無事にジェンティルとタルマエのメイクデビューが終わった。どちらも勝利を収めることができてホッと一安心である。
ジェンティルの時と同様に、記者からはホッコータルマエの次走をどうするつもりか?という質問をされた。
「ホッコータルマエの次走はどうするおつもりでしょうか?」
「全日本ジュニア優駿を大目標に、プラタナス賞に出走するつもりです」
プラタナス賞に出走してからの大目標へ向かうルート。直接狙うルートでも良かったんだけど、タルマエの希望でもう一つレースを使うことになった。現状、ダートをメインで走るようにしている。タルマエは芝で走るつもりもあるみたいだけど……これに関してはまだ分からないので伏せておいた。一体どこで芝のレースを走るつもりなのやら。
芝の件は置いといて、記者からの反応も悪くなかったし、新聞や雑誌でもそこそこの評価を貰った。勿論切り抜いてスクラップブックに綴じてある。担当ウマ娘の活躍はしっかりと記録しておかないと。
無事にメイクデビューを果たした2人。さて、今後のメニューやレースプランを考えておかないと。
「ちょっとトレーナー?また動きが止まっていましてよ」
「ヒィ……ヒィ……」
「もっと気合いを入れなさいな。さぁ、また1から数え直しですわ」
……なのになんで、僕は筋トレなんかやってるんだろうなぁ。
しんどい、ガチでしんどい。そこそこ身体を動かす機会を増やしていた僕だけど、それは不健康にならないために必要最低限の運動をしていただけだ。みんながやっているような本格的なトレーニングはしていないわけで、筋トレも適当にこなしていた。正しい筋トレではなく、ちょっと楽をしていたのである。
その結果。
「ハァ……ハァ……おえっぷ」
「あぁもう、また1から数え直しじゃありませんの。これじゃあいつまで経っても終わりませんわよ?」
真面目な筋トレでヒィコラ言いながらジェンティルにしごかれているトレーナーの出来上がりである。うん、本当になんだ?これは。一体何がどうなってこの状況になっているの?
いや、それにしても……真面目に筋トレをしたら本当にキツいね。身体が悲鳴を上げてるし、もう楽になりたいって声が聞こえてきそうだ。でも、楽にはなれない。
「スクワット如きにどれだけ時間をかけるおつもり?他にもやるべきことはたくさんありましてよ」
「き、キツ……」
「弱音を吐くことを許した覚えはありませんわ。ほら、頑張りなさいな」
ジェンティルがそれを許さないから。あれ?どっちがトレーナーだったかな?
そもそもどうしてこんなことになったのか。それはジェンティルの言葉が発端である。
「貴方、いくら何でも看過できませんわ」
「え?何が?」
トレーナー室に入ってきて、僕の身体をジロジロと見た後そう告げたジェンティル。今でも彼女の溜息は覚えている。
「運動のやり方がなっていません。筋トレも、間違っていますわ。仮にもトレーナーともあろうお方が何をやっていますの?」
ジェンティル曰く、僕の運動が間違っているとのこと。でもジェンティル達には正しい筋トレ法を教えていると思っていたんだけどな。それが間違っているのかとちょっと不安になった。
けど、どうにも違ったようで。
「違いますわ。私が言っているのは、
「……え?僕の?」
「そうですわ」
どうも僕自身がやっている筋トレが間違っていると言いたかったらしい……だから何?って話ではあるんだけど。
