正直、次のJBCクラシックは不安でいっぱいだ。全日本ジュニア優駿に始まり、日本ダービーにジャパンダートダービーを制した。私にとって自信に繋がったし、勝てて本当に嬉しかった。
これまでも皐月賞と日本ダービーでゴルシさんとの勝負があったし、同じチームのジェンティルさんとも度々レースをしている。彼女達は私と同じ実力の持ち主だし、勝率は五分だ。ジェンティルさんとのレースでは私の方が負け越してるけど……それはいいや。
JBCクラシックに出走してくるのは、ダート戦国時代と呼ばれる魔境を作り上げたダートの先輩方。ファルコンさんにトランさん、さらにはアキュートさんが出走してくる。
(エスポさんにフリオーソさんはレディクラシックの方に出るから来ないけど……それでも多少マシ程度。私にとって、初の格上挑戦)
バクシンオーさんにタキオンさん?……アレは例外みたいなもの。というかあの2人は格上どころじゃない。
トレーナーさんが見えるっていうステータスは私も見た。突きつけられたのは……私が一番劣っているという事実。総合値で私は、勝ち負けに絡めるかどうか微妙なラインに立っていたということ。
(仕方ない部分はある。相手は私よりもずっと先に走り続けてきた先輩方で、私は新参者。向こうの方が上なのは当然だ)
迫れているだけ御の字、とでも言うべきだろう。むしろ私の方がおかしいのだ。言ってて悲しくなるけど。
相手の方が強いのは当たり前、胸を借りるつもりで挑むべき……頭ではそんな感じの考えが浮かぶ。勝てなくても仕方ないんじゃないか?って。勉強させてもらうつもりで行くべきなんだ、って。弱気なことばかりが浮かんじゃう。
(──けど、それは甘えだ)
私はチーム・ミーティアのウマ娘。私のトレーナーさんは規格外の天才で、どんな状況でも結果を出してきた。バクシンオーさんとタキオンさんが良い例だ。彼女達も格上と呼ばれる相手と戦って、勝ってきた。
何よりジェンティルさん。彼女はジャパンカップで現トゥインクル・シリーズ最強と名高いオルフェさんと激突する。でも、ジェンティルさんは微塵も自分の勝利を疑っていなかった。
「彼女が座っている玉座を私のものにするだけですわ。分かりやすい最強もまた、必要でしょう?」
ジェンティルさんは強い。レースもだけど、心も強い。私とは違う。
(……だけど、私だって負けない)
勝たなきゃいけない。私はチーム・ミーティアのホッコータルマエ。相手が誰であっても……この手に勝利を掴み取る。それが私のやるべきこと。
トレーナーさんとの作戦会議。目前に迫ったレース、改めて現状やれることの再確認だ。
「……というわけで、今度のJBCクラシックのことだけど」
目の前にいるトレーナーさんがノートを開いて私に見せてくる。書かれているのはファルコンさん達のページ……うん、凄いステータスだ。トレーナーさんがまとめたもの、嘘はない。
「まず、追い比べだけは絶対にやっちゃダメだ。理由は……分かるよね?」
「はい。私のスタミナが誰よりも劣っているから、ですよね?」
「そう。有力候補3人と比べると、タルマエのスタミナは一段階劣る。これはしっかりと覚えておかないといけない」
うっ、改めて突きつけられると結構凹む……いやいや!凹んでいる時間はない!現実を直視しなきゃ!
