「さぁタルマエさんッ!休んでいる暇はありませんよッ!」
「どうしたんだい?これで終わる君じゃないだろう!」
「っく!」
有馬記念当日。本当だったらジェンティルさんの応援に行くはず、なんだけど……私は無理を言って併走をしてもらっている。バクシンオーさんとタキオンさん、2人のチームメイトと一緒に。
相変わらずだけど、2人は本当に強い。特に、バクシンオーさん。
(適性の壁を破壊した最速無敵の驀進王。何度も併走してもらってるけど……プレッシャーが半端じゃない!少しでも気を抜いたら飛ばされる!)
同一年でのSMILE区分全制覇という唯一無二の記録を持っているバクシンオーさんは圧倒的な力でレースを支配する。どんな策を弄そうと、小手先の技術で幻惑しようと真正面から突破してくる暴力!何十回も併走してもらっているけど、慣れるものじゃない!
そしてタキオンさん。こちらもバクシンオーさんに負けず劣らずだ。
(日本史上初の凱旋門賞制覇を成し遂げた光速のプリンセス。スピードだけじゃない、走りの技術がやっぱり上手い!息を入れるタイミング、私の全ての動きを見切っているかのように動いてくる!)
凱旋門賞にイギリスとアイルランドのチャンピオンステークスを制したタキオンさんはバクシンオーさんに負けないスピードの持ち主。私の走りを乱すように動いてくるし、走り辛いことこの上ない!技術もスピードも一級品、本当にタメになる!
でも、それでも!
「負け、ない!やぁぁぁぁ!」
「良い気合ですねタルマエさんッ!私も──少々本気で行きましょうッ!」
「いいねぇタルマエくぅん!もっとも、手を抜く気はさらさらないがね!」
併走の結果……私は3着。バクシンオーさんが1着、タキオンさんが2着だった。
併走が終わった後はタキオンさんからドリンクを受け取る。タキオンさん作の特製プロテインドリンクだ。別に身体は光ったりしない。
「ほらタルマエ君。君の分だよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「いやー、良い感じに仕上がってきてますねッ!うんうん、委員長も誇らしいですよッ!」
え、えへへ……でも、正直油断はできない。私の目指す場所はそれだけ遠いものだし、現状に満足するべきじゃないから。褒めてくれるのは勿論嬉しいけど、まだまだ頑張らないと!
それにしても、ジェンティルさんは今頃どうなっているだろうか?いえ、勿論負けるとは思ってないですけど。
「もう始まってる頃ですよね?有馬記念」
「ん~?あぁそうだね。そろそろだろう」
「ジェンティルさんなら問題なく勝てますよッ!委員長のお墨付きですッ!」
あっけらかんと、笑いながら言うバクシンオーさんに苦笑いしていると、タキオンさんがタブレット片手にこちらへとやってきた。
「それにしても珍しいねぇ。レースの観戦ではなく、私達にお願いして併走をするとは」
「あ~……ご迷惑、でしたか?」
「いいや?私としてもデータは取れるし大助かりだよ。それにトレーナー君からの許可もしっかりと貰っている、なんの問題もない」
トレーナーさんとキタさん達は有馬記念の応援に行ってる。今頃どんな感じなんだろう?ゴルシさん達がいるけど、ジェンティルさんならまず負けない。きっと勝ってくれる。だからこの話はここで切り上げだ。
さて、タキオンさん達と向かい合う形での話し合い、というよりは反省会だ。今の併走の結果を踏まえて、タキオンさんが改善点を色々と教えてくれる。
「さて、では今の併走を踏まえての反省といこうか。さすがにプレッシャーに飲まれ過ぎだよタルマエ君。気負い過ぎるのも良くない」
「うっ……お、お2人のプレッシャーが凄いだけですって!まぁいずれは慣れますけどっ!」
「君は真面目過ぎるからねぇ。少しは頭を柔らかくしたまえ。後は基礎的なものを少しずつ仕上げていこうじゃないか。特にスタミナが不足しているようだし……」
「スピード!なんにせよスピードですッ!バクシンは全てに通ず、共にバクシンしましょうッ!」
色々とダメ出しを食らいながら、私達3人は学園に残って併走をしていた。この後も滅茶苦茶走った。
◇
暮れの中山レース場。晴れ渡る空の下でウマ娘達が地面を蹴り走る音が響き渡っている。現在はレースの向こう正面半分を過ぎた頃。先頭で走って逃げるイマジンサクセスと競り合うインディゴシュシュ。2人を見るように2バ身後方に3番手ジェンティルドンナ。マークするように5人のウマ娘がジェンティルドンナについている。その中にはトーセンジョーダンもいた。
最後方にはゴールドシップ……なのだが。このタイミングでロングスパートを仕掛けた。ペースを上げ、後方から捲って上がってきている。観客席からは驚きと戸惑いの声が上がるが、直にそれは歓声に変わった。
