その力は何の為に   作:カニ漁船

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秋華賞本番ですわ~。


秋華賞 VSヴィルシーナ

 曇り空が広がる京都レース場。天候には恵まれなかったものの、重苦しい空気はなく、曇り空を吹き飛ばすような熱気に包まれていた。

 駆けつけたファンが口にするのは誰が勝つか?……ではない。

 

「ジェンティルドンナ、今回も5バ身差で勝つのかな?」

「いや~どうだろ?ヴィルシーナも良い調子で来てるぜ?」

「ここまで来たら5バ身で勝って欲しいよな~」

 

 ジェンティルドンナがどのようにして勝つか?の声が大部分を占めていた。ここまで無敗のダブルティアラ、史上初の無敗のトリプルティアラという偉業に王手をかけている絶対女王がどのようにして秋華賞を制するのかにファンの注目が集まっていた。なにより桜花賞とオークスの勝ち方が他を圧倒するもの、一時はジェンティルドンナが出走するからレースを見送るなんて陣営も現れる始末だった。すでに勝利を確信するファンがいるのも頷ける。

 だが、今回こそはと他の陣営は意気込んでいる。今度こそ彼女に勝利すると、偉業を達成させてなるものかと立ち上がる。秋華賞に出走するウマ娘達の勝利への執着は、オークスよりもさらに上がっていた。

 とりわけ気合が入っていたのは、ヴィルシーナ陣営である。桜花賞もオークスも、ジェンティルドンナの後塵を拝する2着。5バ身差負けという屈辱を一番近くで見せられてきた。

 

「ローズステークスで調子良さそうだったからな。今回こそはいける!」

「ジェンティルドンナに勝つならヴィルシーナ以外にいないだろ!」

「ティアラ路線はこの2人が盛り上げたんだ。今度こそ勝ってくれヴィルシーナ!」

 

 ジェンティルドンナに勝つならばヴィルシーナだろう。それがファンの間での共通認識である。強さは前走で発揮済み、後は秋華賞でどのようなレースを見せてくれるのか?ファンは注目を集めている。

 始まる前から期待と熱が高まり続けている秋華賞。果たしてどのような結末を迎えるのか?

 

 

 控室にて、ジェンティルドンナは鉄球を掌の上で転がしていた。いつものように戯れている。

 

「さて、ようやくティアラの三戦目ね」

「危うく不成立になりかけたけど、最終的にはフルゲート開催、だね」

「えぇ。とても「バキッ!」……あら」

 

 ジェンティルドンナが転がしてた鉄球が、砕ける。かなりの重量がある鉄の塊が、ジェンティルドンナの怪力によって無惨にも砕けていた。高村は……特に何かを思うわけでもなく砕けた鉄球を見つめる。

 

「……珍しいね。高揚しているの?」

「そのようね。問題はありません、すぐにコントロールしますわ」

 

 平静を装うジェンティルドンナ。普段であればこのようなことは起きない。気持ちがいくら昂ろうとも鋼の理性でねじ伏せる。今までは可能にしてきたことだ。

 しかし、トリプルティアラがかかる大一番、意識せざるを得ない。さらには夏を乗り越えてさらに強くなったライバル達との勝負、気持ちは否が応でも昂る。これまではできていたことができずにいる。ジェンティルドンナはこの秋華賞で──緊張していた。

 

(らしくないわね……私が、感情のコントロールができないなんて)

 

 手を握ったり、開いたりを繰り返す。なんとか理性を働かせようとするが……いつものように上手くいかない。ジェンティルドンナに僅かな焦りを生む。

 どうしたものか、そう考え始めるジェンティルドンナに高村は。

 

「……僕の手でも握ってみる?」

「は?」

 

 無表情で手を差し出し、ジェンティルドンナに向かって奇妙な提案をしていた。訳が分からずに佇むジェンティルドンナだが、高村は表情を変えずに手を差し延べている。

 

「ほら、人の手を握ると落ち着くらしいし。僕の手でよければいくらでも貸すよ」

「……貴方らしくないわね。どこで学んだのかしら?」

「僕は普段どう思われてるのさ……前に虎太郎から貰った本に書いてあったことだよ」

 

 いつもの態度でジェンティルドンナを見据えている高村。この手を取るべきか、取らざるべきか。ジェンティルドンナは迷っていた。下手をしたらトレーナーに怪我を負わせてしまうのではないか?という思いが、手を取ることを躊躇させる。

 

(普段の私ならば……えぇ、問題なくできるでしょう。ですが今の私は、力のコントロールが危うい状況下にある。下手をすれば)

「あら、貴方の手が砕けてしまうかもしれないわね?ただでさえ脆いのですから」

 

