高村と別れた後、上機嫌でドリームジャーニー達の下へと戻るオルフェーヴル。彼女の頭にあるのは、先程の高村の姿だ。
普段の彼からは想像ができないほどの怒り。声を荒げ、負けたことを悔しがっている姿。
(あぁ、成程。アレが奴の欲か)
担当ウマ娘を負けさせたくない、トレーナーならば誰もが思うことであり当然の欲だ。なんら不思議なものではない。だが、相手があの高村だったことが、オルフェーヴルの興味を惹きたてた。
表情をほとんど変えない鉄面皮。終始淡々として欲を感じさせないつまらない男。従者のように付き従うだけの存在……そんな印象は、先程のやり取りで全て吹き飛んだ。
(笑うべきでないのは分かっている。しかし、奴にも欲があったということがこんなにも面白いとはな)
高村聖にも欲があった。それも、とびっきりの欲が。トレーナーなら誰もが抱くありふれた欲だが、彼の欲は──こちらが一瞬気圧されるほど強大なのが印象深かった。
(かつて姉上は奴のことを飛び方を忘れた鳥だと言っていたな。あぁ、確かにその通りだったようだ。そして、その飛び方を……)
「思い出しつつある……フン、どうせあの貴婦人めがやったのだろうな」
「なにがだい?オル。上機嫌で帰ってきたかと思えば、ジェンティルさんがどうかしたのかな?」
オルフェーヴルの呟きにドリームジャーニーが反応する。興味があるのか、オルフェーヴルの目を覗き込むようにジッと見ていた。
「何、高村聖のことだ」
「おや、高村トレーナーがどうかしたのかい?それに、羽虫から呼び方が変わっているね。なにか心境の変化があったのかな?」
「あぁ。愉快……いや、愉快ではないな。だが、とても珍しいものが見れた。そして、あの男に対する評価を上げてやらねばならんと思ってな」
笑いをかみ殺すオルフェーヴル。ドリームジャーニーは余程珍しいことがあったのだろうと推察する。
「そう。それで、なにがあったのかな?良ければ私に教えてくれるかい?」
となると、興味を引き立てられる。オルフェーヴルが目にした光景が何なのか、知りたくなった。
しかし、オルフェーヴルは拒否の意思を示す。
「いくら姉上とて、先程の光景は共有できぬ。あの男もそれを望まん故な……クックック」
「……それは残念だ。とても興味があるんだけどね」
「え~?私も聞きたかったな~」
残念そうに耳をしょんぼりさせるドリームジャーニーと朝霞トレーナーだが、オルフェーヴルの気は変わらない。朝霞達に立つよう促す。
「語る気はない。疾く準備せよ……次は余の番だ」
「そうだね。もうすぐオルの春天だ」
「わっ、わっ!?ま、待ってよ~!」
さっさと歩いていってしまったオルフェーヴルの後を慌ててついていく朝霞。一番後ろから、ドリームジャーニーは微笑ましそうに見ていた。
──そして天皇賞・春。オルフェーヴルは。
《オルフェーヴル!オルフェーヴルだ!金色の進撃は止まらない!暴君の覇道に陰りなし!オルフェーヴル圧勝!!!これが三冠ウマ娘の力だ!2着に8バ身差をつけての圧勝劇!次の舞台ではどのようなレースを見せてくれるのか!暴君オルフェーヴル!》
「──覚えておけ貴婦人。貴様にくれてやるほどこの椅子は安くない……凱旋門を制した後か、それとも前か。余の前に跪かせてやる」
領域を使わず、余力を残した状態での8バ身差勝利。圧倒的な強さでファンに示した。現トゥインクル・シリーズ最強は──オルフェーヴルだと。
◇
トレーナーさんと私の、一対一。皐月賞の反省会。
「ごめん、タルマエ。僕の見通しが甘かった……ゴールドシップの領域を、見誤ってしまった」
開口一番、トレーナーさんが頭を下げてっ!?や、やっぱり!そんな気はしてました!
「ち、違いますトレーナーさん!トレーナーさんは悪くありません!悪いのは、最後に数瞬気を抜いた私なんです!」
あの時、予想以上のスピードで上がってくるゴルシさんに驚いて判断が遅れてしまった。もっと早く仕掛ければ、動き出せば勝てたかもしれないのに……!
今回の敗因は私のせい。トレーナーさんは悪くない。
「それでも、だ。僕にも原因の一端がある。君に悔しい思いをさせてしまった……だから、ゴメン」
でも、トレーナーさんは譲らない。自分が悪いと言って憚らない。も、もう!どうしてそんなに頑固なんですか!なんとなく想像ついてましたけど!
「いいえ私です!私が「……と、まぁ」へっ?」
「押し問答になる前に、この辺で切り上げようか。どっちに原因があるかの押し付け合いなんて、なんの生産性もないからね」
さっきの申し訳なさとは違って、あっけらかんと言い放つトレーナーさん。えぇ~……切り替え早くないですか?
