諸々の事情により、トレーナーである高村が2日ほど席を外すチーム・ミーティア。代わりに誰が見るのか?休みになってもおかしくない状況だが、自主トレに近い状態でトレーニングをやっている。また。
「さぁジェンティル君!ジャパンカップまで日がない、頑張ってトレーニングを続けたまえ!」
「分かっ、ています、わっ!」
アグネスタキオンがトレーナー代理を務めることで、チーム・ミーティアは高村なしでもトレーニングをすることができていた。トレーニングを見ることぐらいはできる、というのがアグネスタキオン談である。ソノンエルフィー達と一緒に、ジャパンカップが近いジェンティルドンナのトレーニングを集中的に見ていた。
高村とホッコータルマエがいないチーム・ミーティア。トレーニングの休憩中に、キタサンブラックがぼそりと呟く。
「大丈夫でしょうか?トレーナーさんとタルマエさん。今頃苫小牧に着いてる頃ですよね?」
「そうだな。突然苫小牧に旅行する、と言った時には驚いたが……しかし、何故苫小牧に?」
疑問を隠し切れないドゥラメンテ。サクラバクシンオーとアグネスタキオンがドゥラメンテの言葉に反応した。
「分かりませんッ!ですが、トレーナーさんにも何か考えがあるのでしょうッ!タルマエさんと一緒に行くわけですからッ!」
「彼は意味のないことはしない。それに、タルマエ君はメンタル面で不調を抱えていたからねぇ。初心に帰る、なんてことが理由かもしれないよ」
きっとホッコータルマエのために行動しているのだろう、と即座に答える2人。高村のことをかなり信頼しているのが見てとれる。ジェンティルドンナも無言で頷き、キタサンブラックとドゥラメンテもまぁそうだろうな、という反応をする。その光景を見ていたソノンエルフィーと都留岐涼花は、ミーティアの信頼関係を改めて実感していた。
「素晴らしいですねッ!聖トレーナーのことをとても信頼しているご様子ッ!仲良きことは美しきかな、ですッ!」
「そうね、エルフィー」
トレーニングも問題なくこなしている学園側。果たして高村達はどう過ごしているのだろうか?
「ところでジェンティル君。ダートに向かったりはしないのかい?向こうも群雄割拠だよ?」
「遠慮しておきますわ。タルマエさんの獲物を横取りする趣味はございませんの」
「獲物って……」
ジェンティルドンナの発言に引き攣った笑みを浮かべるキタサンブラックだった。
◇
……改めて考えても不思議でならない。今の私の状況が。
「ひとまず無事に着いたね。変装はバッチリ?」
「……まぁ、はい」
「それじゃあ行こうか」
私は今、苫小牧の地にいる……トレーナーさんと一緒に。
きっかけはトレーナーさんの提案、というよりは交換条件だ。チャンピオンズカップに出走することを望む私に、トレーナーさんはある条件を出してきた。それがここ苫小牧に来ること。わざわざ外泊許可証に有休をとってまで、どうして苫小牧に?いえ、トレーナーさんが苫小牧に興味を持ってくれたようで大変嬉しいですけど!
ここに来るまでに何度かトレーナーさんにも聞いたけど、核心的なことは言わずはぐらかされた。
「タルマエの動画で、苫小牧に興味を持ってね。今まで一度も来たことないし案内役も欲しい。それに、たまにはリフレッシュもかねていいんじゃない?」
……な~んて言ってましたけど、なにかあるってのがバレバレだ。もうすぐジェンティルさんのジャパンカップもあるっていうのに、わざわざこの時期に来ることはないんだから。それこそ年末にでも来ればいい話だ。
でも、苫小牧に興味があるってだけでも私は嬉しかった。単純な性格してるなぁ我ながら。
さて、早速着いたわけなんだけど……お、おぉ!人がたくさんいる!いえ、さすがに東京と比べたら……まぁ、いないんですけど。それでも結構な人が空港にいる!しかもその人達は口々に苫小牧のことを口にしていました。ということは、つまり!
