高村が担当するウマ娘、ジェンティルドンナ。現在トゥインクル・シリーズのクラシック世代最強のウマ娘と評されており、ヴィルシーナとレースでぶつかり続けている相手。そんな相手と、今回併走することになった。
正直な話、少しは迫れていると思っていた。桜花賞とオークスで刻み込まれた、屈辱の5バ身差敗北。あの頃よりも成長している、技術も上がっている。だからこそ、良い勝負をするのだと根拠のない自信を抱いていた。
結果は……ヴィルシーナがまた5バ身差を刻まれる結果となる。
「くっ……!」
「なにも遮るものがない道を真っ直ぐと駆け抜ける……悪くありませんわね」
息を切らしているヴィルシーナに対し、ジェンティルドンナは余裕の表情。まだまだ余力を残していると言わんばかりに佇む。俺は、愕然とした。
(そりゃ、向こうだって夏合宿だから成長してる……けど、明らかにっ)
「ヴィルシーナよりも成長している……!」
迫れていると思ったらさらに引き離されている。そう考えたら、絶望するしかなかった。
◇
夏合宿。俺とヴィルシーナは初日からとある人にお願いをしていた。
「お願いします!どうかヴィルシーナと一緒に、夏合宿の間トレーニングをしてくれませんか!」
相手は雲の上みたいな人。必死に頭を下げて、ヴィルシーナの成長のためにと訪れた。その相手というのが……トレセン学園のトップトレーナーの1人、シンボリルドルフとトウカイテイオーという2人の三冠ウマ娘を指導しただけではなく、凱旋門賞を制したマンハッタンカフェを育てたトレーナー──天城トレーナーだ。
天城トレーナーは日本のトレーナーとしてまだ2人しかいない凱旋門賞を制した経験を持つトレーナー。世界の頂に上り詰めた、本当に凄い人だ。高村と並び立っている。
「う~ん……」
正直、断られてもおかしくない。こっちが提供できるものはあまりにも少ないし、なにかを返せるかと言われたら微妙なところ。歯牙にもかけられない提案だ。
「お願いします!雑用でもなんでもしますから!」
それでもヴィルシーナのためになるならとお願いをした。どうか奇跡が起きてくれないだろうか?と思いながら。
そして……奇跡は起きた。
「構わないよ。それじゃあ、夏合宿の間はよろしくね倉科トレーナー」
「……ありがとうございます!」
天城トレーナーは俺達との合同トレーニングを許可してくれたのだ。本当に嬉しくて、何度も何度も頭を下げたのを覚えている。天城トレーナーが慌てて止めに入ったけど、それくらい嬉しかった。
そして始まる合同トレーニング。ハッキリ言って、実りになるなんてものじゃない。
「キミも随分な相手に挑むね~。ジェンティルって子、ボクも併走したけど……彼女、とんでもないよ?」
「……でも、それでもっ!譲りたくありませんから!」
「……良い目だね。んじゃ、このテイオー様が手ほどきしてあげよ~う!」
「点滴穿石の気持ちはあるが、彼女に勝ちたいというならば1日たりとも無駄にできない。それも、かなりの努力が必要だ」
三冠ウマ娘シンボリルドルフとトウカイテイオー。特にトウカイテイオーに関しては中距離を主戦場としているため、今度の秋華賞を想定するにはもってこいだった。
この2人だけではない。
「お手伝い、します。強大な相手に挑む気持ち、分かります、ので」
凱旋門賞ウマ娘にして漆黒のステイヤーマンハッタンカフェ。彼女からも技術を教えてもらい、走りに落とし込んだ。さらには。
「あ、シュヴァル!」
「ね、姉さん……」
ヴィルシーナの妹であるシュヴァルグラン、そしてサトノダイヤモンドもいる。
「待っててねシュヴァル。貴方のお姉ちゃんは強いんだから!これまでは情けない姿を見せちゃったけど……それももう終わりよ!」
「……情けなくなんかない」
「ん?どうしたのシュヴァル?」
「な、なんでもないよ。頑張って、姉さん。応援してる」
「しゅ、シュヴァル……!」
「姉妹愛、ですね!」
こうして、夏合宿は素晴らしいスタートを切れた。最高のトレーニング環境に強い相手との併走、ライスシャワー達も継続してトレーニングに付き合ってくれている。これで結果を残せなかったら嘘だろう。
(これなら、アイツらに勝つのも……!)
