その力は何の為に   作:カニ漁船

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秋華賞の勝者

 ヴィルシーナが逃げる展開で始まった秋華賞。桜花賞やオークスとは違った展開に観客は沸き上がる。

 

「ヴィルシーナの逃げ!?実際逃げはいけるのか?」

「いや、分かんねぇ。少なくともここまで逃げてはこなかったぞ!」

「どっちに転ぶか分かんないけど頑張れー!」

 

 向こう正面に入っても変わらず逃げるヴィルシーナ。その目には強い決意が籠っており、どのウマ娘よりも強くこのレースを勝つという気迫を感じさせる。

 

《レースは向こう正面に入りますやや落ち着いたペース。先頭ハナを切るのはヴィルシーナ、ヴィルシーナが快調に飛ばしています!半バ身後ろにはインディゴシュシュこちらは逃げウマ娘。いつもはペースメーカーを務める彼女が今日は2番手だ》

《ヴィルシーナのスタートが良かったですからね。このまま無理に追い抜くよりも彼女のペースに合わせようという判断でしょう》

《インディゴシュシュから離れて1バ身、この位置に先行集団が4っ、5人。5人が集団を形成しています。先行集団の後ろから離れること2バ身の位置中団、ジェンティルドンナはこの位置にいますがっ、これはちょっと厳しそうだ!》

《集中的にマークされていますね。抜け出すのは一苦労でしょう。タイミングが重要になってきますよ》

 

 ジェンティルドンナは中団、レースの真ん中の位置。他のウマ娘に囲まれており、かなり不利な状況を背負わされているのは間違いない。

 ただ、彼女の表情に焦りは微塵も感じられない。

 

「……ふふ」

 

 貴婦人はただ不敵に笑うのみ。淡々と機会を窺い、勝利に向かって己のレースを貫くだけである。

 ジェンティルドンナの様子が分かっている高村達は心配していなかった。応援の声を飛ばし、レースを見守る。

 

「おいおい大丈夫か?聖。ジェンティルドンナ囲まれちまってるぞ?」

「問題はないよ。これも想定しているから」

「……だよなー」

 

 ノートに書きながら微塵も焦りを感じさせない様子の高村。レースは間もなく後半戦だ。

 

 

 

 

 

 

 先頭を走るヴィルシーナはペースを落として逃げている。最後の勝負に向けて力を溜める段階、ここは無理をする場所ではないと己を律し、冷静なレース運びを心がけていた。

 

(もう悔しい思いはさせないわ、トレーナーくん。貴方と私で、今度こそあの2人に勝ちましょうッ!)

 

 油断はしない、驕りもしない。自分ができる全てをこのレースに注ぎ込む。その思いを胸にヴィルシーナは走っていた。そして思い出す。ここまでの道程を。

 

 

 メイクデビューやオープンレース、さらには阪神ジュベナイルを制してトレーナーと喜びを分かち合った日。全てが順調で、ジェンティルドンナにだって負けないと思っていたあの日々は……桜花賞で儚く崩れ去った。

 圧倒的な強さ。走る者全員の心を砕くかの如く蹂躙する、規格外の力。全てをねじ伏せる剛毅なる貴婦人──ジェンティルドンナ。

 

(桜花賞で刻まれた敗北……今でも覚えているわ)

 

 桜花賞だけではない。オークスでの敗北も、併走での負けも。ヴィルシーナは全てを覚えていた。ジェンティルドンナに負け続けた日のことを。

 絶対に勝ちたい相手、己の全てを投げうってでも超えたい相手。ヴィルシーナにとってジェンティルドンナはそんな相手だ。いつだって余裕を崩さず、ただ粛々と勝利を刻み続ける姿。どうしようもなく嫉妬し……羨ましく思えた。

 

(本当に、私達って似た者同士ね。トレーナーくん)

 

 倉科。ヴィルシーナのトレーナーであり、まだまだ駆け出しのひよっこ。そんな相手をヴィルシーナがトレーナーに選んだのは、どことなく親近感を覚えたからだ。

 学生時代ずっと2番手に甘んじてきたと語る彼。勝ちたい相手がこの中央にいるのだと教えてもらった時、ここまで似通っているものかと思わず笑ってしまった。

 

(私はジェンティルドンナ、貴方は高村トレーナー。私達はずっと、2番手に甘んじてきた)

 

 強大なライバル、超えたいのにいつまで経っても超えられない、あまりにも高すぎる壁。周りが諦める中でも、それでも立ち上がって挑み続ける姿。本当に自分にそっくりなのだと、ヴィルシーナは倉科トレーナーにシンパシーを感じていた。

