ドバイワールドカップを目前に控えた今日。トレーナーさんと2人で最後の総仕上げに移っています。やっていることは対戦相手の研究、すでに情報は頭に入れてあるけど、念には念を入れて、だ。
「……と、ここまではルロワーカントリー達、海外勢の情報だね。トランセンドとスマートファルコンは」
「大丈夫です。
この情報を持ってきてくれたトレーナーさんは本当に凄い。対戦相手になるウマ娘の身体能力が即座に分かるので、どう対処すればいいのか?どの分野が長所なのか?が簡単に分かりますから。
海外勢にも注目が集まりますけど、個人的にはトランセンドさん達には負けたくない。あまり執着しない方が良いけど、トランセンドさんには負けたから。悔しいししっかりとリベンジを果たしたい。研究する手にも熱が入る。
「落ち着いて、タルマエ。力が入りすぎてるよ」
「……あ、す、すみません!」
「大丈夫」
おっとっと、またトレーナーさんに止められました。反省、反省っと。
それにしても、トレーナーさん、か。
(手柄なんて気にした素振りを見せないし、自己研鑽に余念がない。それ以外のことにあんまり興味はない人だな~って思ってた)
どうしても執着心が薄い人だって印象があったけど。まさか、ねぇ?あんなことが起こるなんて思いもしなかった。今思い出しても嬉しくて頬が緩んじゃいます。
「ふふっ」
「?どうしたの、タルマエ。何かいいことでもあった?」
「あぁいえ。この前のトレーナーさんの言葉を思い出して」
「……早急に忘れてくれると助かるかな」
トレーナーさんはふい、っと顔を逸らしますけど、さすがに無理な相談です。だって凄く嬉しいですし。
しっかりと、ちゃんと。凄く強く私達のことを思っていることが分かった。だからこそ──勝ちたい。これは気負い過ぎとか、そういうのじゃないと思う。今までみたいにやらなきゃいけないとか、絶対にしなきゃいけないとかいう思いには駆られていない。ただ、私がそうしたいからやっているんだ。
苫小牧に更なる活気を。勝利を願うファンのために。私自身のリベンジを。そして……私の勝利を信じるトレーナーさんのために。
「トレーナーさん」
「なにかな?タルマエ」
私は誓う。トレーナーさんの目を真っ直ぐに見て。
「ドバイワールドカップ、勝ちます。だから、見届けてください」
「……勿論。頑張っておいで、タルマエ」
「はいッ!」
そして、ドバイワールドカップの日を迎えた。
◇
ドバイのメイダンレース場。夜空が広がっているのを忘れてしまいそうなほどの明るさ。絢爛なファンが集い、ドバイワールドカップミーティングは始まろうとしている。
第7レースであるドバイターフが終わり、第8レースのドバイシーマクラシックを迎える。ファンの熱は高まり続け、熱気で景色が歪んで見えそうなほどの熱狂だ。
「『ついに来た!待ち望んでたぞ!』」
「『このレースがダントツで楽しみだったよ!日本の最強が、ドバイに来るこの日を!』」
「『こっちでも応援してるわー!』」
ファンの興奮が会場を支配する中、そのウマ娘がメイダンレース場のターフに姿を現す。かつてドバイシーマクラシックで鮮烈な光景を作り上げたアグネスタキオンが所属しているチーム。ミーティアのウマ娘にしてドバイシーマクラシックの1番人気──ジェンティルドンナ。彼女が優雅に微笑みながらターフに姿を現した。
変わらない勝負服。しかし今まで以上に煌びやかに貴婦人を彩る。微笑みは余裕の表れか、それとも緊張をごまかすためか。
「う、『美しい……!あれが、ジェンティルドンナ!』」
「『まさしく貴婦人って感じ!日本での強さは聞いてるわ。こっちでも5バ身差で勝つのかしら!』」
ファンの声を聞き、ジェンティルドンナはというと。
(うふふ。いつものように手を握らせてもらいました。緊張も程よく感じている。それに、あれほどの欲を見せてもらったんですもの)
「これは勝たなければいけませんわよねぇ?えぇ」
余裕の気持ちで挑めていた。周りのウマ娘も、ジェンティルドンナが見せる余裕を警戒する。特に、バルバドスケーブは合同トレーニングで彼女の強さを見せられている。
(ま~あんなことがあったらね。調子は絶好調、しかも強さも折り紙付き。こりゃあ骨が折れそうだ)
さらに警戒を強めるバルバドスケーブ。準備は万全といったところだ。