「それに、今回はゴールドシップの時のような作戦は使えない。みんな前でレースをするタイプだからね、下手したらタルマエの方が蓋をされかねない」
「ってなると……アキュートさんよりも後ろの位置がベスト、ですかね?」
「あまり最善とは言えないけどね……大逃げも考えたけど、奇をてらう作戦も使えない。トランセンドがそれを許すとは思えないからね」
トランセンドさん。正直今回はファルコンさんよりもこっちの方が厄介だってトレーナーさんは言ってる。私達がとろうとしてくる作戦は看破してくるだろうってことで。
「前提として、スマートファルコンはほとんどの子がマークをする。彼女を逃げさせたら不味いってのは共通認識だからね」
「だから私達はマークを外す、ってことですか?」
「選択肢としてはアリだ。ただスマートファルコンの場合は……マークしても振り切るだけの脚がある。タルマエがマークすれば彼女を封じ込めることも十分可能だけど、そうなると今度はトランセンドとワンダーアキュートが台頭してくる。正直な話、彼方立てれば此方が立たぬ、だね」
う、う~ん……本当に厳しい勝負ですね。でも頑張るしかない。分かってたことだし、この先も戦う相手だ。
「だからこそ、トランセンドかワンダーアキュート、この2人どちらかがスマートファルコンをマークせざるを得ない状況に持っていきたい」
「それならトランセンドさんの方が幾分か。同じ逃げですし、私がマークしないと分かれば」
「そうだね。ただ、こちらの動きを向こうが予測してくる可能性がある。だから別の作戦を立てておこう」
それから話し合いは続く。勝つための作戦、ファルコンさん達を出し抜くための会議。
トレーナーさんは色んな策を提案してくれている。表情は変わらないけど、分かる。全部私のためにと頑張ってくれたんだろう。レースの映像を何十回も見て、考えうる限りの展開を考えて、そして私に提案してくれている。実際に見たわけじゃないけど、この人はそれぐらいのことはやる。
(これくらい当然、なんてトレーナーさんは言いそうだけど)
その当然ができる人がどれくらいいるか?いっそ狂気ともいえるほどの熱意、みんながトレーナーさんを評価するのが良く分かる。この人は本当に、私達担当ウマ娘のために頑張ってくれる人なんだ。
(だからこそ、トレーナーさんの頑張りに報いないといけない)
勝たなきゃいけない。トレーナーさんを喜ばせないといけない。相手は強いけど、それでも私は負けない。その思いを胸に、作戦を決めていく。
「……後は臨機応変に対応しよう。まずは序盤の展開、ここが重要だね」
「はい。トレーナーさん」
「頑張ってね、タルマエ。勝とう、スマートファルコン達に」
頷いて答える。JBCクラシック……頑張ろう!
◇
JBCクラシック。今回は川崎レース場のダート2100mで開催される本レースは曇り空の良バ場で開催となった。すでに日は落ちて夜となっているが、多くのファンがレース場に集まっている。
注目されているのは──ホッコータルマエ。ダート戦国時代に参入してきた新参者。世代のダートウマ娘では抜けた強さを誇っていた彼女が、ついに群雄割拠のダートに乗り込んできたのだ。注目が集まるのは必然といえるだろう。
「ホッコータルマエがどこまで通用するか……見物だな」
「クラシックでは無類の強さだったけど、相手がスマートファルコン達だからなぁ。かなり厳しいぞ、これは」
「芝とダートのダービーを制した若武者が新しい風を吹かせるか、だな」
観客の視線の先ではウマ娘達がウォーミングアップをしている。これから始まる戦いに備えて、身体を整えていた。
ホッコータルマエは観客席に向かってアピールをする。これも彼女の大事なルーティーンだ。
「みんな~!今日も応援よろしくだべさ~!」
笑顔を振りまいて、ファンとの交流を大事にする。ファンもまた彼女の笑顔を見て顔を綻ばせ、ホッコータルマエは満足そうに頷く。一通り終わった後、レースを走るための準備に入った。
入念にストレッチをするホッコータルマエに近づく影。長い鹿毛の髪を揺らし、ホッコータルマエの姿を確認すると顔を綻ばせた。
