日本ダービーはスローペースで進んでいる。先頭を走るホッコータルマエと追うジャラジャラ。先行集団は逃げるホッコータルマエとほとんど差がなく、12番手までがほぼ固まっている状態であり、ゴールドシップが最後方を走るのは変わらない。
《向こう正面を走ります。まもなく半分を過ぎようとしているか?最初の1000mのタイムは61秒9!61秒9と遅い時計!ホッコータルマエがスローペースを形成しています!》
《後方からの追い上げを警戒していますね。ゴールドシップの脚を使わせないつもりでしょうか?》
《スローペースの日本ダービー、先頭はホッコータルマエ2番手ジャラジャラ!3番手はイミディエイトとここは変わらない。先行集団も落ち着きを見せ始めてきたぞ、最後方ゴールドシップは集団から3バ身離れた位置につけています!》
ゴールドシップとホッコータルマエの位置を確認し、ゴールドシップのトレーナーは考え込む。ホッコータルマエの作戦について。
(……ありきたりだけど、シップにとって嫌な展開だ。どうしても展開に左右されやすい最後方からのレース、スローペースだと不利になる)
前が余力を残した状態で、外から追い抜かなければならない。追込ウマ娘にとってはなって欲しくない展開であり、ホッコータルマエが作っているのはゴールドシップが苦手とするペースだ。皐月賞の敗戦から取ってくるであろう作戦が当たったことに、思わず舌打ちをしそうになるトレーナー。
(シップは前でレースをするのが向かない。ゲートも得意ってわけじゃないからなぁ)
ただ、これは彼らにとって
想定内。確かに想定内なのだが……引っかかりを覚えるトレーナー。
(こんな単純な策でシップを何とかしようと考えるかな?あの2人が)
ホッコータルマエと高村聖。これだけで終わるはずがない。もっと何かあるはずだ。その答えは……分からないが。
(他に何かあるのは明確……できうる限りの策は考えてる)
「シップの脚を信じよう。シップの強さは本物だ」
見守るゴールドシップのトレーナーとメジロマックイーン。ホッコータルマエ達が立てた策は何か?あったとしてもゴールドシップならば乗り越えることができる。そう信じて。
ゴールドシップも最後方で考えていた。今この場でどうするべきか?と。
(スッゲー遅いじゃねーかよ。アタシの脚が機能できないじゃねーか……普通なら)
「遅いなら、遅いで良いじゃない前に行く。んじゃ、進出開始ィ!」
出した結論は、早々に位置を押し上げること。スタミナに自信を持っており、長く使える脚があるゴールドシップが取れる最善の策だ。最後方から捲って上がる準備を始める。
(まだ本気じゃねー。あくまで捲るための準備だ準備)
外に位置付けるゴールドシップ。3バ身の差を1バ身にまで詰め、第3コーナーに向けて走っていた。
だが、ゴールドシップがペースを上げたのと同時──全体のペースも上がる。
「……アァン?」
怪訝な表情を浮かべるゴールドシップ。ただ、置いていかれるのは愚策と考えた彼女は1バ身差をキープしたまま走り続ける。
日本ダービー。先頭を走るホッコータルマエによって少しずつ、毒と糸が張り巡らされていた。
◇
さて、半分を過ぎた頃からゴールドシップがペースを上げ始めた。スローになったことに感づいて、位置を押し上げ始めたね。
肝心のタルマエはというと、こちらもペースを上げている。少しずつ、徐々にペースを上げて後続を引っ張り始めた。
「作戦第二段階だね」
「前半で作ったスローペースとは打って変わって高速のペースを作る……だねぇ」
作戦の第二段階はゴールドシップの捲りを封印すること。これに尽きる。
ゴールドシップが抱える問題として、スタートがそこまで上手くないことがある。後方からの追込を選んでいる理由の一つだ。追込が苦手とするのは前半スローペースの勝負……ゴールドシップもこれの例に漏れないだろう。まぁ領域を加味すると普通に追い込んできそうなのが彼女なんだけど。
