その力は何の為に   作:カニ漁船

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JBCクラシック VS強敵達

 JBCクラシックは1周目のホームストレッチの半分が過ぎた。熾烈な先行争いは落ち着き、今度はお互いの出方を窺うゆったりとしたペースになっている。先頭スマートファルコンのマークには2番手トランセンドと3番手ワンダーアキュート、そしてドラグーンスピアがついており、ホッコータルマエは5番手。ワンダーアキュートとの差は1バ身程である。

 レースを眺めていた高村はホッコータルマエの位置に少しの安堵を覚える。彼女にとって理想の位置取り、追い比べをせず、スマートファルコン達から差程離れない位置をキープできている。まずは第一段階を突破したとホッと胸を撫で下ろした。

 

《まもなくホームストレッチの半分を通過。ハナを切るのはやはりこのウマ娘、【砂のハヤブサ】スマートファルコン!しかし楽には逃げさせないぞとトランセンドがついています、トランセンドがスマートファルコンのマークについている。内にドラグーンスピア、外にワンダーアキュートここが3番手争い、1バ身離れてホッコータルマエが単独で追っています!縦長の展開となっていますね》

《差しや追込のウマ娘にとっては、まだ無理をする段階ではないですからね。ただ、スマートファルコンやや早めのペースで逃げているか?》

《トランセンドが競りかける展開。ホッコータルマエは漁夫の利を狙う形になっているか?まもなく第1コーナー、先頭スマートファルコン競りかけるトランセンド、これもよく見る風景となっています!》

 

 スマートファルコンと競っているトランセンドは冷静に思考を巡らす。今この状況が自分にとって向かい風であることを自覚していた。

 

(ファル子ちゃんに併せてたらウチの方がまずいからねん。スピードもスタミナも五分だけど、共倒れになってアキュさんやタルマエちゃんが伸びてくるだろうし)

 

 トランセンドにとって今の状況は漁夫の利を狙われる可能性が高いパターン。このまま競りかけていると、共倒れになると予想していた。とはいっても、そう易々とスマートファルコンのマークは外せない。

 

(タルマエちゃんがやってくれると思ったんだけどね~。ま、あそこはそう簡単にやってはくれないか)

「ウチも警戒してるしみんなを警戒してる。勝つ気で行くんだったら、そりゃまぁ押しつけるっしょ」

 

 スマートファルコンを抑え込めてなおかつ近い脚質となると自分が選ばれる、トランセンドには分かっていたことだった。なのに何故対策をしなかったかというと……()()()()()()

 予想できなかったことじゃない。むしろスマートファルコンのマークにつかないという手もあった。だが、その先に待ち構えているのは──赤鬼(スマートファルコン)による単騎逃げのゲームエンドである。

 

(ファル子ちゃんのマークにつかなきゃ間違いなく負ける。強い逃げウマ娘を楽に逃げさせることってことだからね。だからま~マークせざるを得ないわけで。難儀なもんだよね~)

 

 トランセンドが前回JBCクラシックでスマートファルコンに勝った時も徹底的なメタからの辛勝である。逃げウマ娘の対策を万全にし、スマートファルコンにとっての苦手分野を押しつけてようやくもぎ取った勝利。これだけの対策をしてようやくのクビ差、さらには東京大賞典では敗れ去った。

 スマートファルコンの強さはよく知っている。知っているからこそ対策せざるを得ない。そこを突かれた形になる。

 

(……とはいっても、策がないわけじゃないんだな~これが)

「そろそろかな?」

 

 第1コーナーを曲がるトランセンド達。後ろをチラリと見て、ワンダーアキュートとドラグーンスピアの位置を確認する。

 

(いい感じだねん。んじゃ、行きますかい)

 

 トランセンドは──少しだけペースを落とす。ワンダーアキュートとドラグーンスピアは訝し気な視線を向けるが、一瞥してスマートファルコンとの差を詰めにかかった。トランセンドは2人の後ろにつける。スマートファルコンのマークを、2人に押しつけた。

 

(ファル子ちゃんがヤバいって思ってんのはウチだけじゃない。勿論アキュさんだって同じでしょ?)