「見てくださいトレーナーさん!若い人達もいますよ!あれってもしかして……観光客!?」
「まぁそうだろうね。タルマエのチャンネルで興味を持った人達が訪れてるんじゃないかな?」
まさか平日でも来てくれるなんて!これまでの努力が実を結びました!
「それじゃあ行こうか。タルマエ、案内を頼むよ」
「はい!任せてくださいトレーナーさん!」
少ないながらも観光客がいる、苫小牧に活気が戻っている。その事実が嬉しくて、トレーナーさんが何か企んでいるということも忘れて、私のテンションは上がりっぱなしだった。
トレーナーさんに苫小牧の観光地をたくさん紹介しよう、と意気込んではいたんだけど。
「観光地も悪くないけど、タルマエが生まれ育った場所を知りたいかな」
「え?でも苫小牧の魅力を知ってもらうには……」
「特別な場所じゃなくてもいいんだ。タルマエが育った環境、そこに興味があるから」
トレーナーさん的には私が育った場所の方が重要だったみたいで。ちょっと残念だったけど、観光地ではなく私がよく遊んだ公園や商店街、後はおじさま達がいる港を紹介することにした。
そして道中、色んな人達に声をかけられた。
「あれ?もしかして……タルマエちゃん?」
「あ、は、はい。お久しぶりです、おばさま」
「こっちに帰ってきてたのね!本当に久しぶりだわ~!……隣の方は、タルマエちゃんのトレーナーさんね?」
「はい。ホッコータルマエさんのトレーナーを務めさせていただいております、高村聖と「も~そんなに固くならなくていいのよ!フランクにフランクに!」はぁ」
公園に立ち寄った時はおばさまに。
「お、帰ってきてたのかいタルマエちゃん!ほら、特別にパンをサービスしてあげるよ!」
「わ、良いんですか!?」
「勿論!隣のトレーナーさんも一緒に!」
「ありがとうございます……美味しいですね」
商店街ではパン屋のおじさまに。
「あれ?もしかして……ホッコータル「バカお前!こういうのは気づかない振りしとけって!」むぐっ!?」
「す、すんませんお休みのところ!俺らすぐ退散「もしかして……観光客の方ですか!?」え?あ、ま、まぁはい。そうっすね」
「そ、その。俺らホッコータルマエさんのウマチューブずっと見てて!で、苫小牧のこと興味湧いて……まとまった休みができたから、じゃあ行くべ?ってことで来ました……」
「~~~!嬉しい!これからもチャンネルと苫小牧のこと、よろしくお願いしますね!」
「「は、はい!」」
私のファン、ウマチューブで苫小牧に興味を持ってくれた人達と出会った。ファンの人達に関しては私から声をかけた感じだけど、トレーナーさんは何も言わなかった。むしろ交流して欲しいって気持ちを感じるような……。
ただ、みんなが口を揃えて言うことがあった。それが、JBCクラシックのこと。
「タルマエちゃん。この前のレースは惜しかったねぇ。ほら、あんまり気落ちしないで、いっぱい食べて元気だしな!」
「あまり気にしないでねタルマエちゃん!どんなタルマエちゃんでも、私達はずっと応援しているよ!」
「あ、あの!俺らずっと応援してますんで!タルマエさんこれからも頑張ってください!ウマチューブも、レースも!全部全部応援してます!」
気にしないで、頑張って、ずっと応援しているよ……そんな声をかけられた。そして、共通していることが1つ……次は勝ってね、は一度も聞かなかったこと。勝利に対しては、何も言われなかった。
(気、遣わせちゃってるのかな)
不甲斐ない走りをした、だからみんな気を遣ってくれている。本当は観光よりもトレーニングをした方がいいんじゃないだろうか?そんな風にさえ思ってしまう。でも、トレーナーさんが言うことだし。でもでも、みんなに報いるためにはトレーニングをした方が……!
「……」
「大丈夫?タルマエ」
気を遣わせて申し訳ないと思ってると、トレーナーさんが心配するように声をかけてきた。いけないいけない、しっかりと案内しないと!
