ジェンティルさんの宝塚記念は圧倒的なレースでした。そして、再認識するいいきっかけになります。
(アレがジェンティルさんなんだ。私が凱旋門賞とBCクラシックで戦う相手、まぎれもない現役最強の芝ウマ娘)
私が勝たなきゃいけない相手であり、彼女を超えなければ凱旋門賞とBCクラシックでの勝利はありません。ダートなら自分の領域だから大丈夫?そんな安心感は微塵も抱いてはいけない。その慢心が敗北に繋がる。
あの横っ飛び、多分だけどテイオーさんのステップ技術を少し取り入れているんだと思う。テイオーさんも同じ状況なら疑似的な再現は可能だと思われるから。脚を痛めるからやらないと思うし、テイオーさんの場合は同じ状況になる前に抜け出すだろうけど。
(他の子達からしたらたまったものじゃないだろうな。とんでもない進路から抜け出してきたんだから)
まさか横にぶっ飛んで包囲網を抜け出すなんて思いもしないだろう。前が壁になっていて、ジェンティルさんの横にいたウマ娘が失速したからこそできた芸当でもある。
「……どう攻略するか」
一応、ジェンティルさんに勝つパターンはいくつか構築しています。ジェンティルさんは王道の展開で走りますから、対策も結構容易。まぁ、立案までは容易でもそこから先の難易度がインフェルノレベルなんですけど。どんな策を弄しても真正面からぶち破ってきますし、あの人。それが実現できるっていうのが本当に凄い。
だからこそまぁ、やらなきゃいけないことというかこれしかないって行きつくわけで。
「ジェンティルさんと私のステータスは五分だってトレーナーさんは言ってた。だから、そこまでの差はない」
今後のことを考えると、いずれはぶち当たる壁。避けては通れない道だ。私は絶対に取りこぼしたくない、凱旋門賞もBCクラシックもどっちも勝つ。そのために必要なことはって考えて……次のレースでやるべきことが決まった。
「帝王賞は逃げで走ろう。ファル子さんと真っ向からぶつかり合う、一歩も引かない逃げを展開する」
それに、トランセンドさんの存在が引っかかる。多分、彼女は私をマークしてくるはずだ。ドバイワールドカップの負けは今でも印象に残っているだろうし、私を一番の脅威に見ているはず。エスポさんもきっとそう。私にマークが集中するはず。
うん、
「この手札は今が切りどころ。これは、今後のレースを走る上でも大事になってくる」
有効な手札は持っているだけでは意味がありません。どこで切るか?どのタイミングで発揮するか?これも重要になってきます。
対ジェンティルさんの策と帝王賞に向けての作戦。私の肚積もりは、決まった。
◇
大井レース場のダート2000m帝王賞。開幕から観客の度肝を抜く展開で始まった。
《始まりました帝王賞。揃って綺麗なスタートを切ります、最初に飛び出したのはっ、これはホッコータルマエ、ホッコータルマエだ。ホッコータルマエが外から猛烈な勢いで上がって行く、これは見事なスタートダッシュだ!負けじとスマートファルコンも内から上がる。やはりダートの逃げは彼女がいなければ始まらない!スマートファルコンも果敢に行きます!》
《ホッコータルマエが逃げるのは少し珍しいですね。日本ダービーの例があるので掛かっているわけではないでしょう》
《今回は逃げでペースを支配するか?【ダートの魔王】、今度は一体何を企んでいる?エスポワールシチーも真ん中から抜けてきました。ホッコータルマエとスマートファルコンの戦いに割って入ろうとしている。ハナを握るのはこの3人、この3人がハナを取り合いながらスタンド前を走ります!》
スマートファルコンとエスポワールシチーが逃げるいつもの展開かと思われたが、ホッコータルマエも加わる。本来であれば逃げウマ娘の後ろでペースを支配する彼女が、果敢にハナを取りにいったのである。
「今回は逃げか?スマートファルコンの逃げに付き合うのかもしれん」
「いや、ドバイワールドカップの例があるからな。そのまま逃げるとは思えんぞ」
「なんにしても頑張れー!」
訝しみつつも、レースを応援するファン。その中には都留岐やソノンエルフィーの姿もあった。
逃げウマ娘を見る形でレースを展開するトランセンドは目を見開きつつも眉を顰める。考えるのはホッコータルマエの狙いだ。
(な~に考えてる?確かにタルマエちゃんは逃げでも走れる、日本ダービーがそれを証明してる……でも、前で展開するとしたら)
暴走はない、掛かっているなんてことはないだろうと可能性を排除。だとすれば、前でレースを支配しようとしている、とトランセンドは思い至った。ただ、そうなるとおかしい点がある。
(ペース支配、にしては……やたら競り合ってる。エスポんもついていくの止めようとしてるし、ファル子ちゃんはムキになって競り合ってるし。なにが狙いだ~?)
