船橋レース場。本日かしわ記念が開催される場所は多くのレースファンが足を運んでいた。
「いやぁ、どうなるのかね?ホッコータルマエ。トランセンドとスマートファルコン相手に大勝したけど」
「今回その2人は出走しないけど、彼女だけは出るんだろ?未対決の2人もいるからなぁ」
「エスポワールシチーとフリオーソ。お互いに初対戦だけど……どこまでやるのか」
気になっているのはホッコータルマエの存在。先日開催されたドバイワールドカップで7バ身差の圧勝を飾った彼女がこのかしわ記念に出走する。果たしてどんなレースをしてくれるのか、体調は大丈夫なのかという不安要素はあるが、ファンは期待して待っていた。
ホッコータルマエはエスポワールシチー、フリオーソの2名とは対戦が未経験。対戦する相手にも得意・不得意というものがあるので、もしかしたらホッコータルマエはこの2人を苦手としているかもしれない、いやいやもしかしたらなんの苦もしないで相手するかもしれない、なんて想像を膨らませていた。
そして、船橋レース場にホッコータルマエが姿を現す。いつものように観客席に向かって手を振り、アピールする。
「船橋レース場のみんな~!苫小牧ロコドル兼ウマチューバー、ホッコータルマエだべ~!今日は一生懸命けっぱるから、みんなも応援してくれると嬉しいな!」
愛嬌のある姿に観客は微笑ましさを覚える……が。すぐにドバイワールドカップのレースっぷりを思い出し、気を引き締めるファンがチラホラと見受けられた。レース前でこそファンに笑顔で応対する愛嬌さを見せているが、一度レースとなると目標に定めた相手を集中的にマークしてレースを支配する【ダートの魔王】。このギャップがホッコータルマエの魅力でもあり、怖いところでもある。
「本当に切り替え早いよな~。もう戦闘態勢になってるし」
「あの真面目なまなざし……嫌いじゃないわ!」
「そうそう、今度苫小牧で魔王モチーフのタルマエグッズが出るらしいぜ!これは買わなきゃな!」
ドバイでのレース以降、彼女のギャップにやられた結果新規のファンが増えていた。新しい層を開拓したようである。
入念なストレッチを行うホッコータルマエの下に、エスポワールシチーが顔を出す。
「よぉ、タルマエぇ。テメーとは初対決だな」
「……エスポさん」
「テメーが赤鬼やトランに勝ったのは知ってる。レース自体は見てたからな。けど、アイツらに勝ったからってあーしらに勝てると思ってんじゃねーぞ」
メンチを切ってホッコータルマエを睨みつけるエスポワールシチー。ホッコータルマエは意に介さない。
「かしわ記念、楽に勝てると思うな。勝つのはあーしだ」
「楽に勝てるとは思ってませんよ。今日はよろしくお願いします」
「……ケッ!」
言いたいことは言ったのか去っていくエスポワールシチー。レース前の宣戦布告を受けたホッコータルマエは、冷静に分析する。
(実際これが初めての対戦。フリオーソさんもそうだけど、実際に走ってみないと分からないこともある。ただ)
「トレーナーさんと一緒にレースの映像を観返しました。対策に対策を重ねました。なので──今回はあなたです、エスポさん」
獲物をロックオンするようにエスポワールシチーをジッと見る。そして、一瞥した後ゲートへと向かっていった。
ゲートに収まるウマ娘達。開戦の時を静かに待ち、高鳴る胸を抑えながら続々とゲートへ入っていく。
《船橋レース場に砂の強者が集いますかしわ記念。本レースで注目を集めているのはドバイワールドカップを大勝したホッコータルマエでしょう。スマートファルコンにトランセンド、ダート戦国時代を形成している2人を下してかしわ記念へと出走してきました》
《まだエスポワールシチーとフリオーソとは対戦経験がありません。これが初対決の3人です》
《1番人気はホッコータルマエ、2番人気はフリオーソ。3番人気エスポワールシチー、ワンダーアキュートと続きます。ドバイワールドカップで誕生した【魔王】、この戦国時代を終わらせる王となるか?それとも戦国時代はまだ終わらせないか?はたまた我こそが王になると勝鬨を上げるか!そして今、最後のウマ娘がゲートに収まりました》
静まり返るレース場。発走の時を静かに待つ11人のウマ娘。溢れそうになる闘志を抑えながら待ち続け──バンッ!と。その時がやってくる、と同時。一斉に駆け出した。
《王がレースを支配するか、大名達がお前に王は似合わないと突きつけるのか、かしわ記念っ、スタートしました!おっと7番のスペインジェラートと11番のストレートバレットがやや出遅れた。他は綺麗なスタートを切ります。激しい先行争い、ハナを取るのはどのウマ娘か?果敢に行きますエスポワールシチー、それに続きますホッコータルマエ。ワンダーアキュートもマークする構え、フリオーソは後ろで静観だ》
かしわ記念が始まる。
◇
第1コーナーを駆けるエスポワールシチー。彼女はホッコータルマエによる執拗なマークにあっていた。トランセンドから教えられていたので気をつけてはいたものの、いざマークされるとなるとその圧に冷や汗を流す。
(ンだよこの圧は……!トランのヤツ、ドバイでこんなやべーのにマークされてたってのかよ!?)