「ウチはここいらで休ませてもらうよん」

 

 トランセンドはドラグーンスピアの後ろにつけて風除けにする。第1コーナーから第2コーナーを緩やかに走っていった。

 

 

 

 

 

 

 前を走るアキュートさん達。2週目のバックストレッチに入ったレースは、まもなく第3コーナーへと差し掛かろうとしている。

 

(ここのコーナーは急だから気をつけないといけない。でも、みなさんが教えてくれた技術を駆使すれば、最短経路で曲がれる!)

 

 トランセンドさんはアキュートさんにファル子さんのマークを押し付けて自分は下がった。今はドラグーンスピアさんを風除けにして内側を走っている。私の前……最内の経済コースを潰されていた。

 多分だけど、ファル子さんは結構いっぱいいっぱいだろう。序盤からトランセンドさんの集中マークを受け、今はアキュートさんとドラグーンスピアさんのマークを受けている。十分削られたはず。とはいっても。

 

(……それでも勝ってきたのがファル子さん。だから油断はできない)

 

 ファル子さんには脅威の粘りがある。後続を追いつかせない逃げ、ファンを魅了する圧倒的な逃げでダートに君臨している王者なのだから。

 

(本当に強い……強いからこそ、負けたくない……!

 

 勝ってさらにアピールを。苫小牧のため、ミーティアのため、なによりトレーナーさんのため……!私は、負けるわけにはいかない!

 

 

 苫小牧に活気を取り戻す。そのためにはレースで目立つ必要があった。ダートのレースは芝よりも目を向けられない、だから皐月賞や日本ダービーにだって挑戦した……ダービーはゴルシさんへのリベンジだけど。

 1つ勝つたびに歓声が上がる、苫小牧へのアピールにも繋がる。勝つことは嬉しいし、なにより次も頑張ろうって思えるから私は頑張った。ただ、いつの間にか。()()()()()って思うようになった。

 ミーティアでデビューしたウマ娘はみんな強い。バクシンオーさんやタキオンさんは言わずもがな、私の同期のジェンティルさんもいかんなく強さを発揮している。現状無敗のトリプルティアラで、全てのレースを5バ身差で勝った圧倒的な強者。ファンの人がいっそ怖いって感情を抱くのも理解できる。

 対して、私は?確かに芝とダートのダービーをどっちも取った。インパクトだって負けてないだろう。苫小牧へのアピールも出来てるし、地元のおじさまやおばさまも観光客が増えたって喜んでた。でも、それでも……もっともっと頑張らなきゃって思うようになっていた。ジェンティルさんの強さを、私はよく知っているから。

 

(なにより、トレーナーさんは負けたら悔しそうにする。表には出さなかったけど、皐月賞では凄く悔しい思いをしたんだと思う)

 

 悔しい思いをさせたのは自分だ。トレーナーさんはみんなのためにいつも一生懸命で、時には無茶もするほどに献身的。どうして私達のためにそこまでするの?って思うことがあるぐらい。トレーニングプランやレースの作戦、相手になるウマ娘の対策に私達のケア。いつもいつもお世話になってばかりだ。私はその頑張りに、報いているだろうか?ちょっと怪しい。

 

(皐月賞で負けちゃった時も、一言も私を責めなかった。悪いのは私なのに)

 

 トレーナーさんは優しい。敗因は私達ではなく自分にあると答えるようなそんな人。それなりの付き合いがあるからよく分かっている。

 そう、だからこそ……あの人の頑張りに応えないといけないんだ。

 ジェンティルさんは無敗。私は一敗。黒星がついている。それも、自分が油断したからこその負けだ。

 

(……悪いのは私だ)

 

 唯一の黒星が、私を焦らせる。これ以上負けたらダメだ、勝たなきゃいけない。トレーナーさんの頑張りに報いなきゃいけない。勝たなきゃ、勝たなきゃ、勝たなきゃ!

 

「勝つ……絶対にッ!」

 

 第3コーナーに入る。ここが──勝負所だ!