いつものように支配するにしては、いやにペースが速いことだ。全く落とすことがないまま、スマートファルコンと競り合い続けている。エスポワールシチーも困惑しているのが分かるくらいに。
「ドバイワールドカップでは煙に巻かれちゃったけど、今回はそうはいかないよタルマエちゃん!」
「……」
ただ、トランセンドからすれば分かりやすく不味い状況ではある。
(また後手を踏まされてる。くっそ~、何個引き出しがあるのさタルマエちゃん)
舌打ちしそうになるが、有利なのはトランセンド。風の抵抗をモロに受け、外を回っているホッコータルマエはスタミナの消耗が激しい。ここでドバイワールドカップの雪辱を果たすためにも、ホッコータルマエを徹底的にマークする当初のプランで行く。
ただ──レースは進めど何もしてこない。他を幻惑することもなく、ただ前で競り合い続けている。トランセンド達後続の困惑は深まるばかりだ。
(ちょいちょ~い。そりゃないんじゃないのタルマエちゃん?)
(クッソ、今回もちょこまかすんのかと思ったのに、何もしてこねーだと?)
(一体、何を考えている……?)
(……ッ!いや、まさかねぇ)
依然としてスマートファルコンと競り合い続けるホッコータルマエ。その思惑は分からないまま、帝王賞は進んでいく。
◇
その結果、起こったことは。
《最後の直線、先頭で入ってきたのはホッコータルマエとスマートファルコン!この2人の戦いはまだ終わらない、まだ終わらない!序盤から息もつかせぬデッドヒートを展開する両雄、後続のウマ娘もついていくのに必死だ!》
《いやはや、スマートファルコンを巻き込んでのハイペースな消耗戦。純粋なスタミナ勝負に持ち込んでいますね。まさかこれを狙っていたのでしょうか?》
《スマートファルコンとホッコータルマエ、3番手エスポワールシチーは2バ身の差!トランセンドとワンダーアキュートが続いている、フリオーソはまだ8番手!しかしここから上がってくるぞフリオーソ!》
2人が落ちることなく、エスポワールシチー相手に2バ身のリードを保ったまま最後の直線に入ってくる展開。トランセンド達は必死に追いかけるが、その差は少しずつしか縮まらない。
当然だ。後続もホッコータルマエとスマートファルコンに振り落とされないようにかなりのペースで飛ばしていた。いくらスタミナの消費を抑えられるといってもかなりの消耗を強いられる。
ただ、そうなると不思議なのは。
(つか、外を回って風除けもねーのにっ!)
(あの魔王様マジでどうなってんのさ!?フィジカルモンスターが過ぎるでしょ!)
一番消耗が激しいはずのホッコータルマエが、依然として落ちる気配もなく走っている光景である。実際のホッコータルマエは苦しい表情を浮かべているが、それでもまだ後続に追いつかせないだけの脚を発揮している。
「まだ、まだ……ファル子、負け、ないんだか、らぁ!」
「……」
終盤に入っても変わらないホッコータルマエ。後続も追いつこうと走っており、その差はじわりじわりと縮まってきている。
《残り200を切りました、が、まだ競り合うまだ競り合う!ホッコータルマエとスマートファルコンの激しい競り合いはまだ続く!後続も追い上げてきている、追い上げている!さぁやはりこのウマ娘達が上がってきた!トランセンド、エスポワールシチー、ワンダーアキュートそしてフリオーソ!ダート戦国時代の大名が魔王を討ち倒さんと蹄鉄を鳴らす!さ~最後の直線、抜け出すのはどのウマ娘か!》
もう少し、後もう少し。あとちょっとで手が届く。トランセンド達はそんなことも思わないまま、ただがむしゃらに駆け抜ける。ただ目の前の勝利に向かって。
──だが、しかし。
「ここで、もう一度」
ホッコータルマエの、二の足が炸裂する。その差を縮まらせず、最後には。
《しかしホッコータルマエだぁぁぁ!!魔王強し!!帝王賞に君臨したのはやはりこのウマ娘だった【ダートの魔王】ホッコータルマエェェェ!スマートファルコンを競り潰し、後続もねじ伏せて!圧巻の強さを見せつけたホッコータルマエ1着!2着は1バ身差エスポワールシチー!3着はスマートファルコン!》
《これまではシンボリルドルフのように支配するレースを展開しました。しかし今回は力でねじ伏せる消耗戦!これは凄い!》
《魔王は策だけではない。フィジカルもまた魔王なのだ!これがホッコータルマエの恐ろしさ!【ダートの魔王】は伊達ではない!》
1バ身から先を縮ませることなく、誰よりも先にゴールラインを割った。
息を荒げ、呼吸を整えるトランセンド達。その心は驚愕で染まっている。
(策だけじゃなくて、こっちでも一流なのはなんとなくわかってた……けども!)