それはいいとして。第3コーナーまでに速いペースを作ること。これが重要になってくる。
「ペースが速くなれば、その分コーナーを曲がる時に制御が効きづらくなる。外に膨らむからね」
「バ群が外に膨らむことを利用して、ゴルシ君を目一杯外に回す……距離のロスを激しくするわけだねぇ」
走る距離が伸びれば追いつくのにも時間がかかるし、スタミナの消耗も激しくなる。不利がどんどん重なっていくわけだ。
勿論、内に走る可能性も考慮してある。ただ、ゴールドシップが内を走る可能性はほぼないだろう。
(閉じ込められたら困るだろうしね。内に入るにしても……第4コーナーか)
後の布石として、タルマエは意識的に内を空けている。ウマ娘が1人余裕で通れる分の隙間を。これは後で効いてくるものだ。
「追込を徹底的に潰す……アッハッハ!これはかなり苦しいだろうねぇ!」
「でも、ゴールドシップさんも強いウマ娘。それでも追い込んでくると思いますが」
都留岐さんの言葉ももっとも。これだけ不利を受けても上がってくるかもしれないと思わせるのがゴールドシップの恐ろしいところだ。
ただ……僕とタルマエは勝つと決めた。だったら勝つ、それだけ。
《第3コーナーを走るウマ娘達、ペースはかなり速くなってきました!先頭を走るホッコータルマエはジャラジャラと共にペースを上げる!少し外に膨らむバ群、ゴールドシップは依然最後方外の位置!》
《捲りが少し決め辛い位置にいますね。内もがっちりと閉じられています》
《なんとか進路を模索するゴールドシップ!その間にもホッコータルマエは第4コーナーへと向かう!先頭ホッコータルマエが悠々と逃げています!》
バ群は密集している。大外を回るしかないし、合間を縫って走り抜けるのにも苦労するだろう。
「第2段階終了。後は」
「第3段階だねぇ」
ニヤニヤしながらこっちを見るタキオンの言葉に頷く。後は勝利を完全なものにするだけ。徹底的に……封じ込める。
◇
ゴールドシップの表情は焦りで染まっている。どうにか今の状況を打開できないかと模索していた。
(外を走るしかねぇけど……!滅茶苦茶ロスじゃねぇか!これじゃタルマエに追いつけねぇ!)
加速はできているがかなり厳しい。先頭を走るホッコータルマエの姿は遥か前方だ。
ロスの少ない内を走ろうにも密集していて囲まれる危険性がある。外を回らざるを得ないが……ホッコータルマエのペースアップによる影響でバ群自体がかなり真ん中に寄っている。とてもじゃないが内に進路は取れなかった。
(内を走っときゃよかった!今更嘆いても遅いけどよぉ!)
ゴールドシップは外から捲ると決めた段階で内を捨てていた。囲まれる危険性を考慮したら内を走るのは厳しいと判断したから。間違っていたとは言えないだろう。
加えて、ゴールドシップはさらに加速したいが前が壁になっている影響でそれも難しい。なんとか7番手までは浮上したものの、余力を残している先行集団を追い抜くのは少しばかり厳しい展開だった。
(強引に内を狙ったら進路妨害、かといってこのまま外じゃあタルマエにゃ追いつけねぇ!クッソォまじでよぉ!)
「やりやがったな樽前鮭ぇぇぇぇ!」
よく分からない怒号を上げるゴールドシップだが状況は一切好転せず。
《第4コーナーから最後の直線に入ります!先頭はホッコータルマエ、ホッコータルマエだ!ホッコータルマエが逃げて逃げて最後の直線一番乗り!ジャラジャラとの差を広げようとしています!懸命に粘るジャラジャラ、しかし差は少しずつ開いていく!ゴールドシップは上手く抜け出せない!抜け出すのに手間取っている!》
ホッコータルマエとの差は開くばかりだった。
多少強引にでもとゴールドシップは内を走ろうとするが……斜行になりかねないことから諦めるしかない。なのでバ群の一番外を回ることになったのだが、加速はできても距離のロスがあるためか思うように差は縮まらない。
(領域切るか!?いや、まだゴールまで500mはある!下手すりゃ自滅だ!でも、今ここで領域を使わないとタルマエには追いつけねぇ!)