じわりじわりと脚とスタミナを削り取るように動かれ、精神を摩耗していく。磁石のようにピッタリと張り付かれており、振り切ろうにも振り切れない。
(こんなもん対策したところでどうにかなんのかよ?これ自体、基礎がどうにかなんねーとできねぇ芸当だろうが!)
向こう正面へと入るレース。エスポワールシチーは先行争いを制して先頭を走る。その半バ身後ろにホッコータルマエとワンダーアキュート、そしてフリオーソのトップ層が並ぶ。4番手フリオーソの後ろには外からスペインジェラートが出遅れを取り戻そうと慌てて上がってきていた。
《向こう正面へ入りました。先頭は依然としてエスポワールシチー、エスポワールシチーが先行争いを制してハナを取ります。そしてピッタリとマークしているぞホッコータルマエ。今回の標的はエスポワールシチーだ》
《ドバイでも見せた徹底マークの戦法ですね。これはエスポワールシチーにとっては苦しい展開です》
《虎視眈々と狙います、3番手はワンダーアキュート外につけます。フリオーソも続いています、がっ、スペインジェラートが上がってきました。スペインジェラートが上がってきている》
ペースとしてはやや速めのかしわ記念。標的にされたエスポワールシチーはホッコータルマエのプレッシャーを感じながらも先頭で逃げ続ける。
(あーしだって負けられねー!負けてたまるかってんだ!)
それはきっと、ダートウマ娘の先輩としてのプライドだろう。ただで負けるわけにはいかない、このまま好き勝手させるわけにはいかない。
エスポワールシチーは
(来いよ真面目ちゃん!テメーは、このハイペースについてくんのか!)
「来いやぁタルマエぇ!」
「ッ」
ペースを上げるエスポワールシチーに対し、ホッコータルマエが取った選択肢は──同じようにペースを上げること。マークを切らさないことを決めた。
《さぁここでエスポワールシチーは息を入れない!このままハイペースの消耗戦に持ち込む構えだエスポワールシチー。ホッコータルマエも続いていく、ワンダーアキュートはどうか?ワンダーアキュートはっ、ついていくついていく。ワンダーアキュートも続くように上がって行くぞ。後続もペースを上げてきた、フリオーソ達に追いつこうとしている》
ワンダーアキュート、そしてフリオーソも同じように上がる。
(このまま後ろで控えたら、ちと不味いねぇ……っ!)
(自滅と思われかねないハイペース。ですがエスポさんなら……!)
他のウマ娘ならば最後に落ちるペース。それでもエスポワールシチーならば最後まで持つ。これまで一緒に戦ってきた経験からはじき出した2人。置いていかれないように、それでも最後には自分が勝つために位置を調整する。
しかし、ここで立ちはだかるのは──やはりホッコータルマエ。
(いやらしい位置取りだねぇタルマエちゃんっ。内を空けたかと思えばすぐに閉じちゃうんだから!)
(こちらが内に来ようとしたタイミングですぐさま閉める。こちらの焦りを誘発し、正常な思考をさせないよう誘発してくる)
現在最内を走るホッコータルマエ。最も有利な経済コースを走っており、エスポワールシチーを風除けにして順調に飛ばしている。しかもついていくだけではない。後ろを走るワンダーアキュート達に揺さぶりをかけながらだ。これには堪らないと、
エスポワールシチーはホッコータルマエを競り落とそうとしているが、全くといっていいほど離れる気配がない。焦りが生まれ、正常な思考を奪う。ワンテンポ遅れてはいるものの、エスポワールシチーの揺さぶりにもしっかりと反応しており、好きなように動かせない。
ワンダーアキュート達はホッコータルマエへと視線を固定される。彼女の揺さぶりに反応しまいとするが、嫌でも釘づけになるしかない。少しでも挙動を見落とせば、ホッコータルマエにそのまま逃げ切られるから。だからこそ、
「私がっ!」
「いや私が出る!」
「「あっ!?」」
後続のウマ娘達も続くようにペースを上げてきたことに。向こう正面に入ってもペースを落とさなかったウマ娘達がワンダーアキュート達を飲み込まんと上がってきた。
(これは、不味いねぇ!流石に飲まれたら)
(タルマエさんをマークしなければ、とかそういう問題ではありません!一刻も早く逃げなければ!)
