大歓声が支配する京都レース場。スターウマ娘の誕生、新たなトリプルティアラウマ娘の誕生に歓喜の声を上げる。あまりにも簡単に、力強く成し遂げた偉業。畏怖の感情を抱きつつも、達成の時を祝っていた。
《これがジェンティルドンナだ!圧倒的な強さ、全てを蹂躙する【剛毅なる貴婦人】!並み居るティアラウマ娘達を平伏させ、勝者はただ君臨するのみ!これは今後のレースが非常に楽しみになる、そんな強さを見せてくれましたジェンティルドンナ!2着ヴィルシーナの差は5バ身!しかし、これはあまりにも遠い5バ身!そして、やっぱり5バ身だ!》
「すっっげぇ……!こんなトリプルティアラウマ娘を見れるなんて!」
「あぁ!とんでもねぇよ!」
ジェンティルドンナを讃える声が響く京都レース場。当のジェンティルドンナ本人は。
「……」
優雅に一礼するのみ。ただ、どことなく納得のいってない感情が見え隠れしていた。
ヴィルシーナは地に倒れ伏す。俯き、力なく地面へ跪く。目は焦点が定まっておらず、ブツブツと独り言を呟いていた。
「こんな……嘘よ……だって、私は……私は……っ!」
2着。またも2着。ジェンティルドンナの影を踏むことすら許されない、あまりにも遠い2着。もう嫌だと、これっきりにするのだと、今日こそは勝つんだと意気込んで、トレーナーと二人三脚で挑んだこのレース。結果は──これまでと何も変わらない2着。
「間違ってる……私は、頂点に……勝つってトレーナーくんと約束……立つって決めたのに……!」
ポキリ、ポキリと。ヴィルシーナの何かが折れていく。実際に聞こえているわけではない。だが、ヴィルシーナには確かに聞こえている。何かが折れるような音、その度に自身へと襲い掛かる喪失感。音が聞こえる度に力が抜けていき、真っ暗な闇の中へと沈んでいくような感覚。力のなさを嘆き、立ち上がる気力すら沸き上がらない。ただ地面を見つめて涙を零す。
「う、あ……うあ、あ、あああああ……!ごめんなさい……ごめんなさい……!シュヴァル、ヴィブロス……トレーナーくん……!」
妹へ謝る。弱いお姉ちゃんでごめんねと。倉科トレーナーへと謝る。約束を破ってごめんなさいと。全員に謝る。己の無力さを、力のなさを、うわ言のように謝り続けるヴィルシーナ。
そんな彼女の耳に入ってきたのは。
「素晴らしいッッ!」
「……え?」
思わず顔を上げる。先程まで歓声すらも聞こえていなかったのに、なぜか今の声だけは鮮明に聞こえた。
とても聞き覚えのある声。誰よりも、何よりも勝ちたかった相手の声。ヴィルシーナの視線の先では。
「──えぇ。とても素晴らしい気迫でしたわ。褒めて差し上げます」
不敵に笑い、ヴィルシーナのことを真っ直ぐに見つめているジェンティルドンナの姿があった。
ヴィルシーナはおぼろげにジェンティルドンナの姿を捉えている。なにを言われるのか?そんな思いがヴィルシーナの頭の中に浮かんでくる。
「貴方の気迫はとても素晴らしいものでした。私を倒すためにと練り上げ、努力を怠らず、なにがなんでも私に勝ちたいという思いを感じ取りました」
「……う、あ」
「貴方の頑張りは筆舌に尽くしがたいもの。よくぞここまで練り上げました。これは、お世辞でも何でもなくてよ。思わず私も、
ヴィルシーナを称賛するジェンティルドンナ。拍手をし、彼女の頑張りを褒めている。
「私のトリプルティアラは最上の輝きを放っている。これには貴方の存在が必要不可欠でした。それに、貴方もまた強者であると再認識する良い機会にもなりましたわ」
「っ!」
どの口が。思わず悪態をつきそうになるヴィルシーナ。
「真の強者は運さえも味方につける。今回の5バ身差勝利もまた、必然だったのかもしれませんわね」
「……なに、が」
「ですが次はこうはいきません。運が介入する余地もないほどの圧倒的勝利をまた刻みましょう。だから」
ジェンティルドンナは踵を返す。そして。
「──まだ挑む気があるなら、存分にかかってきなさい。私はいつでもお相手いたしますわ」
ジェンティルドンナに対する憧憬、3戦全てで同じ形で負けた無力感。ただ──本当にそうだろうか?本当に同じだろうか?