ウォーミングアップを終え、ウマ娘達がゲートへと入る。喧騒は鎮まり、夜の静寂がメイダンレース場を支配する。響くのは実況の声だけだ。
《メイダンレース場は良バ場の発表。芝2410mの戦いが幕を開けようとしています。最注目は日本からの挑戦者ジェンティルドンナ。かつてアグネスタキオンが刻んだ強烈な光、彼女と同じチームに所属する貴婦人がドバイの地へとやってきました》
《今でも語り継がれていますからねアグネスタキオンの走りは。また、彼女は凱旋門賞を制したオルフェーヴルをジャパンカップで下しています。期待が高まりますね》
《2番人気はコロネーションカップ二連覇のバルバドスケーブ。こちらも油断ならない実力者、ドバイシーマクラシックを制するのはどのウマ娘か?全ウマ娘がゲートに入り、態勢整いました》
照明が照らすメイダンレース場。静まり返った空気を壊し──ゲートの開く音が響き渡る。
《っ始まりましたドバイシーマクラシック!まず先手を取るのはどのウマ娘か?出遅れはなし、固まったスタートになります。アルビコッコが果敢に行きます。ハナを取るのはアルビコッコか?注目のジェンティルドンナは外から上がる。現在外の3番手につけていますジェンティルドンナ。バルバドスケーブはジェンティルドンナの内、内2番手の位置にバルバドスケーブ》
《どちらも先行からのレースを進めていますね。アルビコッコは楽に逃げたいところ》
《第1コーナーへと入る各ウマ娘。先頭はアルビコッコ、そして1バ身後ろにジェンティルドンナとバルバドスケーブ!》
大地を踏み鳴らし疾走するウマ娘達。ドバイシーマクラシックが始まった。
◇
バルバドスケーブはジェンティルドンナと同じ位置からレースを進めている。向こう正面に入ってからは落ち着きを見せ、目の前を走るアルビコッコを2バ身後ろの位置から窺う。すでにレースは向こう正面半分を過ぎた頃だ。
(他の子も気になる、けど!)
「『余裕の走りをしてくれちゃって……!』」
バルバドスケーブはジェンティルドンナの圧をひしひしと感じていた。これまで欧州の強敵達相手に鎬を削り、G1レースも制したことがある彼女。だが断言できる。ジェンティルドンナの圧は規格外であると。周りにプレッシャーを振りまき、己は鋼のメンタルで自制、周りのウマ娘の動き出しを徹底的に封じ、あらゆる搦手を無意味にする。ジェンティルドンナのスタミナを削るように動く子もいるが、全く効いた様子を見せていない。
(表に出してないだけかもしれない。でも、規格外が過ぎるよ本当!一緒にトレーニングしたから分かっているけど!)
その内師匠であるモンジューにも届きうるのではないか?そう思わずにはいられないバルバドスケーブ。ただ、彼女にも意地がある。ただで勝利をくれてやるつもりはない。これまでの努力を信じ、自分の力を全て出し切るつもりで向こう正面を走る。まもなく第3コーナー。隊列は変わることなく進んでいった。
《第3コーナーに入ります。先頭は依然としてアルビコッコが逃げる展開。2バ身のリードを保って逃げています。後ろはバルバドスケーブが内に、ジェンティルドンナがその外につけています。ジェンティルドンナをマークするようにヨークシャーオークスウマ娘レサンサ、そしてエリュアールがジェンティルドンナをマーク。ただその表情はちょっと苦しそうか?ジェンティルドンナは意に介さない》
《これは見事なポーカーフェイス。全く崩れていませんね》
《勝負に向けて速くなってきましたドバイシーマクラシックのペース!アルビコッコが独走を貫くか?バルバドスケーブとジェンティルドンナはまだ動かない、まだ動かない!》
差が詰まってきたことを確認する先行集団。こちらもペースを上げ始める。流れに乗るようにジェンティルドンナとバルバドスケーブはペースを上げた。
先頭を走るアルビコッコを風除けに使うのは──バルバドスケーブ。消耗を軽減し、最後の直線に向けて脚を溜める。定石の動きをするバルバドスケーブに対し、ジェンティルドンナは外を悠々と進んでいた。風の抵抗をモロに受け、切り裂きながら進んでいる。
その時バルバドスケーブの脳裏によぎったのは困惑。ジェンティルドンナの狙いだ。
(スタミナの消耗も凄いだろうけど、どうだろうか?彼女は、なにを考えている?)
