《向こう正面半分を過ぎましたジャパンカップ。依然先頭はイマジンサクセス、イマジンサクセスがレースを引っ張ります。縦に長~く広がったバ群、2番手は外にトーセンジョーダン、半バ身遅れて内にジェンティルドンナ。トリプルティアラはここにいます。4番手はフランスのソレアスが1バ身後ろに続く展開。1番人気のオルフェーヴルは後ろから5番目の位置につけています》
《ペースもゆったりとしたペースですね。これは前方につけていた方が有利か?》
《遅いペースを察したかエイシンフラッシュ、いつもより前につけています。前から8番手の位置、この位置にダービーウマ娘エイシンフラッシュがつけております、先頭からは7バ身か、8バ身程離れている。まだまだ様子見の段階だっ、おっと後ろのオルフェーヴルが少し動いた!オルフェーヴルが向こう正面の半分を過ぎて動きます!》
後方からレースを展開しているオルフェーヴルは、スローペースで進んでいることを察していた。また、それが誰の手によるものなのかも分かっている。
(成程、余を警戒するならばとスローペースを作ったか。共通認識の結果かもしれぬが、やはり貴婦人の仕業とみて間違いないだろう)
「無論、彼奴とてこの程度の策で余を封じ込めるとは思っていまい。もしそうだとしたら……期待外れも良いところだ」
オルフェーヴルは進軍を開始する。後方からペースを少しずつ上げ、時には前のウマ娘を風除けにして進み始める。内から抜かすのは難しいと判断し、バ群の外から躱す。
(縦長、か。余にとって好都合、最低限のロスで済みそうではあるな)
固まって走っていればその分ロスは大きくなる。そうならなかったのは幸運だ。
「たとえ凱旋門賞からのレースであろうが余には問題がない。勝つのは余であり、また玉座に君臨するのも余である」
普通であれば海外の芝から日本の芝に変わった場合、走りに多少なりとも影響がある。だが、オルフェーヴルは全く変わらない調子で走れていた。
対するジェンティルドンナは、なにかを察したように後ろを見る。彼女の目には特に変わっていない後方のウマ娘達が見えるだけだが。
(……おそらくですが、オルフェさんがペースを上げましたわね。後ろのウマ娘達が少し慌ただしくなっていますもの)
僅かな情報からオルフェーヴルが後方から上がってきたことを察知。また、上がってきた理由も察しがついていた。ジェンティルドンナはどのようにして走るかを決める。
(向こう正面も半分を過ぎましたものね。展開が遅いこともあの方ならば察する。ならば、私も次の手に移りましょうか)
「フッ!」
「うえっ?」
3バ身先にいるイマジンサクセスめがけて突っ込むジェンティルドンナ。風を切るように走り、3バ身はあった差をあっという間に詰めていく。呆然として動き出しが遅れたトーセンジョーダン、虚を突かれて驚いたイマジンサクセスをよそに、ジェンティルドンナは外から優雅に並びかける。
「っ、クッ!」
「お先に失礼しますわ。ゆっくりするのにも飽き飽きしていましたの」
「させ、ないっての!」
ジェンティルドンナが並んだことを理解し、イマジンサクセスは負けじとペースを上げる。ジェンティルドンナは──ペースを上げたイマジンサクセスの後ろにピッタリとつけた。
風の抵抗がなくなり、スタミナの消耗を抑えられる。さらにはイマジンサクセス自体が最内を進んでいることから、後ろにつけているジェンティルドンナも必然的に最内の経済コースを進むことができる。
(これで煽られたイマジンサクセスさんはいずれ自滅、ジョーダンさんは……追ってこないところを見るに、私が早仕掛けをしたと思ったのでしょう。それならば好都合ですわ)
ジェンティルドンナは2番手に浮上。ガンガンペースを上げるイマジンサクセスとの差を1バ身差でキッチリとマークしている。
《レースは第3コーナーへ入ります。イマジンサクセスがペースを上げ始めました、2番手と3番手の位置が入れ替わる!2番手はジェンティルドンナ!ジェンティルドンナが2番手先頭との差は1バ身!3番手は2バ身遅れてトーセンジョーダン!》
《ジェンティルドンナの動き出しにはつられませんでしたね。自分のレースができていますよ》