 それっぽい理屈を並べるジェンティルドンナ。己の弱さを見せないように虚勢を身に纏う。

 それに対する高村の答えは──彼女にとっても予想だにしないこと。

 

「そう?別にそんなことないと思うけど」

 

 そう言って高村は、()()()()ジェンティルドンナの手を握った。

 

「ちょ、貴方!?」

 

 驚いて握りしめてしまうジェンティルドンナだが、今度は別の驚きが彼女に襲い掛かる。

 

「……握れているわね」

 

 しっかりと、それでいて程よい力で高村と握手を交わしている。先程までコントロールが危うかった状態とは思えないほどに、ジェンティルドンナは普通に握手ができていた。

 加えて、不思議なくらいに緊張が解れていく。先程までの昂りをしっかりと抑えつけることができていた。

 何故?頭に浮かぶジェンティルドンナは、目の前で自分の手を握っている高村の目を見る。いつものように生気を感じさせない瞳、その中に確かにある……こちらに全幅の信頼を寄せる眼差し。

 

「君ならできるよ。いつでもなんでも、軽々とこなす……それがジェンティルだからね」

「それにしたって、随分と無茶をなさるのね。下手をしたら、貴方は私のレースを観ることもなく病院行きよ?」

それはない。現に、こうして結果が出ているからね」

「怖くないのかしら?」

「怖がる必要がどこに?怪我をしないって分かってるのに」

 

 ジェンティルドンナならば大丈夫、自分を怪我させることなんてない、なんの根拠もないだろうに……一切の躊躇なく踏み込む姿勢。ジェンティルドンナはあまりのおかしさから笑みを零す。

 

(相変わらず、私のトレーナーは狂気的ね。どこにそこまで信じられる要素があるのかしら?)

 

 これも彼を形成する狂気の一つなのだろう。ジェンティルドンナはそう思うことにした。

 落ち着いたことを確認してか、高村はジェンティルドンナの手を離す。

 

「もう大丈夫?」

「──えぇ、貴方のおかげで、いつになく絶好調よ」

 

 気分が高まるジェンティルドンナ。しかし、今度はしっかりとコントロールができていた。高村は頷いて、ジェンティルドンナを見据える。

 

「それじゃあ、勝っておいで、ジェンティル。最後のティアラを君の手中に」

当然ですわ。ティアラは私にこそ相応しいのですから」

 

 控室から出る2人。それぞれ自分が向かうべき場所へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 ターフに姿を現すウマ娘達。レースに向けて身体をしっかりと解している。その中で向かいあう2人──ジェンティルドンナとヴィルシーナ。この秋華賞において1番人気と2番人気の2人であり、ティアラ路線を席捲した2人だ。

 どちらも不敵な表情。自信満々な様子を見せている。

 

「ジェンティルドンナさん」

 

 口火を切ったのはヴィルシーナ。表情を変えないままジェンティルドンナを見据えている。

 ジェンティルドンナはすぐに気づいた。ヴィルシーナの纏う雰囲気が……夏合宿の併走の比でないことに。

 

(へぇ、随分と鍛え上げたものね)

「すぐに気づいてくださり光栄ですわ」

 

 ヴィルシーナは余裕の表情を崩さない。確かな自信をもって、目の前の敵を見ていた。

 

「併走の時に私が言ったこと……覚えていらっしゃるかしら?」

「……あぁ、随分可愛らしいことを仰ってましたわね」

「っ、あの併走以降、私はさらに自分を鍛えました。貴方の想像をはるかに超えるほどに」

 

 真っ直ぐと、指を伸ばして……ジェンティルドンナへ突きつける。

 

「今日こそは私が勝ちます、ジェンティルドンナ。これまでの屈辱、この秋華賞で返して差し上げますわ」

 

 自信満々な宣言。このレースでお前に勝つと宣言したヴィルシーナ。周りの空気にも緊張が走る。

 宣戦布告を受けて、ジェンティルドンナは──笑った。

 

「くすっ」

「ッ!何故笑うのかしら?」

「あら、ごめんあそばせ。随分とまぁ……おかわいらしいこと」

「なっ!?」

 

 ジェンティルドンナは勝負服のスカートの端をつまみ上げ、優雅にお辞儀をする。

 

「どうも私のためにありがとう。貴方が努力すれば努力した分だけ、今日のティアラの価値が跳ね上がる……ですから感謝を贈りましょう。遠慮なく受け取ってくださいな──ウィナーズサークルの外で、ね」

「……今日そこに立っているのは貴方よ、ジェンティルドンナッ!」

「そう。なら改めてその身に刻んであげるわ。全てを圧倒する、強者の走りを」

 

 緊迫の空気は解け、レース場は再び熱気が支配する。ジェンティルドンナとヴィルシーナはお互い踵を返してウォーミングアップへと移った。

 

 

