ジャパンカップを終えた控室。ジェンティルの様子はというと。
「勝ちましたわ」
「うん、おめでとう」
何一つ変わらない様子だ。オルフェーヴルに勝ったからといって、今まで以上に喜ぶわけでもない。ま、これがジェンティルだね。
「オルフェーヴル相手に3バ身差、展開を強引に引き寄せることができたからだ。現状真っ向から殴り合ったら分が悪いからね」
「スタミナはあちらに分があります。わざわざ追い比べをしてスタミナを余分に消費する必要もないでしょう?」
「そうだね。後は早めの抜け出しが功を奏した。オルフェーヴルとの差を追い越し不可能なほどに広げ、トドメに領域でキープする……ま、それでも縮めてくるあたり、やっぱりオルフェーヴルは強いね」
本当なら5バ身差で勝つ予定もあったけど、オルフェーヴルの領域がそれを許さなかった。想定内ではあったけどね。
トゥインクル・シリーズ現役最強の芝ウマ娘、オルフェーヴルに勝った。これで、ジェンティルの強さをさらに証明することに成功したね。
「これでまた一つ、君が最強であることが証明できた。次は……有馬記念なんてどうかな?」
「冬のグランプリレース……その心は?」
有馬記念。芝のレースの総決算であり、トゥインクル・シリーズでもかなり歴史があるレース。強いウマ娘が集まりやすいし、なにより。
「ゴールドシップが出走予定。ホープフルステークス以来だし、ここで一つ戦ってみるのもいいんじゃない?」
「ゴルシさんですか……」
検討するように顎に手をやるジェンティル。今考えているのだろう。これから先のプランを。
少しの時間を置いて、ジェンティルが口を開いた。
「いいでしょう。次のレースは有馬記念にいたしましょうか」
「分かった、登録しておくよ。君ならば問題なく出走できるからね」
「当然ですわ。それで?有馬記念の次はどうなさるおつもりで?」
そっちも決まっている。タルマエがドバイワールドカップに出走するんだ、ジェンティルに出走の意思があるなら、こちらに出走する。かつてはタキオンも制したレースにね。
「ドバイシーマクラシック。ドバイワールドカップミーティングの1つで、芝の2410mだ。君にもってこいの舞台だね」
「ふむ、私と同じことを考えていたようね。良いですわ、ではドバイシーマクラシックで決まりね」
世界中から強敵が集まるドバイシーマクラシック。ジェンティルの力を世界に証明するために、まずはこの舞台を勝つ。そのために色々とプランを立てるとしよう。
反省会も程々にしておこう。次の予定も立てたし、後はまたトレーニングだね。
「ところでトレーナー?レース後のマッサージがまだでしてよ」
「……分かったよ」
相変わらず、全員なんで僕に頼むかな?よく分からないけど……まぁいいか。別に減るもんでもないし。
◇
世紀の対決となったジャパンカップ。三冠の凱旋門賞ウマ娘オルフェーヴル対無敗のトリプルティアラウマ娘ジェンティルドンナの対決はジェンティルドンナに軍配が上がった。しかも、オルフェーヴル相手に3バ身差をつける快勝という形で。
「やっぱジェンティルドンナつえぇぇぇぇ!ヤバすぎだろ!」
「オルフェーヴル相手に3バ身差はヤバいってレベルじゃない!クラシック級のウマ娘がだぞ!?」
「やっぱり最強はジェンティルドンナ様よー!」
口々に賞賛の声を上げるレースファン。ジェンティルドンナが最強だ、いやまだ1回負けただけでオルフェーヴルの方が強い、という議論は今も白熱している。芝の注目はジェンティルドンナというウマ娘に集まっていた。
よくジェンティルドンナの勝ち方には華がない、と耳にするが、華がないからこそ強い。
「シンボリルドルフと同じタイプだよな。強いウマ娘が王道の走りしてりゃそりゃ強いだろの典型みたいな感じ」
「確かにゴールドシップとかオルフェーヴルと比べると派手さはない。が、それでも強いと思わせる走りが彼女にはある。最強は彼女だよ」
「紛れを起こさない、起こさせない。逃げや追込のウマ娘からしたら彼女は天敵だろう。自分達のレースをさせてくれないのだからね」
王道で潰すしかない、正攻法で戦うこと以外を許さない。ジェンティルドンナはまさにそのタイプだ。地力で上回る以外の勝ちはない、だが彼女の地力はオルフェーヴルに比肩する。