 勝ちたい相手がいる。その勝ちたい相手が、コンビを組んでいる。ヴィルシーナ達が文字通りの全霊を尽くすのは当然のことだった。

 かつての誓いを思い出す。ジェンティルドンナと高村がコンビを組んでいると知ったあの日、誓った言葉を。

 

「ヴィルシーナ!力を合わせてあの2人に勝とう!俺達の力で!」

「えぇ、トレーナーくん!任せなさい、私が頂点に立ってみせるわ!」

 

 打倒ジェンティルドンナ。打倒高村トレーナー。2人はそんな目標を掲げた。

 だが、現実は厳しく。相手が持つ圧倒的な力に蹂躙される日々。

 

(ごめんなさい、トレーナーくん。私が不甲斐ないせいで、これまでずっと悔しい思いをさせてきてしまったわ)

 

 桜花賞も2着、オークスも2着。力を合わせて挑んでも、相手はいつも上をいく。絶望して、下を向く日もあった。どうしてこんなにも差があるのかと、努力しても尚突き放されるのかと嘆く日もあった。

 それでもヴィルシーナが立ち上がってこれたのは、倉科の存在が大きいのは間違いない。

 

(トレーナーくんはいつだって諦めなかった。だからこそ、私も諦めずに前を向けた!)

 

 負けてもヴィルシーナを励まし続け、次は勝てるようにと奮起を促し、負けないためのトレーニングプランを必死に考えてくれたことをヴィルシーナは知っている。

 そんな倉科とレース前日に誓い合った。今日こそは勝つと。もう2番ではない、1番になる日が来たのだと。

 

(負けない……絶対に負けない!私のためにも、トレーナーくんのためにも!)

 

 ヴィルシーナは気合を入れる。目指すは己が勝利。最後のティアラ──秋華賞制覇に向けて先頭を走っていた。

 

 

 レースは第3コーナーへ。ウマ娘達は最後の直線に向けてペースを上げ始める。

 

《第3コーナー先頭は依然としてヴィルシーナ!インディゴシュシュが詰め寄りますが、これは寄せつけないヴィルシーナ見事なコーナリングで最内を走ります!ジェンティルドンナはどうか?ジェンティルドンナはまだ中団か?まだ中団で手をこまねくジェンティルドンナ!これはちょっと厳しいか!?抜け出すのは難しいかもしれません!》

 

 ジェンティルドンナは囲まれ、観客達は悲嘆の声を上げ始める。ただ、周りの声など気にしてないとばかりにホッコータルマエはレースを注視していた。

 

(……ヴィルシーナさんはダービーの私と同じ、幻惑逃げ。ペースを下げて、脚を溜めていた。余力は十分、きっと先行の時と相違ない末脚を発揮できる)

 

 こうなると不利なのはジェンティルドンナだ。まだ囲まれており、抜け出すのに手間取る真ん中。内も外も閉じられ、道はないように見える。

 だが、ジェンティルドンナはただじっくりと時を待つ。獲物を狙う肉食獣のように鋭く睨み、ただ一瞬、1秒にも満たない隙を待ち続ける。

 

(ペースは上がってきている、時は必ず来ますわ。その時を待てばいいだけのこと)

 

 待って、待って、待ち続ける。まもなく第4コーナーに差し掛かろうかという時──決定的な隙が生まれた。

 

「──そこですわね」

「っ、え?はっ?」

 

 前を走るウマ娘がコーナーを勢い良く曲がり、思わず外に膨らんだ一瞬の隙。たったウマ娘一人分しか開かなかった隙間めがけて、ジェンティルドンナは舵を取った。一切の躊躇なく、少しでも判断を誤れば斜行になりかねない進路を取る。しかし斜行にはならない。勢いのままに内を駆け抜けるジェンティルドンナ。

 

《第4コーナー逃げるヴィルシーナ!インディゴシュシュとの差をじわりじわりと広げているぞヴィルシーナ!さぁジェンティルはまだ来ないのか!?ジェンティルはまだ中団!まだ抜け出せっ、来た来た来た!ジェンティル抜け出した!包囲網を抜け出したジェンティルドンナ!これは鮮やかな抜け出しだ!》

《あのステップはトウカイテイオーを彷彿とさせますね!鮮やかに抜け出しました!》

《さぁ貴婦人がやってくる!無敗のダブルティアラウマ娘が進撃を開始した!ヴィルシーナとの差はまだ5から6バ身はあるぞ!この第4コーナーでどれだけ差を詰めることができるか!他のウマ娘も余力十分、最後の直線に向けて戦いは激化します!》