 

 

 

 

 

 

 レースを観戦していた高村は違和感に気づく。

 

「……タルマエ?」

 

 走りがおかしくなったわけではない、怪我をした素振りを見せているわけではない。ただ……鬼気迫る表情で走るホッコータルマエの姿を見て、高村は違和感を抱いた。

 また、高村だけではない。

 

「タルマエちゃん……なんというか、怖いのう」

「んだべさ。あんなタルマエちゃん見たことがない……」

 

 苫小牧から応援に駆け付けた人達も違和感を抱く。今のホッコータルマエは尋常ではないと。

 しかし、できることは応援することだけ。せめてもとファンは声援を飛ばしていた。

 

 

 すでにレースは終盤。スマートファルコンの巡行スピードは落ちてきているものの、脅威の粘りを見せている。第4コーナーを曲がってもうすぐ最後の直線、後続が続々となだれ込んできている。ホッコータルマエは現在トランセンドと()()()()()()()

 

《第4コーナーを越えて最後の直線!キツいカーブを抜けてきた!先頭は依然としてスマートファルコン!スマートファルコン先頭!この指定席は譲らないスマートファルコンが粘っている!しかしドラグーンスピア必死の追走!さらにはトランセンドとホッコータルマエが内から攻めてきた!内から2人同時に上がってくるトランセンドとホッコータルマエ!最内トランセンド外ホッコータルマエだ!》

《ワンダーアキュートは現在6番手!不調気味だった彼女はすでに限界を迎えたか!?》

《さぁ最後の直線だ!最後の直線残り約300m!このまま逃げ切れるかスマートファルコン【砂のハヤブサ】!巻き返せるかトランセンドとホッコータルマエ!ドラグーンスピアも粘っている粘っている!》

 

 トランセンドとの追い比べ。終盤とはいえ、あまりよろしくない展開なのか高村は苦々しい表情を浮かべる。

 

(ワンダーアキュートにスマートファルコンのマークを押し付けて、この局面に向けて回復か。やってくるとは思っていたけど)

「ただ、スピード勝負ならタルマエに分がある。実力を発揮できれば、この追い比べは勝てる」

 

 スタミナの消耗が激しい追い比べだが、すでに勝負は最後の直線に持ち込まれている。十分持つだろうという判断を下した高村。スマートファルコンとの差は1バ身程、十分に躱せる距離にいた。

 それでも気になるのは、ホッコータルマエの状態だ。気が気でない高村。

 

(最後の勝負、ということを差し引いてもおかしい……気が、する。いつものタルマエらしくない)

「何かに追われているような、レースとは違う何かに必死になっているような……」

 

 漠然とした不安。応援することも忘れて、高村はホッコータルマエを心配していた。

 

 

 最後の直線に入った勝負。トランセンドとホッコータルマエの競り合いは続く。

 

「ゾクゾクするねぇ!タルマエちゃんもそうっしょ!?」

 

 隣を走るホッコータルマエに話す、わけではなく。思わず口から漏れ出た言葉。ただ、ホッコータルマエの耳にトランセンドの言葉は入っていない。

 

「勝つ……!勝つ……!」

 

 一瞬恐怖すら抱く勝ちへの執念。らしくない、とは思いつつもこれが最後の直線だから当たり前か、とトランセンドは思う。

 

「けど、負けられないのはウチも同じ!ここらでさらに──ギアを上げるよ!

 

 バックストレッチで回復したスタミナ。発揮するならばここだとトランセンドは走る。領域も切り、ホッコータルマエを引き離してスマートファルコンへと急襲する。

 ──しかし、ホッコータルマエは。

 

「負けない……!絶対にっ!」

 

 必死の形相で、トランセンドに引き離されまいと競りかけてきた。無意識にだが領域を使い、トランセンドに肉薄するホッコータルマエ。だが、ここでさらに1人のウマ娘が争いに参戦する。

 

「やる気も気合も十分……頑張ろうかねぇ!」

 

 ワンダーアキュート。不調気味だった彼女が、この最後の直線で3人に並びかけてきた。ドラグーンスピアを躱し4番手に浮上。接戦を演じる。

 全員他のことに気を取られている余裕はない。がむしゃらに、必死に、ゴールへと向かって駆け抜ける。

 

《トランセンドとホッコータルマエがスマートファルコンに並んだ!ドラグーンスピアこれはもう厳しいか!?トランセンドとホッコータルマエがドラグーンスピアを抜いた!後ろからはワンダーアキュートがグングン上がってくる!スマートファルコンも粘るがスピードが落ち始めている!》

《序盤からの集中的なマーク、粘れるといってもこれは厳しいものがあるでしょう!》

《残り100mでトランセンドとホッコータルマエがスマートファルコンに並んだ!ワンダーアキュートもドラグーンスピアを抜いたぁぁぁ!さぁ4人での争いになる!ここから抜け出すのはどのウマ娘か!》

 

 粘るスマートファルコン。追いかけるトランセンドとホッコータルマエ。急襲するワンダーアキュート。

 

(アキュさんが来るのは予想外……!けど、負けてられないじゃんね!)