「だ、大丈夫です!次は港を案内しますね!」
「うん、よろしく頼むよ」
トレーナーさんを連れて港へ向かう。ここから見える海の景色は、私も好きな光景だ。トレーナーさんにもぜひ知ってもらいたい。
港に着くと、早速おじさま達が歓迎してくれた。トレーナーさんの姿を見てちょっとびっくりしてたけど。
「おぉ~タルマエちゃん!みんなからタルマエちゃんが帰ってきてるって聞いてたけど、本当に来てたんだねぇ!」
「は、はい。トレーナーさんが、少しリフレッシュにって」
「そうかそうか!……そんで、アンタがトレーナーさんかい?」
「はい。ホッコータルマエさんのトレーナーを務めさせていただいてます、高村聖と申します」
「若いのにできた兄ちゃんだねぇ……ま、こっちに来な!」
おじさまに案内されるまま来ると、色々ともてなされた。ホッキ貝だったり、お刺身だったり。たくさんの海の幸を分けてくれた。うぅ、体重がちょっと心配になる……でも、おじさま達の心遣いは無下にできない……!
「ほらほら、トレーナーさんもタルマエちゃんも沢山食べて、元気出しておくれよ!」
「ウチのは特別新鮮だからね!これを食べて、元気百倍ってやつさ!」
トレーナーさんは黙々と食べている。多分だけど、私と同じ気持ちなんだろうな。
その後も黙々と食べていると、おじさまはなんだか言いにくそうな態度をしていて?
「その、タルマエちゃん。元気は出たかい?」
「へ?元気?」
急にどうしたんだろう?私、別に病気も何もないけど。ただ、続く言葉を聞いて納得した。
「タルマエちゃん、JBCクラシックで負けたこと気に病んでるんじゃないかって思ってね……ほら、インタビューでも凄く落ち込んでるみたいだったから」
「あ……」
「それに、レース中のタルマエちゃんも、こう、なんというか……追い詰められているんじゃないか?って思ってね。それが、自分達が原因なんじゃないか?と思うと……」
ッ!そ、そんなことない!おじさま達のせいだなんて、そんなこと!
「そ、それは違いますッ!アレは……」
「でも、見ておくれよタルマエちゃん!この港を!」
必死に反論しようとする私を制して、おじさまは港を指差した。そこに広がっていたのは──
「へ~、ここがホッコータルマエ激推しの港か~」
「うっそ、マジ景色映えんじゃん!ベスショ間違いなしじゃね!」
「とりま邪魔にならないように気をつけっか」
「だな。仕事の邪魔はしたらダメって動画でも言ってたし」
まだまだまばらだけど、確かに観光客が来ている。地元の人ぐらいしかいなくて、若い人達の姿なんてなかった港には、確かに若い人達が観光に来てて……!
「タルマエちゃんのファンの人達が、苫小牧に来てくれてるんだ!商店街も見ただろう?」
「これもタルマエちゃんのおかげだよ!タルマエちゃんが、苫小牧に人を呼び込んでくれたんだ!」
「え、あ、う……」
観光に来てくれた人達は楽しそうにしてて、おじさま達も本当に嬉しそうで……。その笑顔を見て、私は──思い出した。私が、どうしてミーティアの門を叩いたのか?
確かに勝ちたいって気持ちはあった。苫小牧をアピールするために、レースで勝つ必要があったから。強くなるにはバクシンオーさんを育てたトレーナーさんが一番だって話を聞いて、居ても立っても居られなくなって。強くなるために鍛えて欲しいってお願いしにいったんだ。
「あ、あ……」
私がミーティアに入ったのは、苫小牧に活気を取り戻したいから。過疎化が進んでいる景色が嫌で、自分でもなんとかしたくて……そのために入ったんだ。
みんなに報いたいから。それもきっと、嘘じゃない。みんなの頑張りに報いたいって気持ちは今でもあるし、トレーナーさんのためにも勝ちたいって気持ちもある。けど、最近の私は……勝つことに拘り過ぎてたんじゃないだろうか?
