※透明文字はスマホでとても見辛いことを忘れておりました……申し訳ありません。なので不透明文字に差し返させていただきます。
ドバイ遠征のトレーニング初日、まさかフランスでもトップレベルのチームと合同トレーニングできるとは思いもしませんでしたが、まぁ良いでしょう。元々トレーナーがフランスのウマ娘をコーチングしている、とは聞き及んでいました。関係も良好、同じ地にいるとなればこうなるのも必然だったかもしれませんわね。
このチームには私と同じドバイシーマクラシックに出走する方がいる。バルバドスケーブ──欧州G1のコロネーションカップを連覇している強敵。この合同トレーニングでも何度か一緒になりましたが、オルフェさんに勝るとも劣らない強さを感じました。
「敵はバルバドスケーブさんだけではありません。楽しみですわねぇ、私の力を存分に奮えそう」
ドバイシーマクラシックの刻は確かに近づいてきています。出走の時を待つだけ……ですが、とても待ち遠しい。早くレースにならないかしら?
「ドバイシーマクラシックでも私の強さを御覧にいれて差し上げましょう。日本だけではなく、世界にも向けて発信しないといけませんもの」
私は日本で一番強いという枠組みに収まる気はありません。このドバイシーマクラシックはいわば足がかり、私の今後のためのレースですわ。トレーナーにもより一層励んでもらわなければいけません。
それにしても。
「私の判断は間違いではありませんでした。やはり、彼をトレーナーにしたのは最良だった」
ホテルの部屋で1人呟く。私のトレーナー、高村聖。本当に面白い。
「私達に尽くし、手柄に執着せず、伏しても立ち上がる気概がある……最初こそ欲がないように見えましたが、それも私の勘違いでした」
彼の欲はとびっきりのもの。私達のためと突き進み、いかなる手も尽くす狂気の思考。聞くところによると、幼子の頃からトレーナーになるために努力を重ねてきたのだとか。常人にはできないことですわね。なにが彼をそこまで突き動かしたのかが気になるところね。
「けど、1つだけ気になることがある。彼は──私達に執着しているのかどうか?」
私のトレーナーはどうも執着というものが薄い。レースに拘りはなく、私達のためならば一生に一度のクラシックレースだろうが切り捨てることはタキオンさんが証明済み。手柄も気にした様子を見せませんし、身の回りのものにすら興味を示さない。本当に、私達だけのために動いている。ウマ娘にとって最善となるように行動している。
だからこそ、気になる。彼は私達を手放す状況になった時、どんな行動をするのか?我ながらよろしくない思考とは思いつつも、執着しない性格を考えたら少しは不安になるもの。
「トレーナー変更……もし、仮にもし私達が望めば彼はどんな行動をするのかしらね。そればっかりは私にも分からない」
私達が望んだことならば、彼はいつものように軽い調子でいいよ、と答えるかもしれない……想像したら腹が立ってきましたわね。いえ、勝手な想像ですが。
ま、私は彼の下を離れる気は毛頭ありませんが。彼以上のトレーナーなど世界中探し回ってもいそうにありませんし、なによりとても気に入っている。離れる理由などありませんもの。これは、バクシンオーさんや他の方々も同じことを思っているでしょうね。
「さて、もう寝ましょうか」
部屋の明かりを消して眠りにつく。本番に向けて、しっかりと整えなければなりませんから。
◇
ドバイに遠征してからというものの、ヴェニュスパークのトレーナーさんと変わらず合同トレーニングをしている。学べるものがたくさんあるのでとても助かっていた。加えて、ジェンティル達にも良い刺激になっているので感謝しかない。
「『君が育てたウマ娘は凄いね。全員が超一流のウマ娘だ』」
「『ありがとうございます。ですが、そちらのウマ娘も一流揃い。僕もまだまだ頑張らないと』」
「『そりゃ年季が違うからね。私が君ぐらいの歳の頃はろくな結果を出せてなかったよ』」
トレーニングを眺めながら色々と教えてもらいつつ話に花を咲かせる。そんな時だった。
「『本当に良いねぇ、君の育てたウマ娘。是非ともウチのチームに欲しいぐらいだ』」
相手のトレーナーが、そう口にしたのは。僕が育てたウマ娘を、フランスに?