そう、思っていた。
だが、現実は厳しい。厳しいなんてもんじゃない……理不尽だ。
トウカイテイオー達から色々と教えてもらった、最高の環境でトレーニングをすることができた、日々成長を実感できた。それを……たった1回の出来事で全てひっくり返された。ジェンティルドンナが持ちかけてきた併走の結果によって。
5バ身。ヤツらが決めた、絶対的な力の証明。桜花賞とオークスで刻まれた5バ身を、この併走でも刻まれたんだ。
(大差なら、こっちの力が足りないんだってある種納得できる。けど、5バ身ってことは)
力も、技術も、レースIQも。何もかもが劣っていることになる。狙った着差で勝つってのはそれだけ厳しいものだ。いたずらに着差を広げるのではなく、きっかりと狙った差だけつける走り……とんでもない相手なのだと改めて教えられた。
それでも、俺とヴィルシーナに諦めはない!
「力の差を見せられても、必死な努力が通用しなくても!それでも……それでも俺はっ!」
アイツらに勝ちたい!勝って、自分を認めさせたい!俺達はこんなにも強いのだと、お前達に勝ってやったぞと!そのためにも、立ち止まるわけにはいかない!
またトレーニングの見直しをしないといけない。そう思っていた時。
「気合入ってるね、倉科君」
天城トレーナーがやってきた……今の言葉、聞かれてたのでは?
「あ、天城トレーナー……い、今の……」
「……俺は良いと思うよ。勝ちたいって気持ちは大事だからね」
じゃあ目をそらさないでくれませんかね!?こっぱずかしいんですけど!
それはいいとして。天城トレーナーはどんな用事なのだろうか?と思ったが、切り出してきた内容は今回の併走のことで。
「併走、残念だったね」
「……はい。今回もまた、5バ身差キッチリつけられました」
「……俺としては、あまりやらせたくなかったんだけどね。もしかしたら、落ち込むんじゃないか?って思って。でも」
こちらを真っ直ぐに見る天城トレーナー。笑みを浮かべていた。
「その心配は杞憂だったみたいだ。むしろ、燃え上がったみたいだね」
「うぐっ」
「その感情は大事だよ。悔しいって気持ちはね」
さっきの言葉を聞かれたせいか妙に恥ずかしい。ここはひとつ、話題を逸らそう!