「う……」
勝たなきゃ苫小牧をアピールできないから。負けたら頑張ってるみんなに申し訳が立たないから。ジェンティルさんのように、ミーティアのウマ娘として相応しくなれないから。私はジェンティルさんのように強くはないから。だから勝たなきゃいけなくて。トレーナーさんのために頑張らなきゃって思って。そんなことばかりを考えて、私は勝手に焦って。現状なんて知ろうともしないで……!
「タルマエ」
トレーナーさんの、声。優しい、声。
「確かに僕は、タルマエが負けたら悔しい。凄く、凄く悔しいよ。でも、そこまで思いつめなくてもいい」
「……」
「負けたら相応しくない?失望する?そんなことは絶対に思わない。君は僕の担当ウマ娘で、僕は君のトレーナーだ。その事実は変わらない」
「そ、そうだべ!確かにタルマエちゃんが負けたら悔しいけんども……負けたから見放すなんて人でなしは、
思えば、みんなが勝ちについて何も言わなかったのはそう言うことだったんだ。私に、気負ってほしくなかったから。JBCクラシックのように、思いつめて欲しくなかったから。私にもっと、楽しく走って欲しかったから。
涙が止まらない。拭いた側から溢れて溢れて、どんどん零れていく。止めなきゃいけないのに、止められない……勝手に、流れ落ちちゃう……!
「タルマエのおかげで確かに活気が戻ってきてて、なにより君の走りを応援するファンがいる。君が負けたからって見放すようなファンはいない。君が追い詰められたら心配するファンが大勢いるんだ」
「と、れー……なぁ……!」
「タルマエ──もっと気楽に行こう。考えすぎるのは良くないよ。僕みたいになっちゃうからね」
……アハハ、なんですか、それ。でも……とても嬉しいです。
◇
ひとしきり泣いて落ち着いた後。私は、トレーナーさんの目を真っ直ぐに見る。いつものようにハイライトのない目。でも、私達に確かな安心感を与えてくれる、不思議な目。
「……トレーナーさん」
「なにかな?タルマエ」
ひとまず、決めたことがあります。
「チャンピオンズカップの出走は……止めようと思います。今挑んでも私はファル子さん達には勝てない。JBCクラシックよりもさらに状況は悪いのに、挑んでも返り討ちにあうだけですから」
「……学べるものは多いと思うけど?」
「それでもです。それに、これは迷惑をかけてしまった贖罪でもありますから」
「別に気にしなくていいんだけどな」
そうは言いますけど、これはケジメです。ケジメはしっかりとらないといけませんから。
代わりに決めた目標。ファル子さん達ですら成し遂げていない大偉業。そのために私は……そのレースまでの間を、準備期間にする。
「私、挑みたいレースがあるんです。聞いてくれますか?」
「……聞こうか」
緊張する。心臓がバクバク鳴ってる。でも、トレーナーさんを見据えて──宣言する。
「ドバイワールドカップ。ダートレース世界最高峰の舞台を目標に、私は頑張ります」
「……分かった。それじゃ、年明けはドバイワールドカップに決まりだね」
勝算がないわけじゃない。少なくとも、全てを準備期間に充てれば勝てる。それだけの自信がある。ただ、ファル子さん達ですら勝てなかった大舞台。そこに私は、挑戦する。
でも、気負わない。思いつめたりはしない。これが私の、新しい挑戦。
「トレーナーさん。これからも私、トレーナーさんに迷惑をかけちゃうと思うんです」
「……それで?」
問いかけるトレーナーさん。そんなトレーナーさんに、私は手を差し出して。
「そんな私でも……そんな私だからこそ──これからも導いてくれますか?トレーナーさん」
「いいよ」
簡素な言葉。でも、凄く安心する。トレーナーさんの手を握って、私は新たな一歩を踏み出した。
次走 チャンピオンズカップドバイワールドカップ