視線の先にいるのはジェンティルだ。トレーナーは、とても興味深そうに眺めている。
「『特にジェンティルドンナ。彼女はとても良いね。そのスタイルからパワー一辺倒、王道のゴリ押しと思われがちだが、常に思考しながらレースをしている。崩すことは容易じゃない。バルバドスケーブも苦労するな、これは』」
特に気にした様子を見せない。多分だけど、冗談を口にしただけだろう。少しだけ、焦った。
確かにジェンティルは逸材だ。僕のところに来た時も、強者の雰囲気を纏っていたし、なにより本人が自己研鑽を怠らない。強くなることに余念がなく、常に前だけを見て進んでいる。自信に満ち溢れていて、自分の力に絶対の自信を持つウマ娘。相手が興味を持つのも不思議じゃない。担当したいとも思うだろう。
……でも、彼女は僕が担当しているウマ娘で。僕が育てたウマ娘だ。それを、相手が望むからって易々と手放しても良いのか?良くない、良くないけど。もしもジェンティルが望むなら……僕はどうすればいい?
い、いや、大丈夫だろう。ジェンティルがそれを望むとも限らないし、むしろ提案を蹴るはずだ、うん。
(それに、僕の実力が認められたようなものだ。冗談を口にするぐらい心を開いてくれている、とも解釈できるし、ジェンティル達の実力が認められたってわけだし)
なんか言い訳がましくなったな。止めておこう。
「『いや~本当に惜しい!是非とも育ててみたかった!』」
「……はぁ」
うん、大丈夫なはずだ。きっと。
休憩中。ジェンティルがこちらへとやってくる。いつも通り堂々とした態度で。
「よろしくて?トレーナー。先程私を見ながら何かを話していたようですが」
「……あぁ、うん。なんでもないよ」
さっきの会話はジェンティルには聞こえていなかったようだ。まぁトレーニングしながらだし当然と言えば当然か。
「『いやなに、是非ともウチのチームに欲しいなと思っただけだよ』」
相手のトレーナーさんは、軽いノリで口にした。そしてジェンティルは。
「『あら、悪くない提案ね』」
肯定も否定もしない、じゃない。肯定寄りの意見を口にした。え?
(ジェンティルが、フランスのチームに?)
「『もっとも、ただの冗談のようなものだ。気にしないでくれ』」
「『当然ですわ。私はそこまで安い女じゃありませんの』」
……まぁ不思議ではない。ジェンティルが望むのは強者、その点を踏まえれば相手も強者に当てはまるだろう。指導も完璧であることはこの合同トレーニングで分かっている、実績だって申し分ない。そういう話が持ち上がるのも全然不思議じゃないんだ。
「『私は彼を手放すつもりはありません。彼ほどのトレーナーはいませんから』」
「『違いない!私が担当するよりも高村が担当した方が強くなれる。君にとってもその方が幸せだろう』」
「『あら、分かっていますのね』」
楽しそうに会話をしている。もしかして、ジェンティルが乗り気だから交渉でもしているのだろうか?あぁ、ダメだな。会話の内容が聞こえてこない、理解したくない、中身を聞きたくない。
ジェンティルが僕が育てたウマ娘だ。ジェンティルだけじゃない。バクシンオーも、タキオンも、タルマエも、キタサンも、ドゥラも。ミーティアのみんなは僕が担当しているウマ娘なんだ。それを誰かの手に渡らせるなんて……僕は。
「『それに、どうせなら高村ごとフランスに迎え入れたいからね。彼は是非とも欲しい逸材だ!』」
「『分かっていますのね。えぇ、彼は素晴らしいトレーナーですわ。常に私達のために行動し、結果を出し続ける。マッサージも欠かしたことありませんのよ?』」
「『おっと、コイツは惚気られてしまったね。それほどまでに惚れ込んでいるのか!じゃあますます無理だね!』」
これだけ楽しそうにしているのならば、ジェンティルは向こうのチームに移籍するのだろうか?それが、彼女にとっての幸せなのだろうか?そして──それを許すことが、僕にとっての最良。担当のウマ娘のためになることで……。
「『ところでさっきから高村が無言なのだが。どうかしたのかな?』」
「『分かりませんわ』。ちょっとトレーナー?何を黙っていますの?」
「……だ」
でも、僕の心はそうじゃない。どうしてだろうか?こんなこと、思わなかったのに。それがジェンティル達のためになるならば、僕は拒まなかっただろうに。
「いや、です」
「?要領を得ませんわね。なにが「ジェンティルも、他の子も!誰も移籍はさせませんッッ!」……は?」
「え?た、『高村?』」
口から出たのは、真逆の言葉だった。
嫌だ、絶対に嫌だ。ジェンティルもタルマエもバクシンオーもタキオンもキタサンもドゥラも。全員僕が担当しているウマ娘だ。誰かの手に渡らせたくなんてない。それが最良なのだとしても、僕が嫌だ!
