宝塚記念。開幕から異様な雰囲気で始まっていた。
「ジェンティルドンナ、また囲まれてるな」
「秋華賞の時と一緒ね。でも、ジェンティルドンナならこじ開けられるでしょ」
「囲まれてもなんとかする、って安心感あるしな~」
他のウマ娘から執拗にマークされ、結果的に囲まれているジェンティルドンナ。少しずつ位置が下がっていき、現在は9番手につけている。四方八方、抜け出すための出口は見当たらないように見える。
《レースは向こう正面へ入っています。ここでヴィルシーナがハナを奪います、ヴィルシーナが先頭に立った向こう正面。半バ身差イマジンサクセス、続くように内インディゴシュシュ。インディゴシュシュが先頭となって4人が集団を形成、ここが先行集団か。ジェンティルドンナはどんどん下がっていく現在9番手。今回も囲まれているぞ、これはちょっと厳しいか?》
《やはり最重要で警戒されているウマ娘。マークも段違いですね。ここからどうするのかが彼女の見どころでしょう》
《後方ではマークの緩いオルフェーヴルが悠々と走っている。ゴールドシップは少しずつ位置を押し上げ始めるか?いや、まだ行かない。ウインバリアシオンも虎視眈々と狙っています。囲まれているジェンティルドンナ、これはちょっと苦しい展開だ》
秋華賞と同じような展開。その秋華賞では抜け出すことができた。だからこそ今回も大丈夫だと根拠のない信頼を抱くファン。あの時以上の包囲網を敷かれているというのに、だ。
レースを観戦しに来ていたシンボリルドルフは渋い表情を浮かべる。今のジェンティルドンナの状況がとてもまずいことを察していた。
(秋華賞以上に執拗なマークにあっている。アレでは、あの時のような抜け出しは厳しいだろう)
「勝ち続けると周りの全てが敵になる、か。テイエムオペラオーも同じような状況に陥っていたね」
「あ~アレね。結果的とはいえ、凄かったよね~」
シンボリルドルフの隣に居座るトウカイテイオー。彼女もレースを観戦しに来ていた。将来ドリームトロフィーで覇を競い合う相手になるであろうジェンティルドンナを見るために。近くには彼女と同じチームに所属しているウマ娘達、シュヴァルグランやサトノダイヤモンドも来ていた。無論、トレーナーも近くにいる。
「じぇ、ジェンティルさんは大丈夫なんでしょうか?」
シュヴァルグランの問いかけ。難しい表情を見せるシンボリルドルフ。
「大丈夫かそうじゃないかといわれたら、大丈夫じゃないな。今の状況を読み解くと分かりやすいが」
「ジェンティルドンナの隣を走る子、よく見て」
トウカイテイオーに言われるがまま、隣を走るウマ娘を注視する。彼女はジェンティルドンナの動きに合わせるように走っていた。ルートを狭める、一歩違えばルートそのものを潰すような走り。ジェンティルドンナを自由にさせず、徹底してマークする構え。
「巧妙だね。妨害にならないように上手く立ち回ってるし、アレを躱すのは至難の業だよ」
「……加えて、前の人。こちらも、足を溜めつつ、ジェンティルさんの動き出しを、封じています。道は、ほぼないと見て、いいでしょう」
「そ、そんな!?」
マンハッタンカフェの言葉にサトノダイヤモンドは信じられない表情を浮かべる。この先道は開くかもしれないがかなり絶望的かつ希望的観測。むしろ、ジェンティルドンナの警戒度を考えれば開かない確率の方が高い。掛かるプレッシャーも甚大であり、メンタルは間違いなく削られている。危機的状況なのは想像に難くない。
ただ、シンボリルドルフもトウカイテイオーにも焦りはない。何故ならば。
(さて、この状況……君はどう乗り越える?)