 

 虚を突かれたウマ娘達は慌ててジェンティルドンナを追いかける。しかし、ジェンティルドンナのスピードに追い付くことができない。1人、また1人と、瞬く間に躱していくジェンティルドンナ。先頭に追い付くのも時間の問題、観客の声援もさらに大きくなっていた。

 

 

 先頭を走るヴィルシーナは圧を感じ取る。今まで何度も味わってきた強大な圧、他者を平伏させる圧倒的な力──ジェンティルドンナが迫っていることを直感する。

 

(貴方は抜け出してくる……!えぇ当然ね、貴方ならばできて当然だもの!)

 

 だが負ける道理はない。展開において有利なのはヴィルシーナだ。余力十分で前を走っており、最後の直線を難なく走り抜けるだけのスタミナと脚は残している。通常、スローペースの展開では前につけたウマ娘の方が有利。当然だ、スタミナが五分の状況なら、前を走っている方が距離やコース取りのアドバンテージがあるのだから。差を詰められなければ絶対に負けない。加えてヴィルシーナとジェンティルドンナの差は6バ身程。1秒近い差がある。末脚を残しているヴィルシーナが負けるはずがない。

 

 

もっともそれは──実力が伯仲してる場合に限った話だが。

 

 

《ジェンティルドンナ凄まじいスピード!圧倒的な速さで先頭へと襲い掛かる!ヴィルシーナとインディゴシュシュの差は2バ身から3バ身!ジェンティルドンナはインディゴシュシュに並んっ、でない!?並ぶ間もなく抜き去った!》

《いやはや……やはり桁違いですね彼女は》

《ヴィルシーナとの差をさらに詰めるジェンティルドンナ!さぁ最後の直線だ!最後の直線先頭はヴィルシーナ!2番手浮上のジェンティルドンナとの差は2バ身!このリードを守り切れるかヴィルシーナ!》

 

 ジェンティルドンナは猛然とヴィルシーナに襲い掛かる。第4コーナーまで囲まれていたはずなのに、気づけば先頭との差を2バ身まで詰め、さらには追いつこうとしている。元々密集し始めていたとはいえ、抜けたスピードを持っていると言わざるを得ない。

 

「やっぱすげぇジェンティルドンナ!いけいけー!」

「このまま無敗のトリプルティアラだー!」

「ま、負けないでー!ヴィルシーナー!」

 

 差が縮まっている、ヴィルシーナは感じていた。

 

(なん、っでよ……!こっちだって末脚は残してる!全力のスピードを出してる!なのに!)

 

 差は無情にも縮まる。じわりじわりと近づいてきているのを肌で感じる。先程までゆとりがあったヴィルシーナの心は、一気に絶望に染まりそうになっていた。

 

(また、負けるの?私は)

 

 ヴィルシーナの心に生まれる諦め。また負けてしまうのかと、ここで抜かれてしまうのかと、トリプルティアラを一つも取れずに終わるのかと諦めの感情が湧いてくる。

 よく頑張った、勝てなくても仕方ない、次また違うレースで結果を出そう……そんな思いがヴィルシーナの心を支配する。飲まれそうになっていたヴィルシーナの耳に。

 

「負けるなぁぁぁ!ヴィルシーナァァァ!」

 

 倉科の声が、入ってきた。そして。

 

(……──嫌)

 

 わずかに。

 

(嫌ッ)

 

 最後に残っていた炎が。

 

(絶対に……嫌よッ!)

 

 再び燃え上がり始めた。歯を食いしばり、前だけを見て走る。折れそうになった心を奮い立たせ、目の前に見える勝利へ向けて走り始める。

 

「嫌、絶対に嫌ッ!このまま負けたくない、もう2着になりたくないッ!」

「ッ、貴方……ッ!」

 

 ヴィルシーナが見ている景色がひび割れていく。今まで見ていた景色が音を立てて割れていき、観客の声援も聞こえなくなった。1人だけで走っているような感覚がヴィルシーナを襲う。

 ヴィルシーナは──

 

「女王に相応しいのは──私よッッ!!

