知ったことじゃない。どうでもいいんだ、そんなこと。
タルマエが負けてしまった。ゴールドシップの追い上げの前に、屈してしまった。
「負けた負けた負けた負けた……
僕がゴールドシップをもっと警戒しておけば。領域をもっと高く見積もっておけば。もっと完璧に封じ込める策を考えておけば!タルマエが負けることはなかった!
タルマエの悔しそうにしていた表情が頭に浮かぶ。タルマエにあんな表情をさせてしまったのは、僕だ。僕の至らなさが、彼女に敗北を与えてしまった!
「警戒が足りなかった、もっと完璧にしておくべきだった!あぁクソ……自分で自分に腹が立つ……!」
もっとこうしておけばよかった、あぁしておけばよかったというたらればが頭に浮かぶ。レースにたらればなんてものはない、こんなものは敗者の戯言だ。そんなことは分かってる。だけど思わずにはいられない。
バクシンオーの時もそうだ。もっとやりようはあったはずだ。そもそもこの事態を招いたのは自身の慢心ではないか?勝てると踏んで、これならば大丈夫と安心しきっていなかったか?だから負けたんだ。後悔ばかりが頭に浮かんできて……よし。
「……自戒はこの辺にしておこうか」
手を下ろして、冷静になった頭で振り返る。うん、幾分か声にしたことで大分マシになった。ならば、反省といこう。
今回の敗因は明確だ。ゴールドシップの領域を甘く見積もっていた……これは、僕が原因でもある。
「なぜあれほどの末脚を発揮できたのか……やっぱり、感情が領域に与える影響は測り知れないってことだ。おそらく、それだけ勝ちたいという意思が強かった」
ただでさえジェンティルの敗戦があったんだ。加えて一度しか出走のできないクラシック戦、かける思いは段違いのはず。僕は、それを見誤ったんだ。
ならば、次は修正だ。次走でゴールドシップと当たるかは分からないけれど「クハハハッ!成程成程……それが貴様の欲か」……マジかぁ。
「随分と傲慢で醜い欲だ……だが、余が赦そう」
「……君の赦しなんて必要かな?オルフェーヴル」
僕の目の前には【金色の暴君】、オルフェーヴルが立っていた。それはもう楽しそうな笑顔で。
それにしても、今の独り言は聞こえてたってことか。あの表情を見る限り。恥ずかしいな、普通に。
「ただ一度の敗北すらも許せぬとは……神にでもなったつもりか?貴様」
「別に負けることが許せないわけじゃない……誰だって、負けたら悔しいだろう?僕は神様なんかじゃないし、負ける時だってある。そりゃ悔しくてみっともなく叫ぶ時もあるさ」
「違いない。しかし安心したぞ。貴様にも悔しいという感情があるようでな」
そりゃあるよ。僕だって人間だし。
「だが、些か立ち直りが早すぎる。もっと余に貴様の醜態を見せよ」
「随分ととんでもないことを要求するね。過ぎたことをいつまでも悔やんだって仕方ない、次に活かすために改善策を考えなきゃ」
「……【一流選手はあらゆる努力をはらって速やかに立ち上がろうと努める】。貴様も、貴様が育てたウマ娘も同様か」
ダレル・ロイヤルの手紙。アメリカンフットボールの有名な話だね。
「今回は負けた。でも、次戦う時は負けない、負けさせない……それだけの話だよ」
「フン。しかし……たまの散歩も悪くない。こうして、面白いモノが見れたわけだからな」
いつまでこの話をぶり返すのか。勘弁してほしいんだけど。というかここ散歩するような場所じゃないでしょ。絶対後を尾けてきたでしょ、君。
オルフェーヴルは僕と反対方向へ歩を進める。去り際に、不敵な表情で僕を見ていた。
「精々貴婦人と共に足掻くがいい。決して届かぬ頂を目指してな」
宣言。自分は負けるつもりは毛頭ない、ってことか。
「そう。なら、頑張って自分の玉座を磨いておいて……座る時に、困るのはジェンティルだ」
「ッ!……クックック、ハーッハッハッハ!よもや、そこまで余を楽しませるか貴様ッ!あの貴婦人めにあてられたかっ!?」
さてね。かなり影響されているとは思っているよ……我ながら。
「よい、よい。貴様の無礼を余は赦そう。だが──覚えておけ」
瞬間、オルフェーヴルの圧が増す。空気がヒリついてるね。
「余の玉座は余のものだ。誰にも座らせはせぬ……故に、貴様の戯言は無意味だ」
「……そう。あぁ、忘れるところだったよ」
「?なんだ、次はどんな言葉で余を楽しめるつもりだ?」
心なしかウキウキしているようなオルフェーヴル。この言葉を忘れていたよ。
「阪神大賞典おめでとう。圧巻の勝利だったね」
「……」
何だろう、空気が冷え込んだ。うん、間違いなくこの場で言うことじゃなかったね。
「……興が削がれた。まぁよい。精々余を楽しませろ」
「うん。朝霞さんにもよろしく」
「それと──何時までのぞき見しているつもりだ?凱旋門をくぐった英傑よ」
「ッ!?」
え、他にも誰かいたの?……なんて思っていたら。
「……すいません、高村トレーナー」
〈ギャハハ!ニテル!ニテル!〉
死角からマンハッタンカフェとお友だちさんが現れた……僕の痴態を見てたな、これ。お友だちさん楽しそうに僕の周りをぐるぐるしているし。
「余は帰る。此度は中々楽しかったぞ、高村聖」
「うん、また」
今度こそ去っていったオルフェーヴル。さて、と。
向かい合う僕とマンハッタンカフェ。ただ、どことなく気まずい空気が流れていた……そんなことお構いなしにお友だちさんが僕の頭を陣取ってるけど。
「……高村トレーナーも、感情的になることが、あるんですね」
「……そりゃあね。でも、この事は内密にね」
「それは、はい。分かっています」
〈オモシロイノニー〉
そういう問題じゃないんだよお友だちさん。
この後タルマエと軽い反省会をして、ライブを観た。次こそは負けさせない、そんな思いを抱きながら。
Q.バカ切れてるじゃん A.感情的になっても良いじゃない。人間だもの。
Q.サクラバクシンオーが負けた時ここまでじゃなかった気がするけど? A.人は成長するのさ。私達が育てました(by.チーム・ミーティア一同)
Q.結構傲慢な思考してない? A.割としてる。後は自責思考なとこあるので担当ウマ娘のせいにはしない。
Q.立ち直るの早すぎだろ A.いいだろお前高村Tだぜ?
Q.他を下に見てたりするの?負けるとは思わなかったの? A.別に下には見てない。負けの可能性も考えてた。それはそれとして実際に負けたら悔しいので声に出す。