地力が圧倒的、レースの勝ち方も華がないとされれば、ファンにもたらされるのは──退屈だ。
「強いのは分かったけど……どうなんだろう?」
「5バ身差を狙って勝ったりはしてるけどさ、ぶっちゃけ面白いかっていわれると……いや面白いな。うん、これはこれで良いと思う」
チラホラと、それでも面白いとは思っているファンはいるものの、退屈と思うファンも一定数存在している。
まぁ、今更気にするジェンティルドンナでも高村でもないのだが。
「私の強さを分かっていただけているようで光栄ですわ。ですがまだ国内の最強……シニア級では更なる飛躍を約束しましょう」
「ひとまず次走は有馬記念を目標に頑張ります」
自分の強さを理解してもらえている、ジェンティルドンナにとってはそれだけだ。高村も、ジェンティルドンナのレースが退屈といわれてもだからどうした?と返答しかねない人物。変わらないトレーナーだ。ついでのように明かされた次走は瞬く間に世間に広がっていく。
そして……この陣営は。
「何だよぉおもおおお!またかよぉおぉぉおおおお!」
「落ち着け!落ち着くんだシップ!彼女達に悪気は……悪気はぁ……ない!多分ない!きっとない!」
「貴方も落ち着きなさいなトレーナー!100ありませんわよ!」
ホープフルステークス以来の勝負にヒリつくのではなく、また恐怖するのではなく。いつものようにネタみたいな空気に走っていた。余談だがこの反応からも分かる通り、ゴールドシップも有馬記念に出走予定である。実にホープフルステークス以来の対戦カードだ。
「畜生めぇ!あっちも強くなってるだろうけど、ゴルシちゃんだって強くなってるんだ!貴婦人だろうがゴリラだろうが勝ってやらぁ!」
「待てシップ!いくらなんでもゴリラは失礼でしょ!」
「アイツの力知ってんだろちゃんトレよぉ!海どころかアトランティスだって真っ二つに割るぞアイツは!」
「さすがのジェンティルさんでもそれはないですわよ!……え?ないですわよね?」
嘆いているように見えるがまぁいつも通りのゴールドシップ。この後はいつもの破天荒さは鳴りを潜め、かつてホッコータルマエを相手にした時のように真面目にトレーニングをしていた。勝ちたいという気持ちは本物である。
また、ジャパンカップからエイシンフラッシュとトーセンジョーダンも続けて出走を表明。秋華賞の後、エリザベス女王杯を制したヴィルシーナは適性の問題から出走を回避。とはいっても、いずれは参戦する、と記者相手に意気込んでいた。有馬記念もジャパンカップに負けず劣らずの豪華なメンバーとなる様相を呈していた。
◇
ジェンティルドンナの結果を受けて、ジェンティルドンナの父親も満足そうに笑っている。
「クックック、本当に結果で示したな、彼は」
「……ジェンティルのトレーナー。傑物だとは存じていましたが」
「これほどの結果を残すとは」
ジェンティルドンナの姉弟もまた、高村聖の手腕を再認識していた。
第一印象としては我欲を感じない無機質な男。とても傑物と呼ばれているような人物とは程遠い。それが姉弟達の認識だった。それを覆されたのは桜花賞で父親から言われたこと。レースを狙ったバ身差で勝っている、という俄には信じがたい情報だ。レースのことを深くは知らなくとも、どれだけ異常なことかは分かる。ジェンティルドンナの強さは圧倒的であり、育てた高村聖は評判に劣らず、どころか評判以上の怪物であることを認識させられた。
「言葉ではなく結果で示す。彼はジェンティルをトゥインクル・シリーズ最強へと押し上げた。有言実行の男だな」
「……どうでしょうか?まだ最強というには「あの調子ならばいずれは最強になる。問題なくな」それは、そうですけど」
「本当に素晴らしい逸材だ。トレーナーだからこそ輝くのか、それともそれ以外の分野でも発揮するのか……どちらもだろうが、前者だろうな」
いまだ愉快そうに笑う父親。滅多に見られない父親の楽しそうな姿に、姉弟は困惑しつつも闘争心を滾らせる。
(ジェンティル……お前がリードしているようだが、こっちも負けてたまるか!)