《少しずつ差が縮まってくるバ群、4番手はソレアス、5番手に浮上したのはエイシンフラッシュ!さらには外からオルフェーヴルだオルフェーヴルだ!オルフェーヴルが上がってきている!風を切って、バ群の外からオルフェーヴルが上がってくる!先頭との差は5から6バ身はあるでしょうか?ですがイマジンサクセスはさらに逃げる逃げる!これはちょっと心配なペースだ!それに追走するジェンティルドンナ、スタミナは大丈夫か?まもなく大欅を超えて第4コーナーへ!》
前半とは打って変わって早くなったペース。最後の勝負に向けて少しでも前の良い位置でと各々が動き始める。縦長のバ群からお互いの身体がぶつかりそうなほどに密着し、スタミナのロスを少なくするために内へ内へと切り込んでいく。
固まったバ群を外から俯瞰しているのはオルフェーヴルだ。開けた視界から先頭を走る姿を確認し、舌打ちをする。
(貴婦人め、やはり早々に抜け出していたか)
元々スローペースを作っただけとは思っていなかった。早めに動き出すだろうとは思っていた。ただ、そのペースは些か
「──問題はない」
オルフェーヴルはさらに力を込める。レースは第4コーナー、ここであろうと問題はないと、オルフェーヴルは準備を始める。
「跪くがよい。貴様が求める玉座は、
美しいコーナリング、見惚れるほどのスピードで前との差をさらに詰めるオルフェーヴル。ここでスパートをかけた。バ群の外、大外から上がって行く。
「オルフェーヴルきたぁぁぁ!」
「追いつけ追いつけー!」
観客の熱気もさらに上がる。一番外から捲って上がってくるオルフェーヴル。3番手のトーセンジョーダンへと襲い掛かる。
「あたしだって負けてらんねーし!ギャルナメんな!」
負けじとトーセンジョーダンもペースを上げる。一方、ジェンティルドンナはというと。
「む、む~り~!」
「それでは、さようなら」
イマジンサクセスを楽々と躱して先頭に立ち、第4コーナーを越えて最後の直線へと入っていた。
◇
先頭を走る娘を躱し、最後の直線を先頭で入ります。観客の声援は気にならない、求めるのはただ強者との熱い戦い、そしてその果てにある……勝利。
「さぁ──私を楽しませなさいな!暴君ッ!」
気づけば口走り、東京の坂を上る。脚をしっかりと踏みしめ、大地を抉り、風を切り裂きながら前へと進む。
後ろから感じるのは圧。秋華賞のヴィルシーナさんに匹敵する圧を感じる。いいえ、それ以上ですわね。それを
「誰の赦しを得て余の前を走る?弁えろ貴婦人ッ!」
後ろから声が飛んできてますわね。殺気が込められているのが分かります。私を抜こうと、躱して先頭に立とうと躍起になっているのでしょう。えぇ、えぇ。分かりますとも。手に取るようにわかります。
ですが──その程度?
「足りません……あぁっ、足りませんわねぇッ!」
「っ、ぐ、こ、の……!」
「足りません!何もかもが足りませんわ!もっと私にぶつかりなさい!貴方の力を、領域をッ!私にぶつけなさいな!」
まさかこれで終わりではないでしょう?先程から私とオルフェさんの差は
「──いいだろう。それほど無様に散りたければ……望み通り潰してくれるッッ!!」
「うげぇ!?さらにペースアップ!?でも、負けねーし!」
「ッ!」
圧がさらに増した。おそらく領域を切ったのでしょうね。それでいい、それでこそ私の勝利に価値は生まれる!本気の貴方方を下してこそ、私の玉座は輝くというもの!君臨するのに申し分ない、最上の輝きが得られるのよ!
《東京の坂を上り残り200mを切った!先頭はジェンティルドンナ!ジェンティルドンナが5バ身のリードを保ったまま東京の直線を駆け抜ける!後方からオルフェーヴルが猛追する!トーセンジョーダンも並びかけて追ってきた!海外勢はどうか!ソレアスは後退だ後退だ!凱旋門賞2着のソレアスはここで脱落!やはり苦しかったかソレアス!エイシンフラッシュもこれは厳しい!エイシンフラッシュ現在7番手!》
楽しい、楽しいわ!心が躍る、私の全身の細胞が喜んでいる!強者との戦いに、オルフェさん達とのレースに歓喜している!
「ですが、私の勝利はもう必然のものとなった。ここから先──貴方方は侵入することすら叶いません」
この展開になった時点で私の勝利。オルフェさんの末脚も、ジョーダンさんの脚も計算に入れ込んでいます。その上で述べるのであれば……貴方方を潰して差し上げましょう、私の力をもって!
《ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナだ!ジェンティルドンナが差を縮ませない!ジェンティルドンナが圧倒する!凱旋門賞ウマ娘であってもお構いなし!これがジェンティルドンナの強さだ!5バ身から先は少しずつしか縮まらない!》
《えぇ……ま、まさか!》
《残り100m!ジェンティルドンナが突き抜ける!オルフェーヴル陥落!トーセンジョーダンも力尽きたか後退する!ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナだ!》
領域を切り、私の勝利を盤石のものとする。
これで──私の勝ちよ。
《ジェンティルドンナが突き抜けたぁぁぁぁぁッッ!ジャパンカップを制したのはジェンティルドンナだぁぁぁ!!な、なんという強さだ!?まさかまさか、【暴君】相手にやってのけた3バ身差!圧倒的な完封勝ち!これが貴婦人の強さだとでもいうのか!?やはり恐ろしかったジェンティルドンナ見事1着!2着はオルフェーヴル!3着はトーセンジョーダン!》
《いや……もう、なんて言えばいいのか分かりませんね。なんと恐ろしいウマ娘でしょうか》
ですが、えぇ。楽しめましたわ?オルフェさん。
◇
ゴール後、荒い呼吸を繰り返すオルフェーヴル。掲示板へと視線を向け、周りに聞こえるほどの舌打ちをしてしまった。
(2着……2着なのも許せんが、なによりも!)
「さて、これで貴方の玉座は私のものとなりましたわねぇ?」
顔を上げる。立っていたのは──レースの勝者であるジェンティルドンナだった。渾身の力で歯を噛み、睨みつける。ジェンティルドンナは優雅に微笑むだけだ。
「これで最強の座は私のもの、ですわね?」
「……」
オルフェーヴルは何も言い返さない。敗者に語る言葉はない。
何が悪かった?といわれたら……ジェンティルドンナのスタミナを削れなかったのが一番響いただろう。直線でのよーいドンはジェンティルドンナに分がある、ただ消耗戦になれば自分に分がある。それが分かっていたからこそ、ジェンティルドンナは封殺してきた。消耗戦にさせないために。
(彼奴は逃げウマ娘の後ろをずっとつけていた。スタミナの消耗はほとんどないも同然だろうよ。ハイペースを作られようが、そもそものスピードが桁違い。何の問題もない)
万全の状態で、スピードが抜けているジェンティルドンナならば追いつかせないように立ち回るのは容易だ。現に実践したのだから。
オルフェーヴルは無言でジェンティルドンナを睨み……踵を返す。
「精々玉座を磨いておくがいい。いずれ余のものとなる玉座をな」
「あらあら、しっかりと磨かないといけませんわねぇ?私の輝きを誇示するために」
オルフェーヴルはレース場を後にした。
控室で椅子に座り休むオルフェーヴル。扉をノックして、朝霞が現れた。
「オルフェ、お疲れ様」
「……今の余は機嫌が悪い。疾く失せよ」
朝霞を睨み、退出するように促すが。朝霞はむしろオルフェーヴルへと歩を進める。発する圧に屈さず、しっかりと進んでいた。
「聞こえなかったか?失せろと言ったのだ。その耳は飾りか?」
「行かないよ。だって、私も悔しいし」
「悔しいだと?」
こくりと頷く朝霞。そして──大声で喚く。
「も~!本当に聖君とこのウマ娘強すぎ!こっちだって自信あったのにさ~!調子だって最高ではないけど万全だったのにさ~!な~んであんなに強いかな~!?」
「……おい」
「そりゃそうだよね~!だって聖君だもん!聖君ならそれぐらいやるよね~!」
目の前で喚いている朝霞を前に呆然とするオルフェーヴル。滅多に拝めない表情をさらけ出していた。
ひとしきり喚いた後、朝霞は……オルフェーヴルの頭を撫でる。
「とりあえず、お疲れ様オルフェ」
「……」
「惜しかった、なんて言わないよ。レースにたらればはない、結果が全て、だもんね」
優しく撫で、労う朝霞。オルフェーヴルは目を細める。
「でも、お疲れ様。よく頑張ったね」
「……頑張っただと?勝てなかったのにか?」
「それでも、オルフェは頑張った。だから、たくさんたくさん頑張ったって言ってあげる!次は勝つよ!」
残った左手で握り拳を作る朝霞。そして、右手へと視線を向け……顔を青ざめさせた。
「あ……い、いつの間にかオルフェを撫でてた!?ご、ゴメンオルフェ!すぐに「よい。そのまま続けよ」お、オルフェ?」
「そのまま続けろと言っている。今はただ、こうしていたい」
「……」
大口を開けて固まる朝霞だが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。オルフェーヴルの頭を撫で続けていた。
「……出会った時から変わらんな、貴様は」
「そ、そうかな?これでも前よりは頼りになると思ってるんだけどなぁ」
「安心しろ。今も昔も貴様は頼りにならんままだ」
「酷くないッ!?」
朝霞とのやり取りに薄く笑うオルフェーヴル。今はただ、この時を享受していた。
なんだぁ、この貴婦人(恐怖)