(勝たせてもらおうよぉ、ファル子さん、トランさん、タルマエちゃん!)

「勝つ……勝つ……勝つ……!」

 

 ほぼ一直線の横並び。残り50m付近、最後に抜け出したのは──トランセンドだった。

 

《トランセンドトランセンド!トランセンドが最後抜け出した勝ったのはトランセンドォォ!!JBCクラシック二連覇を成し遂げたトランセンドォ!最後の最後に抜け出したぁ!最後の勝負に向けて余力を残し、抜群のタイミングで抜け出したトランセンドが勝利をもぎ取りました!JBCクラシック連覇の偉業を成し遂げたッ!2着は写真判定です!しかしこれはホッコータルマエが優勢か!?》

「ぃよっしゃぁぁぁぁ!勝ったじゃんね!」

 

 天高くVサインを掲げるトランセンド。彼女のトレーナーも観客席で拍手をしていた。

 観客席から湧き上がるトランセンドのコール。勝者は声援を一身に受け、笑顔でファンへと応対する。

 そんな中で、ホッコータルマエは。

 

「ハァー……ハァー……っ」

 

 尋常じゃないほどの消耗で、立つことすら危うかった。それでも倒れないのは彼女の意地だろう。

 おぼつかない足取りで引き返すホッコータルマエ。その姿を見ていた高村は。

 

「ッ!」

 

 気づけば走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 どうして気づかなかった?タルマエの様子がおかしいことに。なんでもっと注視しなかったんだ……僕は!

 控室を目指して全速力で駆け抜ける。今までの僕だったら途中で力尽きてたけど。

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 普段ジェンティルに鍛えられてるのがここで役立つなんてね……いや、それは今は隅に置いておこう。とにかくタルマエのところへ急がないと!

 走って、タルマエがいるだろう控室へと辿り着く。ノックをして、入室する。

 

「タルマエっ!」

「とれーなー、さん」

 

 タルマエは……椅子に座っていた。それはいいだろう。ただ、表情はよろしくない。負けたことを悔しく思っている、申し訳ないと思っている。そんな感情が見え隠れしているけど、それ以上に……()()()を感じた。

 どう言葉をかけようかと迷っていると、タルマエが椅子から立ち上がってこちらへと歩み寄る。

 

「ごめんなさい、トレーナーさん。また、負けちゃいました」

「……次は勝とう。今回の敗因は僕のリサーチ不足、ひいては僕の責任だ。タルマエが気に病む「違いますよ」タルマエ?」

 

 いつものタルマエの声色じゃない。普段の彼女らしからぬ態度。戸惑っていると──タルマエが僕の目の前に立っていた。

 

「全部、私が悪いんです。私の努力が足りないから、今回も負けちゃったんです」

「それは違う。悪いのは「だから」っ!?」

 

 タルマエが僕のスーツの裾を掴む。彼女の表情は……絶望を隠し切れない、それでも取り繕う様に笑顔を浮かべている、悲痛な表情。

 

「次、次はしっかり勝ちますから!次は……チャンピオンズカップでは勝ちますから!だから、私の次走をチャンピオンズカップにしてください!」

 

 そして、チャンピオンズカップへの出走を懇願してきた。

 

(……一応、元々予定していたレースではある)

 

 12月の初めにあるチャンピオンズカップ。ダートの主要なレースの1つだし、タルマエが出走するのに良いからと予定はしていた。

 けど、こんな状態のタルマエを出走させてもいいのだろうか?今の彼女は明らかにおかしい。元々真面目な彼女は自分と同じように自責思考にあると思っていたけど、これは……。

 

(出走を望んでいることも確か。でも、今のタルマエを出走させるのは……)

 

 皐月賞の時とは違う。あの時もリベンジに燃えていたけど、今のタルマエとは何もかもが違う。それが躊躇させる。

 悩む。出走させるべきか、否か。彼女のお願いを断るべきか、断らないべきか。悩んだ末に僕が出した結論は──

 

「……少し、考えさせてほしい。前向きには検討するよ」

 

 返事を先延ばしにすることだった。




次走 チャンピオンズカップ……?
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