 観客席で一部始終を眺めていた高村は無の表情で眺めていた。ジェンティルドンナがいつもの調子に戻ったことを安堵しているようにも感じられる。

 隣では偶然居合わせたトゥインクルの新人記者、丹羽虎太郎が盛り上がっていた。

 

「いや~、始まる前からバッチバチじゃねぇか聖!すっげぇレースになりそうだぜ!」

「……そうだね。ま、勝つのはジェンティルだけど」

「おっ、すげぇ自信だな~。でも、ヴィルシーナも中々……お前のことだから知ってるか」

「当然。リサーチは済んでるよ」

 

 ノートを捲ってペンを走らせる高村。器具を持って計測をするアグネスタキオン、応援の声を上げるサクラバクシンオー達。いつものスタイルだった。

 

 

 ウォーミングアップを済ませたウマ娘達がゲートへと向かう。実況の声が京都レース場に響き渡った。

 

《この日がやってきました、ティアラの第3戦秋華賞!京都レース場芝2000m、曇り空ですがバ場は良バ場発表!無敗のトリプルティアラへと王手をかけているジェンティルドンナを止めるウマ娘は果たして現れるのか!?》

《桜花賞、オークス共に圧倒的な走りで制しましたからね。この秋華賞でも断トツの一番人気、期待が高まります》

《そして対抗に挙げられるのは前走ローズステークスで圧勝を飾ったヴィルシーナ!これまでのティアラの戦いはジェンティルドンナの2着に収まり続けてきた彼女、今度こそはとこの秋華賞へ臨みます!果たしてリベンジをすることはできるのか?今、最後のウマ娘がゲートに入りました!》

 

 ゲートに収まり、京都レース場は静まり返る。風の音が聞こえる中、静寂を切り裂いて──ゲートが開いた。ウマ娘達が一斉に飛び出す。

 

《トリプルティアラ最後の戦い。秋華賞が今っ、幕を開けました!さぁ始まりました秋華賞、揃って綺麗なスタートを切ります!最初に飛び出すのはどのウマ娘か?ここで飛び出したのは──ヴィルシーナ!ヴィルシーナが果敢にハナを奪いに行きます!1枠1番、最内枠のヴィルシーナが飛び出した!》

 

 ハナを奪いにいったのはヴィルシーナ。普段は先行気味に立ち回る彼女が、この時は先頭に立とうする勢いで上がって行った。逃げに打って出たのである。その様子を視界の端に捉えるジェンティルドンナ。わずかに口角が吊り上がる。

 

(……へぇ)

 

 前へと進路を取るジェンティルドンナ。ただ、ヴィルシーナ程前にはいかない。逃げウマ娘の後ろに控える先行の位置につけようとしていた、が。

 

「あらっ?」

 

 周りのウマ娘はジェンティルドンナを自由に走らせまいと徹底してマークする戦法を取る。外に位置を取りたいジェンティルドンナだったが、気づけばあれよあれよと集団の真ん中へ。レース早々囲まれそうになっていた。

 

《第1コーナーへ入ります。先頭で入ったのはヴィルシーナ!ヴィルシーナがレースを引っ張る展開!今回は先行策ではなく逃げに打って出ました!どう見ますか?この展開》

《掛かっているようには見えませんね。これもまた作戦の内なのでしょう。どう影響するのか注目したいところ》

《ヴィルシーナに続くのはインディゴシュシュ!インディゴシュシュが果敢に行きます第1コーナー!1番人気ジェンティルドンナは中団でレースが始まります。ちょっと囲まれているか?抜け出すのに手間取りそうな位置につけてます》

《まだ序盤ですからね。これから先抜け出す展開が待っていますよ》

 

 ハナを切って快調に飛ばすヴィルシーナ。邪魔者はいない。

 中団に位置をつけるジェンティルドンナ。抜け出すのに手間取りそうな位置。対称的な位置でレースが始まる。

 先頭を走るヴィルシーナは気分良く逃げている。

 

(まずはハナを切れた。後はこのまま、足を溜めつつペースを支配する……!)

 

 自らの有利な展開に持ち込むために、ヴィルシーナはハナを取ったのだ。ヴィルシーナが少しばかり脚を鈍らせると、つられてインディゴシュシュもペースを下げる。良い感じにペースを握ることができそうだ、とヴィルシーナは安堵する。

 

(でも、油断はできない。相手はあの人なのだからっ!)

 

 先頭を走っているヴィルシーナ。それでも感じる。後方からの圧を──ジェンティルドンナのプレッシャーを。

 

(今日は勝つ。誇りも、自信も、なにもかも!今日ここで取り戻すんだから!)

 

 圧には屈さず、自分のペースで走るヴィルシーナ。秋華賞はまだ始まったばかりだ。

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