トレセン学園のトレーナー室でトランセンドとトレーナーはPCを眺めている。次の戦いに向けて資料を集めていた。
「トレちゃんトレちゃん、この子なんか面白そうじゃない?ほら、三刀流だって三刀流。昨今は二刀流が話題だってのに、さらに一本増えちゃったよ」
「……トラン、分かってると思うけど」
「だいじょぶだいじょぶ。ちゃんと分かってるよん」
2人が見ていたのはアメリカのウマ娘。ケンタッキーダービーを制し、バ場を問わない活躍を残しているドバイワールドカップの有力候補の1人。アメリカはダートの本場ということもあり、情報の精査は念入りに行っていた。他の有力候補もアメリカである。
「BCディスタフの覇者とか、今年もわんさかだね~。うん、きっと未知の世界を見せてくれるんだろな~」
「だね。きっと、トランの想像もつかないような、ワクワクするレースになると思う」
「お、望むところじゃん?それってすっごいゾクゾクする」
レースがどうなるかは分からない。この分からないことを楽しむ2人。情報収集しつつも、これから開催されるドバイワールドカップの期待に胸を高鳴らせていた。
ただ、この2人が一番警戒しているのはアメリカのウマ娘ではない。ダートの本場よりも警戒すべき相手がドバイワールドカップには出走する。【砂のハヤブサ】、あるいは【赤鬼】と称されるスマートファルコンか?否、違う。
2人が最も警戒している相手とは──ホッコータルマエだ。彼女こそがドバイワールドカップの台風の目になると2人の見解は一致している。
「日本ダービーを見れば分かるけど、あっちは負けた後の方が怖い。徹底的に情報を詰めてメタってくる。JBCクラシックの走りは忘れた方がいい」
「タルマエちゃん真面目だからね。良い子だし、予想の範疇に収まる分かりやすい子だけど……今回は別だね」
ホッコータルマエのレース映像を画面に映し、目を細めて鋭く睨む。少しの動きも見逃さないように集中する、が。見終わった後に溜息を吐く。目新しい発見はなかったようだ。
「どれくらい成長しているか……それが分かるといいんだけどねん。こーいう時は高村トレーナーの目が羨ましいよ」
「併走をやっても本気を出していない可能性がある、どれくらい成長したかを隠している可能性があるからね。一目見ただけでウマ娘の能力値が分かる目、恐ろしいことこの上ない」
「ウチのことも丸裸にされてんだろうな~。イヤン」
高村聖だけが保持している特異な力。ウマ娘の身体能力を数値化することができる目。2人にとっては羨ましいとも思うし、同時にとても厄介なものだということを理解している。
レースは身体能力だけで決まらない。その日の展開もあるし、調子にだって左右される。運も大事な要素であることに加え、作戦も外すことはできない。レースとは色々なものが絡み合うことで勝敗の結果が生まれる。身体能力を数値化できるからなんだ?見えるからどうした?とも思うだろう。
しかし、指標の1つにはなる。自分に劣っているものは何か、逆に自分が優れているものは何か。それを知ることができるだけでも大きなアドバンテージだ。
「スピードが劣ってるならスピードを重点的に鍛えればいいし、賢さが足りないなら賢さトレーニング。ウチらは見えないからまんべんなく鍛えるしかないけど」
「高村君には分かっている。だからこそ、必要なものを必要なだけ鍛えることができる。う~ん羨ましい」
神から与えられたとしか思えない
「だからこそ、タルマエちゃんは怖い。高村トレーナーがどんな風に鍛えて、どんな風な進化を遂げているのか?考えただけでゾクゾクするねっ」
「ある程度の予測は立てられるけど、どうなんだろうなぁ。しかもあそこ、サクラバクシンオーにアグネスタキオンもいるし」
「あ~あの2人と毎日併走できるもんね。なんだその神環境、ウチにも寄越せ」
ホッコータルマエの環境はトレセン学園最高と言ってもいいだろう。サクラバクシンオーもアグネスタキオンもドリームトロフィーで猛威を振るっている圧倒的な強者。加えて現在の芝路線最強であるジェンティルドンナがいる。まだ未デビューだが、キタサンブラックにドゥラメンテも将来を期待されているウマ娘。そこに高村聖という天才トレーナーがいる。
挑むことを諦めるトレーナーも少なくない。ただ、この2人はむしろワクワクしていた。
「ほんっと~に予測がつかない。でも、だからこそゾクゾクする。トレちゃんもそう思わない?」
「奇遇だねトラン。俺も同じこと思ってた。あの2人がどこまで成長しているのか、どれくらい強くなってるのか……とても興味が出てくる」
「やっぱトレちゃんは分かってんね~。いぇ~い」
ハイタッチを交わす2人。トレーナーと担当ウマ娘、というよりは友達の距離感が似合う2人だ。いつものように過ごしている。
「ま、だからといって負けないけどねん。ドバイワールドカップめっちゃ悔しい思いしたし。もう負けてられないっしょ」
「スマートファルコンも、今まで以上に仕上げてくる。前回は惨敗だったからね」
「いや~楽しみだねぇ」
トランセンド陣営は順調だ。