落としたペースをまた上げる2人。集団に飲まれないためには仕方ないとはいえ、いつも以上のスタミナを削られる。
《向こう正面半分を過ぎてまもなく第3コーナー。先頭はエスポワールシチー、半バ身のリード。2番手はホッコータルマエが徹底マーク、エスポワールシチーに続きます。後続も上がってきているぞ、ホッコータルマエから1バ身離れてワンダーアキュート、そしてフリオーソが続きます》
《ホッコータルマエの位置が絶妙ですねぇ。内へと入らせない立ち回りをしています》
第3コーナーへと入るエスポワールシチー。彼女は内から抜かせまいと進路を取る。
(さぁて、これでちょっとは時間稼ぎができる。あーしのスタミナ、大分削られてっけど……!)
「関係ねー!あーしの根性ナメんじゃねーぞォ!」
ギアを上げるエスポワールシチー。後ろで冷静に俯瞰するホッコータルマエ。勝負が動くのは──第4コーナー。
外へ膨らむエスポワールシチー。その一瞬の隙を突き。
「ここ」
「ッぐ!?」
ホッコータルマエが内の進路をこじ開けた。抜かせたくなかったが、こうなっては仕方がないとエスポワールシチーは切り替える。
「だったらどうしたぁ!?そんなんであーしが止まるかよォ!」
「……」
「かかってこいやタルマエぇ!このエスポワールシチーの首は──安くねーぞ!」
やるべきは、真っ向からの叩き合い。最後の直線でホッコータルマエと真っ向から戦う道を選ぶ。
《第4コーナーを勢い良く曲がって最後の直線へ入ります。先頭はエスポワールシチーそして内からホッコータルマエ!ホッコータルマエだ!1バ身後ろには3番手フリオーソと4番手ワンダーアキュートも動いてきている。しかし先頭2人は引き離そうと躍起になる!》
《フリオーソとワンダーアキュートはここからでも十分追いつきますよ。エスポワールシチーとホッコータルマエはここが踏ん張りどころです》
《さぁエスポワールシチーとホッコータルマエだ、この2人の争いになるのか?それとも後続が追いつくのかっ、追いつく追いつく!後続も伸びてきた!エスポワールシチーとホッコータルマエに襲い掛かる!だが驚異の粘り脚残り200!まだまだ寄せ付けない、1バ身から先が縮まらない!》
懸命に脚を動かすエスポワールシチー。領域を使うスタミナも残っておらず、後は根性でどうにかするしかない状況。そんな時に彼女が見たのは。
(……ハッ。おいおいマジかよっ)
「ここで領域使えっとか……フザケんなよ……ッ!」
さらに鋭く伸びる末脚を繰り出す、ホッコータルマエの姿だった。まだ並んだ状態だった2人の差が、徐々に開き始める。
(あーしの後ろで控えてっからスタミナも十分、にしてもこのハイペースで余力残してるとか、どんなお化け体力してんだアイツ)
ホッコータルマエは終始冷静に展開し、必要なタイミングで、然るべき場所で息を入れていた。対して息を入れる暇もなかったエスポワールシチーと他のウマ娘。実態は……ホッコータルマエが息を入れることを許さなかったからだ。
《ホッコータルマエが突き抜ける!ホッコータルマエが突き抜けたエスポワールシチーを引き離す!かしわ記念を制し、君臨したのはホッコータルマエェェェ!!やはり強かった【ダートの魔王】!戦国大名達をねじ伏せて、屈服させて!船橋レース場で輝いた苫小牧の星!これがホッコータルマエの強さであります!2着は3バ身差エスポワールシチー!》
かしわ記念を勝ったのはホッコータルマエ。好位追走からの抜け出しという、王道の勝ちパターンだった。
エスポワールシチー達は息を荒げながらも、ホッコータルマエを睨む。
(……トランの言う通りだったわ。こりゃ、確かにバケモンだ)
(けども、タダではやられないよぉタルマエちゃん。次は)
(譲りません。確かに強いですが、ここで折れるわけにはいかない!)
エスポワールシチー、ワンダーアキュート、フリオーソ。3人とも闘志を燃やす。次なる戦いに向け、飛躍を誓った。
ホッコータルマエはレース後──真面目な表情から一転して笑顔でファンに応対する。
「今日も応援ありがと~!これからも苫小牧の星、ホッコータルマエをよろしくだべ~!」
ファンは目に焼き付け、記憶に刻んだ。ダート戦国時代を終わらせた魔王──ホッコータルマエの名を。
なんだぁ、コイツ(恐怖)