まぁ確かに、ちょっと怠けているところもあったかもしれない。でも、僕はアスリートじゃないのだ。そんな真面目に鍛える必要なんてあるのだろうか?と抗議もした。ジェンティルには鼻で笑われて一蹴されたけどね。
「貴方なら勿論ご存じですわよね?【健全なる精神は健全なる肉体に宿る】……有名な言葉ですわ」
「知ってるよ。有名だからね」
「正しいトレーニングをするからこそ健全な肉体と言え、その肉体にこそ健全なる精神が宿る……強者に相応しい精神が、ね。今から私が正しいトレーニングというものをお教えしましょう」
ニッコリ笑顔の中に見え隠れする、有無を言わさない圧。僕に断るなんていう選択肢は用意されていなかったらしい。あの時は冷や汗をだらだらと掻いたね。夏が近づいてるせいかと思ったけど、そんなことはないって断言できる。
「早速やりますわよ。まずはスクワットからですわ。お返事は?」
「……」
「お・へ・ん・じ・は?」
「ハイ」
ジェンティルの圧に屈した僕は、筋トレをする羽目になった。
その結果、ジェンティルと筋トレをしているわけだ。すでに開始から1時間以上が経過、すでに僕の身体はボロボロに近い。
「おやおやぁ?至急プロテインを用意してくれと言われたから持ってきたのだが……中々面白いことをしているじゃあないか」
途中でタキオンも合流する。彼女の手にはプロテインが入っているであろうボトル。タキオンからボトルを受け取ったジェンティルは僕へと差し出した。
「休憩ですわ。しっかりと補給なさい」
「わ、わか、ったよ……」
早速飲むけど……うん、普段の薬とは違って全然苦くない。こういうのも作れるんだな、タキオン。
それにしても、すでに身体が悲鳴を上げている。節々が痛くなってきたし、もう止めたい。まぁ自分の意思で止められるならとっくの昔に止めてるんだけどね。
「10分ほど休憩を取りましたらすぐに再開しますわよ。それまでに準備を整えておきなさい」
なんで本当にこんなことに……!というか、あまりにも唐突過ぎやしないだろうか?今まで文句はなかったのにこの仕打ち。酷いと思うんだけど。
「まぁジェンティル君の言うことも一理あるだろう。間違った筋トレで楽をするような精神に健全な肉体は宿らない……逆もまた然りだ」
「それは分かるけど……僕の本業はトレーナーだよ?必要あるかな?」
「必要はあるだろう。トレーナーだとしても、護身のために鍛えて損はない。君はそもそもが運動不足だからねぇ」
「その通りですッ!」
うわ、ビックリした。急にバクシンオーが飛び出してきた。どこから来たのさ、君。
「身体は鍛えておいて損はありませんッ!いざという時に役立ちますッ!」
「……そうは言うけどさ」
「もし1人で寂しいというのであれば、この学級委員長が一緒にやりましょうッ!1人では心細いトレーナーさんのために、一肌脱ぎますよ~ッ!」
誤解を生みそうだから止めて欲しいな。別に寂しいわけじゃないし。
その後も解放されることはなく。途中で加わったミーティアのメンバーと一緒にトレーニングをする僕という異様な光景が学園のみんなの目に映ったことだろう。いや、前々からたまにやってることだったな。じゃあ問題ないか。
◇
全くトレーナーは。あそこまで非力だとは思いもしませんでしたわ。スクワットだけで根を上げ、その後のトレーニングもなんとかこなすことができたといった感じでしたし。
(アレでも最初の頃より改善しているらしいですが……前はどれだけ酷かったのかしら?)