「いけいけー!ゴールドシップー!」
「二冠ウマ娘の意地を見せろー!」
「ジェンティルドンナに負けんなー!」
どんどん捲るゴールドシップ。まもなく第3コーナーを迎える。
《先頭イマジンサクセスとインディゴシュシュが第3コーナーに入ります!先頭は依然としてイマジンサクセスとインディゴシュシュ逃げウマ娘2人がレースを引っ張る展開。今回はやや早めのペースですよね?》
《そうですね。今回はちょっと早く流れています》
《そして3番手先行集団、先頭はジェンティルドンナ!貴婦人はここにいます、先行集団を引っ張ってイマジンサクセスの2バ身後ろ!先行集団にはトーセンジョーダンも追走、さらにはエイシンフラッシュ、エイシンフラッシュもここにつけています。向こう正面半分を過ぎた頃から捲ってきたゴールドシップ、すでに中団!勢いは止まりません、黄金の不沈艦が先頭を捉えんと上がってきているぞ!》
勢いよく上がるゴールドシップ。彼女の目に映っているのは──ジェンティルドンナだ。
(ジョーダンも強ぇし、フラッシュも前走は振るわなかったが実力者。けど、アイツだけは抜けてやがる!)
彼女の頭に浮かぶのはジャパンカップ。自分と同じ追込で、圧倒的な力で封殺されたオルフェーヴルを思い出していた。
スローペースを作られ、徹底的にメタられての敗北。ゴールドシップにとっても他人事ではない。同じ轍を踏めば自分もあぁなる、そのことを十分理解していた。
(だから早めに上がるしかねぇ!早めに外から上がって、あの貴婦人をぶち抜けばいい話だ!)
「オラオラオラァ!邪魔すると怪我すんぜぇ!黄金船出航だぁぁ~~い!」
ゴールドシップの捲りは中団を捉え、先行集団に追いつきそうな勢い。すでにレースは第3コーナーを越えて第4コーナー。ジェンティルドンナとの差は着実に迫りつつあった。
一方ジェンティルドンナは。第3コーナー時点でペースを早める──と同時に。先行集団もペースを上げる。囲うようには動かないが、トーセンジョーダンはジェンティルドンナを風除けに使いレースを進める。他のウマ娘も外から上がろうとしていた。
(成程。早めに抜け出しての封じ込めですか。あるいはロングスパート、私との差をつけようとしているのでしょうね)
ジェンティルドンナよりも早く、後先のことを考えないようなペースで動き出す先行集団。対するジェンティルドンナは……内を走るイマジンサクセスの後ろにつける。
(ここはまだ無理をする段階ではありませんわ。それに……外から上がってくる方もいるようですし)
ジェンティルドンナがそう思った第4コーナーの半ば。外からゴールドシップが先行集団に追いついた。
「勝つのはアタシだ~い!オメーにゃ絶対負けねーからな貴婦人!」
外から捲り、先頭へと襲い掛かる。後続も続々と上がってきており、乱戦模様となる第4コーナー。縦長のバ群が一塊になりつつあった。
(中山の直線は短い。仕掛けるべきは──)
「ここぉッ!」
ズドンッ!と。およそ地面を踏んだ音とは思えないほどの轟音を響かせるジェンティルドンナ。渾身の力を込め、地面を抉るように蹴り出し、風除けに使っていたイマジンサクセスをさらに内からぶち抜いて勢いよく上がる。
「む、む~り~!」
「させ、ねぇっての!ジャパンカップの二の舞はごめんだし!」
「私も、負けません!」
トーセンジョーダンとエイシンフラッシュはその動き出しを看破していた。ジェンティルドンナよりもわずかに前を走っている……が。じわりじわりと差を詰める。
《第4コーナーを越えて最後の直線に入ります!中山の直線は短いぞ、後ろの娘達は大丈夫か!?ここで先頭に立ったのはトーセンジョーダン、トーセンジョーダンだしかし!内からジェンティルジェンティル!ジェンティルドンナが上がってきたぁ!最内から貴婦人が歩みを進める!優雅に、そして力強く進むジェンティルドンナ!あっという間に並んでっ、躱したァァァ!ジェンティルドンナが先頭だ!懸命に追いかけるトーセンジョーダン、エイシンフラッシュ!そして大外からはゴールドシップだ!ロングスパートのゴールドシップ、スタミナは十分残している!中山の坂を上る!先頭はジェンティルドンナ!》
最後の直線に入った段階で早々に先頭に立つジェンティルドンナ。意識を一つのことに、ただ早く駆け抜けることだけに集中する。
「──潰して差し上げますわ」
領域を切る。時代を創るウマ娘しか至ることができないとされている到達点、勝負における
だが、領域を使えるのはジェンティルドンナだけではない。仕上げとばかりにゴールドシップにトーセンジョーダン、エイシンフラッシュも使おうとする、が。
(脚色が、鈍い……!上手く嵌らない!)
