トレーナーさんに連れられて、私は苫小牧の地に戻ってきた。追い詰められていた私のメンタルをリフレッシュするために。
有名な観光地に行くのではなく、私が昔から慣れ親しんだ土地を観光することで、昔からの知り合いであるおじさまやおばさま達と会った。さらには私の動画を見て苫小牧に興味を持ってくれた人達が観光に来てくれていて、私のやってきたことはちゃんと実を結んでるんだということが実感できた。
トレーナーさんから自分を追い込まなくてもいい、どんな私でも失望したり見放したりしない、って言葉を貰って。ファンの人達にも同じ言葉を貰って……凄く嬉しかった。スッと胸が軽くなって、頑張ろう!って気持ちになれた。
そしてトレーナーさんに新しい目標を宣言した、まではいいんだけどぉ……。
(そういえばここって港だったぁぁぁぁ!?)
「タルマエちゃん、よかったねぇ……」
「ええのう……」
「良いな」
「良いね」
普通に観光客の人達もいるし、おじさま達だっているのに!なんで手差し出したの私!?なんでトレーナーさんも普通に繋ぐの!?いや、私からやったことですけども!うぅ~、一時の感情で大変なことやっちゃった……!トレーナーさんにも迷惑……
「?どうしたの、タルマエ」
いや、ないですね。何とも思ってませんねこの人。いっそ清々しいくらいにいつも通りですね。
港でそんな一幕がありましたけど、私達は港を退散。また観光地を巡るために足を運びました。
「あ、ここで私ライブの練習してたんですよ!」
「小さい頃からなんだね」
「はい!懐かしいなぁ」
最初は時間が流れるのがゆっくりだったのに、気づけば時間はあっという間に過ぎていて。
「さて、タルマエ。もうそろそろ良い時間だ」
「あ……本当ですね」
日が傾く夕暮れ時。そろそろ帰らないとマズい時間になっていた。私とトレーナーさんは、私の実家へと向かう。私の家に泊まればいいのに、トレーナーさんは頑として譲らなかった。
「もうホテルの予約取っちゃったし。それにやりたいこともあるから」
「……仕事じゃないですよね?」
「違うよ」
結局私とトレーナーさんは別れ、次の日また私の家で合流することに。久しぶりの我が家でぐっすり眠れたし、お母さんやお父さんと久しぶりに会ってゆっくり話せてとても楽しかった。
(学園に戻ったら、また頑張ろう!)
小さく握り拳を作って、明日以降のことを考える。よーし、頑張るぞ!
◇
苫小牧への旅行も終わって学園に戻ってきた。さて、タルマエの新目標もそうだけど……まずはジャパンカップ。目先のことを頑張るとしよう。
「ただいま、みんな。これお土産」
お土産を渡すと一斉に駆け寄って嬉しそうに持っていく。さらにはお土産同士で交換していたりと大好評のようだった。うん、全員に種類の違うお土産を買ってきて正解だったな。ソノンエルフィーさんに都留岐さんにも忘れずに渡す。
「私達にもですか?ありがとうございますッ!」
「いいんですか?私達の分は大丈夫でしたのに」
「お2人にも大変お世話になっていますから」
理事長やたづなさんにも渡し、天城さん達にも渡した。持って帰るのはちょっと大変だったけど、こういうところでもジェンティルのトレーニングが役に立ったよ。
そして早速トレーニング。やるべきなのは……ジェンティルのジャパンカップに向けてだ。
(相手はオルフェーヴル。クラシック三冠に凱旋門賞を制した、間違いなく現役最強の芝ウマ娘だ)
総合値でジェンティルを上回っている相手。こちらもタルマエ同様格上挑戦になるだろう。ただ、懸念点というかなんというか……とある噂が出回っている。
「オルフェーヴルの調子、あんまりよくないみたいだね」
「みたいですわね。遠征の疲れでしょう」
オルフェーヴルの調子が下降気味、ということだ。凱旋門賞を勝った後ジャパンカップへ。1ヶ月の猶予があるけれど、体調を整えるのは厳しかったようで。それでも必死に調整はしているらしい。