 

 

領 域

 

 

ニェパカリェーピモスチ・カラレーヴァ

 

 

 領域へと至る。ヴィルシーナのスピードが、さらに上がった。勝負は──残り300m。

 

 

 

 

 

 

 ……うん。これはまた予想外だ。バクシンオー達が予想を超えてくるのはあるけど、他のウマ娘で予想外な結果を突きつけられたのは……多分これで3度目。最初はライスシャワー、次はゴールドシップ。そして、今のヴィルシーナ。

 

(想定を超えるスピードだ。凄いな)

「お、驚いてんな聖!でも俺もめっちゃ驚いてる!すっげぇなヴィルシーナ!育てた倉科も!」

 

 隣では虎太郎が興奮しながら応援している。確かに、今のヴィルシーナは凄い。

 

「?あんまりだな。下手すりゃジェンティルドンナが「それはないよ」ひ、聖?」

「……それはないよ、虎太郎」

 

 あぁ、確かに凄いだろう。本当ならば、勝っててもおかしくないだろう。ここまで育てた倉科君には尊敬の念が出てくる。彼もまた、良いトレーナーなのだと。

 でも、()()()()()

 

「……おいおい、待てよ。なんだよありゃ!?」

 

 しっかりと刻んであげよう。

 

「ヴィルシーナ凄い!雰囲気もそうだけど、さらに速くなってる!」

「あぁ……でも……ッ!」

 

 本当の、強者というものを。

 

 

 

 

 

 

 ジェンティルドンナは自分の心臓が早鐘を打つのを感じていた。目の前の相手を見て、感情が昂らずにはいられない。

 

(あぁ、本当に素晴らしいですわねぇ……ッ!ヴィルシーナさんッ!)

 

 彼女もまた至った。時代を創るウマ娘のみが至れる領域に。そう直感するジェンティルドンナ。並のウマ娘ならば追いつくことも難しいだろうと判断する。

 

(それほどの力を身につけるまでに積み重ねた努力、筆舌に尽くしがたいものだったでしょう。よくぞここまで練り上げました、褒めて差し上げます)

「えぇ、だからこそ──私のティアラに最上の価値が生まれるというものッ!!」

 

 ジェンティルドンナが地面を強く踏み込む。クレーターを作り上げんばかりに力を込め、全力でヴィルシーナへと襲い掛かる。

 

「あぁ、楽しい……楽しいわねぇッ!」

 

 轟音が鳴り響く。ただ地面を蹴っただけ、なのにその音は京都レース場に響き渡らんばかりの音だった。ヴィルシーナとの差を──()()()()()()。一歩、また一歩と進む度にヴィルシーナとの差は詰まる。

 先程までヴィルシーナを懸命に応援し、さらにギアを上げた姿を見て歓喜の表情を浮かべていた倉科。その表情は一転、絶望に染まる。

 

(止めろ……来るな……来るなっ!)

 

 倉科は願わずにはいられない。だが、差はグングン縮まる。ついには、並ぶ間もなく抜き去った。

 

《ヴィルシーナ粘る!ヴィルシーナ粘る!しかしこれはジェンティルドンナが上だ!ジェンティルドンナの方が速い!残り200m、完全に並んっ、でない!?しかし並ばない並ばない!ジェンティルドンナがヴィルシーナを千切り捨てる!懸命に粘るヴィルシーナ!しかし差は開いていく!ジェンティル抜け出した!ジェンティルが躱した!》

 

 ジェンティルドンナのファンは沸き上がる。ヴィルシーナのファンは絶望する。覚醒したような速さを見せたヴィルシーナを、容易く千切り捨てるジェンティルドンナ。残り200mでさらに差を広げていく。

 その差は永遠に縮まることはなく──

 

《ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナだ!やはり強かったジェンティルドンナ!ヴィルシーナの粘りをいとも容易く振り切って!今ッ!京都のゴール板をジェンティルドンナが駆け抜けたぁぁぁ!!無敗のトリプルティアラが京都レース場に誕生しましたジェンティルドンナ!そして着差は5バ身ッ!5バ身差で勝利を収めましたジェンティルドンナァ!》

 

 真の強者はただ、京都レース場に佇むのみ




ヴィルシーナ

適性:芝A ダートG
距離:短C マA 中A 長D
脚質:逃げA 先行A 差しE 追い込みG

スピード:A+ 901
スタミナ:B+ 726
パワー :B+ 769
根性  :A+ 924
賢さ  :A 811


ジェンティルドンナ

適性:芝A ダートA
距離:短B マA 中A 長A
脚質:逃げE 先行A 差しA 追い込みD

スピード:UF4 1342
スタミナ:A 897
パワー :UG3 1238
根性  :A+ 962
賢さ  :S+ 1099

ちなみにタルマエもジェンティルと同じくらいです。
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