(……これからのプランを見直しだ。このままだとジェンティルの勝ち逃げになる)
ジェンティルドンナは結果を示している。だとしても、家督争いに負けるわけにはいかない。姉弟はそれぞれ自分の得意な分野での飛躍をすると誓う。その言葉を聞いて、父親はさらに笑みを深めた。
それはそれとして。
「おっと、そう言えばジェンティルが言っていたな。彼は新しい時計を欲していると」
「……あぁ。では、僕の方で相応しいものをリストアップしておきます。古今東西、あらゆる時計メーカーに声をかけましょう」
「いいや、ここはオーダーメイドなんてどうだ?彼とは良き付き合いをしておいた方がいい。今後のためにもな」
高村のことが大分、かなり気に入った様子のジェンティルドンナの実家である。
そして後日。昼休みの時間の廊下にて。
「トレーナー、貴方最近時計が壊れたそうね?」
「……あぁ、そうだったね。でも君が必要ないってしつこいからまだ買ってないよ」
「こちらを受け取りなさい。我が家で用意した、貴方用の特注品よ」
とても豪華な包みをジェンティルドンナから受け取る高村。怖気つつも受け取るが、中に入っていたのは──腕時計である。
「……なんか凄い豪華な箱に入ってたね。いくらしたの?これ」
「値段など些細な問題でしてよ。貴方に相応しい時計ですわ、今後はそれを使いなさい」
「まぁいいけど「あれ?高村さん新しい時計ですか?」あ、サトノダイヤモンド。そうだね、今ジェンティルから貰ったんだ」
腕時計をつけようとしたところ、たまたま通りかかったサトノダイヤモンド、そしてメジロマックイーンが興味深そうに眺める。ただ、2人は頭に疑問符を浮かべていた。
「う~ん……マックイーンさん、どこのメーカーのものか分かりますか?」
「申し訳ありません。これでも詳しいつもりなのですが……このタイプは見たことがありませんわね」
どこの時計のものか分からないようである。2人が知らない、ということはあまり有名なメーカーではないのだろうと高村は判断したが。
「おそらくですが、オーダーメイド品ではないかと」
こちらも偶然通りかかったダイイチルビーの一言で覆される。高村は時計を眺め、気づく。
(……よくよく考えれば、こんな明らかに豪華ですよみたいなオーラ放ってるのに安いなんてことはないな)
造りが豪華、というわけではないが、放っているオーラが明らかに安物のそれではない。さすがの高村も気づいた。
「よく分かりましたわね。これは私のトレーナーのために制作されたUMACEPTUMのオーダーメイド品ですわ。全く、お父様もあの子もかわいらしいこと」
「えぇ!最近時計愛好家の間で話題を集めている、あの!?」
「何ともまぁ……凄いですわね……」
愉快そうに笑うジェンティルドンナに驚いているサトノダイヤモンド達。彼女らを横目に、高村は。
(……まぁせっかくジェンティルがくれたものだし。このままつけておくか)
多少驚いたものの、担当ウマ娘がくれたものだからと身につけることにした。
おいおいおい、囲われるわアイツ