(どんなフィジカルしてんだアイツっ!これじゃあまるでっ)
(ジェンティルドンナクラス……!)
ホッコータルマエによる力押し。策なんてものはなく、ただただフィジカルだけでゴリ押しされた。その事実に驚くトランセンド達。彼女らの視線の先では、いつもと変わらず愛嬌を振りまくホッコータルマエの姿があった。
「みんな~!今日も応援ありがとうだべさ~!」
ピンピン、はしてないが、それでも愛嬌を振りまくほどの元気があるということ。さらに驚く。
ファンへのアピールが終わったのを見計らい、トランセンドはホッコータルマエへと歩み寄る。拍手をして、彼女の勝利を讃えつつ。
「いや~凄いねタルマエちゃん。まさか、力でゴリ押しされるなんて」
「あ、トランセンドさん!お疲れ様です!」
礼儀正しくお辞儀をするホッコータルマエに微笑ましさを覚えるトランセンド。だが、本題はそうじゃない。
「ねぇタルマエちゃん。良かったら教えてくんない?なんで今回は逃げたのか?」
「……どうして逃げたか、ですか」
「そ。しかもただの逃げじゃない、ド級の……ネタを言ってる場合じゃないか。力任せの逃げで走ったのか?」
これまでの彼女らしくないレーススタイル。どちらかといえば、同じチームのジェンティルドンナがやるようなレースを展開した意図を探る。教えてくれるとは思っていないが、それでもだ。
ただ、ホッコータルマエは。
「ここが切りどころ、だと思ったので」
意外なほどあっさりと教えた。
「切りどころ?なんの?」
「
淡々と喋るホッコータルマエ。教えても構わない、自分に不都合などない。そう言わんばかりに、包み隠さず教える。
「私は逃げで走ってもファル子さんに匹敵する……その情報は脅威になります。勝てる自信はありましたし、実際に勝ちました。これで、次のレースからも嫌でも警戒しないといけない」
「た、タルマエちゃん?」
「そのカードを出すかもしれない、そんなカード、出すわけない。そう思わせるだけでも儲けもの。それに、みなさん私が先行でレースをすることを警戒していました。だからこそ、私の逃げは意表を突かれた。違いますか?」
言い返せないトランセンド。確かにそうだったからだ。
「……ま、そんなところです。先行で走ることを警戒したところに、私は逃げで走る。情報戦で後手を踏ませる。結果、フィジカル任せのゴリ押し戦法、ってところですね」
結局のところ、今回もまた。ホッコータルマエにしてやられたということである。
(……えっげつな~。なに?今後は先行で支配するタルマエちゃんと逃げで力押しするタルマエちゃん両方を警戒しないといけないわけ?しかも、タルマエちゃんのことだから容易にスイッチできるだろうし)
ホッコータルマエの強さに、改めて恐怖を覚えるトランセンド。ただ、その目に諦めはなかった。
「……ま、これからもよろしくねン。魔王様」
「あ、はい!また戦う時は……って!そういえば魔王発祥はトランセンドさんですよね!?どうしてくれるんですか!」
「やっべバレた。んじゃ、ウチはこれで~!」
逃げるトランセンドを追いかけるホッコータルマエ。エスポワールシチー達は呆れた目で見ていた。
そして、スマートファルコンは──喜びを覚える。
「うんうん!ダートが賑わってる!ファル子もまだまだ、頑張らないとね!まずはタルマエちゃんにリベンジしないと!」
次のレースに向けて、気合を入れていた。
驀進王「作戦?関係ありません!模範的な委員長は真っ向からねじ伏せるのみ!バクシンバクシーーーンッッ!!」
超光速粒子「別に色んな小細工を使っても構わんよ。それを踏まえた上でレースメイクをし、最後の直線でひっくり返せばいいだけの話だ」
貴婦人「とても可愛らしいことをやっていられましたが、力でねじ伏せるのみですわ。あと私、搦手も得意でしてよ?」
魔王「搦手ばっかしますけど別にフィジカルゴリ押し勝負もできますよ」
基本的に脳筋。それがミーティア!