(ま、ジェンティルドンナならこの状況からでもなんとかするだろうね。じゃなきゃ常に5バ身差勝ちなんて芸当はできやしない)
ジェンティルドンナの実力を知っているから。どれだけ包囲されようが、彼女ならば必ず打開するだろうとある種の信頼を置いていた。むしろ彼女達の興味は──どのようにして攻略するか?に向けられていた。
向こう正面を走るジェンティルドンナ。周りの状況を常に確認するように視線を動かし、嘆息する。
(秋華賞以上、ね。この包囲網を抜け出すのは容易ではない)
動きを制限されているのもそうだが、メンタルをじわじわと削られている。今の状況がよろしくないことを悟っているが、無理に動けば自滅は必至。思考を巡らせ、最適解を模索し続ける。
(……現状維持。これしかありませんわね)
9番手まで落ちたジェンティルドンナ。向こう正面半分を過ぎても状況は好転せず。
《まもなく第3コーナーへ入ります。先頭はヴィルシーナとイマジンサクセス、わずかにヴィルシーナが前に出たか。内のヴィルシーナ外のイマジンサクセス、4バ身後ろにインディゴシュシュを先頭にした先行集団、その差をじわりじわりと詰めていくところか?ジェンティルドンナは周りの動き出しに合わせる形》
《囲まれている現状はそれしかないですからね。それにしてもかなりの包囲網、苦しいかジェンティルドンナ》
《周りの全てが敵、周りの全てが敵となっている貴婦人ジェンティルドンナ。後方からゴールドシップが上がってきたぞ、オルフェーヴルも動いた!第3コーナーに入ってゴールドシップとオルフェーヴルの2人も動く!一気に速くなるペース、第3コーナーを曲がっていきます!》
第3コーナーを過ぎても9番手、囲まれたままだった。
◇
終盤に差し掛かったレース。ファンは絶望の声を上げる。
「レース序盤から囲まれたままじゃないか!」
「おいおい、いくら何でもやり過ぎだろ!」
「負けないでー!ジェンティルドンナー!」
序盤から今に至るまで、徹底的にマークされてきたジェンティルドンナ。些細な動き出しも許さず、行動を制限され続けてフラストレーションが溜まっているだろう。表情も序盤の余裕から一転、苦し気なものに変わりつつある。第3コーナーを越えて第4コーナーも半分を過ぎた。ジェンティルドンナの状況は──絶望的だ。
《先頭はヴィルシーナに変わります、先頭はヴィルシーナ!イマジンサクセスはちょっと苦しいか?ヴィルシーナが最内から駆け上がる!さぁオルフェーヴルも動いたぞ、オルフェーヴルが外から上がって行く!ゴールドシップはロングスパート現在3番手まで浮上、ゴールドシップ3番手!ジェンティルドンナはまだ来ないか?まだ来ないのか!》
《依然として囲まれている状況、かなり苦しいですね……》
《最後の直線、先頭はヴィルシーナですがゴールドシップが追い上げてきた!ゴールドシップがイマジンサクセスを捕まえました、オルフェーヴルも大外から駆け上がるその後ろにはウインバリアシオン!役者は揃いました、しかし主演は依然囲まれたまま!ジェンティルドンナ、絶対絶命!》
最後の直線、先頭はヴィルシーナ。2番手イマジンサクセスとの差は2バ身であり、リードを保ったまま入ってくる。ただ、ゴールドシップが追い上げてきており、脚色はこちらの方が上。ロングスパートからの2番手に浮上。イマジンサクセスは3番手に落ちた。
オルフェーヴルは大外から上がって行く。不利を受けたがそれを苦とも思わず、あっという間に前との差を詰めてきた。ウインバリアシオンも同様である。
ジェンティルドンナは……先頭との差8バ身。隊列自体がまとまってきた影響か、これだけの差で済んでいる。しかし、圧倒的に状況が悪い。
オルフェーヴルは横目にジェンティルドンナの位置を確認していた。一瞥して、すぐに追い抜く。その表情に油断はない。
(貴婦人めは囲まれている……だが、彼奴は必ず上がってくる。そういう女だ、奴はな)
ヴィルシーナにゴールドシップもそうだ。
(絶対に上がってくる。危機的状況を危機とも思わない、そんな彼女だからこそ!)
(油断したら痛い目見ちまうからな。ゼッテー油断しねぇ!)
全員が抱いていた。ジェンティルドンナは、必ず上がってくると。
最後の直線も囲まれているジェンティルドンナ。額にはうっすらと冷や汗をかいていた。おそらく、レース中初めてかもしれない冷や汗を。
(ここまで徹底するなんて、ね。全くといっていいほど道がありませんでした)
対戦相手を賞賛する。勝ちを狙いながらここまでの包囲網を敷くことは難しい。なのに封じ込めている。心の中で拍手をしていた。
ジェンティルドンナの目に諦めは──ない。今もなお視線を忙しなく動かし、機が熟すのを待つ。
《ジェンティルドンナ苦しいか!?ジェンティルドンナ苦しいか!残り300を切りました!前との差は6バ身、まだ包囲網から抜け出せない!先頭ヴィルシーナはゴールドシップに捕まった、だが驚異の粘りを見せるヴィルシーナ追い抜かせない!しかしここでオルフェーヴル、オルフェーヴルだ!オルフェーヴルそしてウインバリアシオンが飛んできた!まもなく大詰め、ジェンティルドンナは来ないのか!?》
オルフェーヴル達が先頭争いに加わる。ジェンティルドンナは──笑った。
(楽しいですわねぇ……!これこそが強者の在り方、そして!これをねじ伏せてこその私!)