「もっとも、調子が悪いといえど手加減する理由にはなりませんわ。体調を万全に整えるのもまたレースの内、なんの言い訳にもなりません」
「そうだね。思えばワンダーアキュートも不調そうだったし、オルフェーヴルも例外じゃないって考えるべきだったか」
「私のやることは変わりませんわ。彼女を下し、玉座を手にする。トゥインクル・シリーズ最強という玉座をね」
だとしても、ジャパンカップは手を抜かない。こちらの全力をぶつけさせてもらう。オルフェーヴルを倒すために、ね。
ジェンティルは順調そのもの。そしてタルマエだけど……こちらもまた順調だ。
「良いですよタルマエさんッ!とてものびのびとやれていますッ!記録も悪くありません、この調子で行きましょうッ!」
「は、はい!エルフィーさん!」
苫小牧での出来事が良い方向に働いた。決して無理はせず、適度に休み、しっかりとトレーニングをこなしている。行く前とは雲泥の差だ。うん、本当に良かった。
「タルマエさん、元に戻ったみたいですね。本当に良かったです」
記録を測っていると、都留岐さんから声をかけられる。
「はい。苫小牧への旅行が良い方向に動いてくれました。今は追い詰められることもなく、新しい目標に向けて頑張っています」
「新しい目標……ドバイワールドカップ、ですか?」
……まぁ出回っているだろうなとは思っていた。普通に人がいる港で宣言していたし。でもまぁ、取り繕うことでもない。遅かれ早かれ出回るものだしね。
「そうですね。これからドバイまでは準備期間に充てます。チャンピオンズカップにも、東京大賞典にも出走しません」
「思い切りましたね。日程的には問題ないと思いますが」
「タルマエなりのケジメ、だそうです。それに、現状だとドバイワールドカップを勝つのは厳しいですから」
ドバイワールドカップ。タキオンも出走したドバイシーマクラシックと同じ、ドバイワールドカップミーティングの1つだ。距離はダートの2000m*1、ダートの一流ウマ娘達が集うダートレースの世界最高峰だ。ここに目標を決めた。
かつてはスマートファルコンにトランセンドが挑んだ。だけど、どちらも勝つことはできず。特にスマートファルコンは惨敗だったって話だ。色々な要因が重なってしまったとはいえ、彼女ほどの実力者が着外に沈むドバイワールドカップ。トランセンドは2着に入ったけど、同じ日本のウマ娘に負けたそう。
今回もまた強敵達が集う。勝てるように調整するのが僕の仕事だ。
「厳しいけど、勝たせます。それが僕のやることですから」
「……そうですか。これからも応援しますよ、聖トレーナーのウマ娘さん達を」
微笑む都留岐さんに会釈で返す。なんにせよ、ドバイワールドカップを勝つためにはさらに鍛えないとね。
「ナイスですよタルマエさんッ!肩にちっちゃい重機乗せてんのかい!」
「何言ってるんですか!?ボディビルダーじゃないんですよ!」
ハングクライムをやっているタルマエ。肩は関係あるのだろうか?……まぁいいか。
いつもと変わらないトレーニングに戻る。U.A.F.式のトレーニングをやり、それぞれの次走に向けて歩みを進めている。
(僕の方でもオルフェーヴルのデータを洗っておくか……まだまだ完璧とは言い難いし)
かなりの対策を強いられる。ゴールドシップと同じ追込脚質だけど、作戦をそのまま流用するのは危険、というよりは必ず見破られるね。伊達に最強ではない。
でも、前でレースをする分ジェンティルの方が有利だ。後は他の出走者も洗い出して、ベストな作戦を決めよう。
「……ジェンティルのことだから、オルフェーヴルと真っ向勝負なんてこともやりかねないけどね」
ひとまずは帰ってからだね。今はトレーニングを見ないと。
「タルマエさんもジェンティルさんも好記録連発ですよッ!これは世界を狙えますッ!」