「と、ところで!天城トレーナーに聞きたいことがあるんですけど!」
「俺に?なにかな?」
「あの、どうして俺とヴィルシーナと合同トレーニングをしようってなったんですか?言ったらアレですけど、俺達何もできませんし」
高村ならたくさんのものを返せるだろうが、生憎と俺に不思議な力はないしヴィルシーナもまだまだ発展途上のウマ娘。受けてくれたのは本当に奇跡みたいなものだ。だからこそ気になる。天城トレーナーのような凄い人が、どうして俺達とトレーニングをしてくれることになったのか。
「そうだね……倉科君は覚えているかどうか分からないけど、1つの出来事が原因かな。アレを目撃して、君に協力しようって思ったんだ」
「アレ?なんですか?」
「倉科君、聖君を妬んで悪口を言ってたトレーナー達に怒ってただろう?あの時だよ」
……あ~、あの時か。身に覚えがあるな。問題は心当たりが多すぎることだけど。
高村に好意的なトレーナーは多いが、勿論その逆も多い。所謂アンチというヤツだ。それもまぁある程度納得ができて、新人ながらクラシック三冠でしかも無敗、さらには誰もが成し遂げなかった日本のウマ娘による凱旋門賞制覇を成し遂げた天才トレーナー。これほど分かりやすい出る杭もないだろう。
しかも本人がほとんどのことに執着しないと来たもんだ。偉ぶるわけでもないし、ひけらかすわけでもない。聖人のような男だからこそ、気に食わないヤツも出てくる。
「は~あ、相変わらず高村トレーナーか」
「世間はどこもかしこもチーム・ミーティア一色だもんな」
「天才様は違うね、やっぱ」
俺もそんな会話を偶然耳に挟んだ。高村に嫉妬する声、アイツが気に食わないという内容。
「どうせ内心では周りを見下してんだろ」
「ありえそ。案外トレーナー室では……なんてな」
「実績をポンポン出せて、天才様は本当に凄いもんだね~。俺らにも分けて欲しいわその才能」
談笑しているトレーナー達。あぁ、確かに高村は天才だ。それは認めてやる。でもな。
「おい、あんたら」
「あ?なんだよお前。というかだ「高村は天才だけど努力家だ!そこをはき違えてんじゃねぇ!」いきなりなんだお前!?」
高村は才能もあった上で努力してんだ。それを分かっていないこいつらに、無性に腹が立った。
「アイツだって毎日毎日担当のためって努力してんだ!その努力は表に出さないだけ、本当はお前らの何倍も努力してんだよ!」
「いや、いきなり何「才能を僻んでる暇があんならトレーナーとしての仕事でもしてたらどうだ!」マジでなんだコイツ……気持ち悪」
「おい、行こうぜ。コイツ気でも触れてんだろ。いきなりやってきて説教かましやがって……本当になんだ?」
「あ、待ちやがれ!」
アイツの悪口がどうしても許せなかった。謂れのない誹謗中傷が我慢できなかった。高村はただ天才なだけじゃない、それを理解していないヤツが多すぎる。
ま、その後後悔したんだけど。
「あ、あぁ~……!ま、またやっちまった……!気持ちばっか先行して、知らん相手に変なこと口走っちまった……!」
気持ちが先行し過ぎて後先のことを考えない。俺の悪い癖を発揮してしまった。あの後1人反省会をやって帰ったが、アイツらには変人として認識されただろう。いや、どうでもいいか。
こんな出来事はたまにある。その一つを、天城トレーナーは偶然目撃したんだろう。
「も、目撃してたんですね……」
「なかなかできることじゃないよ。ライバルで、しかも勝ちたい相手のことなのに。悪口を言われたら突っ込んでいくって」
なんだこの公開処刑は。自分からさらに墓穴を掘ってしまった……!
「だからこそ、協力したくなったんだよね」
「──え?」
「相手のことをしっかりとリスペクトができて。どんなに負けても腐ることなく努力を続ける。そう簡単なことじゃない」
天城トレーナーがこちらを見る。
「こういうのはやっぱ、損得勘定じゃないんだ。頑張っているから応援したい、力になりたい……だから君達に協力したんだ」
「あ、天城トレーナー……!」
……やっぱりこの人は凄いトレーナーだ。こんなすごい人が協力してくれるんだ。だからこそ!
「俺、頑張ります!滅茶苦茶頑張りますから!」
「あぁ、その意気だ。明日からのトレーニングはもっと厳しくいくよ!」
「はい!」
ヴィルシーナと一緒に頑張ろう!待ってろよ高村……今回の併走を糧に、俺達はさらに進化してやる!
◇
「ところで、高村って今何してるんでしょうね?いつも夜になったらどこか行ってますけど」
「……フランスのウマ娘をコーチングしているらしいよ」
「え゙」
「彼、また無茶をしてないだろうか?新條さんも心配してたし……」
……どうやら追いつくのはまだまだ時間がかかりそうだ。
う~んこれは主人公ですね間違いない()