「レースでは初めましてだねぇ、タルマエちゃん」
「あ、アキュートさん」
【堅忍不抜】ワンダーアキュート。普段はほわほわとした雰囲気を纏うのんびり屋だが、レースの彼女は別人のようになる。口調こそいつもと変わらないが……纏う雰囲気が猛者そのもの。ホッコータルマエは思わず気圧されそうになる。
ただ、ワンダーアキュートは体調がよろしくないのか、少しばかり顔色が悪かった。
「タルマエちゃんとの勝負、楽しみだねぇ。今日はよろしくさんだよぉ」
「……はい、よろしくお願いします」
十全の力を発揮するのは難しいだろう。それでも油断はできない。相手は戦国時代で活躍する強者なのだから。
2人のやり取りを遠くからトランセンドが眺めている。調子を整えつつ、観察を怠らない。
(アキュさんはちょっち調子が悪そうだねん。ま、フランス遠征についていってたから仕方ないか)
「問題はタルマエちゃん……いやぁ、凄いねホント。ウチらと十分やり合えるじゃん、アレ」
トランセンドは感じ取る。ホッコータルマエが持つ強さが自分達に匹敵していること、クラシック級ながらシニア級で鎬を削る自分達に迫っていることに畏怖の感情を抱いていた。そして、自分に未知なる可能性を見せてくれるだろうとゾクゾクする。
(ふつーは厳しいもんだと思うんだけどね~。ま、そこはあそこのトレーナーさんの仕業、ってとこか)
「ただ、負ける気はないよん。ウチもJBCクラシック二連覇したいからねん」
軽い調子で整えるトランセンド。しかしその目に驕りは一切ない──戦士の目をしていた。
そして──今回のJBCクラシックにおける一番人気。【砂のハヤブサ】または【赤鬼】とも称されるウマドル。
「みんな~!今日もファル子のこと、応援よろしくね~☆」
スマートファルコンが観客席に向かって手を振っていた。ホッコータルマエ同様アピールしているが、終わるとすぐさま臨戦態勢に入る。
「──ふぅ」
雰囲気が一変する。周りにいるウマ娘を圧し潰さんばかりのプレッシャー、ワンダーアキュートやトランセンドにも負けない強者の圧。凍てつくような眼差し、先程のウマドルとしてのスマートファルコンとは別人といってもおかしくない。
ホッコータルマエは……屈さない。むしろ睨む。気持ちで負けてたまるかと、この勝負を勝つのは自分だとばかりにスマートファルコンを睨む。視線に気づいたスマートファルコンは、笑みを浮かべていた。
ゲート入りの時間がやってくる。1人、また1人とウマ娘がゲートへと入っていき、発走の時間が近づいていることを感じさせる。
《ウマ娘達のゲート入りは順調。川崎レース場2100m良バ場、JBCクラシックがまもなく発走となります!注目が集まるのはやはり、現在クラシック級のウマ娘ホッコータルマエですよね!》
《そうですね。ダートは現在5人のウマ娘が群雄割拠となっています。ここに新たなウマ娘として食い込んでくるのか、それとも下すのか注目が集まるところです》
《今回は五強の内3人が出走していますからね!注目が集まります!ホッコータルマエは5枠からの出走、1番人気スマートファルコンは6枠、トランセンドは3枠。そしてワンダーアキュートは6枠出走!果たして勝者になるのはどのウマ娘か?今、最後のウマ娘がゲートに入りました》
全員の態勢が整い、ゲートが開くその瞬間を待つ。静寂に包まれるレース場の空気を壊すように──ガシャンッ!と。ゲートの開く音が響き渡った。同時に、ウマ娘達の走る音が地鳴りのように響いていく。
《始まりますJBCクラシック!さぁハナを取るのはどのウマ娘か!内からトランセンド果敢に上がって行く!外からはスマートファルコン、ハナは譲らない先頭指定席!熾烈な先行争いが繰り広げられますJBCクラシック、ハナを握ろうとするトランセンドとスマートファルコン!ホッコータルマエはどうか?ワンダーアキュートも注目したいところ!まずは最初の第3コーナーめがけて先行争いが繰り広げられます!ここから抜け出すのはどのウマ娘か!》
JBCクラシック開幕。
どこか気負い過ぎな気がするタルマエのJBCクラシック開幕です。