「私もいずれは世界を狙いますもの。当然ですわ」
「ま、まぁ私もそうですし……」
「そう言えばそうでしたッ!」
ジャパンカップに向けて、こちらは万全だ。
◇
オルフェーヴルのトレーニング。朝霞トレーナーの指導の下、ジャパンカップに向けて調整を進めている。オルフェーヴルの臣下も見守っていた。
彼女の調子は……芳しくない。
「……ッチ。もう一本だ」
「お、オルフェ。さすがにやり過ぎじゃ「くどい。疾く用意せよ」わ、分かった……」
遠征の影響が多少残っているのか、ベストな状態とは言えない。それでも並のウマ娘が記録したタイムよりも上なのだから、オルフェーヴルの実力がトップクラスのものだと判断できる。
朝霞やオルフェーヴルの臣下はハラハラしながら見守っている。先程から何度もタイムを計っているオルフェーヴルだが……ベストタイムを更新できない。むしろ下がる一方だ。納得のいかないオルフェーヴルがまたタイムを測ろうとする。悪循環に陥っていた。
これ以上はさすがに無理だ。そうは思ってもオルフェーヴルを止められるのはドリームジャーニーのみ。そのドリームジャーニーも今は席を外している。どうすればいいのか……と思っているところに。
「もうおしまい!今日はもうおしまいだよオルフェ!」
朝霞がストップをかけた。先程までオルフェーヴルの圧に屈していたとは思えないほどにしっかりと、堂々とオルフェーヴルに言い放つ。
瞬間、オルフェーヴルから殺気が放たれる。明らかに怒っており、周りの空気が歪んで見えそうなほどだ。
「……余のトレーニングを邪魔するとは、どういう了見だ?朝霞」
マチカネタンホイザは泡を吹いて倒れそうになり、ダンツフレームはどうすればいいのか分からず狼狽える。ワンダーアキュートはのんびりと静観し、サウンズオブアースは表面上普通に見えるが顔を少し青ざめさせながら楽器を演奏していた。臣下もどうすればいいのか分からずオロオロとするばかり。
誰もが屈しそうになるオルフェーヴルの圧。だが、朝霞は。
「そ、そんな怖い雰囲気出してもダメなんだからね!ダメなものはダメ!トレーニング終わり!」
ちょっと震えてはいるものの、これ以上のトレーニングは認めないという姿勢を貫く。
「オルフェが焦るのも分かるけど、怪我しちゃったら元も子もないよ!これ以上やったら怪我しちゃうから、もうダメ!大人しく休んで!」
「余が、焦るだと?随分と面白い冗句だ……撤回するなら今の内だぞ?」
「て、撤回しない!だってオルフェ焦ってるもん!今のオルフェは調子が良くないんだから、調子を整えなきゃ!万全で挑まないと、聖君とこのジェンティルちゃんには勝てないよ!」
ジェンティル、という言葉に反応するオルフェーヴル。名前を聞いて、彼女の秋華賞を思い出す。
(映像で確認したのみだが……あの貴婦人めの強さは尋常ではない。余とて油断すれば食われる。それだけの力が、彼奴にはある)
圧倒的な強さでトリプルティアラを戴冠した彼女。気づかぬうちに意識していたのだろう。オルフェーヴルはどこか焦っていた。
(……フン。余らしくない所業であった)
しばし逡巡するように天を見上げた後、冷静になったのか──トレーナーである朝霞へと頭を下げた。
「いいだろう。貴様の諫言に乗ってやる。今日は終いだ」
「お、オル「疾くタオルを用意せよ。ドリンクもだ」あ、ま、待ってね!今すぐ持ってくるから!」
オルフェーヴルのためにクールダウンの準備を進める朝霞。その様子に、オルフェーヴルは笑みがこぼれる。
(朝霞に諭されるとはな。余もまだまだ未熟、ということか)
凱旋門賞を制したとて油断はできない。次走のジャパンカップに向けて体調を万全に整えるのが先決。オルフェーヴルはそう判断した。
「覚悟しろ貴婦人。貴様の道は……余が潰してやる」
ジャパンカップはもうすぐだ。
ジャパンカップ激突。