危機的状況は警戒されている証。ここまで対策されるのは脅威に見られている証明。そのことを喜ぶジェンティルドンナ。
「ど、どーすんだよ!あれじゃもう無理だぞ!?」
「ジェンティルドンナ、負けちまうのか……!?こんな形で!」
「そ、そんなぁ……!」
絶望の声を上げる観客。誰もが無理だと口にし、ジェンティルドンナは負けるのだと声を揃える。
だが、真の強者は崩れない。
「知っていまして?私が王道の走りをする理由を」
先頭との差は縮まっている。差は4バ身程。残りは300m。状況を確認する。
「王道の走りは紛れを許さない。まさか、もしやを起こさせない。実力が物を言う走り。だからこそ、私は王道の走りを好みます」
依然囲まれたまま。だが、光明は──見えた。
「私の強さをより強烈にするために。私が誰よりも強いことの証左のために。だからこそ、この状況でも私は勝ちましょう」
横。自分の横が空いた。
「それになにより」
普通ならばしないだろう。できないだろう。
「私のトレーナーが、私の勝利を願っているのよ?」
しかし彼女は選択する。
「ならば──勝たなければいけませんわよねぇッッ!!」
前が囲まれている。後ろも囲まれている。でも横は空いている。なら、横に飛べばいい。ジェンティルドンナは、
「さぁ、蹂躙して差し上げますわッ!!」
一気に加速した。
《ジェンティルドンナ囲まれている、残り200を切ろうとしている!これはさすがに苦しい厳しい!道はなっ、え、ちょ、えええぇぇぇ!?な、なんとなんと横っ飛び!?横から強引にぶち抜いたジェンティルドンナ!ジェンティルドンナが包囲網を抜け出した!場内騒然!なんというウマ娘だ!?》
《え、あの、ちょ、えぇ!?》
《ジェンティルドンナが抜け出した!そしてすさまじい加速だ先頭ヴィルシーナへと襲い掛かる、オルフェーヴルもウインバリアシオンも、ゴールドシップもまとめて撫で切ろうとしている!さぁ残り200を切った!ここからは主役の独壇場!トップスターはこの私だジェンティルドンナが追い詰める!その差を3バ身、2バ身と縮めていく!》
ジェンティルドンナの加速は他と一線を画している。オルフェーヴルと遜色ない脚、しかしロングスパートで加速してきたオルフェーヴルとは違い、ジェンティルドンナはあっという間にトップスピードへと至る。
獰猛に笑い、標的へと狙いを定め、オルフェーヴル達へと追いついた。
「させぬ……許さぬぞッ!余こそが王であり最強!貴様に二度は譲らぬ!」
オルフェーヴルも譲らない。ジャパンカップで敗戦を喫した記憶は今もこびりついている。王に敗北は許されない。だからこそ、この場は勝たなければならない。普段の暴君からは信じられないほどに必死の形相を見せる。
「まだ、まだよ!私は、まだッ!」
ヴィルシーナは粘る。粘るが……オルフェーヴルとジェンティルドンナの勢いには勝てない。少しずつ差を詰められてくる。残り100m、なんとしてでも粘ろうとするヴィルシーナ。
「っくっそぉ、マジできやがった!」
ゴールドシップも駆け抜ける。全てを振り絞って勝利へと向かう。栄光のゴール板へ脚を進める。
一歩、一歩と踏む度に縮まるゴールとの差。誰が抜け出すのか、大接戦の様相を呈する宝塚記念のゴール前。
最後には。
「──ひれ伏しなさい。私という、強者の走りの前に」
ジェンティルドンナの爆発的な加速が、ヴィルシーナ達をまとめて撫で切った。
《ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナァァァ!!包囲網を抜け出して、圧倒的不利を覆して!ジェンティルドンナが輝いた宝塚記念!これはもう、文句のつけようがない!トゥインクル・シリーズ最強はこの私、トップスターは誰にも譲らない!これこそが【剛毅なる貴婦人】、ジェンティルドンナの輝きだぁぁぁ!》
2着オルフェーヴルとの差は半バ身。ジェンティルドンナが宝塚記念を制した。
坊や、ジェンティルドンナのドバイシーマクラシックは好きかい?