「まぁ構いません。このままトレーナーを鍛え続けていきましょうか」
強者である私のトレーナーは、また強者でなければなりません。これは肉体的な意味も含んでいますが、それよりも重要なのは……その精神にあります。
強者は常に気高く、また力を示さなければならない。最強には最強の、もつべき矜持というものがあります。
私の力は揺らがない。たとえ誰に切っ先を向けられようとねじ伏せる、逆にへし折るだけの自信がある。ですが……トレーナーさんは別。
(力とは財であり、才であり、権力であり……野心である。お父様の言葉)
財も十分なほど築きあげている。才も誰もが認めるところ、努力も怠らない。権力は……この際捨ておきましょうか。トレーナーは一般家庭出身ですもの。もっとも、学園における彼の地位は高いですが。
一見完璧なようにも見えるでしょう。ですが彼には、
(それらを作り出すためのトレーニング。トレーナーには力をつけてもらい、力の何たるかを知ってもらう必要がある。そうすれば彼は)
「世界で誰にも負けないトレーナーになる……私に、相応しい方になるでしょう」
全く、楽しみね。トレーナーは私を指導している、と思っているようだけど……逆もまた然り。私も貴方を指導するのよ?強者としての振る舞いを、矜持を、もつべきものを!貴方に叩き込んで差し上げます。
他の方々ではできないことです。バクシンオーさんもタキオンさんも私が認める強者。ですが、彼女達では指摘することはできません。向いていませんもの。
(ウマ娘の要望を聞き、願いを叶えるために全霊を尽くす……えぇ、聞こえはいいかもしれませんわね)
しかし、それで満足してもらっては困る。それだけではよろしくありません。そこに必要なのは「あら、ジェンティルさんではありませんか」あら?この子は。
「あら、ヴィルシーナさん。私に何かご用でしょうか?」
「……」
ヴィルシーナ。私に歯向かい、牙を突き立ててくる愉快な子。私のお気に入りだわ。
私の力を知った方々はほとんどが挫折します。恐れるばかりで牙を鈍らせるばかり。その中で彼女は、折れることなく私に挑み続けている……それも何度でも。
(本当に愉快な子。一体、どこまで私に歯向かってくれるのか……)
さて、彼女は私を見かけて声をかけましたが、一体何の御用があるのかしら?
「ジェンティルさん、メイクデビューを勝ちあがったそうですね。おめでとうございます」
「わざわざそんなことを言うために私を呼び止めたのかしら?なら、鍛錬をなさった方がよろしいのではなくて?」
恭しくお辞儀をしたかと思えばそんなこと……いえ、違うわね。彼女の瞳に宿るのは──決意の炎。すぐにでも追いついてやる、そんな気概を感じさせる目。
「必ず追いつきます。貴方に追いついて……地面に伏して御覧にいれましょう」
……本当に、面白い子ね。
「そう。なら、私に立ち向かってきなさい?私はその全てを粉砕して差し上げましょう。貴方が眩く輝くほど、私の輝きはさらに増す。私の強さもさらに磨きがかかることでしょう」
「そ、うですか。ですが残念です。貴方は輝くことなく、地面に倒れ伏すのですから」
空気がヒリつく。周りの生徒達がざわついているわね。全く、この程度のことで騒ぎ立てないで欲しいのだけれど。
どうしたものか、なんて考えているところにやってきたのは1人の男。
「ヴィルシーナ!」
「あ、トレーナーくん」
歳は……そこまでではないわね。私のトレーナーよりも少し年上ぐらい。どうも彼はヴィルシーナさんのトレーナーらしいですが。
彼は私の姿を目に入れると……睨みつけた。あらあら。
「君は、高村のっ!」
「えぇ。高村聖ならば私のトレーナーですが……なにか?」
もしかしてお知り合い?ただ、私に向けられているのは敵意。少なくとも、穏やかな関係ではないのは確かですわね。
「……行こう、ヴィルシーナ。もうすぐメイクデビューだし、頑張らないと」
「っ、そうね。ではジェンティルさん。次はレース場で会いましょう?」
「楽しみに待っていますわ。精々力を磨いておきなさい」
「高村に伝えてくれ。ヴィルシーナとこの俺、倉科はお前達に勝つと!」
彼女達は去っていく。それにしても、トレーナーの知り合いらしき男、倉科ですか。
「聞いてみますか。少し気になりますし」
そうと決まればトレーナーのところへと足を運びましょう。さて、筋肉痛は大丈夫なのかしら?
トレーナー室に着きましたが、肝心のトレーナーは……ソファで仕事をしているわね。
用件は手短に済ませましょう。先程の男、倉科について。
「トレーナー、貴方は倉科というトレーナーについて何か知っていて?」
「倉科?……あぁ、高校生の頃ずっと僕にテストで負けてた人だね」
「そう。敵意を向けられている理由は?」
「え、僕敵意向けられてるの?……テストで負けたのが悔しいとか、そんなのじゃない?なんかやたらと勝負だ勝負だって言ってきたし」
……トレーナーはさほど意識していないようね。哀れな方。
身体を鍛えさせられる高村Tである。
掲示板回がいるかどうか
-
いる
-
いらない