ゴールドシップに焦りと迷いが生まれる。正常な判断が下せなくなり、結果として致命的なタイムロスも生んでしまった。追いつくのには絶望的な距離。それでも懸命に脚を動かす。
(クソ……!ほぼ詰みじゃねぇかよ!)
ゴールドシップの頭にあるのはレースの展開に対する嘆き。内を走っていれば?絶対に囲まれていた。外を走らざるを得なくなった。結果として盛大なロスとスタミナの消耗を強いられる。ホッコータルマエに追いつくだけの時間を与えられなかった。ゴールドシップは、レースが始まった段階で詰まれていたのである。
すでにホッコータルマエは残り200mを通過。2番手との差は7バ身開いており、悠々と駆け抜けている。
《ホッコータルマエ先頭!ホッコータルマエが先頭だ!2番手との差を7バ身とって逃げている!これは悠々と逃げているぞホッコータルマエ残り200m!ゴールドシップはまだ6番手、まだ6番手!なんとか5番手に上がりましたが、これはさすがに厳しいか!?》
沸き上がる歓声。ホッコータルマエへの声援。ゴールドシップファンの悲鳴。ゴールドシップのトレーナーは……やられたとばかりに手で顔を覆い隠す。
大外から駆け上がるゴールドシップ。領域も切って、どうにか差を縮めようとしたが……ホッコータルマエに追いつくことはできず。
《ホッコータルマエ逃げ切ったぁぁぁッッ!これは圧勝、悠々の逃げ切り勝ち!ホッコータルマエが楽に逃げ切ったぁぁぁ!これは凄い、本当に凄いぞ!ホッコータルマエがダービーウマ娘の称号を手にしたぁぁぁ!》
《いやぁ、序盤からペースを握り続けて、後方のウマ娘を徹底的に封じ込めましたね!ゴールドシップもよく追い上げましたが、これはさすがに厳しかった!》
《2着との着差は実に9バ身!ダービーの最大着差を更新したぞホッコータルマエ!本当に主戦がダートのウマ娘なのか!?2着はイミディエイト、3着はゴールドシップ!》
ホッコータルマエの逃げの前に、屈した。
◇
ゴール後、息を荒くするゴールドシップ。勝ったホッコータルマエが視界に入るが。
(……なんともまぁ怖い目しちゃってよ)
ホッコータルマエもまた、ゴールドシップを見ていた。彼女の視線からは、これでリベンジは果たしたぞ、という感情が伝わってくるようだった。
それも一瞬。すぐにホッコータルマエは笑顔でファンに応対する。
「みんな~!応援ありがとうだべ!私、勝ったよ~!」
花が咲いたような笑顔で大きく手を振るホッコータルマエ。毒気が抜かれそうになるゴールドシップだが。
(ほんっと、ミーティアヤバすぎんだろ)
改めて彼女達の強さを実感するとともに。
「……次は負けねーぞ」
再戦する時は負けないと固く誓うゴールドシップだった。
レースを観ていた高村はノートを閉じ、呟く。
「内、空けてたけど使われなかったか。ま、そうなってたら」
「
ジェンティルドンナの言葉に頷く高村。もしゴールドシップが合間を縫って内を走っていた場合、2番手を走っていたジャラジャラが壁になるような展開を仕向けていた。3番手のイミディエイトはジャラジャラのすぐ外につけていたため、ゴールドシップの加速が鈍るだろう。再加速するまでの時間を作らせる作戦。内を走っても外を走っても問題がないような展開を作っていた。
結果として内を走らせる方は無駄に終わったが……所詮は作戦の内の1つに過ぎない。これといって問題じゃなかった。
「これでリベンジ成功。次はジャパンダートダービーだね」
「委員長君もそうだが、タルマエ君もタルマエ君で大概おかしいローテだねぇ」
「今更でしょうに」
アグネスタキオンのぼやきに突っ込むジェンティルドンナ。都留岐涼花はなんとも言えない苦笑いを浮かべていた。
日本ダービー勝者──ホッコータルマエ。着差9バ身。
ちなみに史実だとセントライト(初代三冠)とオートキツが8バ身でござい。これ本当にダートが主戦のウマ娘?