桜花賞やオークスは確かに余裕を感じられた。だが、今回の秋華賞は違う。
(我を忘れて走った……運さえも味方につける……彼女は確かにそう言いました)
ヴィルシーナは思う。今回の5バ身差は今までとは違う。今回の着差は──今までのように狙ったものではないのだと。全力で走った結果5バ身差がついた、偶然が引き起こしたようなものだと理解する。
(それでも、力の差が歴然であることには違いありません……けど!)
ヴィルシーナは立ち上がる。先程まで気力すらなかった彼女だが、どうにか自分を奮い立たせる。
頭の中でジェンティルドンナの言葉を反芻する。また挑む気があるならかかってこいといった彼女の言葉が、ヴィルシーナに立ち上がる力を与える。いつでも相手になってやるという言葉が、折れそうになるヴィルシーナの心を奮い立たせる。
(これまでだって同じでしょう……!それを改めて教えられただけ!だから何だというの!?)
立ち上がって、拳を強く握る。身体は振るえ、今すぐにでも俯きたい衝動を必死に抑える。
涙はとうに流していない。決意を固め、ひたすらに前を向く。
(私はヴィルシーナ!頂点の名を持つウマ娘!えぇ、これまで通りに……!)
「何度倒されようと立ち上がってみせます……!いつか必ず、貴方に届くその日まで!」
ヴィルシーナは叫ぶ。
観客席にいた高村はジェンティルドンナの下へと足を運ぼうとする。
「お、行くのか?」
「うん。ジェンティルを労いに行かなきゃ」
「そっかそっか。んじゃ、また後でな」
高村は親友である虎太郎と会話をし別れる。ジェンティルドンナが待つ控室へと向かった。
◇
道中、高村は──鉢合わせる。
「……」
「倉科君」
ヴィルシーナのトレーナー、倉科と。彼もまた、控室へ行く途中だったのだろう。ヴィルシーナの控室へ行く途中で、偶然鉢合わせた。高村はそう推察する。
思わず立ち止まる高村。どちらも動かず、静かな空気が場を支配している。口を開いたのは──倉科だった。
「なんで」
「なにかな?倉科く「なんっで!どうしてだよ!」……」
倉科は高村を睨みつけている。呼吸を荒げ、なにかを必死に堪えているように高村を睨む。拳は血が流れんばかりに握りしめ、歯が砕けるのではないかというほど食いしばっている。目にはうっすらと涙が見えていた。
「俺もヴィルシーナもやれることは全部やった!必死に努力した!溜めて逃げて、有利な展開なら負けないって思ってた!」
「……そうだね。確かに凄かったね」
「だが結果はこれだ!また5バ身差!近づくどころかどんどん離れていってやがる!」
興奮しながら倉科は高村へと歩みを進め──高村の胸ぐらを掴んだ。高村は見下ろし、倉科は見上げる形になる。
「なんでだよ、どうしてだよ!?必死に努力した、滅茶苦茶頑張った!なのに……こんなのってありかよ……っ!」
「……」
「んでそんなに強いんだよ……!どうやって追いついたらいいんだよッ!?俺みたいな凡人が、お前のような努力する天才にっ!どう頑張ったら追いつけるってんだよォォォッ!」
倉科の慟哭。涙を流し、溢れんばかりの思いをぶつける。なにが悪かったのかと、自分達になにが足りなかったのかと、ありったけの言葉をぶつける。
高村は表情を変えない。いつものように生気を感じさせない瞳で倉科を見下ろすだけ。ただその胸中では……倉科の気持ちも分からなくはない、と思っていた。
(倉科君も、もうどうしたらいいか分からないんだろうな)
彼はこの怒りをどこにぶつければいいのか分からないのだろう。結局のところ足りなかったのは自分の努力不足。いくら高村に他人とは違う特別な力が宿っているとはいえ、それを活かし積み上げてきたのは高村自身の努力だ。そんなことは倉科も分かっている。分かっているのだ。
けど、だからと言ってこの敗北を納得することなんてできない。理性を働かせて、あぁ負けてしまったなで終わらせることなんて無理な話なのだ。
(自分の努力が足りなかっただけ、相手だって頑張っている。そんなこと、誰だって分かってるんだ。でも)
怒りを堪えることなんてできない。これまで積み上げてきたものがあればあるほど、血の滲むような努力をしてきたからこそ、負けた時の喪失感は跳ね上がる。感情を抑えることなんてできなくなる。
倉科だって本当はこんなことをしたくないのだろう。胸ぐらを掴んで怒鳴り散らし、子供のように喚くことなど。それでも抑えることなんてできない。素直に勝者を讃えることなんてできない。納得なんてできるはずがない。
