オークス後、控室にて。
「勝ちましたわ」
「うん、これでダブルティアラだ。おめでとうジェンティル」
レースを勝ってきたジェンティルを労う。それにしても、会場の空気も一変していたな。桜花賞までは応援の声が多数を占めていたけれど……今回は違う。おそらくだけど、ジェンティルの強さに言葉を失っている人もいた。
「ジェンティルのレースに絶句してる人達もいた。君にとっても嬉しいことじゃない?」
「あら、この程度で満足しているのかしら?貴方は」
挑発するようにこちらを見るジェンティル。まぁ満足はしていないだろうね。まだ力の全部を使ったわけじゃないし、ジェンティルは、
「まさか。君の力はまだまだこんなものじゃないからね」
「ふふ、分かっているようでよろしい。さ、いつものようにマッサージをなさい」
「分かったよ」
もう慣れたよ。
マッサージをしている間、ジェンティルは機嫌良さそうにしていた。
「次はタルマエさんの日本ダービーね。準備の程は?」
準備、か。
「勿論、抜かりなく終わってるよ。ゴールドシップにはリベンジさせてもらう」
「あら怖い。ま、タルマエさんならば心配していませんわ。次はキッチリ勝つでしょう」
元々タルマエとゴールドシップにはほとんど差がないけど、それでも一切油断はしない。
「ン……ダービーを超えれば夏合宿。その前にU.A.F.のプレオープンイベントね」
「うん。どっちも頑張らないと」
「期待していますわ、貴方の働きに」
控室ではジェンティルとこんな会話をしていた。次は日本ダービー……ゴールドシップへのリベンジ戦だ。
◇
オークスの衝撃から1週間。次は日本ダービーの日がやってきた。クラシック三冠の第二戦、注目が集まっているのは──ゴールドシップ。
「オルフェーヴルに続く三冠を期待しちまうよな!」
「皐月賞の追い上げも凄かったし、なにより何をするか分かんねーからなぁ」
「期待してるぜ~ミスターシービーばりの追い込み!」
皐月賞を凄まじい追い込みで制し、ダービーで二冠目を期待されている不沈艦。調子も絶好調と彼女のトレーナーが評しており、ファンは胸を高鳴らせていた。
対抗は皐月賞と変わらずホッコータルマエ。皐月賞ではゴールドシップの末脚の前に屈してしまったが、ハナ差の2着。実力は拮抗しており、彼女も期待を寄せられていた。
「皐月賞は惜しかった、ダービーでリベンジだ!」
「今日は勝ってくれよー!タルマエちゃーん!」
「応援してるからねー!」
ゴールドシップとホッコータルマエの対決。皐月賞と変わらない様相だった。
控室では高村とホッコータルマエが最終確認を行っている。
「……さて、これが対ゴールドシップを想定した作戦だよ」
「はい。全部頭に入れてあります」
ホッコータルマエは闘志を滾らせている。オンオフの切り替えが早いのがウリの彼女だが、すでに臨戦態勢を整えていた。
「彼女は追い込みだ。どうしても展開に左右される時がある」
「それでも、後は私がどれだけ冷静でいられるか……ですよね?」
高村をジッと見るホッコータルマエ。高村は、深く頷いた。
「そうだね。油断はしないで行こう、タルマエ。皐月賞のリベンジ戦だ」
「はい。絶対に、勝ちます」
両手で自分の頬を叩き、さらに気合を入れるホッコータルマエ。どこか気負い過ぎているような気もするが、体調は万全。控室を出て、ターフへと向かった。
ターフに登場したホッコータルマエを待っていたのは、今日一番の声援である。
「頑張ってー!タルマエー!」
「応援してるよー!」
声援を受けながら身体をほぐす。レースに向けて準備を整えていた。
《日本ダービー2番人気はホッコータルマエ!前走皐月賞では惜しくも敗れてしまいました。この日本ダービーでは雪辱を果たしたいところ!》
《一部では距離不安も囁かれていましたが、問題はなしと判断されました。この日本ダービーではどのようなレースを見せてくれるのか?レースのジョーカーとなるのはやはり彼女でしょう!》
1番人気と差がない2番人気。周りからかなり警戒されている。集中的に視線を浴びるが、ホッコータルマエは気にせずにウォーミングアップを続けていた。
そして──ついに登場する1番人気。
「オラオラァ!ゴールドシップ様のお通りじゃ~い!」
ゴールドシップがターフに姿を現した。ホッコータルマエと同じくらいの熱気が東京レース場を包み込む。
《さぁ来ました!本日の1番人気ゴールドシップ!最後方から捲って上がってくる姿は驚異の一言、今回もみられるか?ゴルシ劇場!》
《破天荒っぷりで人気を博している彼女。ダービーも制して二冠を戴くことができるか、こちらにも注目が集まりますね》
ゴールドシップは観客の声援を受けつつも、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡す。探して探して……その視線が止まった。先にいるのは、ホッコータルマエである。
「……」
鬼気迫る勢いで入念にストレッチをしている。一切の油断も期待できない、本気の姿勢であることを悟り、ゴールドシップは嘆息した。
(ま~分かっちゃいたけどよぉ、タルマエガチのマジじゃん)
「ほんとさぁ、いつかゴルシちゃん保護法で訴えられても知らねーぞ?高村の聖さんよぉ。次会う時は学級裁判だな」
ホッコータルマエが本気の理由も察しはついている。この日本ダービーも自分へのリベンジだということもなんとなく分かっている。それでも言いたくはなる。なんでダートのウマ娘が芝のレースに出走しているのか?そして何故良い勝負をしているのか、と。