そして、スマートファルコン。刻一刻と近づいているドバイワールドカップに向けて、トレーニングを続けていた。自主トレも欠かさず、本番に向けて調整をしている。彼女の頭に浮かぶのは、前回のドバイワールドカップだ。
(みんなに期待されて出走したのに惨敗だった。スタートで出遅れちゃって、後方からのレースになって。そのまま追い上げることもできずに負けちゃった)
出遅れ、掛かりのダブルコンボを決めてしまい、掲示板外に沈むという結果に終わった。スマートファルコンにとって忘れることのできないレースであり、今もなお頭にこびりついている。だが、彼女の目に迷いはない。次は同じ失敗をしないようにしようと決意している。
「だから、次は出遅れないようにしないと!ファル子が逃げたら~?追うしかな~い!」
自作の歌を口ずさみ、鼓舞しながら走るスマートファルコン。こちらもコンディションはバッチリだ。
休憩中は対戦相手となるウマ娘のデータ収集も欠かさない。スマートファルコンが特に注目しているのは──ホッコータルマエだ。
「タルマエちゃんは大人気のウマチューバー、登録者200万人超え……!ファル子も負けてられないっ!」
注目しているところが若干ずれているが、レースに関しても気が抜けない相手として見ている。
(JBCクラシックではタルマエちゃんに負けちゃったもんね。それに、あそこのチームは警戒しないといけないから)
全方位から警戒されているホッコータルマエ。それもまた必然というべきか、やってきたことがやってきたことだからだろう。芝とダートの二刀流で、群雄割拠のダート戦国時代に現れた若武者。次世代のダートを担う期待のホープなのだから。
「タルマエちゃんは負けちゃった後が一番怖い。それは日本ダービーが証明してる。ゴルシさんを徹底的に対策して何もさせなかったんだもん。ファル子達も、同じような目になる可能性は大。だから何をすべきか……」
スマホを使ってホッコータルマエのレースを観察する。こちらも研究を欠かさない。スマートファルコンのトレーナーも今はトレーナー室で同じことをしているだろう。
「ファル子負けないぞ!」
拳を突き上げて鼓舞する。ドバイワールドカップに向けて順調だった。
◇
ヴィルシーナと倉科。新年を迎えた2人には、打倒ジェンティルドンナ&高村に向けてトレーニングを重ねていた。しかも。
「併走!お願いします!」
「いいよ」
高村に頭を下げ、彼らとの併走をしている。1ヶ月に数回、ミーティアのウマ娘と併走をするようになった。
理由は至極単純。ドリームトロフィー最強クラスの2人と併走できるから、それに尽きる。なにより、高村自身が併走を拒まない。利用しない手はないだろう。
あの敗北以降、倉科は色々な手を尽くすようになった。そう、たとえ超えるべきライバルとして定めている2人の手を借りることになっても。
(高村達の強さは本物だ。だからこそ、俺も学ばせてもらうぞ!)
よりトレーナーとしてレベルアップするために。倉科は高村の手を借りることも厭わなくなった。
また、倉科には年が明けてから担当が1人増えたのだ。
「ハァイ、キタサン!一緒にトレーニングしましょう?」
「あ、クラちゃん!いいよ!」
「私も手伝おう、クラウン。ともに高め合おう」
「
サトノクラウン。サトノ家のウマ娘であり、倉科がスカウトして契約を結んだ。ヴィルシーナとも良好な関係を築けており、チーム内の仲は良い。サトノクラウン達のトレーニングにはアグネスタキオンがついていた。
「委員長君はヴィルシーナ君にかかりきりだからねぇ。私が対応しようじゃないか」
「真的吗!?タキオンさんの力が借りられるなんて光栄だわ!」
「そうかそうか、それは嬉しいねぇ」
にんまりと笑うアグネスタキオンだが他意はない。本当に。
そしてヴィルシーナはサクラバクシンオーとジェンティルドンナ、そしてホッコータルマエと併走をしている。サクラバクシンオーの強さをその身に感じていた。
(これが、高村トレーナーが最初に育てたウマ娘……!そして、スプリント最強の驀進王!)
「バクシンバクシーン!委員長の強さを肌で感じてくださいッ!そして、共に成長しましょうッ!」
(いやそれ以上成長するの!?)
心の中でツッコミを入れるヴィルシーナだが、サクラバクシンオーの強さは異次元だ。加えて、学びも得ることができる。ヴィルシーナの心は燃え上がっていた。
その様子を見て、ジェンティルドンナも嬉しそうに口角を吊り上げる。
(強くなることに余念がない。本当に面白い子)
ヴィルシーナへの評価をさらに上げていた。
併走を見る倉科と高村。こちらも学びを得ようとしている。
「そ、その~。ゆ、U.A.F.のトレーニングってどんなのですか?」
「……別にいつも通りで構わないよ。気にしないし」
「いやいや!こっちは教えてもらう身、それ相応の立場ってものがある!いや、あります!」
相変わらずの無表情な高村だが、教えることに不満があるわけではない。倉科に色々と教え込んでいた。
(ふっふっふ、いつかはお前に勝ってやるからな高村!覚悟しておけよ!)
「……聞いてる?」
「あ、は、はい!聞いてます!」
色々と吹っ切れた倉科陣営。彼らの未来は明るい、のかもしれない。
サトノクラウン登場!サトノクラウン登場!