不甲斐ないかもしれないし、望むことができないかもしれない。それでも僕は彼女達のトレーナーで、彼女達は担当ウマ娘で。移籍を望んでいるとしても……!
「僕は、嫌です。ジェンティルが移籍を望んでいるとしても、僕は絶対に嫌です。まだまだ、僕の手で輝かせたい。ジェンティルも、他の子達もっ」
「『あのー、高村?その話は本気じゃなくて』」
「どうかお願いします。移籍の話は、ないことにしてくれませんか?」
僕は、嫌だ。たったそれだけの、個人のワガママだけど。ジェンティル達が移籍するのは我慢ならない。望んでいたとしても、こんな形は嫌だ。せめてしっかりと話し合った上で、僕が納得せざるを得ないような状況なら……悔しいけど、とても悔しいけど。飲むしかない。
頭も下げてお願いする。どうか移籍の話はなかったことにしてくれと。でも、返ってきたのは。
「『高村?その話は冗談だってさっき言ったよね?というか、今の会話の流れでどうしてそうなるんだい?』」
「……え?」
「『私とジェンティルドンナの会話を聞いていたなら移籍なんてしないと分かると思うけど』」
困ったな、ジェンティルの会話は聞こえていない。どんな会話をしていたんだ?そう思いジェンティルの方を見るけど。
「……ふふ、うふふ」
ジェンティルは俯き、肩を震わせているだけ。どうかしたのかな?もしかして、僕はキモいとでも思われたのかな?そうなったら「うふふふ!」……どうして笑っているんだろう?
「まさか、こんな言葉が返ってくるなんて!うふ、うふふふ!」
「……『一応、聞いてもいいですか?』」
「あ~、うん。『じゃあ一から教えるよ』」
会話の流れを教えてもらうことに。結果、分かったことは。
(完全に僕の一人相撲じゃないか……!)
ジェンティルはそもそも移籍する気なんて微塵もなく、相手のトレーナーさんも本気で移籍を望んでいるのではなく、それほどの逸材だと褒めていただけと判明。むしろ僕達のことを惚気られてしまったと言われた。なにを話したのかな、ジェンティル。
話を聞いた僕に襲ってきたのは──羞恥心。顔から火が出るほどの感情が押し寄せてきた。過去一、前世を含めても抱いたことがないほどの羞恥心が僕を襲う。
恥ずかしい……、ひたすらに恥ずかしいッ!勘違いしていたこともそうだけど、ちょっとでも移籍があるんじゃないか?と思ってしまった自分が。完全な一人相撲を披露してしまった自分の姿があまりにも滑稽すぎる!
「大丈夫ですトレーナーさんッ!私はトレーナーさんから離れる気は毛頭ありませんともッ!」
「同じくだねぇ。まだまだやりたい実験が山ほどあるのだから!」
「だ、大丈夫ですトレーナーさん!私も、そんな気はありませんので!」
「あ、あたしも!トレーナーさん以上の方はいませんから!」
「私もだ。君は自分が思っている以上に素晴らしいトレーナーだ、もっと自信を持った方が良い」
痛い、みんなの優しさが痛い……みんな忘れてくれ、お願いだから!というかいつの間にいたの!?もしかして、今の会話全部聞かれてた!?
「うふふ、言われちゃった!ふふ、うふふ!」
「『情熱的だねぇ。思わず日本語でお願いするくらい、か。』アハハ!」
ジェンティルも笑ってないで助けて欲しい!
その後のこと。
「とても情熱的なお言葉でしたわ?えぇ、とても」
「……そりゃよかったね」
「拗ねないでくださいな」
トレーニング後、ジェンティルから程々に揶揄われてしまった。僕の黒歴史確定である。
「ところで、私以外にも同じ反応をしますの?」
「?それは当然だよ。みんな僕の大事な担当ウマ娘だからね」
「……」
「どうして無言で睨むのかな?」
できれば早急に忘れ去って欲しい記憶。ま、まぁ気持ちを切り替えていこう。もうすぐドバイワールドカップミーティングだ。
ジェンティルさんほほほ、と笑うこともあるけどうふふ、という年相応の無邪気な方も好き。