「最早アグネスのヤベー方と変わんねーだろ。ま、いいや。アタシはアタシのレースをするだけだし」
ゴールドシップは踵を返して座禅を組む。
「なんで座禅……?」
「相変わらず読めない……」
「なんか意味あるのかな?」
周りはざわついているが、そんなのお構いなしとばかりにゴールドシップは瞑想していた。彼女が思い出すのは、自身のトレーナーとの会話である。
(警戒度をさらに引き上げろ、ねぇ。ンなこと分かってんよトレーナー……あんなタルマエを見ちまったらな)
皐月賞以上に厳しい勝負になる。それがゴールドシップ陣営の結論だった。
「……ま、問題はないように調整してきた。領域は、あんま期待しない方が良いな。状況を見て、拘るのはナッシング」
確かに皐月賞を制した。だが、ゴールドシップに油断はない。万全の態勢でホッコータルマエ以下17名を迎え撃つ……その準備を済ませてきたのだから。
ターフに集まった18人の精鋭。準備を済ませ、それぞれがゲートへと足を運ぶ……ゴールドシップはゲート入りを少し嫌がったが。
《晴れ渡る空の下、東京レース場芝2400mで始まろうとしています、クラシック第2戦日本ダービー!芝のG1レースは絶好の良バ場開催。ウマ娘達が続々とゲートへと収まります!》
《ゴールドシップは少し枠入りを嫌がっていますね。ですが係員の助けはなく、普通に入りました》
《ゴールドシップは3枠6番からの出走です。順調に枠入りが進みます、緊張が支配する東京レース場、世代の頂点に立つのはどのウマ娘か!今、最後のウマ娘がゲートに収まりました!》
最終的には問題なく全員収まり、スタートの態勢をとる。緊張の瞬間……ゲートが開いた。
「ッきた!」
「いっくぞー!」
ゲートからウマ娘達が一斉に駆け出す。静まり返った会場に、熱気が戻ってきた。
《態勢が整って今……ッスタートしました!揃って綺麗なスタートを切ります!ここから飛び出すのはどのウマ娘か!おっと、内から勢いよく上がってきたのは──ホッコータルマエ!ホッコータルマエだ!これは珍しいホッコータルマエ果敢に行く!》
《これは、逃げるつもりでしょうか?ジャラジャラが追いかけようとしてますが》
《これは凄いスタートダッシュだホッコータルマエ、あっという間にハナを奪った!そのまま集団を引っ張ってグイグイ進んでいく!最初に飛び出したのはホッコータルマエだ!》
日本ダービーが始まる。
◇
都留岐涼花とソノンエルフィーは高村達と一緒にレースを観戦していた。ソノンエルフィーは手に汗握って大興奮といった様子である。
「いや~やっぱり生で見ると違いますねッ!熱気がグワーッ!ときますよッッ!」
まだレースは序盤も序盤。第1コーナーを回って第2コーナーへと向かうところだ。先頭はホッコータルマエである。
《ホッコータルマエがレースを引っ張ります。第2コーナーを走るウマ娘達!鮮やかなスタートダッシュで先頭に立ったホッコータルマエ、半バ身後ろにはジャラジャラが控えます。ジャラジャラの後ろはっ、3番手イミディエイト。先行集団も逃げる2人に差はありません》
《バ群が固まって動いていますね。これが向こう正面ではどうなるのか?注目したいところ》
《1番人気ゴールドシップはやはり最後方からのレース。後方集団から2バ身離れた位置、ポツンと1人だゴールドシップ》
先頭と先行集団の差は1バ身程。大きな差はないと言える。先頭から中団12番手までは固まっており、12番手から3バ身遅れた位置に後方集団がつけている。ゴールドシップはその後方集団のさらに後ろだ。
レースを観ながら、高村はボソリと呟く。
「……幸先よくハナを切れたか。順調だね」
「タルマエさん、調子良さそうですね。それに、鬼気迫るというか」
「はい。ゴールドシップにリベンジしたい気持ちがありますから」
高村と都留岐の会話。高村はいつものようにノートに何かを書き、レースの展開を見守っていた。都留岐はホッコータルマエに声援を送っている。
それは、サクラバクシンオー達も一緒だ。
「頑張ってくださ~~~いタルマエさ~~~んッ!委員長が応援していますよ~ッ!」
「キタサンブラックも応援してますよー!わっしょいわっしょーい!」
「ソノンエルフィーも応援してますッッ!」
「「「バクシンバクシンバクシンシーーーンッッ!」」」
「増えてるんだが?」
「気にすることはないだろう、タキオン」
どこかげんなりした様子のアグネスタキオンと特に気にした様子を見せないドゥラメンテ。ジェンティルドンナは興味深そうにレースを眺めていた。先頭を走るホッコータルマエを見つめ、頷く。
(とても良い気迫……私も、あの場で走りたいわね)
同じチームで同世代のライバル。ジェンティルドンナからすれば、ホッコータルマエもまた興味の対象だった。本番のレースで戦ったことはないし、これから先もあるかは分からないが。
レースを見守るミーティアのメンバー。レースは順調に進んでいる……ように見えるだろう。
「なんか……
「う~ん……言われてみれば、なんか」
「序盤は速かったけど、今はそうでもない、ような?」
だが、すでに毒は回り始めている。出走しているウマ娘達は、知らず知らずのうちに毒牙にかかっているのだ。
「もう負けませんよゴルシさん……あなたを封殺します」
ホッコータルマエが流している、毒に。
タルマエ「ゴルシさんを封殺します」
ゴルシ「なにそれ。新手のI LOVE YOU?」