「とりあえず僕らがやるべきなのは、皐月賞の敗因だ。しっかりと情報を精査しよう」
「は、はい」
どこか釈然としない気持ちを抱えたまま、私とトレーナーさんの反省会が始まった。
皐月賞の敗因。とはいっても、私もトレーナーさんも同じことを考えていると思う。
「ゴルシさんの追い上げ……予想以上でした。私達の想定以上に速かった」
「そうだね。明確に挙げられる敗因は、
「速かったから驚いちゃって、そのせいで仕掛けが遅れました……」
皐月賞の敗因は、ゴルシさんの力が予想以上に上がっていたこと。これだと思う。
正直、ゴルシさんが領域に入ることまでは私達も想定していた。領域の出力をある程度予測して、これぐらいだろうって作戦を立てた。基準を作って作戦を考案、最後の直線までは上手くいってた。
けど、領域の出力が予想以上だった。想定以上のスピードで上がってくるゴルシさんを見て、私は少し戸惑ってしまった。今でも思い出せる。あの時のゴルシさんの圧は、凄かったって。
(私の中に迷いが生まれた……迷って、このままで大丈夫かな?って思っちゃって。その結果、隙が生まれた)
ゴルシさんはその隙を見逃さなかった。私との差をグングン縮めて、最後はハナだけ抜け出していった。
(本当なら、迷う場面じゃなかったのに……!少し迷っちゃったから、私はっ!)
負けてしまった。レースにたらればはない、結果だけが全て。私は……ゴルシさんに負けたんだ。
皐月賞の悪いことばかりが頭に浮かんじゃう。そんな私は、パンっ、という手拍子の音で現実に引き戻された。音の発生源は、トレーナーさん。
トレーナーさんの表情は変わらない。いつもの目と表情で、私を真っ直ぐに見ている。
「……さて。それを踏まえた上で、次をどうするか?だ」
「次、ですか」
「そう。大事なのは反省して次に活かすこと。悔やむんじゃなくて、修正して次に進む。難しいかもしれないけどね」
どこかバツが悪そうにしながら、私に問いかけるトレーナーさん。次、ですか……。
正直、難しい。この敗北は、私の中にずっと残り続けると思う。でも、トレーナーさんの言うことも正しい。だからまずは。
「……分かりました。次は修正します」
頑張ろう。今よりもっとトレーニングを積んで、次こそは勝てるように。油断しないように。
「うん、ここからまた頑張ろう。けど、くれぐれも無理はしないようにね。次は負けないようにもっとトレーニングしなきゃ、って思ってるでしょ?」
「うっ……な、なんで分かるんですか?」
み、見透かされてる?トレーナーさんって、私の心が読めたり?
「なんとなく分かるよ。タルマエは真面目だし、なんとなくそう思ってるんじゃないかって」
「うぐっ」
実際ぴたりと当てられてるから何も言えない……!
「気に障ったなら謝るよ。ゴメン」
「だ、大丈夫です!気にしていませんので!」
ち、ちょっとは気にしてますけど!
反省会も程々に、今度は私の次走についてだ。
「次のレースはどうする?ダートを走るか、芝を走るか」
トレーナーさんが質問してくるけど、正直
「芝です。それも……日本ダービー。クラシックの第2戦でお願いします」
「……ゴールドシップへのリベンジかな?」
頷く。これが私の次走だ。
ゴルシさんは間違いなく日本ダービーに出走してくる。皐月賞を勝ったんだ、出走してこないわけがない。インタビューでも三冠を狙ってるって発言してたし。
確実に相手が出走してくるなら、私は挑む。クラシック最高峰のレース……日本ダービーに!
「次は負けません……!だから、日本ダービーに出走させてください!」
「いいよ」
いつもの返事。でも、これもトレーナーさんの信頼だ。なら、それに応えないと!
「じゃあ、今度こそゴールドシップを封殺しよう。負けないようにね」
「はい!よろしくお願いします!」
こうして私の次走は決まった。日本ダービー……今度は負けない!
◇
タルマエの次走は日本ダービーに決まった。ジェンティルはオークスに出走、しっかり調整しないとね。
今はミーティアのトレーニングを終えて、自宅に帰ってきたところ。仕事用PCの電源を点ける。
「さて、まずはどうするか……その前に、メールが届いてるな」
メールが届いてるみたいだから開く……何故フランス語?この時点でちょっとアレな予感がするぞ。とはいっても、読めるから問題はない。さて、内容は……うん。
「厄介、って程でもないけど。どうして僕なんだろうか?……まぁいいか。まずは理事長に相談だな」
僕個人としては受けてもいい。でも、こういうのはちゃんと一報入れておかないといけない。後で何で教えなかったと言われないためにも。
「忙しくなることは確定だな、うん」
僕に届いた一通のメール。内容は──コーチングの依頼だ。
なにやらキナ臭くなってきましたね(ただの気のせい)。てかオルフェが暴君っぷりを発揮していらっしゃる。
ちなみに引き換えたのはカルストンライトオとサウンズオブアースです。