(なぜなら倉科君達は、それだけの努力をしてきたのだから。僕達も一緒?だからどうした。それが……抑える理由になんてならない)
この勝負にそれだけ本気だったから……本気だったからこそ、負けた時の悔しさも大きくなる。
子供のようだ、大人になれ、我慢しろ、理性的になれ……口では簡単に言える。でも、かけてきた思いが本物だからこそ、そんなことできるはずがない。高村はそのことを、強く理解していた。
高村は虎太郎の言葉を思い出す。ある日いつものように遊びに来た虎太郎の言葉。いざ倉科と話す時どうすればいいか?に対する答え。
(お前の本音で話せばいい、思ったままのことを、感じたままのことを伝えてやればいい、ね。君がくれた本に書かれてたこととは真逆じゃないか)
「倉科君」
いまだ高村の胸ぐらを掴んで離さない倉科。高村はその手を掴み、解かせる。そして、俯く倉科を真っ直ぐに見据えた。
「僕は担当ウマ娘以外で、自分の想像を超えるようなレースをしたウマ娘は片手で数えるほどしか出会ったことがない」
「……」
「ライスシャワー、ゴールドシップ……彼女達は僕の想定を超える力を発揮してきた」
淡々と、事実のみを語る高村。
「そして……今回のヴィルシーナ。彼女もまた、僕の想定を超えてきた。僕の想像を超える力を発揮したんだ」
「……だから、なんだよ」
「あぁ、うん。あんまり上手くまとまらないけど……」
真っ直ぐに見る。視線をそらさず、嘘偽りのない言葉をぶつける。
「君は凄いトレーナーだ。お世辞でもバカにしてるわけでもない、本当に僕はそう思った。だからこそ、君達に負けないようにと、僕も最善を尽くし続けた」
「ッ!」
「次……が、あるかは、ちょっと分からないけど。君達がまた挑んできても負けない──ライバルとして。僕とジェンティルは、絶対にね」
堂々と、自信をもって告げる高村。誤魔化しではないこと、嘘ではないというのが伝わってくる。
倉科は、ただ。
(あぁ……やっぱ強いわ、
高村の強さを、改めて実感した。胸ぐらを掴んだことを怒るのではなく、怒りをぶつけたことに呆れるのではなく相手を讃える。見下しているのか?と思うかもしれないが、高村にそんな気は一切ないのだろう。純粋に、心からの賞賛を倉科に送っていた。
(でも、だからこそ!)
「……胸ぐら掴んだことは謝る。ごめんなさい」
「別にいいよ。ビックリしたけど」
袖で涙を拭き、倉科は──どうにか笑って高村へと指を突きつける。
「でも!いつかまた挑んでやる!俺とヴィルシーナがお前達に勝つその日まで!俺は、俺達はッッ!絶対に諦めないからなッ!」
「うん。頑張ってね。楽しみにしてるよ」
「ケッ!余裕ぶっこいてろ!俺達はさらに進化してやる!お前の想像もできないくらいにな!」
立ち去る倉科。その足取りは先程までの絶望を感じさせない、未来への希望を抱いているような、そんな足取り。
(……警戒、上げとかないとな)
彼はまた強くなってくるだろう。高村はそう思いつつも、ジェンティルが待つ控室へと足を運んだ。
控室ではジェンティルドンナが待っていた。ただ、その表情はどことなく不満げである。
「遅い」
「ごめんね、ちょっと人と話してて」
「……まぁよろしいですわ。それで?何かかける言葉があるのではなくて?」
ふんぞり返っているジェンティルドンナ。高村は微笑ましさを覚えつつも、彼女を労う。
「トリプルティアラおめでとう。君の強さを証明するレースだったね」
「……」
「力強く、それでいてねじ伏せる走り……うん、君の強さを発揮できていた」
機嫌良さそうに耳を動かすジェンティルドンナ。ただ、次の言葉で表情を引き締める。
「次走はジャパンカップ……ここには、オルフェーヴルが出走してくる」
「ついに彼女と直接対決ですか。
暗に自分が勝つと宣言しているジェンティルドンナ。彼女の自信は揺らがない。
ただ、一筋縄ではいかない。そのことは十分承知の上である。
「まずは第一段階。次のステージに移ろうか」
「えぇ。エスコートは必要かしら?」
「別に自分で歩くから必要ないかな」
「あらあら……それよりもいつもの、頼みますわよ」
「分かったよ」
秋華賞を制し、トリプルティアラを戴いた。彼女が次に目指すのは──ジャパンカップである。
オルフェーヴル
適性:芝A ダートC
距離:短G マC 中A 長A
脚質:逃げG 先行F 差しA 追い込みA
スピード:UG8 1286
スタミナ:SS+ 1162
パワー :SS+1198
根性 :UG6 1262
賢さ :UG4 1241