道中揺さぶりを受け続けていた。多少ながら影響を受けていてもおかしくはない。なにより位置取り。前で走るのであれば、バルバドスケーブの内側こそが最良だ。前で走るアルビコッコを風除けに最短距離を使えるルート。それをあっさりと放棄して外へと進路を取った。
ジェンティルドンナが何を狙っているのか?バルバドスケーブには理解ができなかった。
(あたしと同じで王道の展開を好む傾向にあるってトレーナーさんは言ってた。それに彼女は思慮深い。そこに何か狙いがあるはず、なんだけど)
「『ここまで悟らせない、か。でも、有利なのはこっち!』」
依然として有利なのはバルバドスケーブ。その事実は揺らがない。速いペースで進むドバイシーマクラシック。まもなく第4コーナーを越えて最後の直線だ。
レースを眺める高村。サクラバクシンオーとキタサンブラックの声援を聞きながらノートに走り書きをする。その目はジェンティルドンナの姿を捉えていた。
(さて、バルバドスケーブからしたら何をしているのか分からないだろうけど)
「そのまま警戒しててくれると嬉しいかな。ジェンティルドンナの勝利を盤石のものとするために」
不利なのはジェンティルドンナ。なのに高村は──ジェンティルドンナの勝利を微塵も疑っていなかった。
最後の直線を迎えるドバイシーマクラシック。ウマ娘達が一斉になだれ込んでくる。
《ここでバルバドスケーブがアルビコッコを捕まえた。アルビコッコが必死に粘るがここでバルバドスケーブが先頭に変わる!先頭はバルバトスケーブで最後の直線へ!粘るアルビコッコ、振り切りたいバルバドスケーブ!ここでジェンティルドンナ、ジェンティルドンナが上がってきた!外からジェンティルドンナ内のバルバドスケーブに襲い掛かる!》
《最後の直線の追い比べ、誰が制するか!》
《っ!い、いや!これはジェンティルドンナ、ジェンティルドンナの勢いが凄い!?バルバドスケーブを徐々に引き離す、ジェンティルドンナが先頭に変わったぁぁぁ!》
先頭で入ったのはバルバドスケーブ。しかしすぐさまジェンティルドンナが外から躱して先頭を奪った。
(ま、それぐらいはやるっ、よね!でも、こっちだって余力は十分だ!)
「『負けないよっ、貴婦人!』」
内から追い上げるバルバドスケーブ。外を走るジェンティルドンナは──笑った。
「『温い、温いですわねぇ』」
深く沈み込み、地面を抉る踏み込みを見せる。バルバドスケーブは目を見開いた。
「『みなさんとても
口角を吊り上げ、その顔に笑みを浮かべるジェンティルドンナ。他のウマ娘も必死に追いかけるが。
「『蹂躙して差し上げますわ』」
ジェンティルドンナには、追いつけない。バルバドスケーブにレサンサ、欧州で結果を残してきた彼女達も必死になって追いかけているが、その差は縮まるどころか開いていく。
《さぁジェンティルドンナ、ジェンティルドンナだ!ジェンティルドンナが最後の直線を疾走する!残り200m、バルバドスケーブとレサンサ抜け出すがジェンティルドンナが差を広げる!これはかなり厳しいぞ、さらにギアを上げるかバルバドスケーブ!だが、ジェンティルドンナも負けじと伸びる!ジェンティルドンナの末脚も伸びている!その差は開くジェンティルドンナ先頭!》
必死の形相で、歯を食いしばって全力を尽くすがジェンティルドンナには追いつくことができない。
(ちょっと、待ってよ!あっちの方が不利を背負ってたはずでしょ?なんで!)
「『なにを、やった!?ジェンティルドンナァァァァ!』」
思わず叫ぶバルバドスケーブ。その叫びが聞こえていたか、それともただ呟いただけか。ジェンティルドンナは。
「『いかなる策を用いても、私はそのことごとくを真っ向から打ち破りましょう。それこそが──強者たる私の走りですわ』」
隔絶とした差を見せつけて、ドバイシーマクラシックを制した。
《ジェンティルドンナだジェンティルドンナだ!日本の貴婦人がやりました!ドバイでも刻んだ貴婦人の絶対領域5バ身差!ジェンティルドンナが突き抜けたぁぁぁ!!圧巻の走り、最後の直線であっさりと抜け出しての好位追走!欧州のバルバドスケーブとレサンサを全く寄せつけませんでした!ファンもこれは絶句するしかない!さらに進化を遂げた貴婦人はどこまで行くのか!?》
勝者はただ優雅に佇み微笑むだけ。ドバイシーマクラシックを制したのは──ジェンティルドンナ。
なんでさらに進化しているんですか(現場猫)