(今度は、早めのペースでやられたし……!領域が、思うように動かない!)
「これも想定済みかよ貴婦人がよぉ!でも、ゴルシちゃんのスタミナをナメんなぁあぁぁぁ!」
3人は領域を上手く使えない。スタミナがほぼ切れかけていた。第3コーナーでの早仕掛け、ジェンティルドンナを封じ込めようと動いたことが仇となった。ただ、ゴールドシップはその豊富なスタミナを活かしてジェンティルドンナへと襲い掛かろうとする。
しかしここで突きつけられるのは──純粋なスピード不足。地力で劣っていることを見せつけるように、ジェンティルドンナとの差は開いていった。
《ジェンティルドンナが独走態勢に入った!ジェンティルドンナが2番手エイシンフラッシュとの差をグングン広げていく!ゴールドシップ懸命に上がってくるがまだ4番手!まだ4番手だ!トーセンジョーダンはもう厳しいか!?しかしまだ終われない!懸命に追走する!しかしジェンティルドンナだジェンティルドンナだ!その差はすでに4バ身!残り100mそして!》
結果は──ジェンティルドンナによる5バ身差勝利。彼女の聖域に足を踏み入れることなく、ゴールドシップ達は敗れ去った。
《これが貴婦人の走りだジェンティルドンナァァァ!!圧巻の強さでレースを制したジェンティルドンナ1着ゥゥゥ!暮れの中山に輝くトリプルティアラ!暴君をも下した貴婦人の走りは伊達ではない!他を寄せ付けない圧巻の走り!またも作った5バ身差の聖域!これはもう文句のつけようがありません!最強はジェンティルドンナだぁぁぁ!》
力強く、気品を感じさせる佇まい。ジェンティルドンナによる圧巻の勝利に、観客は言葉を失っていた。
「うっそだろ……ジャパンカップとは打って変わって、早めのペースを作っての自滅を誘った……」
「しかも当人は振り回されることなく、だぜ?イカれてんだろ……」
「もう文句のつけようがねぇよ。最強は彼女だって」
ジェンティルドンナの圧倒的なポテンシャルに絶句する。その様を見て、ジェンティルドンナは優雅に笑った。
「えぇ、えぇ。私に相応しい勝利ですわ」
己の強さに言葉を失う。ジェンティルドンナは微笑み、満足げに頷く。そして、今回戦った相手のことを思い出し──滾った。
(ふふ、やはり一筋縄ではいかない相手。今回も5バ身差を狙いましたが……こちらも偶然、ですわね)
強者との熱い戦いにジェンティルドンナは心を躍らせる。これからも彼女達は成長する、いずれは5バ身差を作ることもできなくなる。その時は、とても滾る勝負ができるだろう。
ただ、彼女の頭はもう国内だけに留まらない。すでに海外へと視野を向けていた。
(未知なる強敵を求めて……良いですわね。まずはドバイです)
「それでは皆様ご機嫌よう。また私に歯向かってくれる時を待っていますわ」
優雅に一礼するジェンティルドンナ。その姿を見ていたゴールドシップは。
「……クソッ!」
思わず口から漏れ出た悔しさ。今回の敗北を刻みつけて、次なる戦いへの準備をしようと誓っていた。